ゴリラな親方と三角巾な女性
今回、カルートンの屋敷や倉庫に乗り込んでいる味方側のメンバーは、オリネロッテ(侯爵令嬢)・サブロー(主人公)・ドリス(くるくるツインテール)・キアラ(ドワーフの少女)・コマピ(エルフ)・モナム(商人)・アズキ(魔法使い)・ヨツヤ(メイド)・クラウディ(めっちゃ強い騎士)・リアノン(女騎士)・騎士2人(どちらも男性)になります。
最後の騎士2人の名前は、本文でも出していません(一応、決めてはいるんですけど)。ただでさえ〝名前ありのキャラ〟が、いっぱい登場していますので……(汗)。
ナンモくんへの光魔法による治療は、一通り済んだ。呼吸も穏やかになった彼は、語るべきことを終えたあと、今は眠りに就いている。
僕はキツネ族の少年にナンモくんを見守るように頼み、牢の中から出て、ドリス達と合流した。
ドリス・コマピさん・モナムさんと手分けして この地下室の全体を再確認してみる。新たな敵が潜んでいる気配は、全く無い。もう、ここは大丈夫だ。
オリネロッテ様たちのほうは、どうなっているんだろう? ……と階段を上って倉庫の地上部分へ戻る。すると、そこでも戦闘は既に決着していた。
カルートン側に属していた者の多くは、意識があるか否かにかかわらず、キッチリと縄で縛り上げられている。
拘束されずに、倒れたままの状態で放置されている敵の姿も、幾人か見受けられた。……その出血量からして、彼らの息の根は止まっているに違いない。
味方側で倉庫内に居るのは、アズキ・リアノン・キアラの3人だけだ。オリネロッテ様の姿が見えない。あと、敵の親玉であったカルートンも居ない。
アズキに話を聞くと、こちらのほうの被害は皆無で、味方は誰一人として傷も負わなかったとのこと。みんな、強いな。
更に、アズキが述べる。
「オリネロッテお嬢様は、捕縛したカルートンを連れて、あの者の館へと向かわれた」
え? それって、オリネロッテ様が危ないのでは……? まぁ、カルートンの身柄が、こちらの手の内にある以上、屋敷に残っているカルートンの配下たちも抵抗してはこないだろうけど。
なによりアズキの説明では、クラウディ・ヨツヤさん・騎士の2人が、オリネロッテ様に付き従い、共に行動しているらしい。仮に敵側からの攻撃があったとしても、クラウディたちが護っているならば、オリネロッテ様の安全は完璧に保証されているといえる。
アズキもリアノンも、敵地でオリネロッテ様から目を離しているにもかかわらず、特に不安を感じてはいない様子だ。
僕と同じで、クラウディの護衛としての実力を信頼しきっているに違いない。
しばらくして、味方陣営の全員――もちろん、オリネロッテ様も含む――が集まり、今後のことを協議した。
オリネロッテ様はカルートンの館へ行って、その場に留まっていた者たちを残らず降参させたそうだ。支配者階級の侯爵令嬢とはいえ、15歳の少女の身で、圧倒的な威厳と影響力を持っている……凄いな、オリネロッテ様は。
しかしオリネロッテ様は、どうして自ら、もう一度カルートンの屋敷へ赴いたのだろう? 単に敵勢力を完全に圧伏させるためだけに、行かれたのか?
オリネロッテ様は、カルートンが所有している黒いダイヤモンドに強い興味を示していた。まさかとは思うが、そのダイヤを手に入れようと、カルートンを連行しつつ、彼の自宅へ足を運んだ……なんて事は無いよな?
黒いダイヤモンドの隠し場所をカルートンに白状させて、「このダイヤモンドは、私が預かります」とオリネロッテ様が宣言する――そんな光景が、僕の脳内に浮かぶ。
それって、実質はネコババ……いや、『犯罪の証拠品の接収』とかなんとか、名目はどうとでもなりそうだけど。
こうなってくると、カルートンの屋敷へ再び乗り込んだ一行の中に、アズキが入っていなかったのも、気になる。オリネロッテ様は、わざとアズキを連れていかなかったのかもしれない。
アズキは、いざという時、臆せずにオリネロッテ様を諫めることができる人間だ。無条件で主君に従うタイプでは無い。
なのでアズキが側に居れば、オリネロッテ様が誤った行動をしたとしても、それを正そうと進言してくれるに違いない。しかし同じ〝忠臣〟であっても、クラウディやヨツヤさんは――
……いや。取りあえず、オリネロッテ様の周りの人間関係や、黒いダイヤモンドの今後の扱いがどうなるのか、そういった事柄については、現在は置いておこう。
僕が最優先すべきなのは、ミーア達の救出だ。
ナンモくんが語ってくれた情報を皆へ説明したあと、大きな声で告げる。
「僕は今からすぐに、ミーアとララッピちゃんを助けに行きます!」
駆け出そうとする僕を、アズキが制止した。
「少し、落ち着くのじゃ。サブロー。その……ナンモという少年冒険者の話では、ミーア達が運び込まれているであろう船が聖セルロドス皇国へ出航するのは、明日の朝なのじゃろう? 対策を練るための時間的な余裕は、あるはずじゃ」
そんな悠長なマネは出来ないよ! アズキ。
「いえ! この屋敷を、僕たちは制圧しました。カルートンも、捕らえました。こういう騒動は、いくら隠そうとしても、自然に人の口を伝わっていくものです。ナルドットの犯罪者たち……カルートンの仲間の耳にも、必ず入ります。『カルートンが捕まった』との知らせを聞いたソイツ等は、どう反応するか……? ミーア達を連れて皇国とは異なる遠方へ逃げるかもしれませんし、問題の船が明日になるのを待たずにナルドットを離れる可能性もあります。ミーアとララッピちゃんは、絶対に今日のうちに助け出さなくてはなりません」
「う、うむ……」
僕の強い主張を受けて、アズキは頷く。少し引き気味ではあったけど。口調が熱っぽすぎたかな?
でも、そのおかげもあってか、アズキ以外の皆も納得してくれた。
オリネロッテ様は「ミーアちゃんの救出に、私も同行を……」と言いかけたが、アズキもクラウディもヨツヤさんも、口を揃えて「それは、いけません。お嬢様」と止めた。
結局、僕たちは三手に分かれて行動することになった。
オリネロッテ様・ヨツヤさん・騎士の2人――計4人は侯爵邸へ戻り、応援の人員がカルートンの館と倉庫へ来るように手配する。
アズキとモナムさん――計2人は、この場所に残って、カルートンをはじめとする捕縛した犯罪者どもの監視や、人質になっていた獣人の子供たちの保護など、状況の管理をする。
僕・ドリス・キアラ・コマピさん・クラウディ・リアノン――計6人は、ミーア達を助けるためにトレカピ河へ向かう。
ある程度、合点がいく取り決めだと思う。
オリネロッテ様が、あまり長く侯爵邸を離れているのはマズい。その身の安全のためにも、彼女が早く帰宅すべきであるのは当然だ。
モナムさんは冒険者の資格を持っていて、それと同時に商業ギルドのメンバーでもある。カルートンはナルドットでも有名な商人だった。カルートンの屋敷にモナムさんが留まってくれると、今からイロイロな処理があるケースで融通が利きそうだ。
クラウディとリアノンについては、オリネロッテ様が直々に2人へ「サブローさんに、力をお貸しするように」と命じてくれた。クラウディは「承知しました」と簡潔に、リアノンは「任せてください!」と勇ましく返答する。
う~ん。僕としては、コマピさん・ドリス・キアラ――冒険者ギルドのメンバー3人がついてきてくれるのは、ありがたくて……コマピさんは「サブロー同志とともに、尊き至高の女神であるミーア様と、ミーア様のお側に居るララッピちゃんを、邪悪な者どもの魔の手からお救い申し上げねば! わが信仰にかけて!」とか叫んだりして、ちょっと……だいぶ不安だけど。
出来れば、リアノンの代わりにアズキに一緒に来て欲しかったかな?
戦闘面においては、異常レベルに強いクラウディが同行してくれる。と、なると――
リアノンも戦力としては充分以上なんだが、アズキは頭が切れるため、そっちのほうで頼りになるから。別にリアノンの頭の働きに文句は無いけど。
いや、しかしながらリアノンをカルートンの屋敷に残して、万が一にでも彼女が暴走したら、寡黙なモナムさんが相棒的な立場で抑えられるかどうか……だったら、僕の側に居てもらったほうが、安心かもしれない。
…………待てよ。こうやって気付かない間に、僕は【リアノンの操縦担当官】としての自覚を芽生えさせていっているのだろうか? 怖すぎる。
まぁ、負傷した人への手当てのことを考えると、光系統の回復・治療魔法が使える僕とアズキは、別々に行動したほうが、救える対象の範囲が広がって、良いともいえる。ここにもケガ人は居るし、これから僕が向かう場所でも、おそらく戦闘は起きるはずだから。
それから、ドリス……。
僕はドリスへ、言った。
「ドリスは魔法を多用して、相当に疲労がたまっているよね? 今まで頑張ってくれただけでも、充分だよ。ありがとう。身体を休めるためにも、この場所にアズキやモナムさんと一緒に残ったら、どうかな?」
ドリスは魔法によって、分身した数体のゴーちゃんを一斉に動かしていたが、それは終わっている。
機能が停止したゴーちゃん達は全て、元の土塊になった。
現在、カルートンの館の敷地内で動いているゴーちゃんは、ドリスが所有している1体だけだ。
僕が持っていたゴーちゃんも、消えてしまった。寂しい。けれど必要も無いのにゴーちゃんを分身させていると、ドリスの魔力消費量が無駄に増えてしまうため、仕方が無い。
僕の提案に対して、ドリスは激しく首を横に振った。
「あたしはサブローに、ついていくわよ! あたしは、役に立つわ」
「『ドリスが役に立たない』とは、誰も言っていないよ」
「だったら、あたしも連れていきなさい。良いでしょう?」
「けど――」
「それともサブローは、あたしを要らない?」
「そんな事はない! ……分かった。一緒に来てくれ。頼りにしているよ、ドリス」
「うん!」
ドリスが笑顔になる。
そもそも僕はドリスを『役に立つ・役に立たない』や『要る・要らない』などという打算的な基準で見ようなんて、考えもしなかったんだが。
どうしてドリスは、そんな風に思ったんだ? ……もしかすると、魔族ターナダクと戦ってから、アイツとの問答のせいで…………ドリスの生まれは…………だから、それが彼女の心の傷になって――
ここで初めて、ドリスの精神に危うい傾斜があることに、僕は気が付いた。
…………けれど。
今は、ミーア達の救出を成功させなくては。そちらのほうへ、思案を集中する。
僕。
ドリス。
キアラ。
コマピさん。
クラウディ。
リアノン。
――6人は、それ以外の人々と別れて、トレカピ河へと向かった。
カルートンの自宅がある敷地の裏手は、運河になっている。
運河の流れに沿って、街の北側へ移動すると、最短距離でトレカピ河に到着できる。
足早に進む僕へ、ドリスが話しかけてきた。
「サブロー」
「なに? ドリス?」
「ミーア達は、トレカピ河で船に乗せられて、聖セルロドス皇国へ連れて行かれるのよね?」
「そう、ナンモくんは教えてくれた。その船を、まずは見つけないと」
「トレカピ河に着いたあと、どうやって目的の船を探し出すつもりなの? やみくもに動き回っても、時間を無駄にするだけよ。もうすぐ夕方だし……夜になったら、ますます捜索するのが困難になるわ」
「大丈夫。船発見の手掛かりを掴むための、当てはある」
僕は自信ありげに、答えてみせる。
やがてトレカピ河の岸が見えてきた。満々たる水を湛えて西流しており、その偉容に、今更ながら圧倒される。
大河であるゆえに、ベスナーク王国と聖セルロドス皇国の貿易ルート・交通手段としても活用されているわけだ。
トレカピ河に到着して、すぐに。
僕は、そんな貿易・交通の仕事に携わっている知り合いを訪ねた。
全体的に丸いのに、厳つくもある顔。短髪。大きな体格に、頑丈な腕。ついでに、ガニ股で……ゴリラそっくりな容姿を誇る男性、すなわちリラーゴ親方だ。れっきとした人間で、獣人のゴリラ族とかでは無い。口ぐせは『ウホ』だけど。
あと、何故か、親方は上半身を常に裸の状態にしている。
己の分厚い胸板と筋肉が盛り上がっている両肩を、周りの人に見せびらかしたいのかな?
いつもの通り、リラーゴ親方はトレカピ河にある港の波止場で仕事をしており、大勢の人夫さん達にアレコレと指図をしていた。
冒険者パーティー《暁の一天》のメンバーであるレトキンは、リラーゴ親方とは〝筋肉仲間の先輩・後輩〟という関係である。もちろん、先輩なのはリラーゴ親方のほうだ。
今回の誘拐事件を知って、ボンザック村を発つ前に、僕はレトキンからアドバイスを貰った。
レトキンは、僕へ告げた――『リラーゴ先輩は、トレカピ河に設置されている港の運営や、行き来する船舶に関連して、かなりの人脈と権限を持っている。サブローは、場合によってはリラーゴ先輩を頼るべきだ』
そう。今は、レトキンが言うところの『場合によっては』の時だ。
「ウホ。サブロー。緊張した顔つきをして、どうしたんだ?」
「リラーゴ親方。お願いがあって、まいりました。ミーアやララッピちゃんが誘拐された件については、ご存じですよね?」
問いかけると、リラーゴ親方は己の裸の胸を、両の掌で叩きまくった。ベチベチと大変に良い音がした。
あたかも、ゴリラがドラミングしているみたいだ。
「無論、知っているぞ。犯人どもめ、絶対に許さん。ウホウホ。見つけ次第、トレカピ河に放り込んでくれる!」
リラーゴ親方は興奮し、誘拐犯に対して激烈な怒りを示す。親方は《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》の一員でもあるからね。
正義感が強いケモナーである親方は、ミーア達の救出に必ず力を貸してくれるはず――僕の希望は今、確信に変わった。
僕は、ついさっきカルートンの倉庫の地下室で、ナンモくんとキツネ族の少年が教えてくれた貴重な情報――ミーアとララッピちゃんを連れていった男の身なりや、ソイツが喋った内容――を、親方へ伝えた。
「ウホ。黒い服を着た、太った男……そいつの着衣から、果実とアルコールが混ざったような香りがした……ウホホ」
「そうなんです。男はミーアとララッピちゃんをジロジロと眺めて、連れていく前に『愛玩奴隷にピッタリだ。聖セルロドス皇国へ船で運ぼう』と言っていたらしいのです。しかも、そのための専用の船が明朝、出航する予定になっているのだとか。親方は、トレカピ河に関係する船や商人について、お詳しいですよね? 何か思い当たることが、あったりはしませんか?」
「むむむ」
リラーゴ親方が、考え込む。そして、すぐにパッと顔を上げた。
「もしや、アイツか! ウホ!」
「やっぱり、心当たりが、あるのですね!」
「うむ。聖セルロドス皇国の商人で……ハギウズという男が居る。アイツは酒の製造・販売を皇国で手広く行っていて、その主力商品は果実酒だ。ベスナーク王国の果実酒も皇国へ輸入しようと、定期的に船でナルドットへやって来る。ちょうど現在、ナルドットに滞在している。ウホ」
その『ハギウズ』という名前の商人……今、このナルドットに居るんだな。とても、あやしい。
「俺は、アイツが黒服を着ているのを見たことがある。ウホ!」
「それは!」
「しかも、ハギウズは太っている! ウホホ!」
「――決まりですね!」
僕とリラーゴ親方は、頷き合った。
「サブローよ。あれを見ろ」
リラーゴ親方が、トレカピ河の方向を指さす。
そこには、一隻の大型船があった。
「この埠頭に停泊している船ですね……まさか!」
「そうだ、ウホ。あれが、ハギウズの船だ。明日、聖セルロドス皇国へ向かうことになっている。ハギウズも、もう乗船している」
「なんですって!」
その時、何かに気が付いたのか、親方が愕然とした表情になった。
「今日の午前、俺たちはハギウズの商品を、ヤツの立ち会いのもとで船内へ運び込んだ。商品の多くは果実酒か、その原料となる大量の果実だったが……ほとんどが、樽に入っていた。ウホ。今にして思えば、あの樽は、中に人を入れて秘密裏に移動させるのにピッタリな大きさだ。ヌヌヌ」
リラーゴ親方が、悔しそうに呻く。
なるほど。ハギウズが扱っている商品……果実酒や果実が入っている樽は、いっぱいある。船に搬入する際に、ベスナーク王国側の人間も中身のチェックをするが、全ての樽をイチイチ確認したりはしない。調べるのは、せいぜい数個の樽だ。
気絶させたり、薬で眠らせている獣人の子供が入れられている樽が検査を通り抜けるのは、工夫次第で容易であるに違いない。
ましてリラーゴ親方の話によると、ハギウズはナルドットでも高い信用を得ている商人であるらしい。この街で有数の大商人であるカルートンと付き合いがあったくらいだからな……。
検分の目も、どうしても甘くなるだろう。
しかし、そのカルートンは今しがたオリネロッテ様によって悪事を暴かれ、逮捕された。
と、なるとハギウズは――
「親方! ハギウズは今、あの船に乗っているんですよね?」
「ウホ。それは、間違いない。今日、ヤツが乗船するのを俺は見たし、それからヤツは船を降りてはいない。今晩は船中で過ごし、そのまま明日の朝に皇国へ船出する予定になっているのだろう」
マズいぞ! おそらくミーアとララッピちゃんは樽に入れられて、船の中へ運び込まれた。そして現在、あの船に2人は閉じ込められている……この推測は、間違ってはいないはず。
考えてみれば、監禁場所として船内は最適な空間だ。
港に繋留されている問題の船へ、改めて視線を向ける。……あれは果実酒を運ぶのも本当だが、真実は〝誘拐した獣人を運ぶための専用の船〟であるに違いない。
『カルートンが捕まった』との知らせを耳にしたら、夜間の航行になるとしても、ハギウズは強引に船を今日のうちに出すかもしれない。
すぐにでも、ハギウズの船へ乗り込まなくては! ぐずぐずしていたら、ミーア達を聖セルロドス皇国へ連れ去られてしまう。
「親方。今から僕は、あのハギウズの船の中に突入します。ミーアとララッピちゃんは、あそこに居る。彼女たちを助け出します!」
勢い込む僕に対して、リラーゴ親方は首をゆっくりと横に振った。
「サブロー。少し待つのだ。ウホ」
「親方!?」
「話したとおり、ハギウズは聖セルロドス皇国の人間だ。ウホ。ヤツの船も、籍は皇国にある。そこへお前が無理おしで踏み込んでいくと、国際間のトラブルの原因となる。責任を取らされるぞ」
「構いません!」
「それは……サブロー。お前についてきてくれている者たちを、巻き込んでもか? ウホホ?」
リラーゴ親方が、厳しく問うてくる。
僕はハッとして、背後を振り返った。そこには、皆が――ドリス・キアラ・コマピさん・クラウディ・リアノンが立っていた。
エルフのコマピさんが進み出て、リラーゴ親方に穏やかな口調で語りかけた。
「リラーゴ同志。そのような物言いは、サブロー同志に酷ではありませんか? 僕らは女神ミーア様を救うために、ここは団結せねばなりません」
「ウホ。しかし、コマピ殿。コマピ殿は冒険者ギルドに属している立場。俺も、この港で働いている者たちへの責任がある。『わが身ひとつなら』と軽々に動くわけにも、いくまい。それはサブローとて、同じこと」
コマピさんとリラーゴ親方が〝大人の話し合い〟をしている一方で、ドリスとキアラは僕の側へ寄ってきた。
「サブローは、思う存分に動いて良いのよ。あたしはアレク様から、分隊の隊長に任命されているからね。『人質の救出』という大目的へ、隊員であるサブローが向かうのを、あたしは支持する。サブローがどんな行動をしようと、全面的にバックアップしてあげる」
「私も、サブローに協力する。ミーアは、サブローの嫁。嫁を危機から救うのに、夫は躊躇してはいけない」
「ドリス……キアラ……ありがとう」
キアラの『ミーアはサブローの嫁』発言はともかくとして、僕は2人に感謝する。
クラウディとリアノン――2人の騎士も、言う。
「あの船へ赴くのですか? 自分は、サブロー殿と一緒に行きます。邪魔する者が居たら、その時はその時です」
「よく分からん。要は、悪いヤツらをぶっ飛ばせば済む話なんだよな? だったら、そうしよう」
クラウディは、規則や手続きをキッチリ守るタイプだと思っていたんだけど……。彼が告げてくれた言葉の内容は頼もしいものではあるが、何故か不安も感じる。
リアノンの割り切り方は、相変わらず豪快だ。単純ではあるけれど、だからこそ彼女の素早い判断に触れると、それに心強さを覚えてしまう。
「クラウディ様もリアノンも、ありがとう」
僕(16歳)・ドリス(16歳)・キアラ(15歳)・クラウディ(18歳)・リアノン(19歳)――10代のメンバーだけで、ハギウズの船へ押しかけよう……そう考え、僕が動き出そうとした時。
リラーゴ親方が、僕らを止めた。
「いや。お前らが強いことは、俺にも分かる。そんなお前らが一斉に突入してきたら、ハギウズたちも必死になって抵抗するだろうし、結果として凄い流血騒ぎになるぞ。ミーアちゃんやララッピちゃんの身に害が及ぶ可能性もある。無計画な行動は、いかんぞ。ウホ」
「〝無計画〟って……それなら、リラーゴ親方には良い計画があるんですか?」
「ある」
「え!?」
僕が驚いていると、リラーゴ親方はクラウディとリアノンへ目を遣った。
「そこのお2人は、御領主様に仕えている騎士様方だな。つまり、ベスナーク王国の騎士だ。もしも、それに更に聖セルロドス皇国の騎士が加わったなら、どうなる? ウホホ。ハギウズは皇国の人間で、あの船は皇国に籍を置いている。そして、ここナルドットはベスナーク王国の街だ。聖セルロドス皇国の騎士とベスナーク王国の騎士が連れ立って訪ねてきたら、ハギウズも船の中へ入られるのを拒むことは出来ん」
親方の発言を聞き、僕は反論する。
「確かにクラウディ様たちはベスナーク王国の騎士ですが、聖セルロドス皇国の騎士がナルドットに居るはずが――」
言いかけて、ふと思い出す。
〝エメール〟という人に以前、僕は会った。この港にある倉庫で、ソフィーさんと密会していた女性だ。
エメールさんはソフィーさんと一緒の趣味を持っていて、桃色遊戯な本――タイトルは《女騎士のオークナイト》や《貴婦人にムチで、ぶたれ隊》や《魔女っ娘・ハイ治癒》など――を愛読している方……と僕は認識しているのだが、趣味の内容について、ソフィーさんは必死になって否定していたな。
別に、恥ずかしがらなくても良いのに。
ソフィーさんとエメールさんが〝イケナイ世界の同好の士〟であるのか否か、真実は桃色の霧の中……か。
ベスナーク王国から聖セルロドス皇国へ、少しばかりエッチな本を密輸する仕事をエメールさんがしているのは、事実みたいだけど。
レトキンは『リラーゴ先輩に頼るように』と僕へ述べた。その同じ日に、同じ部屋で、ソフィーさんは僕へ語った。
『エメールは聖セルロドス皇国の人なの』
『エメールは、リラーゴさんの知人でもある。リラーゴさんに頼めば、エメールへ連絡をつけてくれる』
『彼女がベスナーク王国に来ている場合は、必ず力を貸してくれる』
『合い言葉を教えておくから、エメールに出会ったら、告げて』
僕はエメールさんの素顔は知らないが、その声を聞いたことはある。明朗で、きびきびとした発音だった。
あの声の持ち主であるエメールさんなら、騎士であっても不思議ではない。
そもそも、ソフィーさんも言動が騎士っぽいからな……。現在、彼女は冒険者であるが、元は騎士の身分であった可能性が高い。
それでエメールさんは、ソフィーさんと旧知の仲であるわけで。
「リラーゴ親方。もしかして、エメールさんは今、ナルドットを訪れているのですか?」
「ウホ! サブローも、エメールのことを知っていたのだな。そうだ。しかも運良く、近距離に居る。連絡すれば、1ヒモク(1時間)も経たないうちに来てくれるぞ。エメールが協力してくれるかどうかは分からないが、頼んでみても損にはならないだろう?」
1ヒモク(1時間)――か。
もしもエメールさんの協力を得られれば、夜になる前に、万全の態勢を整えた上で、ハギウズの船へ乗り込める。
「分かりました。よろしく、お願いします」
僕らはハギウズの船が出航する気配を見せないのを確認しつつ、エメールさんが来るのを待った。
1ヒモクもしない、約50ソク(50分)後、エメールさんは港に姿を現した。こちらからの連絡が行った時間まで計算に入れると、エメールさんは大急ぎで来てくれたみたいだ。
呼吸が荒くなっているらしく、彼女の肩は上下している。
それで、エメールさんの外見は――
顔の全体を包む三角巾。目のところだけ、2つの穴が開いている。
灰色の丈長のガウンで、スッポリと身体を覆っている。
エメールさん……前回、見た時と同様に、不審者としか思えない格好だ。
「エメール殿。よく来てくれた、ウホ」
「リラーゴさん。『大至急、面会を望む』とは何のことですか? 〝急ぎの相談〟とのことで、普段着のままで来てしまいましたが――」
いや、それが普段着なのか!
というか、エメールさん。その奇怪な服装で、どうやって街中を通過して港まで来たんだ?
不可解だ。
ソフィーとレトキンがサブローへアドバイスしたのは、9章4話の「対策室のエルフ・メイド服・あんころ餅」の回です。




