ミーアへの誘い
ダガル火山より噴火の予兆が消え去った後、僕は気になっていたことをチュシャーさんへ問いかけた。
『王国から来る予定にニャっていた行商人は……』
『ああ、彼らは本日村にやって来ましたニャ。取引が長引いたニョで、来客用の家に泊まってもらっていますニャン。明日の朝に、村を発つそうですニャ』
チュシャーさんの報告によると、一本角熊の角は金貨10枚、毛皮は金貨3枚(毛皮に傷が多かったため、少し買いたたかれてしまったと申し訳なさそうにチュシャーさんは語った)、爪は10本まとめて金貨1枚で売れたそうだ。
合計、金貨14枚。
売上げを折半する約束なので金貨7枚が僕の取り分だけど、チュシャーさんは金貨14枚全てを僕に貰って欲しいと申し出る。
『その件は、前にチュシャーさんとお話ししましたニャン。金貨7枚で、僕は充分ですニャ』
日本円にすれば、約70万円だからね。
元高校生の僕としては、それでも目が飛び出るような額だ。
『いえ。サブローには、無理を言ってでも受け取ってもらいますニャ。本来はホワイトカガシ討伐の手助け賃も出さねばならニャいのに、ただ働きさせてしまったニョです。これ以上サブローの好意に甘えるニョは、猫族の矜持が許しませんニャ』
『けれど今回の大蛇との戦いでは、猫族の狩人の方たちも大勢ケガしてますニャ。ケガの治療費や、狩りに出られニャい間の生活費のこともあるでしょうニャン?』
『余計な心配をするニャ。サブロー』
ダガルさんもチュシャーさんに加勢する。
『猫族は、サブローが考えている以上に逞しいのニャ。それに、現在ホワイトカガシの解体を行っているニャン。滅多に姿を見せないレアモンスターなにょで皮や肉にどれほどの値が付くか分からニャいが、それなりの儲けにはニャるだろう』
『お願いしますニャ、サブロー。既に、長老の許しも得ていますニャン』
チュシャーさんの懇願を、僕は聞き入れた。
これ以上の拒否は、かえって失礼に当たると思ったためだ。
『良かったですニャ。あとで金貨4枚と、金貨10枚分の手形をお持ちしますニャ』
チュシャーさんが安堵したように笑みを浮かべる。
『それでサブローは、これよりどうするニャ?』
ダガルさんの質問に、即答する。
『明朝出立する行商人に、同行させてもらいますニャン』
『そんニャ!』
ミーアが悲鳴を上げた。
『サブローは、まだ目を覚ましたばっかりニャ! もうしばらく、村で療養を続けるニャ』
『いや、僕はもう大丈夫ニャン。ミーア』
両腕をグルグル回して、身体の調子を確かめる。
起きてからまだベッドを出ていない僕だが、自分の身体がどうなっているのかはある程度分かる。翌朝までには、多少無理すれば旅へ出られるくらいには回復するだろう。
『そうか……了解したニャ、サブロー』『承知しましたニャ』
ダガルさんとチュシャーさんがした僕への返事を耳にして、ミーアが2人のことを〝信じられニャい〟という顔で見る。
『どうして、パパもチュシャーさんも、サブローを止めてくれないんニャ!』
『ミーア。サブローは、なんで光や火の魔法が使えることを隠していたんだと思うニャ?』
ダガルさんがミーアを宥めようと発したセリフの内容に、僕はハッとした。
『そんなの……分かんないニャ……』
ミーアがうな垂れる。
『強すぎる力は、恐怖と警戒を呼ぶのニャ。サブローは、その危険性を察していたんニャ』
『アタシは、サブローを怖がったりなんかしないニャ!』
『それは、ミーアがサブローの人柄を良く知っているからだニャ。知らない者にとっては、そうじゃ無いんニャ』
父親の諭しに、娘は反発する。
『でも、サブローは「猫族の村に迷惑は掛けない」と猫神様に誓ってくれたニャン!』
チュシャーさんも、ミーアを説きつける。
『確かに、そうですニ。けれど村のみんなが〝魔法使いのサブロー〟を受け入れたとしても、今度は逆の問題が起こってきますニャ。サブローがあまり長く村に留まると「サブローに獲物をいっぱい捕ってもらおう」「強いサブローにモンスターを倒してもらおう」「ケガしたり病気になったりしたらサブローに治してもらおう」と考える村人が増えてきてしまいますニャン。村人がサブローへ依存心を抱いてしまう前に、サブローには気持ち良く、村より旅立って欲しいニョです』
……ダガルさんとチュシャーさんがこんなにも思慮深く、僕の立場を考えてくれているとは思いもしなかった。
ホントに、僕は馬鹿だな。もっと早い段階で、長老とこの2人には僕の力をうち明けておくべきだった。
『でも……でも……アタシ……』
まだ納得する様子を見せない、ミーア。
チュシャーさんが僕に向き直る。
『サブローは、ベスナーク王国で冒険者になるつもりニャんですネ?』
僕は頷く。
『ええ、その予定ですニャ』
『でしたら、多系統の魔法が使えることは、必要に迫られた時以外は認識されないようにしたほうが良いと思いますニャ』
え?
『どうしてですかニャン?』
『ベスナーク王国は、近年自国の防衛力強化に力を入れているニョです。そにょ一環として、高レベルの魔法使いや優れた武芸者を国家の管理下に置こうとする傾向が見られますのニャ。もしサブローが火や水のみならず光の魔法まで使えると知られれば、行動を制限されてしまうかもしれませんニャン。下手をすると、王国組織への強制加入もあり得ますニャ。それはそれで安定した生活は保障されますが、見聞を広めたいサブローにとって望むところじゃ無いでしょう?』
なるほど。その通りだ。
地球においても科学者や技術者、一流のスポーツマンなどの人材を国同士が取り合う現象は見られるのだから別に王国に対して悪感情は抱かないけど、ベスナーク王国のヒモ付きにはなりたくない。
今回の反省を踏まえて、情報開示は慎重にしよう。
チュシャーさんの忠告に感謝している僕へ、ダガルさんが告げる。
『サブローには、猫族も犬族も多大な恩義を感じているニャン。サブローの秘密を人間に漏らすような輩は1人も居らんニャ。その点は、安心するニャン。……そうそう、ムシャムが「礼を述べたい。是非一度犬族の村に来て欲しい」とも述べていたぞニャ。村を挙げて歓待したいそうだニャン』
《火炎放射》を目撃した際のムシャムさんの反応を、想起する。
彼は間違いなく、僕の能力に危うさを感じていた。それなのに、わざわざ招待してくれるのか。
心が温かくなる。
しかしながら犬族は現在、ホワイトカガシによる被害から村を立て直している真っ最中だよね。下手に迷惑を掛けたくないため、今回は訪問を遠慮させてもらおう。
僕は「機会があったら必ず犬族の村を訪ねる」との伝言をダガルさんに託した。
ダガルさんは『承知したニャン。必ず、ムシャムに伝えるニャ。それとサブローは魔法を使わニャくても、武術の腕前だけで王国に目を付けられる可能性は高いにょで、くれぐれも気を付けるニャン。俺と互角の腕前だからニャ』と言って笑った。
♢
〝長居するとサブローを疲れさせてしまうから〟
ダガルさんとチュシャーさんはその言葉を最後に小屋を出ていったが、ミーアは残ったままだ。
『サブローが、ご飯を食べるのを手伝うニャ』
僕より離れようとしないミーアを、2人は強いて連れ出そうとはしなかった。
僕もミーアとは2人きりで話したいことがある。
ミーアの助けを借りつつお粥っぽい食事を頂いたあと、僕は彼女と向かい合った。
『ミーア、今後のことニャんだけど』
『何かにゃ?』
僕の真面目な語り口に、ミーアはやや緊張気味だ。
『僕は明日、猫族の村を出るニャン』
『うん』
ミーアは悲しげに目を伏せたが、もう反対しようとはしなかった。
『ミーアも、一緒に行こうニャ』
『え!?』
驚くミーア。
『大蛇と戦った時に約束したニャン。〝2人で旅をしよう〟って』
『でも、あれはサブローがアタシを励まそうとして言ってくれたセリフにゃ。その前の晩は、アタシを連れて行けニャいって……』
『「連れては行けない」とミーアに告げた折、僕はこう思っていたんニャ。「もし、ともに旅をして万が一ミーアにケガをさせたり、ましてや死なせたりしたら耐えられニャい」と』
『だからあニョ時、サブローは「自分に自信が持てない」なんて言葉を口にしたんニャね』
ミーアが神妙な顔をする。
『しかし、その考えは間違いだったニャン。今回のホワイトカガシとの戦いで、痛感したんニャ。危難や災厄は、どんな場所にでも転がっているニャン。僕が旅をしている間に、ミーアが猫族の村でピンチになる可能性もある訳ニャ。ミーアが危ない目に遭っているのに、何も知らない……それこそ、最悪ニャ。側に居たら、ミーアの危機をこの目で見ることになるかもしれニャい。けれど、同時にミーアを助けるチャンスも貰えるニャ』
『サブローは、ホント優しいニャ。アタシのために言ってくれるんニャね』
少女の黄金の瞳が潤んでいる。
『僕は優しくなんて無いよ。基本、自分勝手な人間ニャ。前にも、話したはずニャン? 「ミーアと2人で旅したら、楽しいだろうニャ」って。今も、そう考えているだけニャン』
思い切って、ミーアの手を握った。
『ミーア、一緒にベスナーク王国へ行くニャン。リルカさんは、きっと許してくれるニャ。ダガルさんが反対するなら、僕が説得するニャン』
『サブロー。アタシ、とってもとっても嬉しいニャ。サブローのこと、大好きだニャ』
ミーアが笑みを浮かべる。
『でも……』
ミーアは僕と繋いでいた手を離し、ハッキリと僕へ告げた。
『アタシは一緒には行けないニャ』
読んでくださってありがとうございます。
猫族の村の話はあと1話で終わりです。




