転生と転移と現実の壁
「異世界へ転生させていただけるんですか?」
僕は鼻息を荒くした。揉み手をしつつ上目遣いで、椅子に座っている老人を見つめる。
自分より視線が低い相手に上目遣いをするのって、難しいな。
「お主、急に腰が低くなったの」
爺さんは戸惑っているようだ。
だって異世界転生だよ。異世界転生! チートで俺Tueeee! で、そんでもってハーレムだ!
16年間生きてきて、残念ながら僕は女の子とつきあったことが無い。中学、高校と共学だったにもかかわらず、クラスメートの女子とは事務的会話を交わす程度だった。
恋人どころか、友達の域にも達することが出来なかったのだ!
中学の時に好きな子が居たけど、彼氏持ちだったため、遠くより眺めているだけで終わった。
そう言えば少し前にクラスの女子が重い荷物を持っていたので、半分持ってあげたことがあったな。「間中くんって良い人ね」と言われたけど、『(どうでも)良い人』という響きが丸わかりで、辛かった。
でも異世界に転生すれば、違うはずだ。
ともかく、16年の人生経験を持っての再スタートはメリットだらけ。チートで無双して、美少女に囲まれるのだ! 女の子との『キャッキャウフフ!』の生活を実現してみせる。
夢と希望に満ち溢れた、僕の人生の再出発だ!
ああ、生きてるって素晴らしい(死んでるけど)!
「なにやら気持ち悪い笑みを浮かべているが、転生先はどのような世界が良いかの?」
老人が尋ねてくる。
失礼な! 未来へ向かっての若者の微笑みの意味が、お年寄りには分からないようだ。
「そうですねぇ。やっぱり、ファンタジーでありがちな中世っぽい世界が良いですね。産業革命以前の ヨーロッパというか、いわゆる『剣と魔法の世界』を希望します」
日頃読み慣れているファンタジー小説の世界設定を、脳裏に浮かべる。
「フムフム。それなら、ウェステニラが良いかの。モンスターが徘徊している危険な世界じゃが、お主の望みに合いそうじゃ」
老人がどこからか取り出した分厚い書物のページをペラペラ捲りつつ、僕に言う。
「ウェステニラですか。そこが、僕の冒険の舞台になるんですね!」
期待に胸を膨らませていると、老人がアッサリ告げてくる。
「それじゃ転生させるぞ」
「ち、ちょっと待ってください。僕は、どんな家族のもとに生まれ変わるんですか?」
慌てて確認する。
心の準備が必要だ。
出来れば、今の両親みたいに優しい人たちの子供に産まれたいな。
「それはランダムじゃ」
ランダムか……。老人の言葉を聞き、考え込んでしまう。
ランダムとなると、王族や貴族の子供に産まれるのは難しそうだ。平民ってところだろうな。まさか、奴隷なんてことは……。
「なに、そう心配する必要は無かろうて。どうせ生まれ変われば、何にも覚えていないんじゃから」
老人の発言に、僕はギョッとした。
「え! 記憶を持っていけないんですか?」
「そんなの当たり前じゃろう。転生で記憶をリセットするのは、常識じゃ」
非常識な空間で、僕は老人に常識を諭される。
「そんな……記憶持ちのメリットで、チート無双しようと思ってたのに……」
僕が愚図ると、老人は呆れたように溜息を吐いた。
「お主は記憶の持ち越しに執着しているようじゃが、考えてみよ。16歳の記憶を持った0歳児なんて存在、客観的に見て気味悪いじゃろ?」
「それは言わないお約束」
「だいたい何じゃ、お主。16年分の記憶積み上げで、5歳児相手や10歳児相手にチート無双やらをするのか? 恥ずかしくないのか?」
「それも言わないお約束ぅぅぅぅ」
老人の言葉責めに、僕は膝をついた。
どうせ責められるなら、美女か美少女に責められたかった。
美女や美少女に蔑んだ眼で「この下衆が!」と罵られたら……あ、やっぱそれは辛いかも。どうやら僕はノーマルのようだ。少し安心した。
「別世界に生まれ変わるんじゃ。いま持っている記憶なんぞ、むしろ新しい人生の重荷になりかねんぞ」
老人が僕を説きつける。
よぼよぼ爺さんのくせに、まるで賢者みたいだ。
「記憶持ちのアドバンテージは諦めるにしても、今までの人生の思い出を失いたくないんですよ」
僕は爺さんに訴える。
平凡で特徴の無い人生だったけど、それでも家族や友だちとの楽しかったイベントの数々は、僕にとって掛け替えのないものだ。簡単に諦めたくは無い。
「どうしても記憶を持った状態で異世界へ行きたいのなら、現在の姿のままで異世界にポッと出する方法もあるぞ」
「転生じゃなくて、異世界転移というヤツですね!」
何やら、希望が見えてきた。
異世界転移モノも、僕は大好きだ。
転移した異世界で、剣と魔法を使って俺Tueeeeeするのだ!
「じゃが、ワシはお勧めせんぞ」
急に元気を取り戻した僕に、老人は忠告する。
「なんでですか?」
「モンスターが跋扈する危険な世界と言ったじゃろ。お主が今まで居た世界より、人の命がはるかに軽いんじゃ。そんな世界に、着の身着のままで放り出されてみろ。言葉も通じん。文字も読めん。しかも、一文無し。運良くモンスターや盗賊に出会わなくても、アッという間に野垂れ死んでしまうだけじゃ」
な、なんてグサグサ刺さるセリフを、この爺さんは吐くんだ。
「そこは転移先の異世界でもやっていけるように、助けてくれるとか……」
「誰がじゃ?」
黙って、老人をジッと見る。
まさか、僕がお年寄りを懇願の眼差しで見つめる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
「そんな義理はないの」
爺さんが、一刀のもとに切り捨てる。
「せっかく異世界に転移させてくれるなら、言葉が通じるようにして、文字が読めるようにして、体力も底上げしてくれて、ついでに剣と魔法が使えるようにして、当座の資金を持たせてくれても良いのに!」
「お主、意外と厚かましいの。記憶を持ったまま転移できるだけでも、ご褒美じゃ。それ以上の特典は、転移先の住人に不公平となる。お主ばかりを贔屓する謂われは無いからの」
尤もである。尤もであるが、なんで夢と希望に満ち溢れているはずの異世界転移で、現実の壁を突きつけられなくちゃならないんだ。
腕を組みつつ苦悶する僕を、老人が慰める。
「悪いことは言わん。異世界に行きたいなら、転生を選ぶようにしなさい。新しい人生を生き直すのが、最良じゃ」
「でも記憶を失うなら、魂は同じでも、それは全くの別人だよね?」
思い切って、転移を頼んでみるか……。
けれど、頭の機転も運動能力もたいしたことの無い僕だ。下手したら、転移した当日に亡くなるケースもあり得るぞ。それじゃ転生か……でもやっぱり……。
グダグダ迷っている僕を眺め、爺さんが〝ヤレヤレ仕方がないなぁ〟とでも言うように肩を竦める。
「1つだけ、1つだけお主の言うところの『チート』を持って異世界へ転移する方法があるぞ」
「えっ!? 本当ですか! 意地悪だなぁ。そんなお得なやり方があるんなら、早く教えてくださいよ」
老人の提案に、僕は飛びついた。
「いや、得でもなんでも無いぞ。むしろ、過酷な方法じゃ」
顔を顰める爺さん。
過酷!? ドキッとするワードだ。しかし内容を聞いてみなくちゃ、そもそも選ぶかどうかも決められないよね。
「ともかく、その方法を教えてください」
「地獄経由で異世界転移するのじゃ」
話がなかなか進まない……。作者には、他の異世界転生・転移ものの設定を批判するつもりは毛頭ありません。どんな異世界物も作者は大好きです。