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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第九章 誘拐事件と黒い宝石の謎

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立派な冒険者

 主人公のサブロー視点です。

 オリネロッテの馬車を追いかけるところから、始まります。

 侯爵邸からカルートンの屋敷まで、オリネロッテ様が乗っている馬車を追いかける……実のところ、それをするのは(らく)だった。

 別に取り立てて、乗り物は使わなかったんだけどね。2本の脚に頼り、走りながら尾行した。


 足で追跡するのが容易だったのには、ちゃんとした理由がある。


 理由の1つめは、到着予定地がハッキリしていたこと。そのため『馬車を見失ったらマズい!』などといった雑念を抱かずに済んだ。慌てずに、最初から冷静な気持ちで追尾(ついび)できた。


 2つめは、追跡メンバーの全員が武術のプロであったこと。僕・クラウディ・リアノン・コマピさん・モナムさん・バイドグルド家の騎士2人――計7人で動いたんだが、みんな身体をシッカリと鍛えていた。今回は装備を軽いタイプで統一していたし、長距離を駆け足で移動しても、誰一人として疲れを感じさせる様子を見せなかった。

 むしろ魔族との戦いで負った傷が癒えていない僕こそが、一番に息を切らせていたかもしれない。


 3つめは、コマピさんが風の魔法によって、全員をフォローしてくれたこと。

 スケネーコマピさんはエルフだ。そしてエルフは風系統の魔法を得意としている。コマピさんは《追い風で背中を押す》という魔法の使い方をしてくれた。


 おかげで皆、最後まで軽快に走りつづけることが出来た。

 改めて、魔法ってとても便利だと思ってしまう。


 馬車を追尾している過程で目立つと、困る。なので僕らは、かたまって移動しないように配慮した。なんといっても、ここは街中だから。

 住民や通行人の注目を集める事態になるのは、回避しないと。


 ただし、僕とリアノンは一緒に行動した。アズキが言うには、僕は【リアノンが暴走しないように、注意をする係】に任命されているらしくて……………は? いや! どうして、そうなっているの?


 リアノンは、バイドグルド家の騎士でしょう!? そこはリアノンと同じ《オリネロッテ様の護衛隊》に属しているクラウディや騎士2人が、役目を(こな)すべきだと思う。

 確かにクラウディとの決闘の際に、リアノンは僕の付き添い役になってくれた。その恩義はあるけれど……。


 僕とリアノン以外の追跡メンバーが全員一致で〝リアノンが起こす面倒ごとの始末は、サブローに丸投げしよう〟と決めたんだとか。僕の知らないところで。

 酷すぎる。


 それで。

 オリネロッテ様の馬車を追っかけている最中、ともすればリアノンは全力疾走しかねない勢いだった。その任務に注ぎ込む熱意の量は、素晴らしいのだが……リアノンが力を出し惜しみせずに走ったら、オリネロッテ様の馬車は勿論、その先を行っているカルートンの馬車も短時間のうちに追い越してしまうのは確実だ。ちょっとはパワーをセーブしてもらわないと。


 そんなわけで追跡中、僕はリアノンへ、ずっと「どうどう。抑えて抑えて。これから間違いなく、カルートンの館で騒ぎが起こるよ。目いっぱい暴れる……では無くて、頑張るのは、その時にしよう。きっとオリネロッテ様も褒めてくれるよ! だから今は、力を溜めておかなくちゃ。走るのは、ゆっくりゆっくり。スローペース。良いぞ! リアノンは、やるじゃないか。リアノンは、出来る騎士だ! その慎重さと賢さを、僕も見習うよ」などと、言い続けるハメになった。


 一応リアノンも、僕のアドバイスを聞いてくれた。「そうだ。私は慎重なのだ。賢いのだ。我慢強いのだ。ちんたら走っても、イライラしたりしないのだ。モンスターのオークを見つけたら、激走してブッコロスけど」と言葉を返してくる。

 リアノンもオリネロッテ様の護衛騎士になり、彼女なりに、いろいろと考えるところがあるのだろう。少し思慮深くなっているような気がする。相変わらずオークへの殺意はMAX(マックス)だが。


 リアノンが僕の忠告に従っているのを見て、クラウディは「サブロー殿、さすがです」と称賛し、モナムさんは「サブロー。巧みな操縦技術」と感心してくれる。

 いや、違うからね! 僕は【リアノンの操縦担当官】とかじゃ無いよ! 拝命は、つつしんでお断りいたします。


 カルートンの屋敷に着いた。身体を休め、息を整えつつ、門の外で人目に触れないように待機する。

 敷地の内側に、カルートンの館や倉庫があるのだが……今頃、館の中では、オリネロッテ様が黒いダイヤモンドを見ながら、カルートンと何らかの話し合いをしているはずだ。


 トラブルの気配が伝わってきたら『オリネロッテ様の守護』を名目として、僕らも敷地内へ押し入る段取(だんど)りになっている。


『侯爵令嬢が、危険に(さら)されている』

『そんな状況になっている可能性がある』

『令嬢の身の安全を、この目で確認したい』

 ――という主張を掲げられたら、いかにカルートンがナルドット有数の大商人といえど、外部の人間、特に侯爵家の関係者が、自宅へ踏み込んでくるのを阻止することは出来ない。


 ある意味、オリネロッテ様は自ら(おとり)役を買って出たことになるわけだ。

 その事実に、感謝する。でも疑問も残る。オリネロッテ様の真意は、何だろう?


 誘拐されたミーアたちの事を、それほど心配しているのか?

 ナルドット侯爵家の娘として、街で大規模な犯罪が行われているのを見逃せないのか?

 あるいは、黒いダイヤモンドへの強い関心が、動機のひとつとなっているのか?


 さまざまに考えを巡らせていると、僕の(ふところ)に潜り込んでいたゴーちゃんが『ピ~、ピ! ピ!』と騒ぎ始めた。同時に、カルートンの自宅がある土地から、少なからぬ数の人間が争っている音が聞こえてくる。

 カルートンへ仕掛ける予定だった策を、オリネロッテ様たちが実行に移したに違いない。


 突入の機会は訪れた!


 僕らは、すぐさま門へと近寄った。守衛(ガード)の者が2人いて、僕たちの前に立ちふさがる。

 クラウディが、彼らと向かい合った。


「自分は侯爵家の者です。この騒動は何ごとでしょう? オリネロッテお嬢様が、中に居られるはず。その御身(おんみ)が、気がかりです。お嬢様に会わなくてはなりません。役目として、入らせていただきます」

 そう告げながら、クラウディは自身の腰に帯びている長剣の(つか)に手を伸ばす。口調は丁寧であるにもかかわらず、彼の総身(そうしん)から発せられる殺気が凄い。


 今回、クラウディは専用のグレートソード《久遠の月光エターナル・ムーンライト》を持ってきてはいない。けれど、どちらにしろ、あの長剣も相当な業物(わざもの)であるのは間違いない。


「待て! 勝手に入られては困る」

「カルートン様へ、伺いを立ててくる。その間は、動かないでくれ」

 と、守衛の2人は、僕らの行動の邪魔をする。


 クラウディの眼光が鋭くなった。オリネロッテ様が少しでもピンチな状態になると、クラウディはそれに敏感に反応する。

 ヤバいな。このままだとクラウディは剣を抜き、次の瞬間、守衛2人の命は――


「リアノン!」

 僕は叫ぶと、守衛の1人に当て身を思いっきり食らわした。不意を突かれ、ソイツは意識を失う。


 リアノンは、僕からの合図に即座に応えてくれた。緊急時や戦闘時のリアノンは、本当に察しが良くて助かる。

 もう1人の守衛は、リアノンにブン殴られた。女騎士のかたい拳の一撃を受けて、守衛はバタンと倒れた。気絶している。


 僕とリアノンの攻撃により、2人の守衛は無力化した。これで、クラウディが剣を使う必要は無くなった。

 僕がクラウディへ視線を向けると、彼は、わずかに笑う。


「どうしました? サブロー殿。もしや、自分がこの者どもを容赦なく斬り殺すとでも思われましたか?」

「いえ……」

「その通りではありますが」

「え?」


 物騒なセリフを平然と吐く、クラウディ。

 僕に尋ね返す(いとま)も与えず、彼は早足で歩きはじめ、門を通過した。


 カルートンの邸宅がある敷地において。

 抗争・混乱が原因と思われる衝突音が響いてくる方向へ、僕らは向かう。大きな建物が見える。あれは倉庫だな。と、なると、あそこで――


 近づくと、激しい戦いが起こったことを示す(あと)があった。


 倉庫の前の地面には大きな穴が3つほど出来ていて、その1つ1つの中へ、男たち――おそらくカルートンが雇っている用心棒だ――が1人ずつ、落っこちている。

 確認してみると、3人とも生きていた。深い穴なので、どいつも自力で脱出するのは絶対に無理だけど。この穴は、ドリスが土魔法で作ったに違いない。


 遠くのほうで倒れていて、ピクリとも動かない者も数人いる。失神しているらしい。

 服装からして、そいつ等もカルートンの手の者だな。アズキが風魔法で、まとめて吹っ飛ばしたのだろう。


 そして――


 胴体が幾つか、大地に横たわっている。首から上が、無い。流れ出した血が、地面を赤黒く染めていた。切断された頭部が、胴体の側にゴロンと転がっている。

 頭部と胴体の数は、同じだ。


 この鮮やかな殺害の手口……ヨツヤさんが(はがね)の糸で攻撃したのか。


 死体から、目を背けない。しかし、感情は波打っている……動揺しているな、僕は。鼻をつく血のニオイが、眼前の光景が現実であることをイヤでも突きつけてくる。


 この段階になっても、なおも殺人に忌避(きひ)感を覚える自分は、愚かなのだろうか? 甘いのだろうか? それとも、(おご)っているのだろうか?


 倉庫の扉は派手に壊されていて、中より大きな音が連続で耳へと届いてくる。乱闘が行われているに違いない。

 オリネロッテ様たちは僕らが来るのを待たずに、倉庫の内部へ入ったのか。随分と強引に、事を進めているな。


 扉の前には、ポツンと1人、キアラが立っていた。手にはメイスを握っている。


「オリネロッテ様は?」

 と僕が尋ねると、キアラは落ち着いた声で「中」と答えた。更に「カルートンも、中にいる」と言う。


 戦闘力の高いキアラが、何故この場所に残っているのだろう? 敵との戦いで、彼女の強さを有効活用しないのは勿体(もったい)ないと思うのだが、その意味は…………いざという時に、オリネロッテ様たちが退却するためのルートを確保しておくためかな? 


 いいや。理由は、多分それだけじゃ無い。


 おそらくオリネロッテ様が倉庫の中へ入ったのは、カルートンもそちらへ誘い込むためだったのだ。倉庫の内部に身を置いた後に、出口の扉をキアラに塞がれたら、形勢不利になってもカルートンは逃げ出すことが出来ない。まさに〝袋の中のネズミ〟だ。

 しかも、これから猫の増援部隊――つまり僕たちが、袋の中へ突入する。〝ネズミの親分(カルートン)〟は、もうお(しま)いだ。


 いくぞ。ネズミのボスを退治する!

 真っ先にクラウディが、次にリアノンが、僕らも遅れずに倉庫の中へ入った。


 倉庫の内側は、広々としていた。天井も高い。二桁の数の人間が武器を持って争うのに充分なスペースがある。

 品物は()き出しで保管されてはおらず、その代わりに棚やら箱やらが、いっぱいある。そして多くの棚が倒れ、箱が散乱していた。


 倉庫の中央部の辺りになるであろう地点で、オリネロッテ様たちとカルートンの一味が対決していた。


 オリネロッテ様のほうにはドリス・アズキ・ヨツヤさんが居るため、負けてはいないが、カルートンの配下の用心棒たちも、その数が多い。

 ドリスたちはオリネロッテ様を守りながら戦わねばならず、相手を圧倒してカルートンを捕らえるところまではいっていない。膠着(こうちゃく)状態になりかけている。


 しかし、そこへ僕らが加わると――


 クラウディが抜剣(ばっけん)するや、敵の1人を斬り倒した。肩から脇へ、斜めに真っ二つにしている。……斬られた男は、確実に絶命したな。

 クラウディからすれば、カルートンたちは現在進行形でオリネロッテ様に襲い掛かっている連中なのだ。手加減する道理は無い。ヨツヤさんも、クラウディと同じ気持ちだろう。


 僕に2人を止める手段は無い。理由も無い。

 まさか、敵陣営を皆殺しにしたりはしないと思うが……。


 あの良い仕立ての服を着ている高身長の中年男性が、カルートンだな。

 その容貌(ようぼう)や体格、雰囲気については、前もって聞いていた。


 カルートンは、驚愕した顔になっている。(いら)立ち、同時に(おび)えてもいる。

 アイツは逃がさないのは当然として、殺さずに、生きたまま(つか)まえないと。


 そしてカルートンを捕縛する以上に、僕には、しなければならない事がある。


「サブロー!」

 と呼びかけてきたドリスのもとへ、走り寄る。


「こっちよ。地下に獣人の子供たちが閉じ込められているの。ゴーちゃんが見つけてくれた」

 ドリスが案内してくれる。そうだ。何よりも早く、ミーアたちを助け出さないと。


 それでもって、やっぱり倉庫の地下が監禁場所になっていたんだ。

 発見したゴーちゃんは、大手柄だ。見事な働きだよ!


 僕のところのゴーちゃんと、ドリスのところのゴーちゃんが『ピ! ピ! ピ!』と声を掛け合っている。あと地下においても、別のゴーちゃんが活動しているみたいだ。

 相変わらずゴーちゃん()は〝離れていても、心はひとつ〟だな。


 オリネロッテ様を見遣ると、彼女は微かに頷いた。言葉は用いずに『サブローさんは、行ってください』と、目だけで語りかけてきてくれる。

 オリネロッテ様の護衛にはクラウディがつくので、彼女の安全は100パーセント大丈夫だ。


 オリネロッテ様の周りを守るのは、アズキ・リアノン・ヨツヤさん・クラウディ・騎士の2人――と、バイドグルド家に属するメンバーである。

 一方、僕・コマピさん・モナムさんの3人は、ドリスと共に地下へ行くことにする。


 アズキとリアノンは、やや人質救出のほうにも協力したそうであったが……その場から動かなかった。やはりオリネロッテ様の安全確保が、彼女たちにとっては最優先な任務であるようだ。


 クラウディたちは凄い勢いで、敵を倒していく。カルートンが逮捕されるのも、時間の問題だな。

 良し。僕らも、すぐに誘拐された子供たちを救出するぞ。


 倉庫の端のほう、2つの棚に挟まれる位置の床に、変色した厚板(あついた)がハメ込まれていた。隠されているような場所にあるため、ちょっと見ただけでは分かりにくいが、よくよく確かめると長方形のドアが床に引っ付いている形になっている。

 ドリスは(かが)んで、厚板の一部を強く押した。途端に板が()ね上がる。開いた箇所には下りの階段が存在し、地下への通路になっていた。覗き込むと、暗い空間が見える。


 敵が待ち伏せているかもしれない。万が一を考えて、先に行こうとする僕へ、コマピさんが声を掛けてきた。


「サブロー同志。ここは、僕が先頭に立ちます。任せてください。エルフは人間よりも、夜目(よめ)()くんですよ」


 ……あ、そうか! エルフやドワーフは、通常の視覚以外にも、少々ではあるが熱線(ねっせん)を感知する能力があるんだった。獣人の一部の種族と同様に、人間と比べて、暗闇での視力が良いのだ。


 うん。こういう時は、遠慮せずに頼るべきだよね。


 コマピさんが一番先に行き、僕・ドリス・モナムさんの順で続く。モナムさんが最後尾だ。この配列にすると、ドリスが最も安全な位置になる。魔法使いであるドリスにとって、ベストポジションだ。

 何を言わなくても、そのあたりを察してサッと動いてくれるとは……コマピさんもモナムさんもプロの冒険者であることを、実感する。


 階段を降りきり、平らな床に足をつける。地下の空間は、かなり広かった。床面積は、地上の倉庫と同じくらいあるかも……。

 ランプの他にマジックアイテムっぽい〝光る石〟も幾つか設置されているため、明かりが無いこともない。それでも相当に暗い。注意しないと、何かに足を引っ掛けて転びそうだ。


 地下の監視要員として、カルートンの配下の者が何人か常駐していたのだろうが、頭上でのトラブルを知ったからに違いない。上に行ってしまって、今も地下に留まっていたのは2人だけだった。


 侵入者である僕らに対して、その2人は問答無用な反応で襲ってきた。


 僕とコマピさんが、敵の1名ずつに対処した。僕は刀のククリで、コマピさんは刺突(しとつ)用の剣エストックで、相手をやっつける。命までは奪わなかった。

 モナムさんが持ってきた縄で、あっという間にソイツ等を縛り上げる。


 ドリスが「あたしの出番が無い」とか呟いているけど……ドリスは既に、充分に活躍しているよ!


 更に進むと、地下牢があった。壁に沿って、格子(こうし)状の囲いが作られている。牢の内側には区切りがあって、ひとつの部屋(スペース)に2~3人の子供たちが押し込められていた。獣人の少年少女だ。……性別や年齢で分けて、各部屋に入れているんだな。

 カルートンなりの配慮をしているのかもしれないが、商品の仕分け作業をしているようにも感じてしまい、怒りを覚える。


 目を()らしてみると、獣人の子供たちの足に、(かせ)()められているのが分かった。

 加えて、カビくさい牢獄のニオイ。

 牢の内部にいる子供たちがイヤでも目にしてしまう位置に、拷問台まであって、そこには鞭やナイフが無造作に置かれている。使われた形跡は無いので、(おど)かすために用意しているのだろうが……。


 カルートンのヤツ、絶対に許さないぞ!


 コマピさんが人質になっている子供たちへ「安心してください。僕らは冒険者ギルドの者です。皆さんを助けに来ました」と優しい声で語りかける。最初は警戒していた子供たちも、次第に緊張を緩め、安堵(あんど)の表情を見せるようになった。


 出来れば獣人の冒険者が救出に来るのが、最も良かった。


 しかし、コマピさんがエルフであること。

 あとドリスがキンキラ金髪ツインテールにメイド服という、どう考えても『この女の人、誘拐犯じゃ無いよね? なんだか仮装っぽくて……変な趣味をしているメイドさんみたいだけれど』な外見であることが、(さら)われてきた少年少女たちにとって、その心を楽にさせる材料になったらしい。


 ついでにドリスのゴーちゃん・僕のゴーちゃん・地下牢を探し当てて待っていたゴーちゃん――計3体のゴーちゃんが飛び出して『ピピピピピ』と【安心・安全・安穏の三安(さんあん)マーチ】を披露(ひろう)しはじめたおかげもあって、笑顔になる子供まで居た。


 ここには7~8歳くらいの子が多くて、15歳前後の少年少女の姿は無かった。どうやら出入り口へ通じる階段から離れるほど、人質の年齢が高くなっていっているようだ。

 僕はミーア・ララッピちゃん・ナンモくんを探して、先に進んだ。すると地下室の最も奥にある牢の部屋に……犬族の少年の姿があった。


「ナンモくん!」

 僕は叫んだ。駆けて、ククリを一閃(いっせん)し、牢の扉を破壊する。中へ入り、ナンモくんを抱き起こした。


 酷い。ナンモくんは意識を失っていた。その身体は傷だらけだ。顔もメチャメチャに殴られて、()れあがっている。


「しっかりして! ナンモくん!」

 光魔法を発動し、ナンモくんを治療する。どうして、こんな事に……。他の人質たちは、危害を加えられている様子は無かったのに。


 ナンモくんと同じ牢の中に入っていたキツネ族の獣人少年が、何があったのか、事情を説明してくれた。


 それによると5日ほど前に、ナンモくんは猫族の少女とウサギ族の少女――つまりミーアとララッピちゃんと一緒に、この地下室へ連れてこられたそうだ。

 ミーアとララッピちゃんは同じ牢の中へ、ナンモくんはキツネ族の少年が(とら)われていた牢へ入れられた。


 ミーアとララッピちゃんが入っている牢と、ナンモくんとキツネ族の少年が入っている牢は、隣り合っていた。

 

「落ち込んでいるウサギ族の女の子を、猫族の女の子が励ます声が、隣から聞こえてきました」

 と、キツネ族の少年が話す。


「そして2日前に、太った男が地下にやってきたのです。黒い高価そうな服装をしていました」


 太っていた……となると、カルートンでは無いな。先ほど一見しただけだけど、アイツは標準的な体型だった。


 太った男は高慢(こうまん)な態度で、牢の中にいるミーアとララッピちゃんをジロジロと眺めた。まるで品定めをしているような、イヤな目つきだったらしい。

 そこから手下っぽい2人の人間に命じて、ミーアとララッピちゃんを何処かへ連れていこうとした。


 その時、ナンモくんが格子の隙間(すきま)から手を突き出して、太った男を爪で攻撃した。


「ビックリしました。勇敢でした。しかし、無茶な行為でもありました。コンコン!」


 ナンモくんが起こした過激なアクションが、よほど強烈な記憶となっているらしい。キツネ族の少年は人間語で話しながらも、キツネ族の獣人語の語尾である『コン』を付け加える。


 怒った男と手下たちはナンモくんを牢から引きずり出し、彼に激しい暴力を振るった。ミーアたちはナンモくんを助けようとしたが、出来ずに、地下室の外へ無理やり連行されていった。

 瀕死な状態になったナンモくんは、この牢の部屋へ再び放り込まれた。


「僕は震えながら、見ていることしか出来ませんでした。その後も、ケガに苦しむ彼に水を飲ませたり、柔らかい食べ物を口にさせてあげることしか……」

「誘拐犯の仲間……悪党どもに逆らえなかったのは、当然だよ。むしろ、ナンモくんの身体を気遣ってくれて、ありがとう」


 キツネ族の少年へ、僕は礼を述べる。


 ナンモくん……(きみ)はミーアたちを守ろうと、懸命に抵抗したんだな……。僕の胸が熱くなる。ナンモくんの傷を治してあげないと! 魔法を使うことで負傷中の自分の身体に負担が掛かるが、そんなのはどうでも良い!


 光魔法による癒やしの効果があったのか、ナンモくんが意識を取り戻して、うっすらと目を開く。


「ナンモくん!」

「う……サブローさん……」

「助けに来るのが、遅くなっちゃったね。ゴメン」

「サブローさん。聞いてください……」

「無理しちゃ、いけない。今は喋らずに――」

「いいえ! 今でないとダメなんです、わん!」


 ナンモくんが手を(かろ)うじて持ち上げ、グッと僕の服を掴んだ。

 その切羽(せっぱ)つまった様子に、驚く。


「ナ、ナンモくん?」

「ボクは殴られて、蹴られて……身体は動かなくなったけど、気を失ったフリをして、聞いていたんです。ミーアちゃんとララッピちゃんを連れていく前に、男は配下らしき者たちに話していました。『見目(みめ)良い、獣人の少女たちだ。愛玩(あいがん)奴隷にピッタリだ』――と」

「な!」

「続けて、男は言っていました。『最優先で、聖セルロドス皇国へ運ぼう。2人ともアチラで、高値がつくぞ。幸い3日後の朝に、トレカピ河で皇国行きの船が出る。そのための専用の船がな。それに乗せよう』って……」


 必死になって、息も絶え絶えにナンモくんは喋る。とても苦しいだろうに、話すのを止めない。

 キツネ族の少年が語った内容では、ミーアたちが地下室から外部へ連れて行かれたのは2日前だったはず。その日から『3日後の朝』となると――


 ミーアとララッピちゃんが乗せられているに違いない、その船が出航するのは、明日の朝か!


 これは……。

 オリネロッテ様がカルートンの屋敷へ訪問するのが、1日遅れていたとしたら。

 たとえ今日、ナンモくんに会えたとしても、彼がこの情報を得ることが出来ていなくて、それを僕に教えてくれなかったら。


 どちらにせよ、明日、僕の知らないところで、ミーアとララッピちゃんの身がベスナーク王国の外へと連れ去られる結果になっていたわけだ。

 まさにギリギリのタイミングだった!


 ナンモくんが途切れがちに、話す。


「あの男たちは、小さい声で喋っていました。しかし、ボクには聞き取れたんです。『河』『船』『皇国』『奴隷』という言葉が……わんわん!」

「ナンモくん」

「あと、男の服からはアルコールの……それに加えて果実のような甘酸っぱいニオイがしました。酔ってはいなかったのに……香りが服へ染みこんでいたのかも……」


 アルコール?

 果実?

 ……果実酒のことか?


 男は、果実酒を扱っている商人。あるいは、その関係者?


 犬族の獣人は、人間よりも嗅覚と聴覚が優れている。けれど、これほど重要なポイントを的確に入手しているとは……まさか、ナンモくんは、わざと男を攻撃し、挑発して、自分を牢の外へ出させるように仕向けたのか? 暴行されるのは当たり前で、最悪のケースでは殺されたかもしれないのに。

 そうまでして、ナンモくんは相手に接近してみせたんだ。嗅覚と聴覚――己の特性を()かすために!


 ナンモくんが、悔しげに涙を浮かべる。


「ボクは、ミーアちゃんとララッピちゃんを守ることが出来ませんでした。みすみす、彼女たちを連れていかれてしまって……情けないです。ボクは冒険者失格です」

「それは、違う。違うよ! ナンモくん。君は出来る限りの努力をして、それどころか大変な危険を(おか)して、とても大事な手掛かりを掴んでくれた。そして今、その貴重な情報を僕に伝えてくれた。凄いよ! 偉いよ! 君は立派な冒険者だ!」

「サブローさん……ミーアちゃんとララッピちゃんのことを頼みます。わん」

「任せて!」


 ミーアとララッピちゃんは、必ず救い出す。

 ナンモくん。君の頑張りを、決して無駄にはしない!

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― 新着の感想 ―
さすが大人気の2人ですね。売られるとなればすぐに売られるとは。切迫感がとてもよく伝わってくる展開でした。クラウディの方は相変わらず、見た目によらずの力業で笑いました。切ると思いましたか、で口先だけでも…
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