黒い宝石(イラストあり)
今話の後半は、ドリス視点になります。
★またページ下に、フィコマシーのイメージイラストがあります。
そんなこんなで――
周囲の人物たちを軽く見渡し、オリネロッテ様が宣言する。
「明日、カルートンと面会するお姉様と私に付きそうのは、アズキ・ヨツヤ・シエナ、それとドリスさん――この4人ということで、宜しいですね?」
決まったな。名前を呼ばれなかった2人の女性は、少しばかり可哀そうではある。しかしながら、キアラは〝割烹メイド〟で、リアノンは〝殺伐メイド〟――彼女たちは口を開かずとも、立っているだけで、普通のメイドとは異質な印象を周辺に振りまいてしまう以上、仕方ないよね? ……と僕が思った、その時。
オリネロッテ様による当然すぎる結論に、それでも不同意の表明をする人物が居た。
選に漏れたキアラだ。
「ちょっと、待って欲しい。……オリネロッテ様」
「なんでしょう? キアラさん」
「明日、侯爵様のお屋敷へやって来るカルートンは、宝石や貴金属、装飾品を扱う商人と聞いた」
「ええ。仰るとおりです」
「だったら、カルートンと対面するメンバーには私も加えるべき」
「何故でしょう?」
小首を傾げつつ尋ね返すオリネロッテ様へ、キアラはやや強めな口調で理由を述べた。
「私は、ドワーフだから。ドワーフは〝地の精霊〟から祝福を受けている種族。なので鉱物や、それから出来る宝石についても、独特な勘が働く。金属の細工物をつくったり、見極めるのも得意。私も、そう。さすがに本職の方ほどでは無いけれど」
キアラがオリネロッテ様へ、己の有用性をアピールしている。……彼女がこんな態度になるのは、珍しいな。
日頃のキアラは引っ込み思案というわけでは無いが、どちらかと言えば慎重に対応を判断するタイプで、積極的に前へ出たりはしないのに。
ドリスも無駄にテンションが高い感じだし……侯爵邸に来てから、冒険者である2人の少女の心の中で、何か大きな変化が起こっているのは確実なように思える。
キアラからの申し出を受け、オリネロッテ様が少し考え込む。
「……キアラさん。ひとつ、質問しても良いかしら?」
「もちろん」
「教えていただきたい事柄があるのです」
「なに?」
「黒い宝石についてです」
「黒い宝石?」
「ハイ。黒い宝石の幾つかの種類……黒瑪瑙や黒曜石などは、私も知っていますし、所有もしています。ところが最近、ダイヤモンドの中に黒く輝くモノもあると耳にして……黒い色のダイヤモンドは、実際に存在しているのでしょうか?」
「黒色……ブラックダイヤモンドは、とても珍しい宝石。私は見たことは無い。しかし、まれに鉱床から採掘される事もある……と昔、ドワーフの大人が話していた」
「では〝ブラックダイヤモンドがある〟のは間違いないのですね?」
「うん」
オリネロッテ様が念押しすると、キアラが頷いた。
ん? いったい、なんだ? どうして突然、オリネロッテ様はブラックダイヤモンドのことを語りだしたんだ?
確か地球でも、天然のブラックダイヤモンドは凄く希少性が高かったはず。市場に出回っているブラックダイヤモンドは、ほとんどは人工的に着色されている品だそうで、それは価値が低いらしいけど。
あと『呪いのダイヤモンド』と呼ばれたブラック・オルロフが有名だよな。ロシアの王族や王妃――宝石の名の由来となったオルロフ王妃――など、その黒いダイヤモンドを所有していた人物は、次々と非業の死を遂げたとか……。
それで一時期、ブラックダイヤモンドは〝不吉な宝石〟と考えられていたらしい。でも逆に、そのミステリアスでシャープな雰囲気に魅力を感じる人も居たようだ。
まぁ、これはあくまで地球の話で、ウェステニラでは……キアラとオリネロッテ様のやり取りからすると、やっぱりブラックダイヤモンドは、この世界でも特殊で貴重な宝石であるみたい。
ふむ。
ブラックダイヤモンド……か。
僕としては「ダイヤモンドは無色透明でキラキラしている。大人の輝き! なのにダイヤモンドには黒色もあるって、変なの」みたいな単純な感想しか抱けないんだが。
キアラと会話して、オリネロッテ様は考えを改めたようだ。
「……良いでしょう。控えるメイドの数が4人から5人に増えても、それほど問題はありません。キアラさん。貴方も明日、メイドの服を着た今の姿で、カルートンとの対面の場に参加してください。お姉様も、それで構いませんよね?」
「ええ、オリネロッテ。よろしくね、キアラさん」
「ありがとう。フィコマシー様、オリネロッテ様」
キアラが2人の侯爵令嬢へ、ペコリと頭を下げる。
しかし、こうなると、納得がいかない人物が1人。
「オリネロッテ様! キアラ殿まで加わるのに、私だけ仲間ハズレにするのは酷いです。私も《お護りメイド隊(仮)》のメンバーにしてください!」
「《お護りメイド隊》……《(仮)》って……リアノン。キアラさんは宝石のことを良く知っているので、特別なんです。カルートンは宝石や装飾品の商人なんですから」
「私だって、お役に立てる知識を持っています!」
「貴方には、どんな知識があるの? リアノン」
「剣を使っての効率的な敵の切り方とか!」
「それはカルートンとは、少しも関係ありません」
「身体を痛めないギリギリなレベルのトレーニング技術とか!」
「それはカルートンとは、全く関係ありません」
「オークを一匹残らずギッタンギッタンにして『やれやれ。いい汗をかいた』と満足する方法とか!」
「それはカルートンとは、絶対に関係ありません」
「あと、私はこう見えても、首輪や腕輪を上手に扱えるんですよ。けっこうな頻度で使用しています」
「それは意外ね……でもリアノン。貴方がアクセサリーを身につけているのを、私は目にしたことが無いわ。首輪や腕輪を、どんな風に使っているの?」
「当然、倒した敵を拘束する道具としてです!」
「…………」
自信満々に返答するリアノンに、オリネロッテ様は無言になった。
え~と……。
リアノンがオリネロッテ様の護衛騎士になったのは、オリネロッテ様が自ら決めたことだったはず。
オリネロッテ様……今更、その判断を後悔したりはしていないよね?
・
・
・
結局、リアノンはダメだった。
明日のカルートン来訪時、リアノンはメイドでは無く、騎士として働くことになった。フィコマシー様やオリネロッテ様の居る部屋の隣室で、待機するのだ。
僕も一緒だ。万が一の際には、すぐに護衛や救援のために動けるように。
リアノンは心理戦や騙しあいでは丸っきり役に立たないけれど、暴力沙汰ならとっても頼りになるからね!
その夜、遅い時間ではあったが、僕は宿屋の《虎の穴亭》へと帰った。
ドリスとキアラは彼女たちが拠点にしている宿舎へ、コマピさんやマコルさんもそれぞれの住居へ戻っていった。
《虎の穴亭》では経営者である親父さんやお袋さん、チャチャコちゃんに出迎えてもらえた。皆、誘拐されたミーア達の身を心配してくれている。その気持ちが、とても嬉しい。
でもチャチャコちゃんは、まだ10歳なんだから、夜更かししちゃダメだよ?
「ミーアお姉さまが今頃どうされているのかを考えると、あまり眠れないんです……」
小声で述べるチャチャコちゃんの目もとが、少し赤くなっている。どうやら先ほどまで、泣いていたらしい。
「でもサブローお兄ちゃんが冒険者のお仕事から無事に帰ってきてくれて、良かったです」
「ありがとう、チャチャコちゃん。ミーアのことは、僕も聞いた」
「ハイ」
「ミーア達は、必ず助け出してみせるよ。約束する」
「……サブローお兄ちゃん」
「冒険者ギルドの人たちや、その他の方々も頑張っている。僕も全力を尽くす。それにバンヤルくんだって――」
「兄ぃは今夜も《虎の穴亭》に居ないんです。ミーアお姉さまを助けるための手掛かりを求めて、昼も夜もナルドット中を走り回っています」
「そこまでの努力と誠意……バンヤルくんには本当に感謝するしかないよ」
「兄ぃは自ら望んで、やっている事ですから」
「そうだね。出来るだけ早くミーアを助けないと、猫神様を召喚するための生け贄にされちゃう訳だし。バンヤルくんも必死なんだ」
数日前……僕がボンザック村へ出発する前の晩、チャチャコちゃんは「ミーアお姉さまが悪い人たちに掠われたりしたら……ワタシ、『ミーアお姉さまを救って』との願いを叶えるため、兄ぃを生け贄として祭壇に捧げて、猫神様を召喚してしまうに違いありませんから」と言っていた。
わざと僕がおどけた調子で話すと、チャチャコちゃんは慌てた顔になった。
「え! サブローお兄ちゃん。ワタシの、あの発言は……その……」
「大丈夫だよ。僕もバンヤルくんも、生け贄になるつもりは無い。チャチャコちゃんが《猫神様を召喚する儀式》を始める前に、絶対にミーアを救い出す。もちろん、ララッピちゃんやナンモくんも」
僕は、力強く言い切った。
チャチャコちゃんは一瞬ポカンとした表情になり、ようやく少しだけ笑ってくれた。
「分かりました。猫神様には、ちょっとの間、待っていてもらいます」
「ありがたい。それじゃ、チャチャコちゃん。僕は明日に備えて、ひと眠りしてくるよ」
「ハイ、おやすみなさい」
僕は宿屋の2階に上がって、ミーアと一緒に使っている部屋へ入った。
室内は暗く、ガランとしていた。この部屋は、こんなに広かったかな……? 物理的には狭いままだけど〝ミーアが居ない〟というだけで、とてつもなく広く、虚ろで、寒々とした空間のように思えてくる。
室内の隅に、正方形の小さなベッドがあった。ここで毎晩、ミーアは丸くなって眠っていた……その光景を思い出し、胸の奥が痛くなる。
いや。
くよくよ悩んでいる暇なんて無い。
ミーアに再び、このベッドで眠ってもらうんだ。彼女が安心して寝ていてくれてこそ、部屋は暖かさを取り戻す。何があっても、そうなる未来にしてみせる!
僕は決意を新たにした。
♢
翌日の侯爵邸。
数ある応接室のひとつで、フィコマシー様たちはカルートンと会うことになっている。
その隣の部屋で、不測の事態に備えて待機しているメンバーは、7人。
僕。
冒険者ギルドから来ている、エルフのスケネーコマピさん。
商業ギルドから来ている、3級冒険者としての資格も持っている商人のモナムさん。
リアノン。
クラウディ。
その他、オリネロッテ様の護衛騎士2人。
リアノンは当然、メイドの姿では無く、普段の騎士の格好に戻っている。うん。やっぱりこちらのほうが、リアノンには似合っている。
そして、モナムさん。今日の参加は警備的な意味合いもあるため、マコルさんでは無く、武力方面で腕が立つモナムさんが、商業ギルドの代表としてやって来たのだろう。
モナムさんは――マコルさんやバンヤルくんもそうだけど――獣人の森からナルドットまでの旅を、僕やミーアと共にした人だ。フィコマシー様やシエナさんとも知り合いで、本日の待機メンバーにはピッタリの人材だ。
フィコマシー様が乗っていた馬車が街道で襲われて、シエナさんが賊と戦っていたとき、僕とモナムさんが救出に向かったんだよな。
あの戦闘において、僕は初めて人間を本気で攻撃して、相手に大ケガを負わせた。
もう何年も前の出来事のように感じてしまうけど、実際は、あれから24~25日くらい……約1ヶ月しか経っていない。
モナムさんはとても信頼できる人だから、彼が来てくれて、僕も心強い。
……それから、クラウディ。彼とは決闘以来、はじめて顔を合わせる。
どう話しかけるべきか迷う僕へ、彼は穏やかに微笑んだ。
「お久しぶりです、サブロー殿」
「クラウディ様も」
「冒険者としての活動先で、魔族と戦い、倒したと聞きました。さすが、サブロー殿です。敬服いたします」
「おそれ入ります」
すごく褒められたぞ。
……僕と決闘した件について、クラウディは屈託なく、少しの葛藤も抱えていないように見える。再会に気まずさを感じている、僕のほうが変なのか?
騎士である彼は、未熟な冒険者である僕とは異なり、戦いの結果を、いつまでも心中で引きずったりはしないのかもしれない。
しかし。
あの決闘の前のクラウディと、今の彼とは、何かが決定的に違っている。それは、分かる。
ちなみにオリネロッテ様の護衛隊の隊長であったランシスは、僕とクラウディとの決闘終了の際に騒動を起こしたのを咎められ、隊長の地位から降ろされたそうだ。
新しい隊長としてクラウディの名が挙がったのだが、彼は辞退した。『一介の騎士であるほうが、動きやすい』との理由を述べて。それで隊長には、別のベテラン騎士がなった。
クラウディの現在の本心は……?
探る意図も込めつつ、彼に訊いてみる。
「……クラウディ様は、今回のことを、どのように考えておられるのですか?」
ミーアたちを救うために、これからオリネロッテ様は、問題のある人物――商人のカルートンと会うのだ。侯爵令嬢が、冒険者である獣人の少年少女たちの身を案じて、敢えて危ない橋を渡る。そんな状況に、クラウディは不満を抱いたりはしないのだろうか?
「何ごとにおいても、オリネロッテ様のご意向が最優先です。オリネロッテ様には自由に、思うがままに行動なされて欲しい――自分は、そのように考えています」
「なるほど」
「もちろん、その過程で、少しでもオリネロッテ様を害そうとする輩が現れたら、自分は絶対に許しません。いえ、害する以前に、オリネロッテ様の歩みの妨げになりそうなモノは、残らず排除します。それが、自分の職務ですから」
「…………」
彼の言葉に、圧迫感を覚える。
クラウディは、もう少し常識的なタイプだったはず。彼の中の天秤が平衡を失い、オリネロッテ様への狂信の度合いが増しているように思える。
『オリネロッテ様の歩みの妨げになるモノは排除する』――そこから響いてくる、偏執的とさえいえる極度に硬直した観念……あたかも、ヨツヤさんのセリフのようだ。
ヨツヤさんは、僕がオリネロッテ様の頼みを拒んだだけで、それを怒り、襲ってきた。
あの時はヨツヤさんと戦い、なんとか勝つことが出来た。
そしてクラウディはヨツヤさんより、はるかに強い。
フィコマシー様やシエナさん、ミーアのことを、クラウディが『オリネロッテ様にとって邪魔な存在』と認識したら――
不意に恐怖を覚える。
名誉をかけた決闘では無く、魔族のターナダクとの戦いのように本気の殺し合いをクラウディとすることになったら、果たして僕は、彼に勝てるのか?
今の僕の実力で……武器は刀で……魔法を使ったとしても……勝利するのは困難で……だったら、最悪……。
『ピギー!』
ゴーちゃんが叫んでくれたおかげで、僕の危うい思考は、そこで中断された。
そう。僕は今、手もとにゴーちゃんを預かっている。
ドリスが《二体分身》の魔法を使用したのだ。
分身したゴーちゃんは、分身同士で意思を通じ合わせることが出来る。
そんなわけで、2体のうちの1体はドリスのところに、もう1体は僕のところに居て、フィコマシー様やオリネロッテ様の身に変事が起こったら、すぐさま連絡が来るようになっている。
いざという時、もともとはアズキが風魔法で大きな音を出して、壁越しに〝緊急事態発生〟を知らせてくる予定だった。けれど『ゴーちゃんを分身させて、働いてもらったほうが、もっとスムーズに伝達できますよ』とドリスが提案したのだ。
それで、現在。
リアノンをはじめとして、クラウディやモナムさん、2人の騎士も、ゴーちゃんの存在に好意的だ。
何処でも人気者だな、ゴーちゃんは。
リアノンとゴーちゃんの会話――
「ふむ。ゴーレムのゴーちゃんか。ふふ、可愛いな」
『ピギー!』
「しかし、残念だ」
『ピギ?』
「ゴーちゃんは、小さすぎる。もしもゴーちゃんがオークと同じくらいの大きさだったなら、腕試しに戦ってみたかった。ゴーちゃんは素手だから、剣を使わず、殴り合いで。正々堂々、ボカボカドコドコ、ドッカ~ン! きっと、楽しいぞ! ……可愛いゴーちゃんは、巨大化できたりしないよな?」
『ピピピピピ』
ゴーちゃんが怯えてプルプル震えながら、懸命に首を横に振っている。
本当は、ゴーちゃんは巨大化できるんだよな……その事実を、リアノンには知られないようにしないと。
まぁ、仮にリアノンの拳でボコボコにされたり、粉砕されたりしても、分身している片方が無事なら、ゴーちゃんにとってのダメージは実質的にゼロなんだけどね。
ゴーちゃんがソロ~とリアノンの側から離れ、クラウディの近くへ寄っていく。
クラウディは律儀にゴーちゃんへ挨拶をした。
「ゴーちゃん殿。貴殿を頼りにしている。オリネロッテ様の安全が保たれるよう、よろしくお願いする」
『ピギピギ』
……ところで、ど~でもいい事なんだけど、『ゴーちゃん』って、どこまでが名前なんだろう?
てっきり、自分は『ゴー』が名前で『ちゃん』は敬称だと思っていた。でも、侯爵邸に来てからは、フィコマシー様は『ゴーちゃんさん』と語りかけておられたし、今もクラウディは『ゴーちゃん殿』と呼んでいる。
ひょっとして『ゴー』から『ちゃん』まで、その全てが名前だったのかな? あとで、ドリスに訊いてみよう……正解が分かっても、たいした意味は無いような気もするけれど。
――良し。
そろそろ、カルートンが訪問してくる時刻だな。
ゴーちゃんも静かになり、僕らは隣室の気配を感じ取ろうと、耳を澄ませた。
♢
今、応接室ではフィコマシーとオリネロッテが並んで椅子に腰かけ、彼女たちとテーブルを挟んで、商人のカルートンが着席している。
2人の令嬢の背後には、5人のメイドが立っていた。その中の1人であるドリスは、不躾な視線にならないように注意しつつ、カルートンを念入りに観察した。
(この男が、カルートン……年齢は40代? 50歳は超えていないみたいね)
カルートンは背が高く、顔立ちも整っており、魅力的な中年男性だ。明瞭な話し方や、上品な物腰からも、彼の商人としての自信の程と有能さが窺える。
有能な商人といえば、ドリスが所属している冒険者パーティー《暁の一天》が日頃から世話になっているネポカゴ商会のツァイゼモ会長も、そうである。
けれど外見と喋りに関しては、ヒキガエルみたいな容姿で「ぐっふっふ」が口癖なツァイゼモと、流暢な語り口の長身でハンサムなカルートンは対照的だ。
ドリスは思う。
(でも、あたしはツァイゼモ様のほうが好きだ)
先入観は関係ない。ツァイゼモは商売に関しては厳しいが、それ以外には柔軟に対応してくれる。度量が広く、基本的に寛容な性格なのだ。対してカルートンは、何かが変だ。奇妙なチグハグさというか……外側は爽やか風なのに、薄皮一枚の内側に、闇が蠢いているような気持ち悪さを、彼からは感じてしまう。
(やっぱりカルートンは、要注意人物だわ)
カルートンは3人の使用人を連れてきている。そのいずれも、屈強な若者だ。
(まるで用心棒みたい。けど考えてみれば、当然かな?)
カルートンは宝石や装飾品を扱っている商人であり、今日も高価な商品を持参しているのだから。
「オリネロッテ様には、お近づきのしるしに、これを――」
そう述べて、カルートンはテーブルの上に箱形の頑丈な鞄を置き、中を開いてみせた。
そこには、宝石・貴金属を巧みに細工したネックレスやイヤリング、ブレスレットやブローチなどが収められていた。どれも一目で、大変に高額な品だと分かる。
ドリスは着席しているフィコマシーの肩越しに、それらの装飾品を眺めた。
(一つ一つが、金貨10~20枚? いえ。あのネックレスは、金貨50枚くらいの価値があるかも……)
しかし、先ほどからカルートンはオリネロッテにばかり話しかけている。フィコマシーのことを完全に無視しているわけでは無いが、明らかにオリネロッテよりは軽い相手として対応している。
それがドリスには無性に腹立たしい。
「オリネロッテお嬢様。どうぞ、お納めください」
〝もちろん、お代は頂きません〟とのセリフを省略して、カルートンはオリネロッテへ頭を下げた。
「カルートン様」
「なんでしょう? オリネロッテ様」
「これらの宝石……アクセサリーが、貴方のお勧めの品なのですか?」
「え?」
戸惑うカルートンを一瞥し、オリネロッテはフッと冷笑した。
「ご存じですか? 私は王太子殿下から、婚約者になるように望まれています」
「それは……私も聞き及んでおりますが」
「その私に、こんなものを身につけろと? この程度の飾りをしているところを王太子殿下に見られる……そんな想像をするだけで、恥ずかしくてたまりません」
オリネロッテの痛烈な発言。
室内の空気が凍った。
「も、申し訳ありません!」
慌ててカルートンが鞄を閉じようとすると、それをオリネロッテは止めた。そしてフィコマシーのほうに、ゆっくりと顔を向ける。
「ああ。取り下げなくても、構いませんよ。そのままに、しておいてください。ねぇ? お姉様」
「え……オリネロッテ?」
「お姉様の婚約者のボルトラルさん……」
「ボルトラル様?」
「ええ。この粗末なアクセサリーは、お姉様が貰ったらいかがかしら? お姉様に、とても似合うと思います。王都に戻ったら、これをお着けになって、伯爵家のボルトラルさんに会われると良いでしょう。婚約者の素敵な装いを見て、ボルトラルさんも、きっと喜びますよ。それとも、笑うかしら?」
嘲り、愚弄しているとしか思えないオリネロッテの言葉を受けて、フィコマシーが絶句する。
フィコマシーの身体がショックで固まったのが分かり、ドリスの胸の奥で怒りの感情が渦巻いた。
強く拳を握りしめ、心の中で叫ぶ。
(フィコマシー様に対して、この女……オリネロッテ――!)
フィコマシーのイラストは、貴様 二太郎様よりいただきました。素敵なイラストを、本当にありがとうございます!
※頂いたイラストは、現時点でのサブローが見ているフィコマシーのイメージになります(前々回の『ドリスと侯爵家姉妹』を参照してください)。




