命の軽重
流血注意。残酷な表現があります。
「あぁぁぁぁぁ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
僕とモナムさんは叫び声を上げながら、襲撃者たちとの距離を詰めていく。
本当は黙ったまま可能な限り接近して不意打ちをしたかったんだけど、メイドさんの切迫した状況がそれを許さない。
メイドさんの体力はもう限界のようで、こちらに敵の注意を引きつけなければ倒されてしまうのは明らかだった。
僕とモナムさんの乱入に、襲撃者たちは驚いた様子を見せる。
勝利は目前だったのに、突然邪魔者が現れたのだ。最初は僕たちが何をしにやって来るのか分からず戸惑っていたようだが、僕とモナムさんの敵意と殺気を感じとるや、僕らに向かってすぐさま武器を構えた。
対応が早い。戦い慣れている集団だ。
気合いを入れろ!
己を叱咤しつつ、腰の山刀ククリを抜き放つ。
ダガルさん、力を貸してくれ!
敵の1人がロングソードを上段に構えている。しかし僕は、それを振り下ろすヒマを与えない。
疾走の勢いを止めること無く、攻撃を仕掛けた。
……地獄における武器特訓の際に、ブラックが言っていたのだ。
♢
「武器を使用する上で最も大切なんは、先制攻撃に徹することや」
「でも、ブラック。剣による戦いには、〝後の先〟って考え方もあるよね」
「ああ、『相手が放ってきた技を返す』っちゅうヤツか。現代剣道ならともかく、敵に先手を取らせてその隙を突くなんて高等芸、超達人級にならんと実戦では使えへんで。人間は武器を向けられただけで、ビビってまう。攻撃されたら、ビビり倍増や。そんで少しでも傷を負うたら動きが鈍うなるし、精神的にも大ダメージを受けてまう。武器での戦いはヤッたもん勝ち、早いもん勝ちなんや」
「なるほど」
「あとな、実戦では〝踏み込み〟が何より重要やで。武器を構えて相対している場合、敵との距離は実際より随分遠くに感じられるんが普通や。相手を真っ二つにするつもりで刀を振り下ろしたにもかかわらず、離れすぎてて切っ先がカスりもせんなんてケースはザラにある。敵に武器による攻撃を浴びせたいんなら、出来るだけ近づいて、更にもう1歩、距離を詰めるんや。サブロー、良う覚えとき」
♢
ブラックの教えそのままに僕は敵に接近し、踏み込みながらククリで斬りつけた。
僕の攻撃のスピードに、相手は対応できない。
ギャリン!!
金属同士が擦り合う鈍い音がする。
ククリの切れ味が凄い。
襲撃者が着込んでいる鎖の鎧を断ち切って、脇から腹に掛けての肉を抉り取った。
血反吐に塗れつつ崩れ落ちる1人目の敵に、更にもう一撃。
続け様、息つく間も無く2人目に立ち向かう。
新たな敵の武器は、槍だ。
槍はリーチの長さによって、剣や刀との戦いを有利に進められると言われている。
しかし、弱点もある。技量が拙いと、目標を定めて構えを取るのに手間が掛かってしまうのだ。
機先を制し、勝つ!
問答無用で、モタモタしている敵の懐に入り込む。
今度の相手は、僕より少し背が低い。
「――――っ!」
考えるよりも先に、反射的に身体が動く。気が付いたら、ククリで敵の片腕をはね飛ばしていた。
ガツンッと。
襲撃者の右腕が切断されて地面に落ちる。腕を失った衝撃に、相手は硬直した。
隙だらけになっているチャンスを逃さず、僕は攻撃対象の太股部分をククリで掻っ捌く。絶叫しながら、大地に崩れ落ちる2人目の敵。
もう、自力で立ち上がることは不可能だろう。
敵の悲鳴が、耳に残って離れない。加えてククリを通して僕の手に、斬撃にともなうイヤな感触が伝わってくる。
敵にダメージを与えた際の心境が、一本角熊やホワイトカガシと戦った時とは全然違う。モンスター相手なら、〝狩る〟感覚で戦えた。けれど人間との戦闘では、そんな誤魔化しは許されない。
相手を〝殺す〟あるいは〝傷つける〟という行為の現実を、この期に及んで思い知る。
だけどショックを受けるのも、自己嫌悪に陥るのも後回しだ。まだ、敵は残っている。
モナムさんが敵の1人と戦ってくれているから、僕が相手にすべきは残り1人。馬車の前でメイドさんを襲っているアイツだ。
既にメイドさんはボロボロになっていた。レイピアは折れ、カチューシャを失った髪は乱れている。力を使い果たしたのか身体は大きく傾き、今にも膝をつきかねない体勢だ。
次の瞬間には、襲撃者の剣によって命を落としていてもオカしくない。
でも、そうはならない。
メイドさんも、彼女を追い詰めていた襲撃者も、凍ったように動きを止めている。
無理もない。血まみれの山刀を携えた僕――正体不明の少年が、ズンズン近寄ってくるのだ。
仲間を相次いで倒された3人目の襲撃者が、メイドさんを放り出して僕へ向き直る。しかしながら、急激なまでの形勢逆転に思考が追いついていないらしい。目の焦点は合っておらず、腰も引けている。剣を持つ手も、ガタガタ震えていた。
けれど、敵の態度は僕を油断させるための演技かもしれない。攻撃を躊躇ったらダメだ。
対する男の姿勢をサッと眺め――刹那に、最速で詰め寄る。賊には、瞬きする間も与えない。
相手の武器を叩き落とすや、ククリの峰の部分で敵の顔を殴りつけた。
襲撃者が被っていた甲が、強打によってひしゃげる。盛大に口と鼻から血を噴き出して、男は倒れた。
衝撃と痛みのあまり、悶絶している。
間一髪のところで、メイドさんを救出できた。
呆然としつつ僕を見上げてくる彼女と目が合う。茶色の瞳だ。
メイドさんが何かを言いかけるが、彼女との会話は後回しにさせてもらう。モナムさんが相手をしてくれている最後の敵を、まずは片付けないと。
反転して、モナムさんのもとへ助太刀に向かう。
僕とモナムさんに挟み撃ちにされちゃ堪らないとばかり、襲撃者の最後の1人は逃げだそうとした。
その背をモナムさんの剣が貫く。自分の腹より剣先が突き出ていることに気付いて、敵の表情が絶望の色に染まる。
モナムさんは敵の背を蹴飛ばして剣を引き抜き、続けて数回斬りつけた。
僕が止める間も無く、トドメを刺してしまう。
モナムさんは、戦っている相手をキチンと始末した。
覚悟はしていたはずなのに、敵へ致命的な傷を与えることを無意識に避けてしまった僕とは大違いだ。
4人の襲撃者は、みんな地に伏している。
これで、敵は全て無力化された。
〝状況終了〟だ。
…………最初と次に戦った敵、2人の容体を確認してみるか。
2人とも意識を失っているようだが、気絶したフリをしている可能性もある。
用心しながら、近づいていく。
「これは……」
思わず、呟いてしまう。
両者とも、かなりの出血だった。
特に1人目が重傷だ。切断面は内臓にまで達しており、チェインメイルのカケラが傷口に入り込んでいる。放置しておけば、数刻の内には死んでしまうに違いない。
しばし考えて、彼に《外傷治癒》の魔法を掛けることにした。
モナムさんとメイドさんに見付からないように注意する。
この場で自分が魔法使いである事実をバラす気は、毛頭無い。だから、ほんの気休め程度の回復魔法。
でも、これでこの男が助かる確率は僅かではあるが上昇するはず。
……偽善だな。
僕は、襲撃者たちの身の上を思い遣っている訳では無い。〝こいつ等が、この後どこでどうなろうと知ったこっちゃ無い〟というのが、率直な気持ちだ。
自分の手で人を殺す――その結果を、直視したくない。
それだけの理由で、つい先程まで殺し合っていた敵を、わざわざ魔法を使ってまで生きながらえさせようとしている。
そんな自分が、酷く滑稽だった。
2人目の敵にも救急処置を行う。魔法は使わない。傷口を縛り上げて出血を抑えることにした。
戦いの高揚がまだ収まらず、何か手を動かしていないと落ち着かない。
肩を軽く叩かれたため振り向くと、モナムさんが僕の側までやって来ていた。
「サブロー、見事」
モナムさんは笑顔を浮かべている。
敵だったにしろ、人命を奪ったことに対する後悔や引っ掛かりは微塵も無いようだ。それどころか、誇らしげでさえある。
そして、襲撃者たちの治療を行っている僕を不思議そうに見つめてくる。
3人の人間に重傷を負わせて返り血を浴びている――そんな僕に今まで通りの態度で接し、敵との戦い振りを素直に賞賛してくれるモナムさん。
彼の屈託の無さに、ある種の恐怖を覚えてしまった。
数日旅を共にして、無骨ながらも優しい人柄であることは充分に知っているはずなのに。
『今まで居た世界より、ウェステニラは人の命がはるかに軽い』――転移前に聞かされた爺さん神の忠告が、記憶の底より蘇る。
あの折は軽く聞き流していた言葉が、今は重い。
僕はこの〝命の軽さ〟に早く慣れるべきなんだろうか? それとも、安易に慣れちゃいけないんだろうか?
……分からない。




