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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第九章 誘拐事件と黒い宝石の謎

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ドリスと侯爵家姉妹

 おもち→おまんじゅう→おだんご

 ナルドットでの夕刻。日没の前。

 馬車が侯爵邸に着いた。

 移動中の車内において、シエナさんはズッと(うつむ)きかげんで落ち込んだ様子を見せていて、そんな彼女へドリスが気遣うような視線を向けていた。2人とも、どうしたんだろう……?


 侯爵家の屋敷では、一足先に戻っていたアズキが僕らを出迎えてくれた。


「オリネロッテお嬢様に『コマピ殿たちが、今日のうちに来られます』と申し上げておいたぞ。お嬢様は私室で、お待ちかねじゃ。妾が案内するゆえ、さっそくお会いして欲しい」

「アズキ……アズキ殿。僕は、先にフィコマシー様にお目に掛かります」

「え? 何故じゃ? サブロー」

「いえ……そもそも、オリネロッテ様がお呼びになったのは、冒険者ギルドの主要な関係者であるコマピさん達でしょう? 面会する人員の中に本来、僕は入っていないはずですから」


 もちろん、オリネロッテ様の打ち明け話……彼女の思案? 今後の計画? には、とても関心がある。でも侯爵邸を訪れた以上は、まずはフィコマシー様のお顔を見たいのだ。


「……分かった」

 ちょっと躊躇していたが、結局アズキは納得してくれた。


 コマピさんとマコルさんは、オリネロッテ様の部屋へ行く。

 僕とシエナさんは、フィコマシー様の部屋に向かう。それで――


「ドリスとキアラは、どうする?」

 振り返って2人に問いかけると、ドリスが答えた。


「あたしは、サブローに付いていくわ。隊長として、隊員の動静を見守る義務があるので」


 ドリスの発言に同意するかのように、キアラもコックリと頭を縦に揺らした。

 いや。別に僕としては、ドリスやキアラに見守ってもらう必要など皆無なんだが。


 コマピさん達と別行動になって、お屋敷の中の廊下を歩いている最中、シエナさんがドリスに小さい声で尋ねる。


「あの……『隊員』や『隊長』って、何のことですか?」

「ああ。あたし達のパーティーである《暁の一天》は現在、ボンザック村に留まっているほうと、ナルドットに来たほう、2つのグループに分かれて活動しているでしょう? こちらのナルドットのグループ――分隊のリーダーはあたしで、サブローは隊員ってわけ。サブローは、隊長のあたしの命令に、絶対服従しなければならないのよ」

「絶対服従……」

「そう。あたしが『空を飛べ』と命じたらサブローは七面鳥(しちめんちょう)になり、『地に潜れ』と命じたらサブローはモグラになる」

「そんな! サブローさんに、丸焼き前提な生活や、穴掘り暮らしを強要するなんて、酷すぎます!」

「隊長が有する権限は、それほど強いの。サブローは逆らえない」


「……私は理解しました。未来を(うれ)えているだけじゃ、ダメなんだと。待ち受けている運命がどれほど厳しかろうと、それに打ち勝ってみせなくちゃ。自分のためにも、サブローさんのためにも」

「分かってくれたのね、シエナ」

「舞台の端役(はやく)にだって、意地もあれば矜恃(きょうじ)もあるのです」

「別に、あたしはシエナのことを〝端役〟だとは少しも思わないけど」

「私を〝主演女優(ヒロイン)〟だなんて、褒めすぎです」

「そこまでは言ってない」


「私は生きます! そして、サブローさんも救ってみせる! 隊長失格なヘンテコ髪型さんの魔の手から!」

「なんですってぇ! 言葉を(つつし)みなさい、シエシエ4649号!」

「4桁は、あんまりです! 4649(よろしく)されても、その数字は受け入れられません!」


 ドリスとシエナさんが、変な会話をしているんだが……その中身に、根本的な疑問があるぞ。


 ――どうして、僕が鳥やらモグラやらにならなくちゃいけないんだ!? 

 いかに隊長だからといって、ドリスの要求内容が非常識すぎる。


 だいたい《空飛ぶ鳥》に七面鳥を選んでいるところからして、ドリスは大いに間違っている。鷹や(わし)(はやぶさ)など、もっと格好いい鳥はいっぱい居るだろ! なんだよ、七面鳥って? アイツらは頑張っても少しの距離しか飛べないし、油断しているとクリスマスの日などに、いきなりハムやベーコンに加工されちゃうんだぞ。


《クリスマス・デート(交際)》でディナーをする(・・)のには憧れる。人間だもの。

《クリスマス・デッド(葬祭)》でディナーになる(・・)のは御免こうむりたい。七面鳥には、なりたくない。


 まぁ、何の話題で意見交換をしているにせよ、シエナさんとドリス――2人が仲良しになるのは喜ばしいことだ。


 フィコマシー様の自室に近付くと、シエナさんはサッと先頭に立って進み、ドアをノックしてから開いた。


「お嬢様。サブローさん達がいらっしゃいましたよ」

「あ! サブローさん!」


 フィコマシー様の声がする。いつも通りの温雅(おんが)で涼やかな響きだ。

 僕は一礼してから、頭を上げ……衝撃を受けた。


 クラウディとの決闘のあとに目覚めた際にも、フィコマシー様のお姿を見て、僕は驚いた。そうなのだ。あの時のフィコマシー様は、前よりもチョビッとだけ()せておられた。

 それ以前は〝ふっくらふっくらふっくらふっくらふっくら(ふっくら×5)〟だったフィコマシー様。

 なのに〝ふっくらふっくらふっくらふっくら(ふっくら×4)〟になっていた。〝ふっくら〟が1つ減っていた。


 そして現在のフィコマシー様は、そこから更に〝ふっくら〟が少なくなっている。

 つまり〝ふっくらふっくらふっくら(ふっくら×3)〟なのである。


 そのう……かつてのフィコマシー様の容姿は、可憐ではあったものの、率直に述べると、縦と横の比率が尋常では無かった。縦に対して、横の幅がかなり広かった。

 ところが今、僕の眼前のフィコマシー様は、あんまり横に広くない。ポッチャリ系であることに違いは無いが、体型のバランスが格段に良くなっている。最初はお餅――鏡餅(かがみもち)であったのが、前回はおまんじゅうになり、今回はお団子になっている感じなのだ。

 お餅・おまんじゅう・お団子……白くて、柔らかくて、(つや)やかで、美味しそう(?)な印象に変わりはない。しかし体積も重量も、明らかに減少している。


 僕がフィコマシー様と離れていたのって、10日間くらいだよね? その間に、フィコマシー様は急激にダイエットに成功したの? 


 ……いやいや、そうじゃ無い。そんな筈は無い。冷静に考えれば、分かる。これは何より、フィコマシー様の心のありようが関係している。フィコマシー様は『もう、逃げない。前へと進む。(わたくし)は変わる』と仰っていた。どういう理由なのかは不明だけど、その強い精神の力が、身体へも大きな影響を及ぼしたに違いない。


 真美(しんび)探知機能を発動して、フィコマシー様を眺める。彼女の中の、縄や(じょう)によって固く閉じられていた小箱が、少しずつではあるが、確実に開きはじめている。封印は、解けつつあるのだ。


 フィコマシー様の瞳の色は瑠璃(るり)――《星のきらめく天空の青(ラピスラズリ)

 瑠璃色の聖なる花が咲くのは、間近なのかも知れない。


「サブローさんが再び、深刻なケガをされたと聞いて、私は心配で……お姿を見ることが出来て安心しました。会いに来てくださって、ありがとうございます。でも、まだ身体が治られてはいないんですよね? お辛いのでしたら、遠慮なさらず、椅子に腰かけてください…………サブローさん、どうされました? なにか、私の顔についていますか?」

不躾(ぶしつけ)に眺めてしまって、申し訳ありません。フィコマシー様があまりにもお綺麗になられているので、ビックリしました。いえ! フィコマシー様は、もともとお美しくはあられたのですが」

「……!」


 フィコマシー様は言葉を返さなかった。けれど、その白い肌が、みるみる紅くなる。

 シエナさんが弾む声で、フィコマシー様への僕の賛辞(さんじ)に同意した。


「サブローさんも、そう思われますか? フィコマシーお嬢様はこのところ、より素敵になられているように私も感じるんです。お持ちの衣装やアクセサリーの多くが、何故か合わなくなって、新しいものを用意しなければ……と、悩みどころも増えているんですけれど」

「ごめんなさい、シエナ」

「いいえ! お嬢様は、何も悪くはありません! むしろ、この多忙さは私にとって心地良いんです。お嬢様のお世話をさせていただくのが、私には何よりの喜びですから……でも不思議ですよね。どうして、こんな事になっているのでしょう?」


 シエナさんが、首を傾げている。


 ……それはフィコマシー様が以前より、スリムになっているためでは?

 しかしながら、その事実をシエナさんもフィコマシー様ご自身も、気付いたり、受けとめたりすることが出来ていないらしい。


 人間の内面――〝心〟が成長したり変化したりしても、外からは分からない。理解できるタイミングがあるとしたら、心に基づく行動がなされて、それを評価する過程においてである。同じように、フィコマシー様の外見が変わっているのを、僕以外の誰もが認識できていないみたいだ。フィコマシー様の心の中が見えないのと同様に、本当の容姿も見えていないのか? 

 ただし、常にフィコマシー様の側に居て、彼女を大事に思っているシエナさんは、無自覚ながら薄々は感づいているっぽい……そのような気配もあるな。


「サブローさん。そちらのお二方は……?」

 ドリスとキアラへ、フィコマシー様が視線を向ける。


 僕が2人を紹介しようとすると、ドリスがズイッと前へ進み出た。


「はじめまして。ナルドット侯爵家のフィコマシー様。あたしは冒険者パーティー《暁の一天》の一員で、ドリスと申します。魔法使いをやっています。そして、これはゴーちゃんです」

『ピギー!』

「ほら、ゴーちゃん。フィコマシー様にご挨拶しなさい。もっと、頭を深く下げる! フィコマシー様は高貴な身分で……存在そのものが尊い御方なんだから、最敬礼よ!」

『ピ、ピギ?』

「ゴーちゃん。面白い芸をして、フィコマシー様を楽しませなさい。ぴょんぴょんジャンプするだけじゃダメ。もっとユニークで刺激的な……そうね。切断マジックで上下に分離して、別々に動くこと。上半身が【ゴー】で、下半身が【ちゃん】で、合体して改めて【ゴーちゃん】になるの。ほら、一発でやる! これぞ《ゴーちゃんの一発芸》ね。え? 分離できない? そこは根性で、やりなさい! ゴーちゃんなら、出来る! あたしは信じてる。根拠? いっさい無いわよ。もちろん」

『ピギ~!』


 ドリスはゴーちゃんを〝小物入れ(ポーチ)〟から出してテーブルの上に載せ、無茶な芸を強要している。

 で、ゴーちゃんは悲鳴を上げている。


 それを見て、フィコマシー様は面白がるどころか、オロオロしているぞ。……というか、なんでドリスは急にハイテンションになってんだ? 


 ドリスは瞳をキラキラさせ、呼吸も心なしか荒くなっている。フィコマシー様に会って、妙に興奮しちゃったみたいだ。


 どちらも金髪の、どちらも16歳の少女2人が向かい合っている光景は、とても華やかだ。

 フィコマシー様の金髪は穏やかな光沢(こうたく)を帯びていて、ドリスの金髪は無駄にキンキラキンであり、同じ金髪でも、そのあたりは対照的だけど。


「あの……ドリスさん」

「フィコマシー様。あたしに〝さん〟付けは不要です。『ドリス』とお呼びください!」

「それでは、ド、ドリス」

「ハイ!」

「ゴーちゃん……さんは、芸をなさらなくても構いませんよ。居てくれるだけで、充分に楽しいですし。可愛いですし」

『ピギ~』


「ゴーちゃんさんは、貴方のゴーレムなのですか? ドリス」

「そうです! あたしが魔法で作りました! あたしが育てました! あたしが芸を仕込みました!」

「凄いのですね、ドリスは」

「ありがとうございます!」


 ちょっと……さすがに、ドリスの言動が奇妙すぎる。彼女は常に冷静というわけじゃ無いけど、簡単に高揚(こうよう)するタイプでも無い。今のドリスは、浮かれすぎている。こんな彼女を目にするのは、初めてだ。


 心配になった僕は、小声でキアラに語りかけた。

「ねぇ、キアラ。なんだかドリスの様子が、おかしいと思わない? どうしちゃったんだろう?」

「ドリスは、いつもおかしい。特に髪型が」

「いや。そういう意味では無くて……」


 キアラも、ドリスのツインテール縦ロールは、おかしい形状だと考えていたんだ。確かに……人であろうとドワーフであろうと、常識があったら、そう思うよね。あの縦ロールって、ぱっと()では『黄金色のバネかドリルだ!』という風にしか感じられないし。


 それでもって、初対面であるにもかかわらず、いきなりドリスはフィコマシー様のことをメチャメチャ好きになったらしい。


 ドリスから満ちあふれる親愛の感情を向けられて、フィコマシー様は戸惑いつつも嬉しそうにしている。シエナさんも、この状況を歓迎しているみたい。表情が、とても柔らかくなっている。


 孤立した環境で生きてきた2人にとって、こんな経験をすることは滅多にないのだろう……。


 ドリスが何を考えているのかイマイチ判然としないが、僕としても彼女に感謝したい。

 一方、ゴーちゃんは、フィコマシー様の制止のおかげで分離による〝破損(ブレイク)〟を免れたお礼も兼ねてか、テーブル上の真ん中で、ブレイク(・・・・)ダンスっぽい踊りをドタバタと披露(ひろう)している。それに対して、フィコマシー様とシエナさんがパチパチと拍手した。


 キアラのことも、僕は2人へ紹介する。

 無言でペコリと頭を下げる、キアラ。そんな彼女へ、フィコマシー様が話しかける。


「よろしくお願いしますね、キアラさん」

「ハイ」


 言葉にはしなかったが、キアラがドワーフであることを、フィコマシー様は一目で察したらしい。

 キアラは、丸っこいからね。

 キアラも、フィコマシー様に親近感を抱いたみたい。

 フィコマシー様は、丸っこいからね。


 丸っこい少女2人の間に、丸っこいだけに円満な……ほのぼのマルマルとした雰囲気が漂う。


 7日ほど前にナルドットの商業地区で、シエナさんは《暁の一天》のメンバーに会っている。そのためフィコマシー様は、ドリスやキアラに関する情報を、あらかじめシエナさんから聞かされていたに違いない。今日の対面が上手くいったのは、それも理由の1つではあるのだろう。

 ドリスとキアラ、中でもとりわけドリスが、フィコマシー様へ温かさと優しさ、親しさを見せてくれたのは、僕にとっても予想外に嬉しい出来事だった。ドリスのフィコマシー様への尊敬心と好感情が過剰な点は、少し気になるけれど。


 踊り終わったゴーちゃんが疲れてしまったのか、文字通りの〝大〟の形になって、ぶっ倒れている。……ゴーちゃんって、本当にゴーレムなの? 正直、ミニサイズの生命体にしか見えないときがある。


 僕らは、ミーアが誘拐されている事件の話し合いに移った。


 フィコマシー様が深刻な表情になる。

「ミーアちゃんの身が、とても心配です」

「冒険者ギルドも、マコルさんやバンヤルくん達も、捜索に励んでくれているのですが……僕もこれから、精いっぱい尽力(じんりょく)します」

「あたしも! あたしも頑張ります! サブローは、あたしの隊の隊員ですし。隊員が抱える問題を解決するのは、隊長の務めですよね!」

「私も努力する。ミーアはサブロー正妻だから」

『ピギ!』


「ありがとうございます、ドリス、キアラさん、ゴーちゃんさん。サブローさんは、本当に素敵なパーティーの方々と巡りあえたんですね。……『隊員』とか『正妻』とか、よく意味は分かりませんが」


 フィコマシー様がドリス・キアラ・ゴーちゃんへ、お礼の言葉を述べられた。


「それで、サブローさん。昨日、シエナが話してくれました。『ナルドットの商人であるカルートンが疑わしい』――と。会ったことはありませんが、私も彼の名は耳にしたことがあります」

「フィコマシー様もご存じだったのですか。やはりカルートンは、このナルドットで有名な人物なのですね。さて、どうやって探りを入れれば良いのか……?」

「その件で、オリネロッテから提案があるそうですね」

「ハイ。今、コマピさんとマコルさんが、オリネロッテ様のところで相談をしています。僕も後から、伺う予定です」

「こんな時に、オリネロッテは頼りになって、私は……」

「フィコマシー様」

「大丈夫です、サブローさん。くよくよと悩むつもりはありません。私は私なりに、ミーアちゃんのために出来ることをするだけです」


「ご立派です。フィコマシー様!」

 僕やシエナさんが何かを言うより前に、真っ先にドリスがフィコマシー様を称賛する。


 フィコマシー様に対するドリスの熱い想いが、凄すぎる……さすがに少々、気圧(けお)されちゃうぞ。


 僕らが話を続けていると、フィコマシー様の部屋へアズキがやって来た。


「オリネロッテお嬢様が、お呼びです。サブローと……出来れば、フィコマシー様にも、おいでになって欲しいと仰っています」

「私にも?」

「ハイ」


 アズキが、フィコマシー様へ丁寧に一礼する。


 結局、今この部屋に居る全員で、オリネロッテ様の私室へ向かうことになった。

 フィコマシー様の部屋も、オリネロッテ様の部屋も、侯爵邸の2階にある。廊下を歩いている途中、僕は次第に不安になってきた。


 現時点において、ドリスとキアラはフィコマシー様へ、好意的に接している。けれどオリネロッテ様と対面して、その感情が裏返ったりはしないだろうか?


 僕には、とても残念な記憶がある。オリネロッテ様に初めてお目に掛かった際に、フィコマシー様の存在が頭の中からスッポリと抜け落ちてしまったのだ。僕と一緒に居たミーアやマコルさんも、似たような状態になった。

 あの時には、フィコマシー様やシエナさんに、とても辛い思いをさせてしまった……。


 現在のフィコマシー様は、己の心を強くするのに一生懸命になっている。

 その頑張りの成果なのだろうか……かつて冷淡な態度だったリアノンやキーガン様が、フィコマシー様への対応を改めはじめた。


 ナルドット侯爵家におけるフィコマシー様の状況は、少しずつではあるが改善している気配があるのだ。


 しかし、もしも、あれほどフィコマシー様に親しみの感情を見せていたドリスが、オリネロッテ様に会った途端に、フィコマシー様のことを忘れたり、ないがしろにするような態度に出たりしたら……フィコマシー様は、ものすごいショックを受けるに違いない。


 どうする?

 今の僕に出来ることは……くそ! 思いつかないぞ!


 対策を必死に考えているうちに、オリネロッテ様の部屋についてしまう。そのまま、僕らは入室した。


 フィコマシー様の部屋とは比較にならないほど広く、豪奢(ごうしゃ)な仕様になっている室内。

 腰かけているオリネロッテ様の背後に、騎士のリアノンと、メイドのヨツヤさんが立っていた。コマピさんとマコルさんは、彼女たちと向かいあう形で着席している。


 その場の空気を支配しているのは、もちろん1人の少女だ。

 フィコマシー様の1つ歳下の妹――ナルドット侯爵家の令嬢、オリネロッテ様。


 銀色の滑らかな長髪。

 エメラルドの光を放つ緑の瞳。

 完璧な造形。正しい姿勢。かすかな芳香。

 内側から発せられている、強い引力。

 相対する者の心を否応なく溶かしてしまう、清楚さと妖艶さを(あわ)せ持つ微笑み。


 ――五感に浸透し、征服してくる、魅了の力。


 う……やっぱり、オリネロッテ様の〝美〟は圧倒的だな。でも、大丈夫だ。僕は、もう決して揺らが(・・・)ない(・・)


 そしてドリスとキアラは――


 キアラは特に表情を変化させていない。いや、基本的にキアラは感情を外に見せないんだけど。今も彼女が何を考えているのか、分からないぞ。


 一方のドリスは……彼女のほうへ目を向け、僕は驚いた。ドリスは、オリネロッテ様に注目している。しかし、その表情は明らかに()せられたり、惑わされたりしているものでは無い。彼女の唇は固く結ばれ、頬の色はいっそう白くなり、瞳の中には決然たる拒否と抵抗の意思が宿っていた。


 まさか、ドリスは……オリネロッテ様の魅力に反発している?

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[良い点] あいも変わらず、破壊力抜群のオリネロッティ様ですね。衰えていないようで、そこに抗うドリスもまた意外でした。フィコマシー様のときとのギャップで、とても興味深かったです。 ドリスとシエナのやり…
[良い点] >〝心〟が成長したり変化したりしても、外からは分からない。理解できるタイミングがあるとしたら、心に基づく行動がなされて、それを評価する過程において 本編をめちゃめちゃ長く引用してしまって…
[気になる点] ドリスのテンションがおかしいのは本物の「貴族令嬢」とコンタクトしたからなんじゃろうか そしてドリスはオリネロッテ様がアレだと知ってるんですよね 面白くなってきた [一言] >サブローさ…
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