奴隷に対する認識と猫神様の恐怖
僕の発言に何やら衝撃を受けたらしいミーア。
動揺してるっぽい。どうしたのかな?
ミーアの様子を確かめようとしていると、長老が質問してきた。
『滞在の許可を出す前に、サブローに訊いておきたいことがありますニャン。サブローは、奴隷という存在をどう思いますかニャ?』
『奴隷ですかニャ……』
意外なワードが突然出てきたな。
戸惑い、しばし考え込んでしまう。
ブルー先生の訓練で、ウェステニラには奴隷制度があると習った。詳細は教えてくれなかったけどね。
でも異世界を舞台にする物語で、獣人が奴隷扱いされるのはテンプレだ。
猫族の皆さんが〝奴隷〟という制度に嫌悪感を持っている可能性は、大いにあり得る。
ここは長老を始めとする猫族たちの反応を見つつ、機嫌を損ねないように慎重に答えるべきだろうか? いや、魔法の件で、僕は既に嘘を吐いている。誤魔化しを重ねるのは良くない。
率直に、思いの丈を語ってみよう。
『僕は、奴隷の存在そニョものを否定したりはしませんニャ』
『ほう……』
僕の答えに長老の目が細くなり、ミーアパパの眼光が鋭くなる。
『サブロー……』
隣から、ミーアの悲しげな声が聞こえてくる。
でも、それが正直な僕の考えだ。社会制度に正解や最良は無い。
現代の日本出身である僕個人の価値観としては、奴隷制度は受け入れがたい。「社畜は現代の奴隷だ!」って声もあるけど、取りあえずその意見はスルーさせてもらう。
奴隷が提供する労働力を前提に成り立っている社会は、地球においても過去、確かに存在した。
僕の考え方は、どうやら猫族の皆さんを失望させてしまったようだ。
『では、サブローも機会があれば、奴隷を所有したいと考えているニョですね?』
赤猫さんの声に、皮肉な調子が混じる。
『いいえ! 奴隷を持つニャんて、そんな怖ろしいこと、僕には出来ませんニャ!』
思わず叫ぶと、猫族の皆さんは揃って呆気に取られた。
『怖ろしい? 奴隷を持つことがですかニャ?』と、困惑気味の赤猫さん。
『そうですニャ。考えてみてくださいニャ。奴隷を持つ以上、その者の衣・食・住は、主人である僕が保証しなければニャらないのですよ。僕がお金持ちなら良いですニャン。でも自慢じゃありませんが、今の僕は一文無しですニャ』
『確かに、自慢にならないニャ』とミーア。
『し、しかしですニャ。稼ぎがあれば、奴隷を買えるでしょう?』
赤猫さんが食い下がる。
甘いなぁ、赤猫さん。
ラスグッラ(インドのお菓子・激甘)並の甘さだ。
『〝いつまでも、あると思うな、定期収入〟ですニャ。稼ぎが良いときに調子に乗って奴隷を購入したとして、稼ぎが悪くなったら、どうするんですかニャ? 「うちの主人は、奴隷に充分な飯も出せないのかよ。まったくシケた主人だぜ」と奴隷に蔑みの眼で見られてしまいますニャ。「うう、ゴメンよ。一昨日は朝ご飯が猫マンマ、昨日は朝ご飯と昼ご飯が猫マンマだったけど、今日は3食ともに猫マンマなんだ」と奴隷に言い訳してたら「口先ばっかりの謝罪はいらねえ! 主人面すんなら、奴隷の面倒くらいちゃんと見ろ。奴隷のようにキリキリ働いて稼いでこい!」と奴隷にこき使われるようになってしまうんですニャ。そんにゃ未来、僕には耐えられませんのニャ!』
声を張り上げて力説していると、猫族の皆さんは何故か頭を抱え込んでいた。
隣いるミーアだけが、妙に嬉しそうだった。
『〝猫マンマ〟なる、謎のネーミングが激しく気にニャるんですが……。今の言葉は、サブローの本心ニャんですね? 猫神様に「奴隷に対する考え方に嘘偽りはありません」と誓えますかニャ?』
赤猫さんが念を押してくる。
『もちろんですニャ!』
僕が猫神様に誓いを立てると、ホッとした空気が室内に流れた。
『やはり、サブローは聖セルロドス皇国とは無関係のようですニャン』
『余計な心配のようじゃったニャ』
赤猫さんと長老が言葉を交わしている。
聖セルロドス皇国?
『聖セルロドス皇国とは、どのような国ニャのでしょうか? 恥ずかしニャがら修行三昧の日々だったので、世情には疎いニョです』
ウェステニラの歴史・地理関連の具体的名前なんかは、ブルー先生があんまり教えてくれなかったからね。
けっして、僕が勉強をサボっていた訳じゃないよ?
僕の疑問に、長老自ら答えてくれた。
『うむ。こニョ森はベスナーク王国と聖セルロドス皇国との中間にあり、自然の国境をなしているのですニャ。ベスナーク王国にも獣人への差別はあるニョですが、聖セルロドス皇国の獣人に対する扱いはその比では無いニョです。聖セルロドス皇国は、国策として獣人をことごとく奴隷身分にしてしまっているんですニャ』
『そんニャ!』
一口に奴隷制度と言っても、千差万別だ。
聖セルロドス皇国とやらの奴隷制度は、猫族皆さんの話を聞く限り、かなり酷いもののようだ。
『奴らの国教であるセルロド教が「獣人は穢れた存在」と説いているからニャ。聖セルロドス皇国の民衆は、その教えを盲目的に信じているんニャ。獣人を捕まえて奴隷にするために、森の中に奴隷狩りが侵入してくることさえあるニョだ』とミーアパパが憤慨する。
『幸い、我が村は森の中でもベスナーク王国よりにあるニョで聖セルロドス皇国の奴隷狩りに襲われることは殆ど無いニョですが、警戒するに越したことはないのでニャ。サブローのことを少し疑ってしまったのですニャ。すまなかったですニャ』
『いいえ! 自分でも身元が怪しく見えるニョは分かっていますから、疑われるのは当然ことだと思いますニャ』
長老が詫びてくるので、慌ててそれを押しとどめる。
『それでも、猫神様に誓いを立てた者を疑うニャど、本来あってはならないことニャ』と、申し訳なさげな長老。髭が、しおれている。
『あの~、1つ質問して宜しいですかニャ?』
『なんですニャ?』
『僕は人間ですニョで猫神様のことを全く知りませんし、信じてもいませんニャ。そんニャ僕が猫神様に誓いを立てたからと言って、なぜ猫族の皆さんは安心できるニョですか?』
長老に代わって、赤猫さんが答える。
『ああ、そのことですかニャ。猫神様に誓いを立てた以上、猫神様の信者であろうと無かろうと、誓約を破った者に猫神様は罰を下されるニョです』
『ニャんと!』
猫神様は、僕が思っていた以上に強烈な力を持つ神様のようだ。これは注意しないとな。
いや、誓いを破る気は毛頭無いけど。
『あニョ、念ニョために訊くんですけど、猫神様が下される罰って、どんニャものなんですかニャ?』
恐る恐る尋ねると、赤猫さんがアッサリ教えてくれる。
『語尾が〝ネコガミ〟にニャってしまうのですニャ』
『ニャんだ、そんなことですかニャ』
拍子抜けしてしまった。罰と言うからには、もっと怖ろしいものだと予想していたのに。
〝それで誓い破りの抑止力になるのかな?〟と僕が首を傾げていると、赤猫さんが〝サブローは分かっていニャい〟というように語気を強める。
『良いですかニャ、サブロー。もしサブローが猫神様への誓いを破ったら、今後サブローが猫族の言葉を喋る時はもちろんニョこと、他の獣人族の言葉を喋るときも、人間の言葉を喋るときも、必ず〝ネコガミ〟の語尾付きにニャってしまうニョですよ。それも、一生ですニャン』
僕は〝ネコガミ〟語尾付きの一生を想像してみた。
「始めましてネコガミ! 僕の名前は、サブローですネコガミ」
「魔王、追い詰めたぞネコガミ! ここで決着をつけてやるネコガミ!」
「愛していますネコガミ。結婚してくださいネコガミ」
「僕はここまでのようだネコガミ。僕をおいて先に行ってくれネコガミ」
……うん、辛すぎる人生だね。
どんなシリアスシーンもぶち壊しだし、猫神様との誓いを破ったことが周囲の人に常に丸わかりの状態だ。
やっぱ猫神様って、邪神か祟り神の類いじゃないの?
猫神様の恐怖に僕がおののく様を見て、『サブローにも猫神様の偉大さを分かってもらえて、嬉しいですニャ』と赤猫さんが満足げにしている。
一方、ミーアパパは、椅子から立ち上がり、僕へ近寄ってきた。
『ところで、サブロー。サブローはしばらくミーアと一緒だったようだが、まさかミーアにおかしニャ真似はしなかっただろうニャ?』
ミーアパパの全身が露わになると、腰に帯剣しているのが分かった。
騎士が扱うロングソードなどとは違って、湾曲している肉厚の刀だ。ククリナイフみたいな形状。
あれ? ミーアパパ、なんで腰の刀の柄に手を掛けてるんですか?
『も、もちろんですニャ。お義父さん』
『誰が、お義父さんニャ!』
ミーアパパが怒声を発する。
ヤバいよ! あれは〝ウチの可愛い娘に手を出すゴミは、ひねり潰してやるニャ〟と言っている眼だ。
お義父さん、誤解です! 僕はケモナーじゃありません!
ミーアが急いで、僕とミーアパパの間に割って入る。
『パパ。サブローは、とても親切だったニャン。おかしニャ真似なんて、一切しなかったニャ』
いいぞ! ミーア。お義父さんが誤解しないように、事実だけを語ってくれ!
『アタシのおっぱいの数を、訊いてきただけニャ!』
ミーアァァァァァァ!
場の空気がピシリ! と凍った。家の中の温度は氷点下だ。
ミーアパパが、ゆっくりとした動作で腰に差していた刀を抜き放つ。
刀身に光が反射してキラキラしているね! あ~キレイだな~。
『そこに直れ、サブロー! 叩き切ってくれるニャ!!』
僕は刀を振り回すミーアパパに、しばらく追っかけ回されるはめになった。
ククリナイフは、インドやネパールで使用される刀です。見た目が、かなり物騒。




