ドリスと侯爵家姉妹
おもち→おまんじゅう→おだんご
ナルドットでの夕刻。日没の前。
馬車が侯爵邸に着いた。
移動中の車内において、シエナさんはズッと俯きかげんで落ち込んだ様子を見せていて、そんな彼女へドリスが気遣うような視線を向けていた。2人とも、どうしたんだろう……?
侯爵家の屋敷では、一足先に戻っていたアズキが僕らを出迎えてくれた。
「オリネロッテお嬢様に『コマピ殿たちが、今日のうちに来られます』と申し上げておいたぞ。お嬢様は私室で、お待ちかねじゃ。妾が案内するゆえ、さっそくお会いして欲しい」
「アズキ……アズキ殿。僕は、先にフィコマシー様にお目に掛かります」
「え? 何故じゃ? サブロー」
「いえ……そもそも、オリネロッテ様がお呼びになったのは、冒険者ギルドの主要な関係者であるコマピさん達でしょう? 面会する人員の中に本来、僕は入っていないはずですから」
もちろん、オリネロッテ様の打ち明け話……彼女の思案? 今後の計画? には、とても関心がある。でも侯爵邸を訪れた以上は、まずはフィコマシー様のお顔を見たいのだ。
「……分かった」
ちょっと躊躇していたが、結局アズキは納得してくれた。
コマピさんとマコルさんは、オリネロッテ様の部屋へ行く。
僕とシエナさんは、フィコマシー様の部屋に向かう。それで――
「ドリスとキアラは、どうする?」
振り返って2人に問いかけると、ドリスが答えた。
「あたしは、サブローに付いていくわ。隊長として、隊員の動静を見守る義務があるので」
ドリスの発言に同意するかのように、キアラもコックリと頭を縦に揺らした。
いや。別に僕としては、ドリスやキアラに見守ってもらう必要など皆無なんだが。
コマピさん達と別行動になって、お屋敷の中の廊下を歩いている最中、シエナさんがドリスに小さい声で尋ねる。
「あの……『隊員』や『隊長』って、何のことですか?」
「ああ。あたし達のパーティーである《暁の一天》は現在、ボンザック村に留まっているほうと、ナルドットに来たほう、2つのグループに分かれて活動しているでしょう? こちらのナルドットのグループ――分隊のリーダーはあたしで、サブローは隊員ってわけ。サブローは、隊長のあたしの命令に、絶対服従しなければならないのよ」
「絶対服従……」
「そう。あたしが『空を飛べ』と命じたらサブローは七面鳥になり、『地に潜れ』と命じたらサブローはモグラになる」
「そんな! サブローさんに、丸焼き前提な生活や、穴掘り暮らしを強要するなんて、酷すぎます!」
「隊長が有する権限は、それほど強いの。サブローは逆らえない」
「……私は理解しました。未来を憂えているだけじゃ、ダメなんだと。待ち受けている運命がどれほど厳しかろうと、それに打ち勝ってみせなくちゃ。自分のためにも、サブローさんのためにも」
「分かってくれたのね、シエナ」
「舞台の端役にだって、意地もあれば矜恃もあるのです」
「別に、あたしはシエナのことを〝端役〟だとは少しも思わないけど」
「私を〝主演女優〟だなんて、褒めすぎです」
「そこまでは言ってない」
「私は生きます! そして、サブローさんも救ってみせる! 隊長失格なヘンテコ髪型さんの魔の手から!」
「なんですってぇ! 言葉を慎みなさい、シエシエ4649号!」
「4桁は、あんまりです! 4649されても、その数字は受け入れられません!」
ドリスとシエナさんが、変な会話をしているんだが……その中身に、根本的な疑問があるぞ。
――どうして、僕が鳥やらモグラやらにならなくちゃいけないんだ!?
いかに隊長だからといって、ドリスの要求内容が非常識すぎる。
だいたい《空飛ぶ鳥》に七面鳥を選んでいるところからして、ドリスは大いに間違っている。鷹や鷲や隼など、もっと格好いい鳥はいっぱい居るだろ! なんだよ、七面鳥って? アイツらは頑張っても少しの距離しか飛べないし、油断しているとクリスマスの日などに、いきなりハムやベーコンに加工されちゃうんだぞ。
《クリスマス・デート(交際)》でディナーをするのには憧れる。人間だもの。
《クリスマス・デッド(葬祭)》でディナーになるのは御免こうむりたい。七面鳥には、なりたくない。
まぁ、何の話題で意見交換をしているにせよ、シエナさんとドリス――2人が仲良しになるのは喜ばしいことだ。
フィコマシー様の自室に近付くと、シエナさんはサッと先頭に立って進み、ドアをノックしてから開いた。
「お嬢様。サブローさん達がいらっしゃいましたよ」
「あ! サブローさん!」
フィコマシー様の声がする。いつも通りの温雅で涼やかな響きだ。
僕は一礼してから、頭を上げ……衝撃を受けた。
クラウディとの決闘のあとに目覚めた際にも、フィコマシー様のお姿を見て、僕は驚いた。そうなのだ。あの時のフィコマシー様は、前よりもチョビッとだけ痩せておられた。
それ以前は〝ふっくらふっくらふっくらふっくらふっくら(ふっくら×5)〟だったフィコマシー様。
なのに〝ふっくらふっくらふっくらふっくら(ふっくら×4)〟になっていた。〝ふっくら〟が1つ減っていた。
そして現在のフィコマシー様は、そこから更に〝ふっくら〟が少なくなっている。
つまり〝ふっくらふっくらふっくら(ふっくら×3)〟なのである。
そのう……かつてのフィコマシー様の容姿は、可憐ではあったものの、率直に述べると、縦と横の比率が尋常では無かった。縦に対して、横の幅がかなり広かった。
ところが今、僕の眼前のフィコマシー様は、あんまり横に広くない。ポッチャリ系であることに違いは無いが、体型のバランスが格段に良くなっている。最初はお餅――鏡餅であったのが、前回はおまんじゅうになり、今回はお団子になっている感じなのだ。
お餅・おまんじゅう・お団子……白くて、柔らかくて、艶やかで、美味しそう(?)な印象に変わりはない。しかし体積も重量も、明らかに減少している。
僕がフィコマシー様と離れていたのって、10日間くらいだよね? その間に、フィコマシー様は急激にダイエットに成功したの?
……いやいや、そうじゃ無い。そんな筈は無い。冷静に考えれば、分かる。これは何より、フィコマシー様の心のありようが関係している。フィコマシー様は『もう、逃げない。前へと進む。私は変わる』と仰っていた。どういう理由なのかは不明だけど、その強い精神の力が、身体へも大きな影響を及ぼしたに違いない。
真美探知機能を発動して、フィコマシー様を眺める。彼女の中の、縄や錠によって固く閉じられていた小箱が、少しずつではあるが、確実に開きはじめている。封印は、解けつつあるのだ。
フィコマシー様の瞳の色は瑠璃――《星のきらめく天空の青》
瑠璃色の聖なる花が咲くのは、間近なのかも知れない。
「サブローさんが再び、深刻なケガをされたと聞いて、私は心配で……お姿を見ることが出来て安心しました。会いに来てくださって、ありがとうございます。でも、まだ身体が治られてはいないんですよね? お辛いのでしたら、遠慮なさらず、椅子に腰かけてください…………サブローさん、どうされました? なにか、私の顔についていますか?」
「不躾に眺めてしまって、申し訳ありません。フィコマシー様があまりにもお綺麗になられているので、ビックリしました。いえ! フィコマシー様は、もともとお美しくはあられたのですが」
「……!」
フィコマシー様は言葉を返さなかった。けれど、その白い肌が、みるみる紅くなる。
シエナさんが弾む声で、フィコマシー様への僕の賛辞に同意した。
「サブローさんも、そう思われますか? フィコマシーお嬢様はこのところ、より素敵になられているように私も感じるんです。お持ちの衣装やアクセサリーの多くが、何故か合わなくなって、新しいものを用意しなければ……と、悩みどころも増えているんですけれど」
「ごめんなさい、シエナ」
「いいえ! お嬢様は、何も悪くはありません! むしろ、この多忙さは私にとって心地良いんです。お嬢様のお世話をさせていただくのが、私には何よりの喜びですから……でも不思議ですよね。どうして、こんな事になっているのでしょう?」
シエナさんが、首を傾げている。
……それはフィコマシー様が以前より、スリムになっているためでは?
しかしながら、その事実をシエナさんもフィコマシー様ご自身も、気付いたり、受けとめたりすることが出来ていないらしい。
人間の内面――〝心〟が成長したり変化したりしても、外からは分からない。理解できるタイミングがあるとしたら、心に基づく行動がなされて、それを評価する過程においてである。同じように、フィコマシー様の外見が変わっているのを、僕以外の誰もが認識できていないみたいだ。フィコマシー様の心の中が見えないのと同様に、本当の容姿も見えていないのか?
ただし、常にフィコマシー様の側に居て、彼女を大事に思っているシエナさんは、無自覚ながら薄々は感づいているっぽい……そのような気配もあるな。
「サブローさん。そちらのお二方は……?」
ドリスとキアラへ、フィコマシー様が視線を向ける。
僕が2人を紹介しようとすると、ドリスがズイッと前へ進み出た。
「はじめまして。ナルドット侯爵家のフィコマシー様。あたしは冒険者パーティー《暁の一天》の一員で、ドリスと申します。魔法使いをやっています。そして、これはゴーちゃんです」
『ピギー!』
「ほら、ゴーちゃん。フィコマシー様にご挨拶しなさい。もっと、頭を深く下げる! フィコマシー様は高貴な身分で……存在そのものが尊い御方なんだから、最敬礼よ!」
『ピ、ピギ?』
「ゴーちゃん。面白い芸をして、フィコマシー様を楽しませなさい。ぴょんぴょんジャンプするだけじゃダメ。もっとユニークで刺激的な……そうね。切断マジックで上下に分離して、別々に動くこと。上半身が【ゴー】で、下半身が【ちゃん】で、合体して改めて【ゴーちゃん】になるの。ほら、一発でやる! これぞ《ゴーちゃんの一発芸》ね。え? 分離できない? そこは根性で、やりなさい! ゴーちゃんなら、出来る! あたしは信じてる。根拠? いっさい無いわよ。もちろん」
『ピギ~!』
ドリスはゴーちゃんを〝小物入れ〟から出してテーブルの上に載せ、無茶な芸を強要している。
で、ゴーちゃんは悲鳴を上げている。
それを見て、フィコマシー様は面白がるどころか、オロオロしているぞ。……というか、なんでドリスは急にハイテンションになってんだ?
ドリスは瞳をキラキラさせ、呼吸も心なしか荒くなっている。フィコマシー様に会って、妙に興奮しちゃったみたいだ。
どちらも金髪の、どちらも16歳の少女2人が向かい合っている光景は、とても華やかだ。
フィコマシー様の金髪は穏やかな光沢を帯びていて、ドリスの金髪は無駄にキンキラキンであり、同じ金髪でも、そのあたりは対照的だけど。
「あの……ドリスさん」
「フィコマシー様。あたしに〝さん〟付けは不要です。『ドリス』とお呼びください!」
「それでは、ド、ドリス」
「ハイ!」
「ゴーちゃん……さんは、芸をなさらなくても構いませんよ。居てくれるだけで、充分に楽しいですし。可愛いですし」
『ピギ~』
「ゴーちゃんさんは、貴方のゴーレムなのですか? ドリス」
「そうです! あたしが魔法で作りました! あたしが育てました! あたしが芸を仕込みました!」
「凄いのですね、ドリスは」
「ありがとうございます!」
ちょっと……さすがに、ドリスの言動が奇妙すぎる。彼女は常に冷静というわけじゃ無いけど、簡単に高揚するタイプでも無い。今のドリスは、浮かれすぎている。こんな彼女を目にするのは、初めてだ。
心配になった僕は、小声でキアラに語りかけた。
「ねぇ、キアラ。なんだかドリスの様子が、おかしいと思わない? どうしちゃったんだろう?」
「ドリスは、いつもおかしい。特に髪型が」
「いや。そういう意味では無くて……」
キアラも、ドリスのツインテール縦ロールは、おかしい形状だと考えていたんだ。確かに……人であろうとドワーフであろうと、常識があったら、そう思うよね。あの縦ロールって、ぱっと見では『黄金色のバネかドリルだ!』という風にしか感じられないし。
それでもって、初対面であるにもかかわらず、いきなりドリスはフィコマシー様のことをメチャメチャ好きになったらしい。
ドリスから満ちあふれる親愛の感情を向けられて、フィコマシー様は戸惑いつつも嬉しそうにしている。シエナさんも、この状況を歓迎しているみたい。表情が、とても柔らかくなっている。
孤立した環境で生きてきた2人にとって、こんな経験をすることは滅多にないのだろう……。
ドリスが何を考えているのかイマイチ判然としないが、僕としても彼女に感謝したい。
一方、ゴーちゃんは、フィコマシー様の制止のおかげで分離による〝破損〟を免れたお礼も兼ねてか、テーブル上の真ん中で、ブレイクダンスっぽい踊りをドタバタと披露している。それに対して、フィコマシー様とシエナさんがパチパチと拍手した。
キアラのことも、僕は2人へ紹介する。
無言でペコリと頭を下げる、キアラ。そんな彼女へ、フィコマシー様が話しかける。
「よろしくお願いしますね、キアラさん」
「ハイ」
言葉にはしなかったが、キアラがドワーフであることを、フィコマシー様は一目で察したらしい。
キアラは、丸っこいからね。
キアラも、フィコマシー様に親近感を抱いたみたい。
フィコマシー様は、丸っこいからね。
丸っこい少女2人の間に、丸っこいだけに円満な……ほのぼのマルマルとした雰囲気が漂う。
7日ほど前にナルドットの商業地区で、シエナさんは《暁の一天》のメンバーに会っている。そのためフィコマシー様は、ドリスやキアラに関する情報を、あらかじめシエナさんから聞かされていたに違いない。今日の対面が上手くいったのは、それも理由の1つではあるのだろう。
ドリスとキアラ、中でもとりわけドリスが、フィコマシー様へ温かさと優しさ、親しさを見せてくれたのは、僕にとっても予想外に嬉しい出来事だった。ドリスのフィコマシー様への尊敬心と好感情が過剰な点は、少し気になるけれど。
踊り終わったゴーちゃんが疲れてしまったのか、文字通りの〝大〟の形になって、ぶっ倒れている。……ゴーちゃんって、本当にゴーレムなの? 正直、ミニサイズの生命体にしか見えないときがある。
僕らは、ミーアが誘拐されている事件の話し合いに移った。
フィコマシー様が深刻な表情になる。
「ミーアちゃんの身が、とても心配です」
「冒険者ギルドも、マコルさんやバンヤルくん達も、捜索に励んでくれているのですが……僕もこれから、精いっぱい尽力します」
「あたしも! あたしも頑張ります! サブローは、あたしの隊の隊員ですし。隊員が抱える問題を解決するのは、隊長の務めですよね!」
「私も努力する。ミーアはサブロー正妻だから」
『ピギ!』
「ありがとうございます、ドリス、キアラさん、ゴーちゃんさん。サブローさんは、本当に素敵なパーティーの方々と巡りあえたんですね。……『隊員』とか『正妻』とか、よく意味は分かりませんが」
フィコマシー様がドリス・キアラ・ゴーちゃんへ、お礼の言葉を述べられた。
「それで、サブローさん。昨日、シエナが話してくれました。『ナルドットの商人であるカルートンが疑わしい』――と。会ったことはありませんが、私も彼の名は耳にしたことがあります」
「フィコマシー様もご存じだったのですか。やはりカルートンは、このナルドットで有名な人物なのですね。さて、どうやって探りを入れれば良いのか……?」
「その件で、オリネロッテから提案があるそうですね」
「ハイ。今、コマピさんとマコルさんが、オリネロッテ様のところで相談をしています。僕も後から、伺う予定です」
「こんな時に、オリネロッテは頼りになって、私は……」
「フィコマシー様」
「大丈夫です、サブローさん。くよくよと悩むつもりはありません。私は私なりに、ミーアちゃんのために出来ることをするだけです」
「ご立派です。フィコマシー様!」
僕やシエナさんが何かを言うより前に、真っ先にドリスがフィコマシー様を称賛する。
フィコマシー様に対するドリスの熱い想いが、凄すぎる……さすがに少々、気圧されちゃうぞ。
僕らが話を続けていると、フィコマシー様の部屋へアズキがやって来た。
「オリネロッテお嬢様が、お呼びです。サブローと……出来れば、フィコマシー様にも、おいでになって欲しいと仰っています」
「私にも?」
「ハイ」
アズキが、フィコマシー様へ丁寧に一礼する。
結局、今この部屋に居る全員で、オリネロッテ様の私室へ向かうことになった。
フィコマシー様の部屋も、オリネロッテ様の部屋も、侯爵邸の2階にある。廊下を歩いている途中、僕は次第に不安になってきた。
現時点において、ドリスとキアラはフィコマシー様へ、好意的に接している。けれどオリネロッテ様と対面して、その感情が裏返ったりはしないだろうか?
僕には、とても残念な記憶がある。オリネロッテ様に初めてお目に掛かった際に、フィコマシー様の存在が頭の中からスッポリと抜け落ちてしまったのだ。僕と一緒に居たミーアやマコルさんも、似たような状態になった。
あの時には、フィコマシー様やシエナさんに、とても辛い思いをさせてしまった……。
現在のフィコマシー様は、己の心を強くするのに一生懸命になっている。
その頑張りの成果なのだろうか……かつて冷淡な態度だったリアノンやキーガン様が、フィコマシー様への対応を改めはじめた。
ナルドット侯爵家におけるフィコマシー様の状況は、少しずつではあるが改善している気配があるのだ。
しかし、もしも、あれほどフィコマシー様に親しみの感情を見せていたドリスが、オリネロッテ様に会った途端に、フィコマシー様のことを忘れたり、ないがしろにするような態度に出たりしたら……フィコマシー様は、ものすごいショックを受けるに違いない。
どうする?
今の僕に出来ることは……くそ! 思いつかないぞ!
対策を必死に考えているうちに、オリネロッテ様の部屋についてしまう。そのまま、僕らは入室した。
フィコマシー様の部屋とは比較にならないほど広く、豪奢な仕様になっている室内。
腰かけているオリネロッテ様の背後に、騎士のリアノンと、メイドのヨツヤさんが立っていた。コマピさんとマコルさんは、彼女たちと向かいあう形で着席している。
その場の空気を支配しているのは、もちろん1人の少女だ。
フィコマシー様の1つ歳下の妹――ナルドット侯爵家の令嬢、オリネロッテ様。
銀色の滑らかな長髪。
エメラルドの光を放つ緑の瞳。
完璧な造形。正しい姿勢。かすかな芳香。
内側から発せられている、強い引力。
相対する者の心を否応なく溶かしてしまう、清楚さと妖艶さを併せ持つ微笑み。
――五感に浸透し、征服してくる、魅了の力。
う……やっぱり、オリネロッテ様の〝美〟は圧倒的だな。でも、大丈夫だ。僕は、もう決して揺らがない。
そしてドリスとキアラは――
キアラは特に表情を変化させていない。いや、基本的にキアラは感情を外に見せないんだけど。今も彼女が何を考えているのか、分からないぞ。
一方のドリスは……彼女のほうへ目を向け、僕は驚いた。ドリスは、オリネロッテ様に注目している。しかし、その表情は明らかに魅せられたり、惑わされたりしているものでは無い。彼女の唇は固く結ばれ、頬の色はいっそう白くなり、瞳の中には決然たる拒否と抵抗の意思が宿っていた。
まさか、ドリスは……オリネロッテ様の魅力に反発している?




