ダガルさんとの朝稽古
僕は猫族の村で、異世界ウェステニラにおける最初の夜を迎えることになった。
最初の夜……〝初夜〟……か。
ワードの響きに、ちょっとだけ興奮を覚ている僕は、我ながらアホ過ぎる。単なる独り寝なのに。
特訓地獄での生活では、睡眠も休息も許されなかったからなぁ……。改めて、〝寝る〟という行為の贅沢さと有り難さを、シミジミと感じてしまうね。
ただ、寝る場所へ向かうだけ。にもかかわらず、何だか未知のテーマパークへ遊びに行くようなワクワクした気持ちになる。
ぐーすか眠り込んでしまったミーアをリルカさんが優しく抱きかかえて去っていった後に、赤猫チュシャーさんが僕をゲストハウスへ案内してくれた。
ゲストハウスの中には簡素な寝台とテーブル、椅子などが用意されていて、なかなか居心地が良さそうだ。
「では、ごゆっくりお休みください」
「あの、1つだけお伺いしても宜しいですか?」
チュシャーさんに尋ねる。
「あれは何ですか?」
部屋の隅に、小さなドームがあった。屈んだら通れるくらいのポッカリとした出入り口があり、中の空洞部分は、ひと1人が座り込める程度のスペースになっている。
何の用途に使う物なのか、サッパリ分からない。
「寝床です。ベッドでもアチラでも、サブローの好きなほうでお休みください」
「え? あのドームに、もぐり込んで寝る人が居るの?」
「お客様の中には、身体がすっぽり入れるような場所を好む方も居られますので」
「…………」
「部屋の隅っこの暗くて狭いところで身を縮こませることによって、安心して眠れるのです」
「……チュシャーさんも?」
「ハイ。あの圧迫感が、たまりませんね」
チュシャーさんは猫族の女性の中でもクールビューティー系だと思っていたのに、やっぱり狭いところを好む猫の本能には逆らえないのか? 夜にドーム型の寝床で丸くなっているチュシャーさんの姿を想像すると、昼間の凜としたイメージが崩れちゃうな。
けれど、そんな彼女も悪くない! むしろグッドだ! これが〝ギャップ萌え〟というヤツなのか。
僕はもちろん、普通のベッドの上で寝た。
♢
夜が明けると同時に、目を覚ます。
快適な眠りだったよ!
部屋に水瓶が用意されていたので、軽くウガイをしたり、顔を洗ったりしてから外出する。
村の中を散策していると、ダガルさんに出会った。
『おお、サブロー。早起きだニャ』
『ダガルさんもニャン』
『少し気になることがあってニャ。一晩中、起きていたニョだ』
『ええ!? 大丈夫ニャんですか?』
ミーアパパの体調が心配だ。無理したら、身体を壊してしまうよ。猛烈サラリーマンでも、24時間戦えはしないのだ。
まして、ダガルさんは猫族。猫は〝寝子〟と呼ばれるほど、睡眠時間が長かったはず。
『一晩や二晩徹夜したくらいで、どうにかニャるようなヤワな鍛え方はしておらん。それより、サブローは今日何をするのか決めているニョか?』
『特に決めてはいませんが、猫族の皆さんがする狩りのお手伝いをしようかニャと』
〝働かざる者、食うべからず〟ってね。それに現在僕は一文無しだから、村にやってくる行商人に買い取ってもらえるような物を、森でゲットしておきたい。
『そうかにゃ。ニャらば、後で長老の所に一緒に行こうニャン。少し頼みたいことがあるのニャ』
『良いですニャ』
どちらかと言うと人間嫌いだったはずのダガルさんが、僕に頼み事をしてくれるんだ。出来る限り、応えなくちゃね。
その後、僕は村の広場で少しばかりダガルさんと手合わせをした。
「異世界に行っても鍛錬を怠るな」というのが、イエロー様の有り難い教えだ。
イエロー様、僕はウェステニラでもちゃんと貴方の言いつけを守っています! だから、僕の脳内でトゲトゲ金棒をチラつかせるのを止めてください!
『体つきを見るニ、サブローは魔法以外に体術も少にゃからず、こなせるようだニャ』
『ええ、武芸担当の師匠も居ましたにょで』
『羨ましい環境でサブローは育ったニョだニャ。機会があったら、俺もサブローの言う、〝とある場所〟に行ってみたいもニョだ』
羨ましい!? あの〝特訓地獄〟が? 代われるものならば、代わって欲しかったですよ!
ダガルさんも一度は行ってみてください。あの凶悪な面構えの鬼たちに囲まれたら、ダガルさんだって……うん、なんのかんのと脳筋同士仲良くなりそうな気もするな。
ダガルさんの得物は山刀だ。あのククリナイフを連想させるヤツ。
刀と鉈の中間みたいな感じで、同じ刃物武器でも日本刀のような美しさはカケラも無く、ひたすら物騒だ。
もしウェステニラに来て最初に顔を合わせた猫族が、山刀を構えたダガルさんだったら……そう考えると、まずミーアに会わせてくれた猫神様には感謝しなくちゃいけないね。
いや、猫神様のお導きがあったかどうかなんて知らんけど。
『サブローは得意な武器とかあるニョか?』
ダガルさんが訊いてくる。
得意な武器ですか……。
ブラックの特訓のおかげで、僕はどんな武器でも扱えますよ。剣でも槍でも、どんと来いです!
とは言え、さすがにシャベルは遠慮したい……まさか、ウェステニラでシャベルを使って戦うなんて事態は起こりませんよね? お願い猫神様、そうだと仰って!
……いかんな。さっきから、やたら猫神様に話しかけてるぞ。これも、猫族の村に滞在している影響によるものなのかな? このまま猫神様の信者になってしまわないように気を付けないと。
散々迷った挙げ句、棒でダガルさんと模擬戦をすることにした。
使用武器に棒を所望した僕をダガルさんは変な顔で見たが、どこからか長さ2メートルほどの棒を持ってきてくれた。木製だけど密度が高くて頑丈な代物だ。
『一応、村にも置いてあるがニャン、武器として使うヤツなんて殆ど居ニャいぞ』とダガルさん。
でしょうね。短めの棍棒ならともかく、2メートル近い長棒なんて森の中では扱いにくいし、長物の武器としてなら槍のほうが殺傷力は高い。
しかしながら、僕としては殺さずに相手を制圧できる点に魅力を感じちゃうのですよ。
僕とダガルさんの稽古は、けっこう白熱を極めたと思う。どちらも本気を出していたわけでは無い。ダガルさんは徹夜明けだし、加えて僕を山刀で傷つけないように気を配りつつ戦ってくれた。僕のほうは、ダガルさんのそんな配慮が分かるくらいの余裕を戦闘中にもかかわらず持てていた。
う~ん……別に達人を気取るつもりは無いけど、ダガルさんの動きが手に取るように見えるんだが。
その気になれば急所を突いたり、足払いで転ばすことも出来そうだ。
ダガルさんって、猫族の村における狩人たちのトップだよね。そのダガルさんを相手に優位に戦えてる僕って、それなりに強いんじゃない?
レッドやブルー先生は僕のことを「ウェステニラのベテラン冒険者より、ちょっと強い程度」と評していたけど、ウェステニラの冒険者ってそんなにレベルが高いのかな?
鬼たちの言葉に、僅かながら疑いを抱いてしまった。
猫って隅っこが好きですよね!




