恋愛の専門家は爆弾を投下する
「これって、単なる偶然だと思う?」
ドリスからの問いかけを受け、僕は少し戸惑う。
「偶然では無い……と、ドリスは考えているのか?」
「ええ」
ドリスは首を縦に振り、肯定の意を示した。彼女の発言の内容……その意味するところが、じょじょに僕の胸の中に染みこんでくる。
今、彼女はとても重要なことを言った。それは、理解できる。しかしながら、彼女は何かハッキリとした根拠があって、その疑問を口にしたのだろうか?
僕の心中を察したらしい。
ドリスが思慮深げに、その紫の瞳を淡く煌めかせる。
「そうね。考えている……というより、これは、あたしの勘ね」
「勘?」
そんな、あやふやな!
「あら。〝勘〟は、大事よ。直感で物事を決めつけるのは良くないけれど、『気のせいに違いない』と無視して、一切の検討をしないのは、もっとダメ」
「それは、そうだが……」
「だって、サブロー。今回の事態を、見直してみて。北方セルロド教団の一派の手により、ミーアはタンジェロの地へ連れて行かれた。一方で、日を置かずにシエナが、やっぱりタンジェロへと向かっている。まず間違いなく、身体の自由を奪われた状態で」
「…………」
「ミーアとシエナが、ほぼ同じタイミングで、トレカピ河の北へと誘拐されてしまった。この状況、あまりにも出来すぎている。単なる偶然とは、とうてい思えないわ」
「……確かに」
ミーアとシエナさんの拉致が、その間は10日も経たない、数日中に相次いで起こったのは、僕らにとっては〝全く予想しない出来事〟だった。しかし、犯行に関わった……そのメンバーの下の連中は、命令に従って動いていただけだろう。だが、メンバーの上層部には『どちらの誘拐も、計画どおりだ』と、ほくそ笑んでいるヤツが居るのかもしれない。
いや、『居るのかもしれない』じゃ無いな。きっと、居る。
「サブローは、感じない? 事件の背後に居るに違いない、悪意を抱いている者の存在を」
「つまりドリスは、一連の出来事の裏に、全てを操っている黒幕が潜んでいる……と言いたいんだね?」
「そう。そして、その正体は…………ミーアとシエナが何処へ掠われたのかを考えると…………あくまで〝その可能性がある〟という範囲に、予想を留めておくべきではあるけれど、最悪の相手として出てくるのは――」
言葉を濁し、ドリスは一旦、話すのを止めた。
僕とドリスの目が合う。
ドリスの瞳の中に、恐怖の色が走っていた。
彼女が何を言おうとしているのかが分かり、僕は息を呑む。
「え? 魔族……?」
トレカピ河の北、タンジェロの大地には、少なからぬ数の魔族が生息しているという。けれども ミーアやシエナさんの誘拐事件が起こったのは、ここナルドットであって――
僕が問いの言葉を発する前に、ドリスは話を続けた。
「トレカピ河の南にある人間の国へと、世情の混乱を狙って、タンジェロより魔族がやって来るケースが希にあるのよ。他でもない、あいつ――《暁の一天》の皆を酷い目に遭わせた、魔族のターナダクは、そのうちの1人だった」
「あのターナダクが……」
「そうよ、サブロー。魔族と、人間・獣人・エルフ・ドワーフらヒューマンの感性は、隔絶している。しかし、魔族がヒューマン側と没交渉のまま過ごしていく……というのは甘すぎる考えなの。敵意か、憎悪か、軽蔑か――ともかく、魔族が、こちらの世界に深い関心を抱き、実際の行動に出てくることがあるのは、覚悟しておいたほうが良い。ターナダクの例を挙げるまでも無く……ね」
〝ターナダク〟の名を口にするたびに、ドリスの身体が僅かに震える。
ヤツからドリスが加えられた危害を思い、胸が痛くなった。身体の傷は治ったとしても、精神の傷は別だ。それは今でもドリスにとって、大きな心的外傷になっているに違いない。
僕はドリスのもとへ歩み寄り、彼女の左手を握った。ドリスの左の腕は、かつてターナダクの苛烈な攻撃によって、切断された。現在は元通りになっているが……彼女の掌の感触は、ヒンヤリと冷たい……な。
そのまま離さずに、ドリスの左手を、僕の両手でソッと包み込む。
僕の温度が、少しでも彼女へ伝わることを願って。
「……ありがとう。サブロー。アナタの手は温かいわね」
ドリスは笑顔になり、彼女の震えは止まった。
ポツリと、キアラが呟く。
「ターナダク。それが、あの魔族の名前だったんだ」
「うん。こんな形で報告することになって、ゴメンね。キアラ」
「気にしない。ドリスは、サブローとの〝2人だけの秘密〟を守りたかったんだ。私は承知している」
「変な誤解をしたまま、承知しないで!」
なんか、ドリスとキアラが口論しているけれど、それはそれとして。
……今回の幾つもの重大事に、魔族が関与している?
しかし、もしもそうだとして、どうして魔族はミーアとシエナさんを狙った? それが、分からない。
やはり、聖女……の可能性があるフィコマシー様へ、精神的なダメージを与えるためだろうか?
でも、フィコマシー様づきのメイドであるシエナさんを誘拐するのは、それで一応、要因の1つとして腑に落ちるとしても、ミーアの誘拐については理屈が合わない。
シエナさんとの関係ほど親密では無かったにしろ、フィコマシー様とミーアも仲が良かったのは事実であるが……。
僕はフィコマシー様のほうへ目を向ける。
フィコマシー様はドリスに、躊躇いがちに語りかけた。
「あ、あの……ドリス」
「なんでしょう? フィコマシー様」
返事におけるドリスの口調が、柔らかい。
ドリスは本当に、フィコマシー様へ温かい心を持っているんだな。
「タンジェロから魔族が、悪しき目的を持って、人の世界へと入ってくる……。それは、ベスナーク王国にとって、重大な危機ですよね? なにより、このナルドットの街はベスナーク王国の北辺にあり、トレカピ河に面しています。いざという時、最も苦しい状況に置かれるのは――」
「はい。フィコマシー様。ご懸念は、そのとおりだと思います。ただ、魔族による危機の到来を薄々ながら感じている賢い方が居られたとしても、聖女様の真実を知らない以上、その到来が、いつになるのかは判断できません。それは明日かもしれないし、10年後かもしれない。100年後かもしれませんし、もしかしたら永遠に、そんな日は訪れないかもしれない。仮に賢人に警告されても、他の大多数の人は動かないでしょう。不分明な未来への対処を、人は積極的にしようとはしません。どうしても『今は平穏だ。余計な準備の苦労はしたくない。将来は、なんとかなるだろう』と軽く考えてしまう」
「そうですね……。それでは、いけないのですよね」
ドリスの言葉を受け、フィコマシー様は顔を伏せ、思いを巡らしている。フィコマシー様の心の内に、大きな変化が生じているように感じる。
と。
なにかに気付いたのか、フィコマシー様は急きつつ、ドリスへ尋ねた。
「妹のオリネロッテが、この屋敷から姿を消しました。この事も、シエナやミーアちゃんの誘拐と関係があるのでしょうか?」
「オリネロッテ様が行方不明に?」
ドリスの眼差しが、一気に鋭くなる。
「夜間であるのに、お屋敷の中が騒がしいと思っていましたけど……そうなのですね。シエナだけでなく、オリネロッテ様まで……」
俯きつつ考え込むドリスへ、僕は把握している現在の事情を説明した。
そして、彼女に訊いてみる。
「その事をドリスは、どう考える?」
「あのね、サブロー。ミーアの誘拐に関与していた人物……宝石商のカルートンは、セルロド教の信者だったのよ」
「……え?」
それが、どうしたんだ?
「よく、思い返してみて。掠われたミーアの身柄は、カルートンから聖セルロドス皇国の商人のハギウズへ、更にハギウズの手から北方セルロド教団の降臨派へと、引き渡された」
「うん」
「そして、今日……いえ、昨日、オリネロッテ様が、カルートンの館を訪れた。彼が所有していた、貴重な黒い宝石――ブラックダイヤモンドを、オリネロッテ様は目にして、触りまでした。それからカルートンを逮捕する一件があって、オリネロッテ様はサブローやアズキ様、クラウディ様と別れ、侯爵家の屋敷へ帰ってきて、失踪した」
「ブラックダイヤモンド……か」
そのブラックダイヤモンドを、僕は見てはいない。ドリスやキアラの証言によると、大きく、きわめて美しいが、随分と禍々しい印象も覚えてしまう宝石だったらしい。
ドリスが、僕へ告げる。
「カルートンは、自分と同じようにセルロド教を信仰している者から、ブラックダイヤモンドを譲ってもらったと、自慢気に述べていたわ」
「また、セルロド教徒か」
「そのとおりよ。オリネロッテ様の失踪は、起こったタイミング的にはシエナと、セルロド教の影が見え隠れしているという点ではミーアと、それぞれ条件が重なっている」
「つまり……オリネロッテ様も、ミーアやシエナさんと同様に、タンジェロ大地へ連れ去られている可能性がある?」
「もちろん、断言はできないけどね」
ドリスが出した結論は、僕にとって衝撃的だった。フィコマシー様も、相当なショックを受けたらしい。透きとおるほど青白くなっている顔色のまま、凍りついたように全身を硬直させた。
しかし、侯爵家の長女である彼女の心は、折れていない。それは強い決意を湛えている、その凜とした瞳から伝わってくる。
ドリスの推論は、かなり確度が高いように僕にも思える。こうなったら、急いでシエナさんの跡を追おう。それがシエナさんのみならず、ミーアも救える道に繋がっていくはずだ。オリネロッテ様は……正直、その失踪について、彼女の真意を僕は掴めずにいる。ひょっとしたら、自ら望んで、今の行動を取っているのかもしれない。けれど、もしも不本意に連れて行かれたというのなら、やっぱり彼女も助けたい。
今なら、分身しているゴーちゃんのネットワークを使って、シエナさんの居場所が分かる。どんな困難があっても、どれだけ時間が掛かっても、絶対に彼女のもとへ辿りついてやる!
シエナさんの追跡へ、僕とドリスが動こうとすると、それまで黙って成り行きを見ていたキアラが発言した。
「私も、タンジェロへ行く」
「待って、キアラ」
「なに? ドリス」
「キアラには、あたし達に同行する以上に、やって欲しい大切なことがあるの。……キアラ。アナタには、この侯爵家の屋敷に留まって、フィコマシー様を守ってもらいたい」
「フィコマシー様を? 私が?」
「お願い、キアラ」
キアラはドリスへ向けていた視線の方向を変え、フィコマシー様を見つめた。フィコマシー様とキアラは初対面から、気が合う関係だった。現在、フィコマシー様の側にシエナさんは居ない。そして僕とドリスも、一時的にではあるが居なくなる。そんな時、キアラが付いていてくれたら、単に物理面での護衛が存在している以上に、精神面においてもフィコマシー様は心強いだろう。
「キアラ。僕からも頼むよ。僕もドリスも、これからシエナさんを追って、トレカピ河を越えなくちゃならない。この屋敷どころか、ナルドットの街からも離れることになる。フィコマシー様が1人っきりになってしまうのが心配で……キアラがフィコマシー様の隣に居てくれるのなら、安心できる」
「分かった。私に任せる。フィコマシー様を、守る」
キアラが言ってくれた。相変わらず、彼女は判断がはやい。
僕はホッと息を吐き、ドリスは微笑んだ。
フィコマシー様が、キアラへ頭を下げる。
「ありがとうございます、キアラさん」
「……『キアラ』」
「え?」
「フィコマシー様はドリスのことを『ドリス』と呼び捨てにしている。だから私の名前も『キアラ』と、呼び捨てで良い」
「はい。キアラ、よろしくお願いします」
「了解。フィコマシー様に手を出す不埒者が現れたら、メイスでペシャンコにするから安心する」
キアラが淡々と、物騒な言葉を口にした。
……それは、逆に安心できないよ! キアラ!
キアラが護衛任務を頑張ってくれるのは、嬉しい。しかし、敵と認定する相手が現れても、そいつの行いが不埒な程度なら、出来ればペシャンコでは無く、ドカンとか、ゴッチ~ンで済ませて欲しい。その敵が侯爵家の関係者であった場合、後になって起こるであろうトラブルを、最小限にしたいから。
ダイレクトに襲って来たら、相手をペシャンコにしても構わないけれど。
そんなことを僕が思っていると。
ドリスが姿勢を正し、キアラへ改めて話しかけていた。
「あのね、キアラ」
「ん?」
「ドリス分隊の副隊長であるキアラへ、隊長のあたしから命令があるの」
そういえば、ここに来ているのは《暁の一天》の《ドリス分隊》に所属しているメンバーだったな。
《ドリス分隊》……すっかり、その存在を忘れていたよ。
隊長は、ドリス。
副隊長は、キアラ。
隊員1号が、ゴーちゃん。
僕は、隊員2号。隊内の序列において、ゴーちゃん以下だ。……酷すぎる。
「ドリスが、私に命令?」
「そうなの。これは《暁の一天》のパーティー内部の話だから『お願い』じゃなくて『命令』と言わせてもらうわ」
「なるほど。了解」
「すごく重要なミッションで……」
ドリスは真剣な顔になり、着用しているメイド服のポケットから、ひとつの分厚い封筒を取り出した。
「これを、キアラに預けるわ」
「封筒? 中に入っているのは……手紙?」
「うん。タンジェロは、とても危険な大地として知られている。もちろん、私もサブローも無事に戻ってくるつもり。ミーアやシエナを助け出してね。とはいえ、万が一の事態だって、やっぱり起こり得る。だから……」
胸中に臆するところがあるのか、ドリスの声が小さくなる。
が、心に活を入れなおしたらしい。ひと呼吸して、彼女は話を続けた。
「いえ。誤魔化しちゃ、いけないわね。この手紙は、少し前に、私の知っている限りの情報を書いておいたものなの。面と向かって、アレク様……アレクに告白する勇気が持てなかった時には、手紙で大事なことを伝えようと思っていたのよ。ちょっと、意気地なしな考え方だけどね。でも、こんな状況になって、この手紙の最適な使い道ができたわ」
「ドリスが知っている限りの情報?」
「そうよ。ボンザック村でのクエストで、あたし達は魔族の……ターナダクと戦ったでしょう? ヤツが従えていた多数のモンスターも相手にして、大変だった」
「うん」
「あの時に、ターナダクがあたしに喋った内容を、記しておいたわ。それと、あたしが抱えている大きな秘密についても」
ドリスの言葉に、僕はハッとする。
一方、キアラのほうは、ドリスの真っ直ぐな語りを耳にしても、特に動揺する様子を見せなかった。
「ドリスの大きな秘密……。今更だけど、とっくに私は察している。ドリスが、カツラをしていることを」
「違うわよ! あたしの髪は、カツラじゃない!」
「あれ? 違うんだ。巻き巻きしている2つの縦ロールが凄いから、ドリスの髪は、てっきり部分カツラだと思っていた」
まぁ、ドリスのくるくるツインテールは滅多なことでは形が崩れないし、どうにも自然の髪っぽく無い。キアラが勘違いしてしまうのも、分かる。
でも、そこは、せめて〝部分かつら〟では無くて〝ウィッグ〟とか〝つけ毛〟と言うべきだよ。
「あたしのビューティフル・ヘアースタイルを、そんな風に見ていたなんて。キアラの認識は、完全に誤っているわ。反省して、考えを訂正しなさい」
「承知した。1年以内に、そうする」
「即座に、しなさい!」
叫んでから、我に返ったらしい。
コホンと、ドリスが咳払いをする。
「封筒はシッカリと閉じているから、アレクが来るまで開けないでね」
「アレクは今、負傷の療養で、ボンザック村に居るけど」
「オリネロッテ様が行方知れずになったことは、すぐにボンザック村へも伝わる。傷の治り具合によるけれど、いずれにせよ、アレクたちは必ずナルドットの街へ来る。おそらく、あたしやサブローがタンジェロから戻らないうちに。アレクたちが領主様の屋敷を訪ねてきて、フィコマシー様に面会を求めたら………フィコマシー様は会ってくださるでしょう?」
ドリスが尋ねると、フィコマシーはシッカリと頷いた。
「ええ。もちろんです」
「ありがとうございます。その時にキアラは、封筒をアレクに渡して。入っている手紙の中身について、どこまで皆に話すかは、アレクが考えると思う」
「手紙に書かれている内容に、まず最初に目を通すのはアレクでなければならない。それは、ドリスにとっては譲れないことなんだ」
キアラが、静かに言う。
ドリスは、ちょっと申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんね。キアラのことを、信じていないわけじゃ無いのよ。でもアレクは、あたし達のパーティー《暁の一天》のリーダー。まずはアレクに打ち明けるのが、正しい手順だと思う。そしてアレクは、きっと、間違いのない選択をしてくれる。手紙の内容を、キアラにも《暁の一天》の皆にも、フィコマシー様にもキチンと伝えるはず」
「私にも……ですか?」
驚いた様子になるフィコマシー様に対し、ドリスは軽く一礼した。
「はい。僭越ながら、手紙には、フィコマシー様に関連することも記しておりますので。だからこそ、キアラ。この封筒は、アレクに渡すまで、アナタがシッカリと持っているようにして。他の誰の目にも触れないように」
「分かった」
キアラはドリスから封筒を譲り受け、初めは背負い袋の中に入れようとしたが、少し迷ったのち、注意深く、懐に仕舞い込んだ。
「フィコマシー様の護衛と、封筒の管理、どちらもやり遂げる」
「頼むわね、キアラ」
「うん。……それにしても、ドリスのアレクへの思い入れは、とても大きい。再認識した」
そうキアラが言うと、ドリスは急に落ち着きを失った。
「キ、キアラも、知っているでしょう? あたしは、アレク様……アレクのことが好きなの」
「当然、それは承知している。ドリスは前から、アレクに対して、お熱だった」
「〝思い入れ〟とか〝お熱〟とか、いちいち、扱う言葉が恥ずかしいわね!」
「ドリスはアレクが、とても好き……でも、ドリス」
「な、なによ」
「ドリスは今、サブローのことも好きだよね?」
「な!」
おい~!
キアラが、爆弾を投下した。
ドリスの顔が、みるみる真っ赤な色に染まる。
「な、何を言っているの、キアラ! あたしがアレクを好きで、サブローも好きなんて……それじゃ、まるで、あたしが〝気が多い女〟みたいじゃない!」
キアラは、うろたえるドリスに近づいた。そして、ポンポンと彼女の肩を優しく叩く。身長差のために、少し背伸びしながら。
「ドリス、そんなに慌てる必要は無い。私は、全て理解している。ドリスの〝アレクへの好き〟と〝サブローへの好き〟は、好きの意味が違う」
「意味が違う……?」
「そう。本質的に、違う。ドリスの感情を、私が説明すると……ドリスのアレクへの好きは〝アナタを、お慕いしている〟の好きであり、サブローへの好きは〝アナタに、惚れてしまった〟の好きなのである」
「〝なのである〟……とか、学者風の口調で喋らないでよ、キアラ! まったく、勝手なことばかり言って!」
「勝手では無い。緻密な分析による、正確な結論なのである」
「だいたい、キアラに〝恋愛感情という複雑なもの〟が分かるわけないでしょ!」
ドリスの物言いに、キアラはムッとした表情になる。
「ドリスは、私を侮っている。私は、こう見えても恋愛にすごく詳しい……いわば、恋愛の専門家」
「専門家? キアラに恋愛の経験があるなんて、私は初耳なんだけど」
「私は毎月、恋愛小説を必ず1冊、購入して読んでいる」
「ああ……キアラが頻繁に読書をしていることは知っていたけど、本のジャンルは、そういう……」
「そのため、恋愛体験は非常に豊富」
「体験といっても、それは単なる疑似体験でしょ」
「今のドリスの状態は、先月に読んだ『恋のぐらぐらグラデーション・愛の海原漂流記~わたしは伯爵令嬢のクラゲーナ。イケメン王子が好きだったのに、急接近してきた幼馴染みの令息のことも気になっちゃう。クラゲのようにぷかぷか揺れる、わたしの心。浜辺に打ち上げられて、干からびる未来は絶対に回避してみせる!~』の主人公と、全く同じ」
「ずいぶんと長いタイトルね」
「こういうのが、最近の流行り」
「ともかく、キアラはいろいろと早合点しすぎよ」
「でも、忘れないで。ドリス。サブローの正妻はミーア。これは絶対の真理。受け入れるべき」
「あたしの話を聞きなさい!」
「ミーアとシエナを助け出したあと、サブローの2号さんにドリスとシエナのどちらがなるか、私は冷たい客観的な観察眼で、温かく主観的に見守っている」
冷たい客観的な観察と、温かい主観的な見守りは、基本的に両立しがたいと思うんだが。
僕が心の中でツッコミを入れている最中も、キアラの弁舌は続く。〝無口キャラ〟は、どこに行った?
「けれど、ドリスは《暁の一天》のパーティーメンバー。苦労を共にした仲。ドリスとサブロー・ミーア・シエナの関係が《サブローと正妻ミーア・シエシエ2号・ドリドリ3号》では無く、《サブローと正妻ミーア・ドリドリ2号・シエシエ3号》になるように、私は心から祈っている」
「誰が、ドリドリ2号よ!」
『ピ~!』
ドリスの声に合わせ、テーブルの上に立っているゴーちゃんが音を出した。何を言っているのかな?
僕には分からなかったが、キアラには理解できたらしい。
両腕をグルングルンと回しているゴーちゃんへ、キアラは言う。
「ゴーちゃん。あるじのドリスを推したい気持ちは理解するけど……《正妻ドリス》は、あり得ない」
『ピー、ピー、ピー』
「ドリスとミーア、そしてシエナも正妻に? う~ん。《正妻3人》は理論上は良くても、倫理的にダメだと思う」
『ピ! ピ、ピ、ピ!』
「《ハーレム》自体が、倫理的にダメ? それは正論なのである。しかしながら正論のみでは、世の中は回らないのである」
『ピピ!』
「い~かげん、キアラもゴーちゃんも黙りなさい!」
ドリスは叫び、くるりと僕のほうへ身体を向けた。
「サブロー!」
「は、はい」
ドリスの勢いに押されて、畏まってしまう。
「あたしとサブローがタンジェロへ出発するにあたり、この屋敷で、重要な情報を共有しておきたい人は居る? フィコマシー様とキアラ以外で」
大声を出す、ドリス。
対照的に、キアラとゴーちゃんは小声で喋る。
「ドリスが、巧みに話を逸らした。軽妙な方向転換は、柔軟なクラゲの得意技。さすが、なのである」
『ピピピ』
「聞こえているわよ、キアラ、ゴーちゃん! なにが『さすが』よ! そもそも、あたしはクラゲじゃ無い!」
ドリスとキアラが言い合っているが、それをクラゲのように聞き流しつつ、考えた。
重要な情報――〝シエナさんの身が、強引にトレカピ河を越え、タンジェロの大地に向かわされている〟ことか。
共有しておきたい――要するに、ドリスは僕に『侯爵家の屋敷で、信用できる人は居るのか? フィコマシー様たちを除いて』と訊いているわけだ。
信用できる人……。
アズキは、カルートンの館に居る。
リアノンは、ハギウズの船に居る。
キーガン様は、ボンザック村に居る。
と、なると――
更新が遅くなって、スミマセンm(_ _)m
もちろん本作は、まだまだ続きます!
※『恋のぐらぐらグラデーション・愛の海原漂流記』は、伯爵令嬢クラゲーナが、イケメン王子のタコナグルと幼馴染みのイカツリンの間で、心を揺らす物語です。プカプカ。




