ホワイトカガシとの死闘
戦闘回です。今話と次話に多少残酷な表現があります。
ミーアを逃がした後、僕はホワイトカガシとの戦いに加わった。
ダガルさんとムシャムさんはさすがで、巧みに連携を取りつつホワイトカガシと渡り合っている。
僕は大蛇に思い切って接近し、近距離から《氷槍》や《風刃》を連発した。
魔法攻撃は確実に傷を与えてはいるものの、残念ながらそれほどのダメージにはなっていないようだ。
魔法を使用するには、まず空気中や大地に含まれている魔素を魔力に変換しなければならない。その分だけ、体力が消費される。
この場に必要な魔素は充分に存在しているけれど、魔法を使いすぎるとバテて動けなくなってしまうため、注意が必要だ。
間もなく、討伐隊のメンバーが戦いの場に駆けつけた。
ようやく、一息つける。
ダガルさんらと少人数で大蛇に対峙していた際は魔法を乱発したが、集合した猫族と犬族の狩人たちがホワイトカガシを包囲してからは、僕も山刀を抜いてホワイトカガシと戦うことにした。
ククリナイフみたいな肉厚の刃を持つ山刀は、大蛇を相手にするにはとても頼もしい得物だ。
当初は日本刀などと比べて見た目の凶器度が高い点に、苦手感を抱いていた。
しかし、折れたり曲がったりすることを気にせず力の限り獲物に叩きつけられる素晴らしさを、今は実感している。
猫族と犬族の狩人たちの雄叫びが、森に響く。
狩人たちより絶え間なく放たれる無数の矢に堪りかねたのか、ホワイトカガシが大樹に巻き付けていた尾を解いた。
ズドンという大きな音とともに、全身を地上に下ろす。
その衝撃に大地が震え、多量の樹の葉が舞い落ちた。
僕らの目の前に、ホワイトカガシの全貌が改めて晒される。
ホントに、でかい――。
少なくとも地球の蛇で、ここまで巨大なヤツは居ないだろう。巨大蛇と言えばアナコンダやニシキヘビだけど、それでも体長は10メートルを超えなかったはずだ。ホワイトカガシの長さは、どう見ても明らかに20メートル(40ナンマラ)を超えている。
頭部の大きさは、冷蔵庫か洗濯機くらいか。これなら、人間も軽々とひと呑みにしてしまうに違いない。
『放てー!』
ムシャムさんの合図とともに、大量の矢がホワイトカガシに撃ち込まれる。鏃にはタップリと蛇退治用の毒が塗られているのだ。効かないはずが無い。
ウェステニラのモンスターには「遭遇した相手は取りあえず襲う」という本能がインプットされており、よほど追い詰められない限り「逃げる」という選択はしないのだと、ブルー先生に特訓地獄で教えてもらった。
確かに、巨大蟹も一本角熊も、この巨大白蛇もそうだ。
迷惑な習性であるが、決着をつけたい今回に限り都合が良い。
僕らの攻勢によって、ホワイトカガシは動きを活発化させる夜間では無く、真昼に戦いを強いられている。
しかも昨晩多人数の犬族を腹中に収めたせいで、いつもより動作が鈍い。
遠巻きに放たれる無数の矢と、断続的に襲ってくる山刀と槍。そして僕の《氷槍》と《風刃》。
ホワイトカガシがいくら巨大とはいえ、無限の体力を持っている訳では無い。
ダメージは着実に蓄積されていっている。
〝これはイケる〟――そんな雰囲気が討伐隊に漂う。
一瞬の弛緩。
その油断をホワイトカガシは突いてきた。巨体がムチのようにしなり、数人の狩人が吹っ飛ばされる。更に怯んだ集団に突入してくるや、反応が遅れている1人の犬族へ向けて大口を開けた。
呑み込むつもりだな!? そんなこと、させるか!
「コイツ! 《風剣》!」
風魔法を放つ。《風剣》は《風刃》より強力な魔法だが、体力の消費が激しいのであまり使いたくはなかった。
しかし、そうも言っていられない。
グシャッと、音がした。
咄嗟の一撃だったにもかかわらず、《風剣》が運良く白蛇の緑色の眼に命中したのだ。
危うかった犬族を助けられた上に、この僥倖。僕は浮かれかけたが、思わぬ痛手に怒ったのか、ホワイトカガシの様子が急変する。
大蛇が放つプレッシャーが増し、辺りに殺気が満ちた。
『気を付けるワン! ホワイトカガシが本気になったワン!』
ムシャムさんが大声で仲間に警告する。
え? 今までは本気じゃなかったの?
目にもとまらぬ速さで動き出したホワイトカガシは、手当たり次第に狩人たちをなぎ払い、引きずり倒し、押しつぶす。
僅かな時間のうちに、討伐団のメンバーの半数以上が戦闘不能に陥った。
負傷者続出。大怪我で動けない者も少なくない。
犬族や猫族の狩人たちの身体は丈夫なので、大蛇の下敷きになっても即死することは多分無い。けれど、この戦闘が敗北に終われば、最終的には蛇の腹の中だ。
『ニャッ、おのれ』
ダガルさんが苦悶の声を上げる。
ホワイトカガシのあまりのスピードに、ダガルさんもムシャムさんも付いていけない。
猫族の村で1番の狩人であるダガルさん、そして犬族の村で指折りのベテラン狩人であろうムシャムさんのどちらも、大蛇の動きに対応できず苦戦しているのだ。他の狩人たちには、なす術がない。
まだ誰1人、大蛇の餌食となっていないのが不思議なくらいだ。
でも、その理由はすぐに分かった。
ホワイトカガシは残った1つの眼で、僕をギロリと睨みつける。
おそらく、片目を潰した僕を、まずは昼食の前菜にしてやろうと考えているのだろう。
これぞ、正真正銘〝目の敵〟ってヤツか。〝ミンチなランチ〟になるのは、ゴメンだ!
内心ジョークを飛ばしつつ、冷や汗が止まらない。
今までは、大勢で蛇に掛かっていたのだ。ホワイトカガシから見て、僕は多数の中の1人に過ぎなかった。
しかしながら、現下は明確に僕のみをターゲットにしている。
〝蛇〟という生き物は、人間にとって古来より特別な存在だった。あらゆる生物の中でとりわけ嫌悪され、時に神聖視されてきた。
こうして巨大白蛇と間近で向かい合ってみると、その所以を強烈に思い知らされる。何か人間とは絶対相容れない異質さが、蛇にはあるのだ。
この気味悪さは、同じモンスターであっても巨大蟹や一本角熊には無かったものだ。
〝蛇に睨まれた蛙〟状態の僕――。ウェステニラに来て、初めて命の危険を感じる。
『サブロー、危ないニャ!』
ダガルさんが、叫ぶ。
ホワイトカガシが、僕を目がけて突進してきた。
魔法を放つ暇など、無い。
全力で横に跳んで、攻撃を避ける。
間違いない。コイツ、僕を丸呑みにするつもりだ。
息を整え、山刀を構え直す。再び襲ってくるホワイトカガシに対し、後方へとジャンプしつつ、刀を振るって牽制を繰り返す。
だが、それは時間稼ぎにしかならない。
巨体とは思えぬ、俊敏な敵の動き。
蛇の体内に撃ち込んだ毒は、まだ効果を発揮していないらしい。
イヤ。そもそも、毒は本当にホワイトカガシに効いているのか?
脳裏を不吉な想像が掠める。
普通の蛇には通用する毒であっても、モンスターであるホワイトカガシに有効であるとは限らない。
まして、ホワイトカガシは滅多に姿を見せないレアモンスター。パワーも生命力も、桁外れだ。
一度、頭の中に浮かんだ疑問は消え去ることが無い。
〝今までの戦いの努力は、徒労だったのではないのか?〟
そんな思いが、僕の気力を萎えさせる。
異世界生活3日目にして、早くも絶体絶命のピンチだ。
くそ、何が〝美少女〟だ。何が〝ハーレム〟だ。そんなもん、命あっての物種じゃないか!
〝異世界〟という響きに舞い上がり、浮かれ気分に浸っていた過去の自分を、ぶん殴ってやりたい!
ホワイトカガシの攻撃を躱す。躱す。躱す。
考えるより先に、身体が動く。
レッドによる過酷な体力特訓を今まではひたすら恨んでいたけど、これだけの敏捷さと持久力が身に付いているのは、そのシゴキのおかげだ。
地獄の赤鬼に、今更ながら感謝する。
でも、このままじゃラチがあかない。体力が尽きるか、集中力が切れた瞬間に、大蛇に喰い殺されてしまうだろう。
どうする? 思い切って、火系統の魔法を使うか?
体力が残り少なくなっている。放てる魔法は、せいぜい数発だ。
決断しかけた僕の目に、ホワイトカガシを後ろから攻撃しているダガルさんとムシャムさんの姿が映った。
あの2人に僕が風と水以外の魔法も使えることを知られれば、今まで培ってきた信頼関係が崩れてしまうかもしれない。それはイヤだ。ここは、風魔法か水魔法で急場を凌いで――。
余計な考えに気を取られていた僕は、何かに足を引っ掛けた。木の根か、草か、小石か。
後ろ向きに転び、無様に尻餅をついてしまう。
あまりにも無防備な体勢。
当然、そのスキをホワイトカガシは見逃さなかった。信じられないほど大きく上下に開かれた蛇の口が迫ってくる。
2本の鋭い牙と赤い喉元――
喰われる――
死――
『サブロ――――!』
凍りついた時間の壁を突き破るように、誰かが僕とホワイトカガシの間に飛び込んできた。
小柄な黒い毛並みの猫族少女――ミーアだった。
小刀を手に持ったミーアが、僕を庇って白蛇に向かっていく。
ミーア、逃げたんじゃなかったのか!? 無茶だ、ミーア! 止めてくれ!
事態の急変に動けない僕の目前で、ホワイトカガシの大口が容赦なくミーアに襲いかかる。
大蛇とミーアの力の差は歴然だった。
呑み込まれるのだけは何とか避けようと、ミーアが身体を捻る。そこには巨大な蛇の牙。
ホワイトカガシの上顎と下顎が少女を挟み込む。
ミーアの小柄な身体を貫く、鋭い牙。
絶望の訪れは一瞬で。
え? あ、ミーアが――。
ミーアが――。
――。




