猫族の村にさよなら
ついに、猫族の村を発つときがやってきた。
思えば村に滞在したのは僅かに7日間、しかもその内のまる3日は眠っていたのに、随分と濃密な時間を過ごさせてもらったような気がする。
猫族の皆さんからは一本角熊退治のお手当金の他に、防具としての革鎧(かなり簡素で軽めのタイプ)、武器としての山刀と長棒、道中の食料やそれを収納できる背負い袋なども頂いた。
行商人の方々は、荷物運搬用のマルブーを3頭ほど牽いている。
僕と彼らを見送るために、大勢の猫族が村の門前に集まった。
長老にチュシャーさんにダガルさん。
黄猫に茶猫。
ともに一本角熊と戦った、狩り訓練団の少年猫と少女猫。
ホワイトカガシ討伐隊の面々も、ケガをしているにもかかわらず来てくれている。
「サブローくんは、猫族の皆さんに愛されているんですね」と行商人一団のリーダーであるマコルさん。
「サブローという人物に対する、何よりの保証だ」と副リーダーのキクサさん。
「同志」と武人風のモナムさん。
え!? それって、僕もケモナー認定されたってこと?
「羨ましくなんかねーぞ。近い将来、絶対に俺も猫っ娘とイチャイチャしてやるんだからな!」と見習いのバンヤルくん。
本心を隠蔽できないバンヤルくんは、またまた先輩方にお仕置きされていた。
……ケモナーはこうして内心を隠すスキルを学んでいき、一般社会に何食わぬ顔で潜伏するようになるのか。怖ろしいね。
それにしても見送りの中にミーアの姿が見えないのは、正直寂しい。『やっぱりアタシも行くニャ!』とミーアが考え直すのを、僕は期待していたみたいだ。
未練だな。
……ええい! しっかりしろ、間中三郎! これが永遠の別れになると決まった訳じゃ無い。
ミーアとは、いつかきっと再会できるさ! そうだよね? ミーア…………ミーア………………ミーア……………………。
天を、仰ぎ見る。……………………よし!
僕は猫族の皆に手を振ってから一礼し、さよならを告げた。
♢
家の外より、ざわめきが聞こえる。
『サブロー、元気でニャン~』『ニャ~』『兄貴ー!』『サブロー、もっと分け前を寄こすにゃー』
微かに響いてくる猫族たちの声。最後の変な叫びは、モッケのものだろうか?
『サブローさんは、旅だったようネ』
リルカがミーアに話しかける。
『そうニャ』
ミーアは家の隅で丸くなっていた。
弟や妹が『ネーちゃ』『ネーちゃ』とまとわりつくが、反応しない。
『朝から落ち込みっぱなしで鬱陶しーにゃ。姉ちゃん、男にでもフラれたニョか?』
2歳年下の弟が悪態を吐く。
リルカがミーアの頭をソッと撫でた。
『ミーアは、見送りに行かにゃくて良かったニョ?』
『サブローとは昨日、お別れをしたニャ』
『サブローさんは何て言ったニョ? 「一緒に行こう」と、ミーアを誘ってくれたんじゃないニョ?』
『誘ってくれたけど、断ったニャ』
『どうして?』
『どうしてって……どうせ、パパが許してくれニャいし……』
『自分に自信が無いのを俺のせいにするのは、感心せんニャ』
ダガルが家の中に入ってきた。
『パパ!』
『サブローが、えらいキョロキョロしてたぞニャ。おそらく、ミーアの姿を探していたんだニャン』
『サブローが……』
『ミーア、サブローは特別な人間ニャ。あんな人間が居るニャんて、俺は考えたことも無かったニャ。強いだけじゃニャい。獣人への偏見が少しも無くて、ミーアをとても大切に思ってくれてるニャン。ホワイトカガシにミーアが傷つけられたときの取り乱しようは、尋常じゃなかったニャ。その後は、自分の命を削るように必死になりながらミーアの治療をしてくれたニャン』
『…………』
父親の言葉を、娘は黙って聞いている。
『ミーア』
『…………』
『多分、この機会を逃せば、サブローのようにゃ人間には今後一生出会えんぞニャ?』
『でも、今の弱いアタシが付いていっても、サブローの足手まといになるだけニャン』
『確かに、ミーアはまだまだ未熟だニャ」
『…………うん』
『が、ミーアがこれから村で懸命に訓練に励んだとして、サブローの足手まといにならないほど強くなる日なんて来るニョか?』
『――っ!』
息を呑む、少女。
『武芸の鍛錬も人間語の勉強も、やろうと思えば旅の間にいくらでも出来るニャ。それこそ、サブローが満足いくまでミーアの修行に付き合ってくれるはずニャ』
『…………』
『ミーアはただ、一緒に旅することで「弱い自分にサブローが失望してしまうかもしれない」と怖がっているだけニャ』
『そんニャこと!』
『ミーアは、サブローがそんなに薄っぺらい人間だと思うニョか?』
『…………』
ダガルの厳しい指摘に反論できず縮こまってしまったミーアを、リルカがギュッと抱きしめる。
『ミーアも女の子だもんネ。気になる男の子にガッカリされたくニャいと思っちゃうニョも、当然だわ』
リルカの腕の中でミーアが身じろぎする。
『けどネ、ミーア。女の子には、時には勇気を出さなくちゃいけない時があるニョ』
『勇気?』
『そう、ありのままニョ自分をぶつける勇気。私は、ミーアとサブローさんなら、2人で助け合って共に成長できると思うニャン』
『ミーア。お前は、スナザのようになりたかったんじゃないニョか? 13歳のスナザは今のお前よりもっと弱くて人間の言葉もろくに話せなかったニョに、身ひとつで村から出ていったニョだぞ。スナザは俺の誇りだが、ミーア、お前も俺の自慢の娘だニャン」』
『パパ……ママ……アタシ……アタシ……』
ミーアが涙ぐみ、鼻をグズグズ鳴らす。それでも、なかなか踏ん切りがつかないようだ。
ダガルがミーアの顔を覗き込む。
『そうニャ。ミーアに頼みがあるんニャが』
『何かニャ? パパ』
『サブローに餞別として俺の愛刀を渡そうと思っていたニョに、うっかり忘れてしまったのニャ。ミーアが届けてくれんかニャ?』
ダガルは腰に提げていた大振りの山刀を、鞘ごと引き抜いた。
『パパ……』
刀を受け取って呆然としているミーアに、リルカが言い添える。
『サブローさんに刀を渡すとき、こう告げニャさい。「アタシも一緒に行く」って。そにょ時少しでもサブローさんの表情に迷惑そうな色が見えたニャら、戻ってくれば良いニャ。でもサブローさんが喜んで迎えてくれたら、ミーアはサブローさんに付いていきニャさい。きっと、サブローさんはミーアにとってニョ〝運命の人〟だから』
『行ってこいニャ、姉ちゃん』『ネーちゃ、頑張って』『頑張って』
『パパ……ママ……みんな……』
ミーアは家族をグルリと見渡した。
皆、ミーアを温かい目で見つめている。
『分かったニャ! 行ってくるニャ。サブローと一緒に、立派な冒険者になるニャン!』
涙を拭ったミーアは右手を突き上げ、家族にそう宣言した。
♢
『早くしないと、サブローに追いつけなくなるニャ!』と慌ただしく準備をすませて、弾丸のように飛び出していくミーア。
そんなミーアを見送ったダガルとリルカは、穏やかに笑みを交わし合った。
『ヤレヤレ。手の掛かる娘だニャ』
『あんニャに全身から〝サブローと一緒に居たい〟という想いを溢れさせているニョに、本人はなかなか気付かないものニャんですネ』
『ふん! あんな男の、どこが良いんだかニャ』
『あら? 貴方はサブローさんのことを認めてると思ってたんですけどニャ?』
『俺が認めるニョと、ミーアに相応しいかどうかは別問題ニャ』
『あらあら』
リルカがクスクス笑う。
『だが、外の世界が厳しいのは事実ニャ。ベスナーク王国にも獣人への差別は残っているし、スナザは現在のところ上手くやっているが、冒険者はいつ命を落とすかもしれニャい危険な職業ニャン』
『命の危うさは、この世界のどこに居ても同じですニャ。寂しいですけど、子供はいずれ親元より旅立つもにょ。今はミーアの未来が少しでも良いものであるように願うだけですニャ。幸い、ミーアはサブローさんという希有な人に出会えましたニャン。この巡り合わせを大切にして欲しいですニャ』
『そうだニャ』
ダガルとリルカは、ミーアとサブローの旅路が幸運であるようにと猫神様へ祈りを捧げた。
♢
サブローは追ってきたミーアを大喜びで迎えたが、同時に行商人4人のテンションも異様に上がる。
〝何も知らない無邪気なミーアが、ケモナー4人組の毒牙に掛かるのを防がなきゃ!〟
サブローはミーアを4人に接近させまいと、悪戦苦闘するハメになった。
今回で物語が一区切りです。
自分にとって初めて書く小説で、取りあえず目標の〝10万文字〟を達成できました。
3章より、いよいよ本編突入です。
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