ついに実現!? 両手に花
一本角熊との戦闘が終わった。
僕の足もとには、血まみれの熊の死体がある。
「…………」
戦いにおける感情の高ぶりが収まると、辺りに立ち込める臭気が鼻についてくる。正直、気持ち悪い。
やっぱりモンスターといえども、〝殺す〟ってのは気分が良いもんじゃないね。
僕の精神が軟弱なのか。それとも、まだ異世界で生きることに慣れていないだけなのか……。
巨大蟹を殺った時と比べると、精神の疲労度がかなり高い。人間は、自分に近い生物ほど〝殺す〟ことに忌避感を覚えるのかな。
こんな調子で、もし盗賊が襲ってきたりなんかしたら、僕はちゃんと戦えるんだろうか?
当たり前だけど、異世界生活と言っても楽しいことばかりじゃない。
少し不安を覚える。
……いかん、いかん。暗くなっちゃダメだ。ここは、ポジティブ思考!
僕はモンスター熊をやっつけて、猫族の皆を危機より救い出した! まさに、ヒーローだ。
しかし、ここで「僕って凄いだろ?」とドヤ顔になってはいけない。クールに決めるべきだ。
そのほうが、断然格好良い。
『終わりましたニャ』
僕は水魔法で顔に付着した血糊を洗い落とすと、いかにも「これくらい、朝飯前の仕事ですニャ」と言わんばかりの態度で振り向いた。
猫族の村で、朝ご飯はしっかりと頂きましたけど。
『うぉぉぉぉぉぉ!』
『さすが兄貴にゃ! 痺れたッス』
『強いニャ! 強いニャ!』
猫族の少年少女が大歓喜で僕を迎えてくれる。一本角熊討伐は、彼らにとって驚異的な出来事だったようだ。
僕の評価は、急上昇。
猫族市場における今日の僕の株価は、ホント乱高下してますね。
何故かミーアは少し離れたところに佇んだままで、僕に近づいてこようとしない。
『どうしたんだニャ? ミーア』
気になって声を掛けると、彼女はビクッと身体を震わせた。
『な、なんでもないニャ』
そう小声で呟いてから、ミーアはようやく僕との距離をつめてきた。
『もう、兄貴はカニハンターってレベルじゃニャいぜ!』とサビ猫少年。
いつの間にかの、兄貴認定。僕は、猫の弟を持った覚えは無いんですが。
『〝ぶっかけサブロー〟とかいった呼び名は、似合わないニャ』と白猫少女。
そうです! その別名だけは、早く撤回してください!
『〝超ぶっかけサブロー〟にするニャ!』と灰猫少女。
止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!!
『そうニャ』
『それが良いニャ』
『ピッタリだニャ』
『ぶっかけまみれニャン』
『兄貴は、これから会う猫ごとに「これはこれは、超ぶっかけ・サブロー様。今日も、スーパーなぶっかけご苦労様ですにゃ」と言われるようにニャるんだな~。誇らしいニャ!』
僕が悶絶しているうちに、猫族少年少女の間で話がまとまりかけている。
なんで、こんなところで死刑宣告を聞かなきゃならないの!?
誰か、助けて!
『みんな、待つニャ! 〝超ぶっかけサブロー〟にゃんて別名は、サブローには相応しくない二ャ!』
他の少年少女猫族を制止してくれるミーア。
ああ、ミーア! 君こそまさに僕の女神、救世主だよ!
ミーアが高らかに宣言する。
『一本角熊退治を記念して、〝熊殺しサブロー〟と呼ぶニャ!』
……………………。
う~ん……熊殺し……熊殺しねぇ。
〝超ぶっかけサブロー〟の百倍マシだけど、正直微妙……。
もう、僕のあだ名を考えるのを止めて欲しい。
『まいったニャン。サブローが、これ程強いとはニャ』
大人の猫族である黄猫も僕の奮闘を讃えてくれたが、その声は少しばかり強ばっている。茶猫も安堵しつつ、どこか浮かない表情だ。
気持ちは分かる。無邪気に喜ぶ年少組と違って、大人組は僕の力に、ある種の警戒感を覚えてしまったに違いない。
〝一本角熊をアッサリ倒せるようなヤツを村に入れて、もし暴れたらどうするんだ?〟という懸念だ。
でも、大丈夫! 僕は、その心配を吹き飛ばす方法を知っているよ!
『ええ。猫神様のご加護のおかげですニャン』
茶猫と黄猫の憂い顔が晴れる。僕の〝猫神様への誓い〟を思い出したんだろう。
『そうか! ひょっとして、猫神様が助けてくれたニョかもしれんニャ』
『猫神様は、いつでも我々を見守っていて下さるからニャ』
相変わらず、猫族皆さんの猫神様への信頼は揺るぎない。なんか、本当に偉大な神様なんじゃないかと思えてきた。
『それじゃ、サブローが倒した一本角熊を村まで運ぶぞニャ~!』
茶猫の合図に、猫族の皆が『ニャ~!』と声を揃える。
あれ? この場で血抜きとか解体とかしなくて良いの? 僕の攻撃で血はかなり抜けてますが……。
まぁ、地球の獣とウェステニラのモンスターとじゃ捕獲した後の処理方法は違うだろうし、ここは狩りの専門家である猫族に任せよう。
狩り訓練団のメンバーは、伐採してきた樹の枝や蔦を組み合わせて、アッという間に即席の荷台をこしらえてしまった。そこに一本角熊の体を載っけると、黄猫・茶猫・キジトラ少年猫・茶白少年猫がそれぞれ四方の隅を担ぎ上げて『エッホにゃ、エッホにゃ』と運びはじめる。
熊の体重は、どうみても数百キロはありそうなのに。皆さん、凄い力持ちですね!
僕も運搬の手伝いをしようかと申しでたら、『戦いで頑張ったサブローを、そこまで働かせられんニャ』と茶猫に断られてしまった。
この4人が荷運び役になっているのは、身長のバランスを考えてのことのようだ。見たところキジトラ少年と茶白少年は年齢の割には背が高く、大人の茶猫や黄猫と比べても身長に遜色が無い。
少年猫族3人の中で最も背が低いサビ猫は、荷運びを免れる代わりに物見をしつつ一行を先導している。
そして集団の後ろのほうに居るのが、僕と少女猫族3人。
『サブローって強いのニャ~、見直したニャ~』と僕の右腕を抱きかかえながら歩いているのは、白猫少女。
『一本角熊を瞬殺するなんて、信じられないニャ~』と僕の左腕を抱きかかえながら歩いているのは、灰猫少女。
2人の少女が僕の両腕に各々抱きついている、この状況。これこそ、まさに〝両手に花〟ってヤツじゃないですか~!
うう、男サブロー、生まれてこのかた16年。女子とのふれ合いなんて、皆無の人生だった……(地獄の鬼女たちは除く)。
せいぜい小学校の運動会でやったフォークダンスくらいしか、女の子と手をつないだ記憶が無い。
でもねぇ、女子の皆さん。イイですか! ダンスで手を握りあうとき、出来るだけ接触部分を少なくしようとするのは止めていただけませんかね? アレって、けっこう男子は傷つくんですよ!
喜びの輪が一転、悲しみの輪へと変貌を遂げてしまうのです。
そんな報われない人生を送ってきた僕だったが、ついにお年頃の女の子2人が両腕にぶら下がるという〝モテ男シチュエーション〟を経験することが出来た!
自分の生涯でそんなハッピータイムはあり得ないと諦めていたのに。
やったぜ、僕! 産んでくれてありがとう、お母さん!
コングラチュレーション、マイ異世界ライフ!
夜空に花火が打ち上がる!!!
ドドン! パ~ン! パラパラパラ。あ、消えた。
…………うん。脳内麻薬で自分を誤魔化すのは、そろそろ止めにしよう。
確かに僕は現在進行形で2人の女の子に挟まれており、彼女たちは僕への好意を積極的にアピールしてきている。
けれど、彼女たちは猫だ。したがって、胸はペッタンコだ。
いや、猫であることやペッタンコはまだ許容できる。僕の度量は大海のように広いのだ。
問題は、彼女たちの発言内容。
『一本角熊をやっつけたニョはサブローだから、殆どがサブローの取り分ニャよね』
『一本角熊はお肉も美味しいけれど、他の部分もみ~んな有効利用できるのニャ』
……………………。
『胆は乾燥させて粉にすると、薬の原料になるそうだニャ』
『毛皮や角は、とっても高い値で売れるらしいニャ』
……………………。
『サブローはお金持ちになれるニャ』
『臨時収入は、パーッと使ってしまうのが良いニャ』
……………………。
『ついでに、もっとカニとか熊とか鳥とか、たくさん捕ってきて欲しいニャ』
『まったくだニャ。鹿とか猪でも、良いニャン』
…………物欲まみれだ。
僕は真美探知機能を秘かに発動し、白猫と灰猫、2人の少女の〝本質的な美しさ〟を観察してみた。
白猫は白い髪の少女に、灰猫は灰色の髪の少女になる。
人間バージョンの容姿に、特に引っ掛かる点は無い。普通のJC(女子中学生)だ。
ピコピコの猫耳とピンピンの尻尾が付いている、JCだけど。
どうしても見逃せないのは、彼女たちの目に$マークや¥マークが浮かんでいる事案。
ウェステニラの通貨単位は、ドルでも円でも無かったはずだが。
彼女たちにとって僕が〝素敵な男子〟や〝頼もしいオス〟などでは無く、単なる〝貢くん〟に過ぎないことが丸わかりなのが辛い。
もしくは〝鵜飼いの鵜〟か。
幻聴が聞こえる。女の子の、誘うような声。
「アユを捕ってきて~。やった~、ありがとう~。さ、吐き出して」
……あ、目尻に涙が。
しかし、花火が消えようと、夜空には希望の星が輝いている!
『ミ、ミーア』
僕は振り返って、一団の最後尾を歩いているミーアに助けを求めた。
ミーア、君だけは違うよね!
もし……ミーアの金色の瞳にも$マークや¥マークが浮かんでいたら、僕は女性不信(猫族限定)の闇に落ちてしまうだろう。
いや、そんな事は、あり得ない。
だって、ミーアはミーアなんだから。
人間バージョンのミーアは、とびっきり可愛かった。
「…………っ!」
そのあまりの眩しさに、僕は息を呑む。
そして、金色の瞳を持つ黒髪の猫耳少女へ懇願の眼差しを向けると――。
『…………』
ミーアは黙ったままだ。
幸いその黄金の目に通貨マークは存在していなかったが、代わりにミーアは異常なほど不機嫌だった。
波打つ感情を抑えかねているのか、黒い尻尾がバタバタと激しく動いている。
え? どうして、ミーアはこんなに怒ってるの?
『ミーア……』
恐る恐る、声を掛ける。
それを無視したミーアは、プイと顔を背けてスタスタと僕たちを追い越していってしまった。
獲物をやっつけるたびに運搬手段を考えるのって大変……。
何でも収納できる、アイテムボックスの便利さを痛感します。
読んで下さってありがとうござます。




