最も大切なモノ
馬車を護りながらメイドさんは必死に戦っているが、形勢は急スピードで悪くなっていく。襲撃者たちの攻撃は、苛烈で容赦が無い。
明らかに、メイドさんの命を奪う気満々だ。
メイドさんが危ない!
すぐさまメイドさん救出に向かおうとする僕やバンヤルくんを、マコルさんが引き留める。
「待ちなさい。助けに赴く以上、万全を期すべきです。焦りは禁物です」
マコルさんは、モナムさんに尋ねた。
「モナム。君なら、馬車を襲っているアイツ等のうち何人を相手に出来る?」
モナムさんは行商団一行の中で最も強く、武力において頼りになる人だ。旅の間に聞いたのだが、冒険者の資格も持っているらしい。
「多分、1人。無理すれば、2人」
モナムさんは、冷静に答える。
自分の力量を正確に把握しているのだ。僕も見習わなくては。
「そうですか。サブローくんの体格や身のこなしを見る限り、サブローくんもアイツ等の1人と戦って、簡単に後れを取ることは無いでしょう。……決めました。モナムが1人、私とキクサが2人掛かりで1人、サブローくんが1人と、それぞれ対応することにします。馬車を護っている女性も、相手にする数が1人になれば、勝てるはずです」
マコルさんの説明に、バンヤルくんが不満を漏らす。
「マコル様。俺の出番は?」
「バンヤルくんは、ここでマルブー3匹の管理をしていて下さい」
「そんな! 俺は置いてけぼりですか。俺も、戦いたいです」
「何を言うんですか!」
マコルさんが大声を上げる。
「私たちは商人です。商人にとって、扱っている商品は自分の命に匹敵するほど大事なものです。そして何より、この場にはミーアちゃんが居ます。バンヤルくんには、ここでミーアちゃんを守っていて欲しいんです」
マコルさんの説得に、バンヤルくんは自分のなすべきことを悟ったようだ。マコルさんに向かって、力強く頷く。
「了解しました、マコル様。ミーアちゃんと商品は、俺に任せてください」
マコルさんとバンヤルくんの会話を耳にしつつ、考える。今の僕にとって、〝最も大切なモノ〟は何だ?
決まっている。
それは、ミーアだ。
メイドさんを助けるために、その代償としてミーアの身を危険な状況に置いてしまう…………そんなの、本末転倒だ。
丘の上から、周辺一帯は一望のもとに見渡せる。そのため確認ミスはしていないとは思うけど、あの襲撃者の一味が近場に隠れている可能性も、皆無じゃない。
ミーアの側に居るのがバンヤルくん1人になるのは、正直不安だ。
「あの、マコルさん」
思いきってマコルさんに提案する。
「僕が、襲撃者3人の相手をします。丘より下りて馬車へ向かう人員は、僕とモナムさんの2人で充分です。マコルさんとキクサさんは、この場に留まって下さいませんか?」
僕の発言にバンヤルくんはギョッとするが、マコルさんは落ち着いた表情で僕を見返してきた。
「サブローくんは、3人と戦っても勝てる自信があるんですね」
「ハイ」
肯定する。
メイドさんや騎士モドキと、襲撃者たちとの戦闘を観察した結果、僕はあの襲撃者レベルの敵なら、たとえ5人を同時に相手にしても引けは取らないと判断した。
襲撃者5人より、一本角熊1匹のほうがはるかに手強いだろう。
僕の確信に揺るぎが無いことを見て取ったマコルさんは「分かりました。ではサブローくんとモナムの2人で、あの女性を助けにいってください。私とキクサは、ここでバンヤルくんと一緒にシッカリとミーアちゃんの安全を確保しています」と言ってくれた。
「ありがとうございます」
マコルさんに頭を下げた僕は、腰に差している山刀ククリ(〝ククリちゃん〟より改名)の柄を握りしめた。
現在、僕の手元には2つの武器がある。長さ約4ナンマラ(2メートル)の長棒と山刀ククリだ。
丈が長くて頑丈な棒は、上手く使用すれば敵を殺さずに制圧できる。その点を気に入って、わざわざ猫族の村にあった長棒を貰ってきたのだ。
しかし、ここでは敢えて山刀を使う。手加減はしない。万が一にも、敵を逃さないために。
僕は今から人の命を奪うことになるのかもしれない。
…………深く考えると、底なしの泥沼に足を踏み込むような気持ちになってしまいそうだ。
でも、事の軽重を間違えちゃダメなんだ。
僕にとって、大切なのは自分とミーア。次にマコルさんたち行商人の皆さん。そしてメイドさんを助けると決意した以上は、襲撃者たちへの配慮は一切合切捨てるべきだ。
致命傷を免れた敵が、ミーアたちやメイドさんに逆襲してきたらどうする?
つかの間、目を閉じる。――瞼の裏に浮かぶのは、ホワイトカガシの牙に貫かれたミーアの姿。絶望の光景。
あのような愚かな失敗を、繰り返す訳にはいかない。
『サブロー、大丈夫にゃ?』
ミーアが、山刀の柄を握っている僕の左拳を両手で包み込む。
『ああ、ミーアはここで待っていてくれニャ。すぐに終わらせてくるニャン』
『分かったニャ。一緒に戦いたいけど、サブローの足を引っ張るニョはイヤだから、ここで大人しく待ってるニャン』
『良い子ニャ』
僕は空いている右手で、ミーアの頭を撫でた。
「行きましょう! モナムさん」
「おお!」
僕とモナムさんは、丘を駆け下りた。
メイドさん救出に向かうシーンなのに、サブローにとっても行商人一行にとってもヒロインポジションは完全にミーアになってますね……。
次話、戦闘回。




