船倉でタルタル捜査
主人公(サブロー)の視点に戻ります。
(今、シエナさんの声が聞こえたような……?)
いや、気のせいに違いない。
今日だけでも既にイロイロな状況の変化があったが、それでもシエナさんが現時点でトレカピ河までやって来る事はあり得ない。彼女は侯爵邸で、フィコマシー様の側に居るはずだ。
けれど、妙な胸騒ぎがする――
早く、ミーア達を助け出そう。それから、冒険者ギルドへの報告を済ませて……すぐにミーアを連れて、シエナさんとフィコマシー様の顔を見に、侯爵家の屋敷へ戻るんだ。
ミーアの無事な姿を目にしたら、シエナさんもフィコマシー様も、大喜びするぞ。
(そのためにも、やるべき務めを迅速に果たす。幸い、ドリスをはじめ、頼もしい皆が協力してくれている。どんな敵対者が待っていて、どのような邪魔をされようと、大丈夫。無用な怖れを抱く必要は無い。ハギウズのヤツめ、覚悟しろ!)
僕らは準備を整えて、埠頭に繋留されているハギウズの船へと向かった。
ハギウズの船……近くで眺めると、とても大きいな。全長は80ナンマラ(40メートル)くらいか? 数本のマストが甲板に立っているのが見える。
船から1人の男が幾人かの従者を連れて、出てきた。男は、いかにも〝船主〟といった風格をしている。立派な仕立ての黒い服を着ており、身体つきは太っていた。アイツが『ハギウズ』であるに違いない。
ハギウズの態度から推測するに『宝石商であるカルートンの屋敷がオリネロッテ様たちに制圧され、主犯のカルートンは逮捕された』との知らせは、まだ彼の耳に入ってはいないようだ。
その点は、良かったよ。
コマピさんとリラーゴ親方が、船内への立ち入りを要求する。当たり前だけど、ハギウズは拒否してきた。
しかし、ここでクラウディとエメールさんが進み出る。エメールさんは、わざわざ自身の剣の柄の部分を、ハギウズに示した。どうやら、そこにはエメールさんの身分を証明する紋章が刻まれているらしい。
コマピさんは、ナルドットの冒険者ギルドの上級職員。
リラーゴ親方は、トレカピ河の港湾労働者を差配している有力者。
エメールさんは、聖セルロドス皇国の騎士。
クラウディは、ベスナーク王国でも高名な騎士。
あとリアノンも、ナルドット侯爵家に仕える騎士だ。
これらの重要人物が揃って押しかけてきた以上、さすがのハギウズも強い態度に出るのは無理だ。
「ハギウズ様。貴方に迷惑は、お掛けいたしません。積み荷を少しばかり、改めさせてもらうだけです」
コマピさんがそう言うと、続いてリラーゴ親方がハギウズへ話しかけた。
「ウホ。俺たちも、別にハギウズ殿を疑っているわけでは無いのだ。しかし、ちょっとした通報があってな。いい加減な情報であっても、伝えられた以上は、対応せんわけにはいかん。形だけではあるが、荷の点検をさせて欲しいのだ。何の問題もないことが証明されれば、ハギウズ殿も明日、気持ちよく出航できるだろう? ウホホ」
クラウディやリアノン、エメールさんは無言だが、ハギウズをジッと見つめることにより、彼へ圧力をかけている。
僕・ドリス・キアラは、権力を持っていない冒険者なので、あんまり役には立っていない……でも『数は力なり!』とも言う。居ないよりはマシなはず。
権限と武力、あと人数のゴリ押しによる、隙の無い包囲網。
逃げ道を塞がれ、しぶしぶハギウズは頷いた。
「……承知いたしました。王国と皇国の騎士様方まで、いらっしゃったのです。お求めを、無下にはできません。どうぞ好きなだけ、船内を確認してください」
ハギウズに案内され、僕らは船の中へ入った。まず甲板に上がる。かなり広いな。思っていたよりも整頓され、汚れていない。
この船で大河や海上に出たら、さぞかし爽快な気分になるに違いない。現在、良からぬ企みに使用されているのが、残念だ。
乗組員の姿も、何人か見える。皆、若い。そして、どの若者も、屈強な体格をしている。船乗りであるからには、体力を有しているのは自然であるけれど。
過敏になりすぎ……考えすぎかな? 全員が、戦闘向きの肉体をしているように感じる。一斉に襲い掛かってこられたら、面倒なことになるかもしれない。
「ウホホ。ハギウズ殿。今日の午前に、俺たちが運び込んだ沢山の樽は、そのまま船倉に置いてあるのか?」
リラーゴ親方の質問に、ハギウズが答える。
「勿論です。あれだけの量の樽ですからね。動かしてはいませんよ」
「では、見せてもらおう。ウホ」
「どうぞ」
日が暮れてしまうまで、もうあまり時間が無い。
ここで、僕らは三手に分かれて、調査の活動をすることにした。
甲板やマスト、船室などの箇所を探っていくのは、コマピさん・ドリス・キアラ。
甲板下の船倉のうち、船首方向を確認するのは、リラーゴ親方・エメールさん・リアノン。
僕とクラウディは、船尾方向の船倉を見てまわることにする。
リアノンから目を離すのは、ちょっと不安でもある。万が一にも、リアノンが暴れて船底をぶち破ったりしたら、この船は沈んでしまう。まぁ、エメールさんとリラーゴ親方が一緒なので、大丈夫だとは思うが。
同じ女性の騎士どうし、リアノンとエメールさんは仲が良い感じで、リラーゴ親方ともリアノンは気が合うみたい。
僕は【リアノンの操縦担当官】とかいう謎の役職に就任しているわけじゃ無いんだから、リアノンの動向にイチイチ頭を悩ます必要はない……よね?
「どうした? サブロー。心配そうな顔をしているな」
「リアノン。くれぐれも、船を破壊しないでね」
「お前は、私を何だと思っているんだ! オークの姿がない限り、私は船を木っ端みじんにしたりはしない!」
「たとえ船内にオークが居ても、船を全壊させちゃダメだよ」
「オークは泳げないからな。オークというモンスターの種属の行く末を、心から案じている私としては、トレカピ河へ漕ぎ出す全てのオークに、泥船の利用を勧めるつもりだ」
「泥船……」
「力の限り、オークの船出を応援するぞ! オークよ! 泥船の見事な溶け具合を目撃するのだ! そして河底を目指せ! 水の流れに身を委ねよ! 最期は魚のエサになれ!」
「オークを溺死させる気まんまんだね」
あと『最後』では無くて『最期』と断言するところに、女騎士リアノンのオークへの殺意の高さをヒシヒシと感じる。実に、ど~でもいい事だけど。
そんなこんなで、僕とクラウディは船の後ろ側の倉庫に赴き、荷物の検査を始めた。
クラウディと2人きりで行動していると、不思議な感覚になる。僕は、彼の実力と人柄を圧倒的に信頼している。しかし今までの経緯もあって、気軽に打ち解けあうのも難しい。
心の中に、緊張感と安心感が同居している……。
「サブロー殿」
「な、なんですか? クラウディ様」
「樽の中身を、ひとつひとつ検査していきますか?」
「いや、それは――」
船倉には、樽がいっぱい運び込まれていた。ツーンと果実の香りが、鼻をつく。
果実酒や、その原料となる大量の果実が樽の中にあるのか……。
樽の形は、大きく分けると2種類ある。『正真正銘(?)な樽』と『桶っぽい樽』だ。
樽は基本的に中身が漏れ出ないように、密閉する構造になっているため、安易な気持ちで開けるとイロイロ大事になる。でも、どうやら、ここにある本格的な樽の内容物は全て、果実酒であるようだ。
果実が入っているらしい樽のほうは、厳密には『蓋つきの桶』といった形状をしている。なのでこちらは、中の確認をしようと思えば、すぐに出来る。
「それぞれの樽を揺らしていきましょう、クラウディ様。液体の音がする樽は、中身が果実酒と考えて良いでしょう」
「酒では無く、果実を詰め込んでいる場合は……?」
「その時でも、樽を揺らせば、中にあるものの見当は、だいたいつくはずです。それに、そちらのほうは蓋の開閉が可能ですから、疑わしさを覚えた時には、蓋を開けるようにしましょう」
「分かりました」
クラウディは頷き、樽のひとつを手で押して揺らしはじめた。積んである樽を、確認のために足もとへ下ろしたりもする。
既に大きな名声を得ている騎士であるにもかかわらず、クラウディは地味な作業を、嫌な顔を一切せずに積極的に行っている。本当に偉い。
僕も、樽のひとつを揺さぶってみた。……あ。この中には、液体が入っているな。果実酒か。次は――
・
・
・
しばらく経って。
一応、全部の樽をチェックしてみた。怪しく感じた樽があった時は、念のために蓋を開いて中を見た。しかしながら、どの樽も問題は無かった。樽の他に、置いてあった箱や袋も調べたが、その中に存在していたのは単なる品物だった。
ハギウズの船に、ミーアやララッピちゃんは居ないのか?
いや、よく考えろ。
そもそも誘拐犯たちが、獣人の子供を樽を使って船内へ運び込んだとして、いつまでも樽や箱の中に閉じ込めておくか? 子供らの体調が悪くなり、最悪、死んでしまうかもしれない。犯人どもにとって、獣人の子供は、貴重な商品だ。
皇国へ連れて行く間は、大事に〝保管〟――イヤな言い方だけど――しておく必要がある。
と、なると……。
僕は船倉を、船尾の方向へ真っ直ぐに歩いて行った。クラウディが僕についてくる。
今まで余裕の表情で僕らがやる事を眺めていたハギウズも、妙に慌てた様子で追ってきた。
壁に突き当たる。
「ハギウズ様。この壁の向こうは何ですか?」
「ここは行き止まりだ」
冒険者である僕に対しては、ハギウズは見下した調子で喋る。
「行き止まり……ですか」
「壁の向こうは、河の水だぞ」
「それは、変ですね」
木材で出来ている壁を、拳で軽く叩いてみる。
僕は頭の中で、この船の外観を思い浮かべ、内部の構造における広さや長さを素早く計算した。
「う~ん……。ハギウズ様の船の全長や、船倉の広さを考えると、この壁の先には、まだ空間がありますよね。秘密の部屋でしょうか?」
「な! 言い掛かりは、やめてもらおうか!」
ハギウズの声が大きいのは、図星をさされた証拠かな?
「……さて、どうやって調べよう」
ハギウズからの抗議を完全に無視している僕へ、クラウディが語りかける。
「自分にも分かります。壁の向こうに、人の気配がありますね。それも複数人」
え! そんな事まで感じ取れるの? 僕は〝気配〟までは察知できなかったよ。
やっぱり凄いな、クラウディは。
「サブロー殿は、この壁を壊したいのですか?」
「はい。しかし、壁の向こうに人が居るとしたら、その方たちにケガをさせないようにしないと……」
壁の向こう側にある部屋。そこへ通じる出入り口は、船のどこかにあるに違いない。
けれど、ハギウズを問い詰めたところで、正直に答えはしないだろう。ならば、この壁を破壊するしかない。
一瞬『魔法を使おうか?』とも考えた。
だが、諦めた。トレカピ河とその周辺は、どういうわけか、魔素が薄いのだ。
魔力は魔素を体内へ吸収し、それを変換して作る。あらかじめ魔力を体内に溜め込んでおいたならともかく、そうでなければ、即座に強い魔法を発動することは出来ない。
とはいえ、僕の刀――ククリで壁を壊そうとしても、上手く出来るかどうか……。
上の甲板部分に居るキアラを呼んできて、彼女にメイスを振るってもらおうかな?
でもそうすると、壁が派手にぶっ壊れた時に、余計な被害が出るかもしれない。壁の向こうに存在している人たちが、誘拐された獣人の子供らだったら大変だ。彼らには、少しのケガもさせたくない。
「サブロー殿。自分に任せてください」
そう言ってクラウディは手を伸ばした。壁に指で触れ、その材質や厚さを確かめている。
それからクラウディは、腰に提げていた長剣を抜いた。
「え? クラウディ様?」
僕が問いの言葉を発する前に――
クラウディは長剣の先端を壁に当て、くるっと円を描いてみせた。それなりの厚さがあった木製の壁が、薄い紙であるかのように奇麗に切り取られる。
続いてクラウディは、剣先で円の中心を軽く突いた。大きな円形の板が、小さな音を立てて、すんなりと壁から外れる。
瞬時に、人が一人、通り抜けられる大きさの穴が壁に出来あがった。
呆気にとられる。剣技のみで、これだけの事を難なくやってのけるとは……『究極の技術は、まさに魔法の具象化そのもの』というのは、本当なんだ。
「クラウディ様……貴方は……」
「サブロー殿。中へどうぞ」
クラウディの剣の技量に驚嘆しつつ、僕は穴をくぐって、壁の向こう側にある部屋へ足を踏み入れた。
そこに居たのは――
ページタイトルの「タルタル捜査(そーさ)」は、「樽の捜査」と「タルタルソース」という2つの言葉を掛け合わせただけで、特に深い意味はありません……。
あと人型モンスターの「しゅぞく」については、「種族」では無くて「種属」と表記しています。




