ミーアの申し出
シリアス回です。
ちょっと話が重ためかもしれません。
真夜中にゲストハウスを訪れた、ミーア。
一本角熊退治の帰り道からズッと不機嫌だったのに、どういう理由でやって来たのだろう? 「ひょっとして夜這いかな? いや~、モテる男は辛いな。でもダメだよ、ミーア。若い娘さんは自分の身体を大切にしなくちゃ」などといった軽口を叩きそうになったが、危ういところで思いとどまる。
ミーアが思い詰めたような雰囲気を漂わせていたからだ。
『突然どうしたのかニャ、ミーア。何か、僕に用事があるのかニャ?』
『…………』
『取りあえず、座ってニャン』
ミーアに、テーブルとセットになっている椅子へ腰掛けるように勧める。
僕はゲストハウスに備え付けられている照明に火を灯した。
猫族は夜目が利く。そのせいか、猫族一般の家庭には、灯りに関連する器具が囲炉裏を除いて基本的に存在しない。
しかしゲストハウスには人間など他種族も泊まるため、行灯みたいな照明道具が置いてあるのだ。
カチッカチッと火打ち石を擦り合わせる。
やがて、ボンヤリとした灯りが僕とミーアを包み込んだ。
しばらく黙り込んでいたミーアは、おもむろに口を開いた。
『もう少ししたら、サブローは村を出て行くのニャ?』
『うん。4日後、いやもう3日後かニャ。村に行商人が来るはずニャから、彼らと行動を共にするつもりニャン』
『サブローが村を出るとき、アタシも一緒に連れてって欲しいニャ』
ミーアがそう申し出るであろうことは、何となく予想していた。
『ダガルさんやリルカさんの許しは、得たのかニャ?』
『パパは反対一点張りで、アタシの言うことニャんか聞いてくれないニャ! ママはパパが怒ったら止めてくれるけど、それ以上は何もしてくれないニャン』
『でも、家族とケンカしたまま村を出るのは良くないニャ。もうチョット、家族との話し合いを頑張ってみたらどうかニャ? そうニャ! スナザさんという冒険者の叔母さんがいるニャよね? 彼女に口添えしてもらうとか、どうニャ』
『スナザ叔母さんが味方してくれても、どうせパパは許してくれないニャ。それにスナザ叔母さんが今度いつ村に来るかニャんて、分からないニャ。下手したら、何年も後になるかもしれないニャン』
ミーアの必死な表情に、僕は気圧される。
『ミーア、何をそんなに焦ってるんニャ?』
『アタシは、もう14歳にゃ。猫族の女の殆どは、10代後半で結婚するのニャ。グズグズしてたら、パパがアタシの旦那さんになる男を見付けてきて夫婦にされてしまうニャン。そしたら、もう一生、村から出られなくなってしまうニャ』
ハッキリ言わないが、どうやら既に多くの猫族少年から求婚めいたアプローチをミーアは受けているようだ。
ミーアは猫族少女としてとても可愛いし、元気いっぱいの明るい性格だ。当然と言えば当然だろう。
『猫族の女の子にょ多くは、その道を選ぶんニャよね?』
『そうニャ。みんにゃ、それで満足するニャ。友だちに将来の夢を訊いても、良い男を旦那さんにする話ばかりするニャ』
白猫や灰猫とした会話の内容を思い出す。
確かにあの2人の少女は「男の甲斐性とは、稼ぎにあり! 稼ぐ男をゲットする」と意気込んでいたな。その迷いの無さには、爽やかさすら感じてしまった程だ。
『皆はそれで良いニョかもしれないけど、アタシはイヤなのニャ。このままズッと村で暮らして、結婚して、子供を産んで一生を村にょ中で終える。そう考えると、なんだか堪らなくなるのニャ。息が出来ない気分になるのニャ』
ミーアが激する。
黒猫の少女は陽気でハツラツとした姿の裏に、こんな思いを隠していたのか。
『多分アタシは、猫族の女としてどこかオカしいのニャ。それは分かってるのニャ。スナザ叔母さんがしてくれる話を聞くたびに、「村の外、森の外の世界はどうニャってるんだろう? どこまでも続く街道、地平線が見える平原、人間や他の種族が住む大きニャ街……見てみたい、行ってみたい、村という檻の中から出ていきたい」って思ってたニャン。そんニャ時……』
『そんニャ時、僕と出会った』
『…………』
『外の世界に出たいミーアにとって、僕との出会いはチャンスだったのニャ。これを利用しない手は、無かったのニャ』
『そ、そんな風に思った訳じゃないニャン』
僕が少し皮肉気な口調になったのを、ミーアは慌てて否定する。
『そうかニャ? ……そもそも、ミーアは本気で村を出たいと考えているのかニャ?』
『……どういう意味にゃ?』
『例えば、ミーアは人間の言葉が喋れニャいよね? 村にはチュシャーさん始め何人か人間の言語を知っている人が居るニョに、彼らに習おうとはしなかったのかニャ?』
『それは、教えてもらおうとはしたニャ! でも、パパが邪魔して……』
確かに父親であるダガルさんが反対しているのだから、ミーアが人間の言葉を猫族の人に教えてもらうのは難しかったに違いない。けれど……。
『それに、気になっていることがあるんニャ。ミーアは、猫族にしては体力が無いよね?』
『――っ!』
ミーアが絶句する。
図星らしい。
疑問に思っていたのだ。
いくら猫族の男女に筋力の差があるとはいえ、ミーアは巨大蟹の胴体を引きずることさえ出来なかった。それなのに黄猫たちは4人掛かりではあったが、一本角熊の遺骸を丸ごと持ち上げていた。
女性であるリルカさんも、眠り込んでしまったミーアを抱きかかえて運んでいたし……そのことを考えると、ミーアの体力レベルが猫族の中でどの辺りに位置するのか、おおよそ推測できる。
『ミーアは結婚したくニャい。しかし狩人としてやっていくには、技はともかく、力の点で不安があるニャン。先の見えない現状より逃げ出す理由が、ミーアは欲しいだけなんじゃないのかニャ?』
『どうしてサブローは、そんな意地悪なこと言うニョ?』
ミーアの声が震える。
泣いているのか、何度も目をグシグシと腕でこすった。
ミーアの涙声が、僕の胸に突き刺さる。
意地悪と言うより、僕は臆病なのだ。
僕は自分でミーアの申し出を断る勇気が無いから、ミーアを追い詰めることで『一緒に行くのを諦めるニャ』と彼女の口より言わせようとしていたのだ。
自分の卑怯さ加減を自覚する。このまま、己の意思をミーアに告げないのは間違っている。
ここは、ハッキリ述べるべきだろう。
『ミーアを連れてはいけないニャ』
『どうしてニャン!? アタシが足手まといになるからニャ? だったら、村を出たらすぐに別れるニャ』
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
思わず人間語で怒鳴ってしまった。
意味は理解できずとも、叱られたことは分かったらしい。ミーアは目を大きく見開き、うな垂れる。
『足手まといとか邪魔とか、そういうのじゃ無いんニャ。要は、僕は自分に自信が持てないのニャ』
『自信が無い? サブローは、あんニャに強いニョに?』
『強さは、関係ないニャ。僕は、まだまだこの世界に不慣れなんだニャ。一般の人なら知っているであろう常識も、あまり良く分かっていないニャン。自分の身を守るにょだけで、精一杯……ミーアを連れていっても、目を向けたり気に掛けてあげられる余裕は、おそらく無いニャ』
『アタシは、そこまでサブローに頼ろうと思っている訳じゃないニャン』
『そうじゃ無くて……』
自分の思いを他人に伝えるのは、どうしてこうも難しいんだろう。
ミーアと一緒に旅をする自分を想像してみる。
僕はミーアのことが好きだし、1人旅より2人旅のほうがはるかに楽しそうだ。
けれど、もし僕とミーアが2人同時に危機に陥ったとして、僕は自分の身を犠牲にしてもミーアを助けようとするだろうか?
きっと、僕はミーアの命より自分の命を優先するに違いない。
そしてミーアを見捨てて自分1人助かったとして、それから何事も無かったかのように旅を再開することが僕に出来るのか?
絶対に、無理だ。残りの人生を、自責の念に苛まれながら生きることになる。
結局のところ僕は自分が将来後悔したくないから、ミーアの現在の要求を拒絶しているのだ。
つくづく僕は卑怯者だ。
『もうイイにゃ!!』
言い訳を重ねる僕の態度に耐えかねたのか、ミーアが憤然と席を立つ。
『つまり、サブローはアタシが嫌いなんニャ。だから、連れて行きたくないのニャ!』
『ち、違うニャ。ミーア』
ミーアのぶっとんだ解釈に、僕はビックリする。
『きっと、そうニャ。昨日の狩りからの帰り道もブリンデとモッケに挟まれてデレデレしてたし、チュシャーさんともベタベタしてるし』
ブリンデとモッケって、誰だ? 白猫少女と灰猫少女のことか? 名前すら、いま知ったぞ。
それからチュシャーさんは素敵な猫族女性だとは思うけど、ベタベタの〝ベ〟さえ一切していない。
『何を誤解してるんニャ、ミーア』
『もう、サブローの顔なんか見たくないニャ!』
ミーアはそう叫ぶと、ゲストハウスより飛び出していってしまった。
僕はミーアを追う気力も無く、深い溜息を吐きながら頭を抱えこんだ。




