猫は水嫌い
ダガルさんとの模擬戦は、2人とも手を抜いているからこそ立ち回りが大袈裟になり、見栄えがするものとなった。
気が付くと、大勢の猫族が僕とダガルさんの武器の打ち合いを見物していた。
朝のひとときの良い余興になったのか、何やら盛り上がっている。
『魔法が使えるサブローが、武芸もこんニャに達者とは思わなかったぞニャ。お前みたいな人間は初めて見たニャン』
稽古が終了したあと、上機嫌のダガルさんがそう言いながら僕の肩を叩く。
『だが稽古であっても、手加減するにょは感心せんニャ』
『それはお互い様でしょうニャン?』
僕とダガルさんは笑いあう。
おお、なんか良い感じじゃない?
ダガルさんとの関係が劇的に改善した気がする。
まるで仲の悪かった不良同士が夕日の差す岸辺で殴り合いをした後に「お前、なかなかやるな」と握手を交わして親友になるという、一昔前のマンガのシーンみたいだ。
〝おっさんの好感度を上げてどうすんだ?〟とのツッコミの声も、どこからか聞こえてくるが。
『サブローはホント凄いニャ! パパと、ここまで戦えるニャんて!』
ミーアが僕に飛びついてきた。
どうやら、ミーアも僕とダガルさんの稽古を見ていたらしい。
得物の打ち合いより発せられた熱気に煽られたのか、ミーアのテンションがやけに高い。
ミーアは僕の腰に抱きついて、頭をグリグリと僕のお腹に押し付けてくる。
昨日の晩から、ミーアのスキンシップが過剰気味だな。猫にしては警戒感が薄いというか。
懐いてくれるのは、とても嬉しいけどね。
でもリアル獣人とは言えミーアも女の子だから、ちょっと照れちゃうかな。
『サ・ブ・ロ~』
ミーアとのふれ合いを楽しんでいると、地獄の底より響いてくるような声が聞こえてきた。
げ! ヤバい。
恐る恐るボイスの発信源へ目を向けると、ミーアに抱きつかれている僕をダガルさんが睨んでいる。先程の稽古時と比較にならないほどの殺気を感じる。
パパとしての怒りが、頂点に達しているようだ。
あれ、オカしいな? さっきの模擬戦でダガルさんの僕に対する好感度はアップしたはずなのに、いつの間にこんなに低くなっているんだろう。
ダガルさん、もう稽古は終わりましたよ。なんで、また山刀を抜き放ってるんですか?
『貴様~! ミーアから離れるニャ~!』
『ぎゃ~!』
『パパ! サブローに酷いことしたら、許さないニャ!』
♢
簡素な朝食を頂いた後、長老の家に呼ばれる。
家の中には長老の他にチュシャーさんとまだご機嫌が宜しくないダガルさん、更に10名近くの猫族が居た。多くは少年少女で、その中にミーアも混じっている。昨日の宴会時に〝カニハンター・サブローを讃える歌〟作りをやっていたグループのようだ。
今も1人の少年猫が『カニにもニャれず~、エビにもニャれず~、フジツボにニャった~♪ ああ~、我ら~栄光の甲殻類~♬ ミジンコも~甲殻類~♪ ミジンコ、ミジめにゃ、ミジん切り~♬』と口ずさんでいる。…………それ、もう呪いの歌だよね?
チュシャーさんが僕へ語りかける。
『今日は、年少者に狩りの訓練を行わせる日なニョです。6人の若手に2人の大人が付き添いますが、サブローには彼らに同行して欲しいニョですニャ』
『構いませんけど、僕は狩りの素人ですニャ。あまり役に立つとは思えませんニャン』
『それにゃら、サブローは彼らから狩りの仕方を習ってくださいニャ。良い経験になると思いますニャン。そして万が一の事態が起こった場合の手助けをお願いしますニャ』
『万が一の事態って……ニャンですか?』
何か気になることでもあるんだろうか?
『昨日、長老にも報告したんだがニャ、西のほうで少しばかり気になる痕跡があったにょだ。村から距離があるし、本当に微かな変化だったから単なる思い過ごしかもしれんニョだが、念には念を入れておきたくてニャ』とダガルさんが言う。
僕は保険ってヤツか。
『よろしくお願いしますニャ、サブロー』
『分かりましたニャ、長老様。同行させていただきますニャン』
長老直々の頼みだ。猫族の村にはお世話になってるんだし、ミーアも行くんなら断る理由なんて無い。
『アタシは1人でも大丈夫なニョに……』
ミーアが、ぼやいている。
『1人での狩りは、お前にはまだ早いニャ』
ダガルさんがミーアを叱っていると、『サブローと一緒に行けるニョだから、良いでしょう?』とイタズラっぽくチュシャーさんがミーアに囁いた。
『そ、そんなことないニャ……』
なんかミーアがモジモジしているな。
『おい、サブロー。ミーアに、もし変ニャ真似をしたらどうニャるか分かってるだろうニャ』
殺る気満々の眼をしたダガルさん。
もはや黒猫と言うより、黒豹にしか見えない。
草食系男子(ハーレム希望)の僕としては、服従あるのみ。
『もちろんですニャ。お義父さん!』
『だから、誰がお義父さんだニャ!!』
それからダガルさんの『絶対に西のほうへは行くニャ』との忠告を受けて、少年少女の狩り訓練団は村を後にした。
♢
狩り訓練団のメンバーは大人2人に少年猫族3人、ミーアを含む少女猫族3人、そして僕の合計9人だ。
引率している大人の猫族は、昨日門番を務めていた茶猫さんと黄猫さんである。
各人とも狩りのための武器を携帯しており、僕は山刀を借り受けている。さすがに森の中の狩りで、長棒は不適当だろう。
ミーアと同年代の年少組は僕に興味津々で話しかけてくる。
『サブローは魔法が使えるのニャ?』と少年猫族。彼は、黒と茶がまだらなサビ猫だ。
『見せて欲しいニャ!』と少女猫族。彼女は、白猫だ。少し縞々が入っている。
他には灰色の少女猫族に、焦げ茶にまだら模様のキジトラ少年猫族、茶色と白色が混ざった茶白少年猫族が居る。
どの子も、ミーアと同じように元気で活発だ。
う~ん、せっかくのリクエストだから応えてやりたい。
どんな魔法が良いだろうか? 僕は〝風と水の魔法使い〟と言うことになってるから、風と水のどっちかだな。目に見えにくい風より、水の魔法のほうが派手めで受けが良いに違いない。
でもやり過ぎると、人気爆発で猫族の村のアイドルになっちゃうかも。
引き留められても困っちゃうしな~。
『よし、それじゃ皆に水魔法を披露するニャ~』
ワクワク顔の少年少女6人に、興味深げにこちらを見ている大人2人。
僕は彼らへ向けて、10本の指先から水を発射した。水鉄砲の要領だ。
それぞれの指先より噴出した水は、綺麗な弧を描いて8人の猫族の顔を直撃した。
『ふぎゃー!』
『ぎゃわわわわわー』
『眼に眼に水がー』
『気持ち悪いニャー!!!』
大パニックになった。
大不評だった。
僕の評価は急降下し、猫族の村でアイドルに成り上がる夢は露と消えた。
ダンゴムシも甲殻類です。




