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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第二章 獣人の森の少女

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父の思いと母の思い 

 猫族の村を挙げての〝サブロー、良く来たにゃパーティー〟は時間が経つにつれ、だんだん乱痴気騒ぎの様相を呈してきた。


「スミマセン。サブローのために開いた歓迎会なのに、なんか皆して勝手に騒いじゃって」

 赤猫さんが僕に話しかけてきた。


『いいえ。猫族の(みにゃ)さんが楽しそうにしているのを見ていると、僕も嬉しくニャるので』と何気なく猫族語で返事をした後に、ふと気付く。


『あ、あれ!? 赤猫さんは、人間の言葉が話せるニョですかニャ?』

「ええ。この村では長老と私を含めて、人間と言葉を交わせる者が5名ほど居ます」


 ベスナーク王国より人間の行商人が来るなど、猫族の皆さんは人間ともある程度交流している訳だから、バイリンガルな人材が居るのも当然かもしれない。


 赤猫さんが微笑む。

「ふふ。それにしても、サブローは私のことを〝赤猫さん〟と呼んでいたのですね」 

「ス、スミマセン。もしかして、失礼に当たりましたか?」


 僕は、人間語で恐る恐る赤猫さんに尋ねた。

 人間で言えば〝白人さん〟とか〝黒人さん〟あるいは〝金髪さん〟とか〝アフロヘアーさん〟と呼んでるようなものだからね。赤猫さんの気分を害してしまった可能性もある。


「そんな事はありません。猫族は皆、己の毛並みに誇りを持っていますから。自己紹介が()だだった私こそ、申し訳ありませんでした。私は、チュシャーと申します」

 赤猫さん改めチュシャーさんは、そう言って軽く一礼した。


 ちなみに真美(しんび)探知(たんち)機能(きのう)で見たチュシャーさんは赤いロングヘアーのお姉さんで、やっぱり髪の間から猫耳がピコンと飛び出していた。

 キャリアウーマンみたいなキビキビした雰囲気の年上女性が、猫耳と尻尾を装着している。その意外性が(たま)りません。鼻血が出そう。


 あと人間バージョンになっても、彼女の胸は濃尾平野のままだった。

 猫族女性は、山脈や高地とは無縁のようである。


「サブロー、どうしました? 遠い眼差しになってますよ」

「いえ。平野には平野の良さがありますよね。肩は()らないはずですし」

「何だか、無性にサブローにお仕置きしたい気持ちになってきました」


 それから僕とチュシャーさんは、少しばかり情報のやり取りをした。

 チュシャーさんの話によると、彼女は〝人間との交流拡大賛成派〟、ミーアのパパであるダガルさんは〝人間との交流拡大反対派〟らしい。長老は中立派だと言うことだ。


「ダガルの考えも分かるんです。人間の中には、聖セルロドス皇国よりやって来る奴隷狩りみたいな酷い連中も居ますからね。ベスナーク王国でさえ、残念ながら獣人族に対する偏見は厳然と存在します。けれど王国の現在の女王メリアベス2世陛下は、その即位時に獣人差別撤廃令を公布してくださいました。ある意味、これはチャンスです。私としてはメリアベス陛下の治世中にもっと人間と獣人が仲良くなって、王国内における獣人の地位が向上すれば良いと思っているんですよ」

「素晴らしい考えですね」


 どうやら、王国の女王陛下は賢王のようだ。ベスナーク王国へ行くのがますます楽しみになってきた。


「ええ。ですので、私はサブローのように獣人と分け隔て無く接してくれる人間がこの村を訪れてくれたことが嬉しいんです。村人の中にはダガルを始めとする〝人間嫌い〟も多いですから。サブローとの出会いが、彼らの考え方を変える切っ掛けになればと思って」

「お役に立てれば良いんですが」

「心配いりません。サブローは自然体でいてください。サブローの人柄は、先程長老の家で行った〝奴隷制度に関する問答〟で良く分かりましたから」

 チュシャーさんは(こら)えきれないようにクックックと笑った。


 そんなに変なことを言ったかな?


「ミーアに聞いたんですけど、サブローは猫族以外の獣人の言語も話せるとか」

 チュシャーさんは好奇心を抑えられなかったのか、ワクワクした調子で訊いてきた。


「ハイ。師匠に鍛えられましたので、一通りは喋れます」

「凄いです! それでは、犬族語を話してもらえますか?」

『僕はサブローですワン』

「本当に話せるとは!? サブローは賢いですね」


 チュシャーさん、絶賛しきりである。

 いや。猫族語の「ニャン」語尾を、「ワン」語尾に変えただけなんですが? ウェステニラにおける獣人言語の難度基準ってのが、イマイチ分からない。


 僕はチュシャーさんの要望に応えて、獣人各部族の言葉を操ってみせた。


 語尾を「コン(狐族)」「ピョン(兎族)」「ヒン(馬族)」「ブー(ブタ族)」「シャー(蛇族)」などにしただけなんですけどね! 

 ちなみに鶏族の言葉の語尾は「コッコ」、ヤギ族の言葉の語尾は「メー」だ。


「サブローの師匠は本当に偉大な方だったのですね」とチュシャーさん。


 ブルー先生が偉大? あの似非(えせ)インテリ眼鏡が!? 

 僕はヘソで茶を沸かした。


「しかし、さすがのサブローも象族の言葉は知らないでしょう? 象族は人間はおろか、他の獣人族の前にも滅多に姿を見せない謎の部族ですからね」

 チュシャーさんが、僕を試すように言う。


 象族? ブルー先生の特訓中に出てこなかった部族名だ。余程の秘境に住んでいる獣人族なのだろう。

 確かに象族の言語はブルー先生から習わなかった。けれど、頭脳明晰にして博学多識な僕には分かる! 象族の言葉が!


『僕はサブローですパオーン』 

「サブローと、サブローの師匠は語学の天才ですか!?」

 チュシャーさんが、驚愕する。


 何故か、むなしかった。ぱお~ん。



 日が沈もうとしている。

 ウェステニラの太陽は、西から昇って東に沈むのだ。それで、いいのだ。天才バ◯ボンのパパは正しかったのだ。


 友人たちと『カニ狩り(カニハンター)サブローを讃える歌を作るのニャ!』と騒ぎまくっていたミーアは、はしゃぎ疲れたのか、現在僕の隣にしゃがみ込んでコックリコックリ船を漕いでいる。


 ついでながら〝カニハンター・サブローを讃える歌〟の作成作業は、歌詞の出だし段階で順調に行き詰まった。

 冒頭部分の「ハンター、ハンター、カニハンター」に続く歌詞で、女子チームの「チョキに勝てるのグーだけニャン」と、男子チームの「横歩きのスピードなら負けないニャ」の意見が対立したためだ。


 反目解消の見通しが立たず歌作りは一旦棚上げにされたが、このまま永久に棚より下ろされないことを僕は切に願っている。


『ムニャ~。〝カニビームなんて喰らっても~、ビクともしないニャ~〟』

 ミーアが僕に寄り掛かりつつ、モゴモゴと寝言を漏らしている。夢の中でも〝カニハンター・サブローを讃える歌〟を作っているようだ。……なんか寝言の内容が聞き捨てならないんだが。


 巨大蟹ジャイアントキャンサーって、ビームを発射する生き物だったの!?


 ミーアがズルズルと体勢を崩していって、とうとう座り込んでいる僕の膝に頭をのっける形になった。

 ミーアめ、何て無邪気な誘惑を! 思わずモフモフしてしまいたくなるじゃないか!


『ミーアは、すっかり貴方に(にゃつ)いたようニェ』

 モフモフの誘惑に必死に抗っている僕に、猫族の女性が話しかけてきた。黒白ブチ模様の毛並みを持つ、大人の女性猫族だ。

 誰だろう?


『ミーアの母、リルカですニャ』

『お、お義母(かあ)様ですかニャン!?』


 動揺のあまり、ダガルさんが聞いたら一撃で僕を地面に沈めてしまいそうなセリフを口にしてしまったが、リルカさんはニコニコしながら許してくれた。

 寛容な女性で良かった。


『ミーアに優しくしてくれて、ありがとうニャ』

『いえ、僕も森の中でミーアちゃんに会えて幸運でしたニャ』

『運が良いのはミーアにゃ。もし、サブローさんが皇国の奴隷狩りだったりしたら大変なことにニャってたわ。でも、いくら言い聞かせたところで、ミーアはこれからも1人で狩りにいくニョでしょうね。こニョ子は、スナザに憧れているから』


 リルカさんは、穏やかな表情をしつつもどこか寂しげに、僕の膝にのっかっているミーアの頭を撫でた。


 ……スナザさんか。ミーアとダガルさんの言い合いの中でも、出てきていた名前だな。

 疑問が僕の顔に浮かんだのに気付いたのか、リルカさんが説明してくれる。


『スナザは、私にょ夫……ダガルの妹で私の親友ニャの。幼い頃から凄く活発で、狩りニョ腕も立ったわ。それで13歳にニャったら村を飛び出して、今では人間たちに混じって冒険者として暮らしているニョ。時々村に帰ってきては、そにょ度に村から出ることに反対していたダガルと喧嘩するニョよ」


 そう語るリルカさんの口調は楽しげだ。

〝喧嘩〟と言っても、(はた)から見れば〝仲の良い兄妹(きょうだい)ゲンカ〟なのだろう。


『だけど、ミーアはスナザがする村の外の話をいつも目を輝かせて聞いてるニョ。ミーアは……』


 ちょっと言葉を濁す、リルカさん。


『ミーアは、スナザのようニャ生き方をしてみたいって思ってるニョ。遅かれ早かれ、こニョ子は村を出て行くでしょうネェ』

『ミーアちゃんが村を出て行くことに、リルカさんは反対ニャんですか?』

『夫にょダガルは「ミーアがスナザみたいに村を出るニャんて、絶対許さニャい」と息巻いているけど、私は反対はしニャいわ』

『心配じゃニャいんですか?』


 口にしてから、シマッタと思った。

 母親なら、子供が心配なのは当たり前じゃないか!


 失言を恥じていると、リルカさんが苦笑する。

『心配ニャ。凄く心配ニャ。でもネェ、サブローさん。ミーアが自分の〝生きる意味〟が外の世界にあると信じるのニャら、私はそれを否定しようとは思わニャいニョ』


 リルカさんが、(いと)おしそうにミーアの寝顔を見つめる。


『けれど、聖セルロドス皇国はもちろん、ベスナーク王国でも獣人に対する差別がまだ残ってると聞きましたニャ。ミーアちゃんが王国に行ったら、辛い思いをするんじゃニャいかと……』

『ミーアのこと、気遣ってくれるニョね。ありがとうニャ……サブローさんは、猫族の女性が一生の間に何人の子供を産むか知っているニャ?」


 リルカさんの問いかけの趣旨は分からないが、正直に答える。


『いいえ、知りませんニャ』

『どニョ女性も、だいたい10人近く産むニョよ』


 やっぱり、猫だから多産系なのかな?


『子だくさんですニャ』


 僕がそう言いながら笑いかけると、リルカさんはユルユルと首を横に振る。


『それにゃのに、猫族の数は殆ど増えニャい。この意味が、サブローさんには分かるニャ?』

『それは……』


 リルカさんの発言の内容が何を示しているのか悟り、愕然とする。リルカさんが頷いた。


『森の中でも、猫族が生きるのは大変なニョ。狩りニョ途中で命を落とすこともあるし、人間の街でなら治せる病気で亡くなることもあるニャ。ダガルの言うように森で暮らせば、それで幸せが保証される訳じゃニャいのよ。どのみち、猫族だろうと人間だろうと、森でだろうと街でだろうと、生きていくニョは苦労の連続で、だからこそ、こニョ子には悔いの(にゃ)い生き方をして欲しいニョよ」


 リルカさんの呟きに、母としての慈愛を感じる。

 ダガルさんとリルカさんのミーアの未来に対する考えは異なっているけど、どちらもミーアを大切に思っていることに変わりは無い。


 お父さん、お母さん、か……。

 不意に胸の内に何かが込み上げてきて、慌ててその思いに蓋をする。


 率直に述べれば、僕は未だに、自分が死んだことをハッキリとは自覚できていない。気が付いたら、爺さん神の前に立っていたのだから。


 生き返ることは、不可能。

 そのことは、神様に訊いて確かめた。


 それ以降、日本の家族や友人たちが〝僕の死〟に対してどのように反応したのかは、可能な限り考えないようにしている。

 無責任の極み……だね。

 しかし、神様は僕へ告げた。〝どうやったって日本の現世の状況を知るすべは無いし、いわんや、干渉することなど出来はしない〟――――と。


 そして、僕は異世界へ転移した。


 ――――今は。

 目の前の問題に集中するべきだ。クヨクヨと思い悩むよりも、ウェステニラでの生活を全力で満喫することこそ、正しい判断であるに違いない。


 心躍る、ドキドキの大冒険が、僕を待っている! 進め! 進め! 後ろは、見るな! 前へ、進め!!!


 誤魔化し? 安易? それとも、薄情? 

 けれど、僕は気持ちを切り替えたのだ。開き直った! 踏ん切りをつけた! 割り切った!


 割り切った…………はずなのに。

〝もう絶対、家族にも友人にも会えないのだ〟と思うと、何か胸の中にぽっかりと穴が空いたような感覚を覚えてしまう。


 改めて思い返してみると、胸の中の穴なんて存在を考える暇も無かった特訓地獄のオーバーキル・シチュエーションは、僕の心を逆に救ってくれていたのかもしれない。

 鬼たちによる過酷なシゴキは、死んだばかりの僕の精神状態を(おもんばか)ってくれてのものだったのだろうか……。


 レッド、ブルー先生、イエロー様、ブラック、グリーン……僕は、鬼たちの顔を順々に思い浮かべた。

 特訓の苦しさに喘ぐ僕を、どの鬼も喜悦に満ちた表情で見つめている。


 ……いや、それは無いな。アイツ等、基本サドだったし。そろって脳筋だったし。


 鬼たちのにやけ(・・・)面を、脳内より消去した。


『ムニ~〝カニ玉、カニ味噌、カニサラダ~。カニの行く末はどんなカニ~〟』

 ミーアが寝言で変な歌を口ずさむ。


 そうだね。カニ玉は美味しいね! …………って、まさか、ミーア。それ、〝カニハンター・サブローを讃える歌〟の一節じゃないよね? 違うよね?


 ミーアの寝言と、その珍妙な歌詞を耳にしたリルカさんのクスクス笑い。

 母娘(おやこ)の声を聞いていると、寂寥感とも焦燥感とも名付けようの無い、胸の奥にあるモヤモヤとした思いが次第に薄まっていくのを感じる。


 耳へと響く、猫族皆さんの歓声。

 頬を撫でる、緩やかな風が心地良い。


 ここは、異世界ウェステニラ。獣人の森。猫族の村。


 薄暮の空へ、目を向ける。

 星が1つ2つ、瞬いているのが、見えた。

 サブローが家族を思い出す展開が少し唐突かな? とも思ったんですが……

 サブローが日本の家族や友人のことも忘れていないという点は作者的にも重要だったので、ココで入れさせてもらいました。

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― 新着の感想 ―
まさかあの鬼たちにそんな優しさが…と驚きましたが、やっぱりただの愉快犯で安心しました(笑 サブローの家族を思う気持ちにグッときました。思わぬところで思い出すのが逆にリアルですね。 ここまでで、一生分の…
チュシャー……カチューシャかチャーシューを真っ先に連想してしまいました。(去年あったラーメン屋のアニメの影響かもですw) カニハンターに依頼を出す時は、村の掲示板に「あと、10kgを追加よろしくニャ…
[良い点] チュシャーさんに対する失礼な濃尾平野から、とても真面目な温かトークにいくとは思いませんでした。意外ですが、良い話だったと思います。多産ながら人口が増えないという設定もまた、リアリティがあっ…
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