犬族からの助っ人要請
夜が明ける。猫族の村を訪れて、2回目の朝だ。
ミーアとの話し合いが決裂に終わったあと、一睡も出来なかった。
ミーアの申し出を断るにせよ、もっと上手い言い方があったはずだ。あれじゃ、ミーアを傷つけただけだ。
どうしよう? 今から、ミーアのところへ謝りに行くか? でも結局は旅に連れていかないのに、余計な希望を持たせてしまうだけかもしれない。
あれこれ悩んでいる僕の耳に、戸を外からドンドンと乱暴に叩く音が入ってくる。
ドアを開けると、ダガルさんが立っていた。
『ミーアの姿が見あたらんニョだが、サブローは知らニャいか?』
『何ですって!?』
あのあと、ミーアは家に帰らなかったのか?
いや。少し考えれば、ミーアの行動は予測できた。感情があれだけ乱れていたのだ。ミーアを出て行かせっぱなしにしたのは、明らかに僕の落ち度だ。
『実は……』
真夜中の出来事をダガルさんへうち明ける。
怒ったダガルさんに一発殴られる覚悟もしていたのだが、ダガルさんは僕の話に頷いただけだった。
『サブローは「連れていけニャい」と返事したのだニャ』
『ハイ。でも、僕の言い様が悪かったにょかも。それでミーアが怒ってしまって……』
『サブローには何の責任も無いニャ。ミーアが一方的にサブローへ迷惑を掛けただけだニャ。親として、謝るニャン』
ダガルさんが頭を下げるので、恐縮してしまう。
……大人だな、ダガルさんは。それに比べて、僕ってヤツは……。
『頭を上げてくださいニャ、ダガルさん。それより、ミーアのことが心配ですニャ。もし、村の外へ出ていたら大変ニャ。探しに行きましょうニャン』
『だが、やみくもに探しても見付けられんニャ。ミーアが、村のどこかに隠れている可能性もあるニャン』
確かに、僕とダガルさんが2人で捜索するにしても探せる範囲には限界がある。
焦るな。落ち着いて、考えなきゃ。
ミーアはこれまでに何度も1人で狩りをした経験があるそうだから、仮に村の外に居るにせよ、特に大きな危険は無いかもしれない。
しかし、昨日みたいに一本角熊のような強力モンスターに出会すケースもあり得る。万が一……。
ついつい、悪い想像をしてしまう。
僕とダガルさんが今後どうするかを話しながら歩いていると、前方より騒ぎ声が聞こえてきた。
何事かと目を向ける。
猫族数人が、疲労困憊した人物を抱きかかえるようにしてこちらへやって来た。
何だ?
あのグッタリしている人物は、猫族じゃないな。どう見ても、地球の犬に近い容姿だ。柴犬っぽい。犬族に違いない。
『おや、犬族のムシャムじゃニャいか。こんな朝早くから、どうしたんニャ? それに、えらく疲れているニャン』
犬族の方は、どうやらダガルさんの顔なじみらしい。
『ダガル! ホワイトカガシが出たんだワン』
『ニャんだと!』
ムシャムさんが喘ぎつつ述べると、ダガルさんが驚愕する。
僕は、猫族と犬族の言葉が普通に通じ合うことにビックリする。
獣人の部族ごとにおける言語の違いって、やっぱ語尾だけなんだね。
『分かったニャ。長老の家で緊急集会だニャン』
そう言ってダガルさんはムシャムさんに肩を貸すと、その場に居る猫族にテキパキと指示を出しはじめた。
決断の早さに、猫族の狩人たちをまとめるリーダーとしての貫禄を感じる。
『サブローも一緒に来てくれニャ』
ダガルさんの誘いに頷いている僕を、ムシャムさんが怪訝そうに見る。〝なんだ、この人間は?〟という目だ。
不信感がありありと籠もっている。
『ムシャム。サブローなら、大丈夫ニャ。頼りになる人間ニャ』
ムシャムさんに説き聞かせる、ダガルさん。
ダガルさんは〝人間との交流は慎重にすべき〟という考えの持ち主だ。
そのダガルさんからの無条件の信頼に、逆にプレッシャーを感じてしまう僕だった。
♢
長老の家に十数人の猫族が集まった。長老の他に、チュシャーさんも参加している。
みんなが集まるまでの間に、僕はダガルさんよりホワイトカガシに関する基本的情報を教えてもらった。
ホワイトカガシとは、獣人の森に生息する巨大な白蛇種の呼び名。体長は、大きければ50ナンマラに及ぶとのことだ。
〝ナンマラ〟はウェステニラにおける長さの単位で、1ナンマラが凡そ50センチだから、約25メートルの巨大蛇ということになる。
ホワイトカガシは目撃例が数十年に一度というレアモンスターだが、脅威度は一本角熊などとは比較にならないほど大きいのだと、ダガルさんは語る。
『1匹のホワイトカガシによって獣人の村が1つ、丸ごと消滅してしまった事件も過去にはあったのニャ』
ダガルさんが話す内容の凄惨さに、息を呑んだ。
『先日、西のほうで何か大きな生物が這っていったような痕跡を見付けたんニャ。良くある森の変化で、それほどの異常は感じニャかったのだが……』
悔しそうに、ダガルさんが呟く。
それでダガルさんは、あんなに「西へは行くな」とシツコク注意していたのか。
『すまんニャ、ムシャム。犬族の村はウチの村より西の方角にあるニョだから、犬族へも警告しておくべきだったニャン』
ダガルさんが謝ると、ムシャムさんが首を横に振った。
『いや。その這ったような跡は、我々も確認していたワン。しかし、森には巨体を持ちながら無害な生物も多いワン。我々も、まさかホワイトカガシのものだとは考えもしなかったバウ』
数十年に一度目撃されるモンスターじゃね。
日本における、巨大地震のようなものか。一応の警戒はしていても、「まさか」の思いが先に立つのも無理はないのかもしれない。
関係者が揃ったところで、ムシャムさんが犬族の村で何が起きたのかを説明しはじめた。
その話し振りから、ムシャムさんは〝部族こそ違えど、年齢や村における立場がダガルさんに近い人だな〟との印象を僕は受けた。
『昨日の晩に、ホワイトカガシがいきなり村を襲ってきたんだワン。突然の攻撃に、なすすべも無かったバウ。死者は10人を超え、怪我人はもっと多いワン』
ムシャムさんが無念のうなり声を上げる。
『しかし、我々も唯やられっぱなしだった訳じゃないワン。村より離れていったホワイトカガシの後をつけ、現在の居どころを突きとめているワン。ヤツが再び移動しないうちに、襲撃を掛ける予定なのだバウ。それで、出来れば猫族にも加勢して欲しいのだワン』
『他の部族へは声を掛けたのですかニャ?』
チュシャーさんがムシャムさんへ尋ねる。
『いいや。時間と距離の関係を考えると、猫族の村に頼みに来るのが精一杯だったワン。ホワイトカガシは夜間が主な活動時間だバウ。何よりも、今ヤツの腹の中には呑み込まれた同胞たちの遺体がある……それがヤツの動きを鈍くするはずだワン。どうしても、今日の昼間中にヤツとの決着をつけたいのワン』
ムシャムさんは〝同胞の遺体〟という単語のところで苦しげに顔を歪めた。
無言で顔を見合わせる猫族たちに対して、ムシャムさんが土下座する。
『頼むワン! 放っておけば、おそらくホワイトカガシは今晩また犬族の村にやってくるバウ。そしたら、村は壊滅だワン。犬族の村で戦える者は総出で、ホワイトカガシのところへ向かっているバウ。猫族の狩人も数人で良いワン! 助っ人として、合流して欲しいのだワン』
ムシャムさんの必死の懇願に、ダガルさんが大きく頷いた。
『猫族と犬族の友誼を思えば、ここで見捨てるニャんて選択肢は無いニャ。それに、ホワイトカガシが猫族の村にやってくる可能性もあるニャン。犬族と一緒に戦えるなら、願ったり叶ったりだニャ。長老様、俺は行くニャ』
『ダガル、恩に着るワン』
長老とチュシャーさんの了解のもと、ダガルさんを含め20名の猫族狩人がホワイトカガシ討伐に参加することになった。
戦いは、太陽が空の最も高い位置にくる時刻に決行される予定だそうだ。
あまり先延ばしにすると、ホワイトカガシが移動を開始して姿を見失ってしまう怖れがあるからだ。
『こんなことを願える義理では無いのだが、サブローもホワイトカガシ討伐に加わって欲しいニャン』
ダガルさんが僕に頼み込んでくる。
『サブローは、あくまで客人ですニャ。無理を言ってはいけませんニャ』
チュシャーさんが止めに入ってくれるが、先程の話し合いの最中に僕の覚悟は決まっていた。
『チュシャーさん、お気遣いありがとうございますニャ。でも、僕も戦いに参加させてもらいますニャ』
僅か2日あまりの滞在だけど、僕は猫族の村に親しみを感じているし、猫族の皆さんを好きにもなっている。村の危難を見過ごすなんてことは出来ない。
まして、ミーアのパパであるダガルさんが戦いへ赴くのだ。
『サブロー、私は言ったはずですニャ。「甘さは命取りになりかねニャい」と』
『気兼ねや軽い付き合いのつもりで戦いに行くわけじゃありませんニャ。ちゃんと、自分で考えた結果ですニャン』
僕の決意を察してくれたのか、チュシャーさんは『分かりましたニャ。もう止めませんニャン。けれど、くれぐれも無茶はしニャいように』と言ってくれた。
『なんで、人間を我々獣人の戦いに参加させるのだワン?』
ムシャムさんは、僕へ警戒の眼差しを向けたままだ。
そんなムシャムさんを、ダガルさんが窘める。
『サブローに無礼なことを言ってはダメにゃ、ムシャム。サブローは獣人に対して何の偏見も持っていない、良い人間ニャン。それに何と言っても強いニャ! 武器を取ったら俺と互角、しかも魔法まで使えるヤツなのニャ』
僕の能力を何故か自慢げにムシャムさんへ披露する、ダガルさん。
『何だと! 信じられんワン。しかし、こんな大切な場面でダガルが嘘を吐くはずもないバウ。失礼の数々、すまなかったワン。どうか、我々犬族に力を貸してくれワン』
戦闘系の獣人らしく、ムシャムさんはサッパリした性格のようだ。
『もちろんですワン。一緒に頑張りましょうワン』
『何と、猫族の言葉だけで無く、我々犬族の言語も操るとは……本当に、獣人に理解がある人間なのワン』
ムシャムさんの瞳に尊敬の念がこもる。
いえ、ですから語尾を変化させてるだけなんですが……。
『それで、サブローはどのような魔法を使えるのだワン?』
『風と水ですワン』
『2つの系統の魔法を使えるのかワン。サブローは、まっこと凄い人間なのワン。しかしながら風と水か……贅沢は言えんが、少し残念バウ』
『そう悔しがるにゃ、ムシャム。魔法使いが戦いに加わってくれるだけでも、本来はあり得ない幸運なニョだから』
残念がるムシャムさんと、それを慰めつつ同時に励ますダガルさん。
どういう意味だろう? 首を傾げていると、チュシャーさんが説明してくれた。
『ホワイトカガシは炎の攻撃に弱いと言われているんですニャ。ですにょで、もしサブローが火系統の魔法使いだったら、戦いを有利に進められるニョではないかと……でも、これは〝風と水の魔法使い〟であるサブローには失礼にゃ話でしたネ』
「え……」
思わず、固まる。
イエロー様による魔法特訓を受けた僕は、火系統の魔法も使える。ホワイトカガシへの攻撃に火系統の魔法が効くのなら、ここで正直に『僕は火の魔法も使えますニャ』と話すべきじゃないのか?
だが、僕は躊躇してしまった。
もし、うち明けたとして「それなら何で隠してたんだ?」と責められるのを恐れたためだ。
いや。責められるくらいなら、まだ良い。「ひょっとして、サブローは他にも何か秘密にしていることがあるんじゃないか?」と疑念を持たれたり、最悪「村に害意を持っているのではないか?」と極度に警戒される可能性もある。
昨晩、ミーアとケンカ別れしたばかりだ。ここで、ダガルさんやチュシャーさんとの仲を拗らせたくはない。
きっと大丈夫だ。
猫族と犬族のベテラン狩人大勢と一緒に戦うのだ。僕は武器もそれなりに扱えるし、水と風の魔法だってホワイトカガシに全く通用しない訳では無いと聞く。火の魔法なんて使わなくても、ホワイトカガシに勝てるはず。
巨大蟹だって一本角熊だって、やっつけたじゃないか!
僕は自分に何度もそう言い聞かせた。
猫族語と犬族語の会話がカオス……。
犬族語の語尾には「ワン」の他に「バウ」もあります。




