出動! ドリス分隊(イラストあり)
★ページ途中に、ドリスのイメージイラスト(デフォルメ調)があります。
「あたしは酔ってないわよ!」
「そういう意味じゃ無い!」
しばしの押し問答の末。
ドリスは小さい声で、ボソボソと述べはじめた。
「サブローは知っているでしょう? あたしは……あたしは……人型製造生物で、よほどの重傷で無い限りは、ケガは自動的に治っちゃうの」
「それは――」
「あの魔族によって切り離された左腕と右脚も、無事にくっつけることが出来たしね。あたしの身体には、怖いぐらいの実用性と便利さがある」
「……ドリス」
「そんなに心配そうな顔をしないでよ、サブロー。大丈夫、あたしは今、むしろ、自分の体質を幸運だと思っているくらいなんだから」
ドリスの言葉に、感銘を受ける。肉体の頑健さ以上に、その精神の踏ん張り……耐える強さこそが、立派だ。
「それで、ね。あたしの身体が元に戻って、良好な体調になっている……この事実について、キアラは、あたしが超高級ポーションを飲んだ結果だと思い込んでいる。今更、訂正もできない。なので、このポーションの使い道に困っていたところなの」
「けれど、超高級ポーションを複数も貰っても、僕もどうしたら良いのか、利用方法の選択に迷っちゃうよ。効果が強すぎて、立て続けには飲めない。逆に身体への負担が大きくなってしまう」
「そうね。だから取りあえず、サブローが持っていて、日数が経過してから飲めば良いと思う。あの猫族の女の子が掠われて、サブローはナルドットへ、彼女を助けに行くんでしょう? 今でもサブローは傷だらけで、この先における健康状態の更なる悪化を防ぐことは重要よ。万が一の場合の保険にもなるわ」
万が一の場合……か。
確かに、ひょっとして、僕以外の人物が超高級ポーションを必要とするケースも、ナルドットへ赴いた後に起こるかもしれない。僕が光魔法による治療を行えれば、問題は無いんだけど、そうでなかったら〝回復薬の有る無し〟が運命の分かれ道になる可能性がある。
「……分かった。ありがたく、受け取るよ」
「良かった」
僕へポーションが入った瓶を渡して、ドリスは笑顔になる。
それから僕とドリスは2人して、しばらく沈黙した。
やがてドリスは――
「……あたしに、何も訊かないのね。サブローは」
「尋ねて欲しいの?」
「どうかな? 分かんないわ」
薄暗い部屋の中で、ドリスは儚げで曖昧な表情を見せる。
かくれんぼ遊びをしている子供が鬼役の子に早く見つけて欲しいような、けれども遊戯の時間が終わるのを惜しんでいるような……そんな切なくて幼い雰囲気が、彼女から感じられた。
「ドリスも、僕に訊きたいことがあるんじゃないの?」
「うん。いっぱい、ある。でも、自分の秘密は打ち明けないのに、一方的にサブローへ、アレコレと質問するのは……なんだか、イヤ」
「ドリスは案外、律儀なんだ」
「『案外』とは失礼ね! あたしは、いつも正しく、真面目であり、気高いのよ! その証拠に、あたしは《ジ~ン・ぎりぎり・レレレ・ちきちき・チュー・しんみり・コケコッコー・てぇてぇ》という、八つの道徳を完備している! あたしは偉い!」
は?
「え? なに、その意味不明な単語の羅列。もしかして、ドリスは《仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌》と言ったつもり? 《ジ~ン・ぎりぎり・レレレ・ちきちき・チュー・しんみり・コケコッコー・てぇてぇ》って……それじゃ八つの道徳じゃ無くて、八つのポンコツだよ」
「あたしがポンコツ!?」
「道徳にしろ、ポンコツにしろ、どっちにしろ、内容を盛りすぎだ! どこの世界の八犬伝!」
「はっけんでん?」
「こっちの話」
江戸時代の作家である滝沢馬琴が執筆した長編小説『南総里見八犬伝』には、八人の〝犬士〟が登場する。彼らは、それぞれ小さい玉を持っていって、その玉の中に《仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌》のどれか、ひとつの文字が浮かび上がるのだ。
もちろん彼らは人間であって、犬族の獣人では無い。名字に必ず〝犬〟の字がついていたりなど、いろんな面で犬と密接な関係はあるけれど。
仮に犬族のナンモくんに、玉を与えるとしたら……ナンモくんは義理人情に厚いタイプなので、義理義理……ぎりぎり……《義》の玉が相応しいかもしれない。
今回、彼はミーアたちと一緒に誘拐されてしまった。しかし、ぎりぎりの状況であっても、ぎりぎり頑張って欲しい。〝義〟の精神で!
「サブローって、唐突に変な言葉を口にすることが、けっこうあるわよね」
「ドリスにだけは、言われたくない……」
ドリスは――様々な点で僕は彼女を見直したけど、よく考えてみれば、やっぱり変な少女ではある。髪型は、妙ちくりんだし。落ち込んでいるかと思えば、急に元気になるし。感情のアップダウンが、とても激しい。
「そういうところは、本当にドリスは〝女の子〟だね」
「え! あ、あたしが、女の子?」
「なに言ってんの。ドリスは、どこからどう見ても、紛れもなく〝女の子〟でしょ」
「そ、そうよ。あたしは……そうなのよ。うん。あたしは、そうなんだ」
ドリスは自分に言い聞かせるように呟きつつ、何度も頷いていた。
「サブローも、なかなか話が分かるわね。見る目もある。褒めてあげるわ」
「どうも」
「ちなみにサブローは、あたしのどんなところに〝女の子〟を感じるの?」
「気分屋なところ。我がままなところ。服装が毒キノコみたいなところ。くるくるツインテールなところ」
「……サブローのこと、ボコボコにしたくなってきた」
「やめて」
「ケガ人を相手に、手を出したりはしないわよ。でも治ったら……土魔法で、首から下を地面に埋めちゃおうかな?」
「やめて、やめて!」
「冗談よ。小粋な《令嬢ジョーク》って、ヤツね」
「全然、粋じゃ無い……」
「〝生き埋め〟ならぬ〝粋埋め〟を、ぜひサブローには体験して欲しい」
「イヤだ」
「美的観念である〝粋〟を土の中で極めれば、サブローはもっと格好良くなれるわよ」
「〝粋〟を極める前に〝息〟が止まる」
しょ~もない会話をグダグダと続けているな、僕とドリス。ドリスも、それは承知しているに違いない。
おそらく……ドリスは何か言いたいことがあって、けれど口に出せず、とりとめのない余計なお喋りをしてしまっているのだろう。
僕の気遣うような視線に気付いたようだ。ドリスは少しの間、また黙る。そしてポツリと、言葉を漏らした。
「お願い、サブロー。……もう少し、時間をちょうだい」
「もちろん」
「必ず、サブローには話すから。アレク様……アレクたちへ言う前に、まずサブローに聞いて欲しいの」
「うん」
「あたしの過去を、あたしの現在を、あたしのこれからを、サブローに――」
「いつでも良いよ」
「ありがとう…………ああ、あたしは卑怯者だ! 臆病者だ! ほんと、情けない。みっともない!」
いきなりドリスが叫んだため、僕はビックリした。
「卑怯者? 臆病者? ドリスが?」
「だって、あたしは『何を告げても、どんな真実を語っても、サブローは受け入れてくれる』と知っている。分かってる。サブローに甘えてる。なので、こんな事を言っている」
「僕は、それほど心が広い男じゃ無いよ」
「魔族に対して、あれだけの啖呵を切っておいて、自覚してないのね。そこが、サブローの〝サブローらしい〟ところなのかもしれないけど」
「魔族のターナダクは……アイツの言動には腹が立ったから、ムカついて反抗したんだよ」
「魔族へ向かって……だけじゃ無いわ。あたしにも、あんなセリフを――」
「あんなセリフ? え? ドリスへ?」
「サブロー……まさか『忘れた』とは、言わないわよね?」
ドリスの瞳がギラリと光ったような気がして、僕は慌てて首を横に振った。
「当然、覚えてるよ!」
「……まぁ、良いわ。それにしても、あたしも意気地が無い。サブローに味方についてもらわなくちゃ、アレク様へ告白する勇気を持てないなんて――」
告白? どういう意味の『告白』なんだろう? ドリスは、アレクに恋している。その事は、僕も前から知っている。しかし、ドリスの今の言葉からは『女性のドリスが男性のアレクへ、愛の告白をする』――といったニュアンスは感じ取れない。自分がホムンクルスである事実を、告げるのか? けれど、それだけじゃ無いような……。
「心を整理するのに、時間が必要なの。あとチョットだけ、待っていて」
「分かった。……でも、ドリス。無理だけはしないようにね」
「なに言ってるのよ! 無理をしまくりなのは、あたしよりも、サブローのほうじゃない!」
そう言ってドリスは、笑った。
♢
僕が魔族と戦って気絶して、ボンザック村で目覚めてから2日後。ナルドットから『ミーアたちが救出された』との連絡は、いまだに来ない。
つまりミーア・ララッピちゃん・ナンモくんの3人は、誘拐されたままなのだ。
焦燥感が胸の中を占める。しかし、ここは冷静になって、確実に段取りを進めなくちゃ。
部屋へ来ていたスケネービットさんへ、言う。
「ビットさん。約束どおりに僕は明日、ナルドットへ行きます。良いですよね?」
「……やむを得ないわ。サブローくんのケガは、まだ深刻な状態を脱したわけでは無いんだけど」
苦渋の表情になるスケネービットさんに、今更ながら申し訳ない気持ちになってしまう。
ビットさんは、僕の身体のことを憂慮して、敢えて、恨まれかねない〝止め役〟に回ってくれている。感謝するしかない。
さっき、キアラから貰ったポーションを飲んだ。超高級なだけあって凄い効き目で、身体が軽くなったような気がする。
気分までも妙に高揚して『やるぞ~! やってやる~!』という感覚になっている……これって、薬の過剰摂取による副作用じゃないよね?
ともかく今は、ビットさんを説得しないと。
「でも、どうにかこうにか、動けるまでは回復しました。ナルドットまでは、特に問題なく移動できると思います。無理に我を通してしまって、スミマセン」
「謝らないで! むしろ今になっても、ミーアちゃん達を助けられない冒険者ギルドの不甲斐なさのほうを、私は貴方に詫びなくてはならないわ」
ビットさんが、僕へ頭を下げる。
「コマピのヤツ、何をやっているのかしら。やっぱりアイツがミーアちゃんへの崇拝の念に目覚めたときに、エルフキックで信仰心に制限を加えたのがマズかったのかも」
「いえ。そのあたりは全くの無関係だと、僕は推測します」
あの強烈な蹴りで、クレージー・コマピのミーアへの狂信ぶりは抑制された感じがあって、かえって良かったと思う。暴走する信者の勢いに〝神〟であるミーアも怯えていたしね。
姉のビットさんは、弟のコマピさんへの態度がイロイロな意味で厳しい。おそらく、期待の裏返しなんだろうな。
「それで、サブローくん。私もキーガン様も、ボンザック村でやるべき仕事がまだまだ残っているから、しばらくの間は、ここを離れることは出来ないのよ。ナルドットへ向かう際は、私のほうとしては、1名の冒険者を選んで同行させても良いけれど……この件について《暁の一天》のパーティー内で話し合いは、どうなっているの?」
「パーティーの皆には、今から時間を見つけて、聞いてもらうつもりです。会話するのが可能なくらいには、アレクたちの身体も治ってきているみたいですから」
これまでは、治療中のアレクたちへ、個人的な理由による相談を持ちかけるわけにはいかなかったのだ。彼らが回復へ専念するのを、邪魔したくは無かった。
♢
その日の夕方。
僕は《暁の一天》のパーティーメンバー全員に声をかけ、ソフィーさんの居る部屋に集まってもらった。
ソフィーさんはメンバー6人の中で最も重い傷を負っていて、まだベッドの上から動けない。
一方、アレクとレトキンは……やっぱり動けないのだが、ボンザック村に来ている冒険者や村人たちにお願いして、彼らの力を借りつつ、ベッドごとソフィーさんが寝ている治療室に来てもらった。
ドリスとキアラは、健康体。
僕は、歩くことは出来る。医療官の方からの本来の手当てに加えて、光魔法による自己治療と、キアラがくれたポーションのおかげだ。
室内は、ベッド3台と6人のメンバーでギュウギュウ状態。
アレクとレトキンは、僕が案じていたよりも……元気そうで良かった。でもソフィーさんはケガの具合が酷く、体調は相当に悪いままであるみたい。気丈な彼女は、苦しそうな様子を表情には一切、出さないが。
魔族との戦闘後、アレク・ソフィーさん・レトキンとは、僕は初めて対面した形になる。そのため、お互いが持っている情報を交換しあうのに時間が掛かった
……ああ、そうなんですよ。僕が、あの魔族と4匹の一つ目巨人を倒したんです。
称賛され、感謝してもらえるのは素直に嬉しい。しかし、それ以外の感情も、彼らの眼差しからは読み取れる。
アレクの目から伝わってくる、尊敬の心。
ソフィーさんの目には……うん。多少の疑惑と警戒の念が浮かんでいるな。これは、仕方がない。〝サブローという人物〟は、幾つもの面で少なからず怪しい。本当に彼を信用できるのか? ……とは、僕自身も思うのだ。
ソフィーさんとしては、判断を慎重にせざるを得ないのだろう。
レトキンの目には……いや、そんなに熱い瞳を向けられても、僕は《筋肉同好会》には決して入りませんよ! 筋肉の重要性を認識してはいますが、僕は別に筋肉を愛してはいませんので。筋肉漢には、なりません。
咳払いをして、僕は皆へ、今後の予定を――『ナルドットへ行って、ミーアたちを助けたい』という、自身の考えを話す。
僕が語った内容を聞き、アレクは少し難しそうな顔をした。
「なるほど。事情は理解した。けれど――」
「アレク。言いたいことがあるのなら、率直に述べて欲しい」
「分かったよ、サブロー。……正直、僕は〝ミーア〟という猫族の少女については、良く知らない。ウサギ族のララッピや、犬族のナンモのこともだ。僕にとっては、彼女たちより《暁の一天》のメンバーのほうが、はるかに大事だ。そしてメンバーには、サブロー――見習いである君も、含まれている」
「うん」
「だから君が『ミーアたちを救出に行く』ことには賛成できない。サブロー……君の体調は、ある程度までは回復しているようだが、それでも、ナルドットへ行くのは無謀すぎる。到着したあとの、被害者たちの調査、捜索、追跡……誘拐犯どもとの戦闘の可能性まで視野に入れれば、尚更だ。まぁ、これはあくまで僕の個人的な心情の問題であって、割りきれないことも無いが……他にも規則上の問題もある」
「規則?」
「そうだ。サブローは《暁の一天》の一員だろう? 勝手にパーティーを脱けて、単独行動をするのは許されないよ。《暁の一天》と今回の《獣人の少年少女誘拐事件》とは、何の関わり合いも無いんだからね。ギルドから『事件解決の手助けを』という指示や依頼があったわけでも無い。僕らは、プロの冒険者だ。僕はムダ働きをするつもりは無いし、パーティーメンバーに、そんなマネをさせるつもりも無い」
アレクが言っていることは、正論だ。ソフィーさんやレトキンも、アレクの意見に納得しているみたい。黙って、僕とアレクのやり取りを見守っている。
しかし僕としては、このまま引き下がるわけにはいかない。
「それについては、アレク……僕から提案があるんだ」
「提案?」
アレクをはじめ、室内に居る皆が、僕へ興味深げな視線を向けてくる。
「僕が、冒険者パーティー《暁の一天》へ依頼する。『見習いのサブローを、誘拐事件の解決要員として派遣することを望む』――との内容で」
僕の発言を聞き、アレクが呆気にとられた顔になる。
「サブローが『サブローを派遣してくれ』と要請するのか? 僕たち《暁の一天》へ?」
「そのとおり。無論、依頼料も払う」
獣人の森で一本角熊を倒して得た、お金……あれから、それなりに使っちゃったけど、まだまだ残っている。それを全て支払えば、依頼料には充分に足りるはず!
「え……あ~……う~ん……」
困惑する、アレク。
あれ? そんなに突拍子も無い、おかしな申し出だったかな?
僕が、返事を待っていると……ドリスが〝おそるおそる〟といった声音で、アレクへ語りかけた。
「あの……アレク……」
「ん? どうしたんだ? ドリス」
「あたしも、サブローと一緒にナルドットへ行きたい。行かせて欲しい。あたしもパーティーへ依頼料を支払うから。『ドリスをナルドットへ派遣して』って、あたしが申し込む」
「ドリスまで!」
悲鳴を上げたアレクへ、キアラが水が入ったコップを差し出す。
「アレク、落ち着く。水を飲む」
「ああ。ありがとう、キアラ」
アレクはコップを受け取り、水を飲み、軽く息を吐いた。
「やれやれ。サブローもドリスも、無茶を言うなぁ」
「アレク」
「なに? キアラ。2人を止めてくれるの?」
「私もナルドットへ行く」
「え?」
「ミーアは、サブローの正妻。妻の危機に、夫が立ち向かう……それは、しごく当然のこと。サポートしたい」
「あの、キアラ」
真剣な表情をしながら、強めの語気でキアラが述べる。
こんな態度のキアラ、めずらしいな……。アレクが、タジタジになっているぞ。
そうか。キアラのお父さんはエルフで、キアラが幼いときに、彼女と彼女のドワーフのお母さんを残して行方不明になっているんだった。ドワーフの郷を出て行って、それっきり帰ってこなかった――
そのあと、キアラのお母さんは、郷に住むドワーフの男性と再婚した。しかしキアラにとって、父親が失踪したことは今でも心の傷になっていて……だから〝夫と妻の関係〟というのは、キアラには特別の意味を持つものなのかもしれない。
いや! ミーアは、僕の正妻とかじゃ無いんだけどね!
キアラがアレクへ、力説する。
「正妻の奪還は夫の責任、義務、絶対の使命!」
「ちょっと待ってくれ! キアラ!」
「依頼料を、私も払う。ただしメンバー特典として、料金の2割引きを希望する」
アレクは唖然として、黙り込んでしまった。
ソフィーさんが気遣わしげに、アレクへ声をかける。
「アレク……大丈夫?」
「……………くっくっく。あっはっは」
身体が完全に治ってはいないため、声は小さめだが、アレクは確かに笑い出した。
「……まったく…………ドリスもキアラも、回りくどい言い方をするなぁ……。素直に『サブローが心配だから、ついていく』と話せば良いのに」
笑いをおさめて、アレクは僕・ドリス・キアラを順に眺めた。
「3人とも、料金は要らないよ。パーティーメンバーからお金を貰い受けるほど、僕はケチな性格じゃ無い」
「でも、アレク。ケジメとして、僕は――」
僕からの反論を目で制止し、アレクは改まった声で宣言した。
「サブロー・ドリス・キアラの3人は、獣人誘拐事件に対処するため、ナルドットへ赴くこと。問題が解決するまでの別行動を許可する」
アレク……。
「《暁の一天》のリーダーである僕からの、正式な命令だ」
「……ありがとう、アレク」
礼を述べる僕へ、アレクは和らいだ表情を向ける。
「どちらにしろ、サブローを止めることは出来ないだろうしね。だったら、ドリスとキアラが同行してくれるほうが、僕も安心だ。僕とソフィー、レトキンは残念ながら、こんな身体だ。ボンザック村で療養を続けなければならないが……」
「アレクは、本心では自分もナルドットへ行きたいのかしら?」
ソフィーさんは、アレクの決定に反対では無いらしい。からかうような、けれど、どこか試すような調子で、問いを発した。
「ナルドットの冒険者ギルドには、いろいろと恩があるからね。王国と皇国における獣人の現状に関して、気になっている点もある。でも、余計なリスクを冒す行為には、僕は慎重でなければならない。『行きたいのか、行こうとは思わないのか』――ハッキリとした返答はしないでおくよ」
「アレクが自分自身の大切さを理解していてくれて、私もホッとしたわ」
…………。
アレクとソフィーさん、2人の今の発言はどちらも、ちょっと意味深に感じるな。
その一方で。
ドリスが〝上手いこといって良かった〟みたいな顔をしていると、彼女へ、アレクが少し厳しい感じの声で話しかけた。ビクッと、ドリスが姿勢を正す。
「ドリス」
「ハ、ハイ!」
「一時的だけど《暁の一天》のメンバーは、2つのグループに分かれて行動することになる。ボンザック村に残るのは《僕・ソフィー・レトキン》で、ナルドットへ行くのは《サブロー・キアラ・ドリス》――つまり、君と2人だ」
「ハイ!」
「ナルドットへ行くチーム――分隊のリーダーには、君を指名する」
「え? あたしを?」
「そうだよ、ドリス。よろしく頼む」
「わ、分かったわ! あたし、頑張る。アレクの期待に、応えてみせる!」
アレクへ張り切った声で返事したあと、ドリスはぐるりと身体を回し、僕とキアラへ向きなおった。そして偉そうな態度で、告げる。
「サブローとキアラは、今のアレクの言葉を聞いたわね?」
キアラと僕が、揃って頷く。
「よろしい。では、サブローとキアラは、これから、あたしの……隊長の指示には、逆らわず、常に従うように。チームの維持とスムーズな運営には、結束が大事なので」
「分かった」とキアラ。
「分かったよ」と僕。
「チーム内の序列も重要だわ。良し、キアラは分隊の副隊長ね」
「了解」
「……僕は?」
「サブローは、隊員2号」
「は? 2号?」
僕が2号?
「ゴーちゃんが隊員1号。サブローは隊員2号」
「それって、分隊の中の序列で、僕がゴーちゃん以下ってこと?」
「そう。サブローは、最も下」
「ドリス! そこは、せめて僕を隊員1号にしてよ!」
僕の叫び声は、むなしく室内に響いた。
ドリスのイラストは、貴様 二太郎様よりいただきました。ありがとうございます!
♢余談
「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」は、儒教における八種の徳のことです。このうち「悌」は分かりにくいんですけど「兄や年長者によく従うこと。兄弟で仲良くすること」を意味します。
『南総里見八犬伝』に登場する八犬士の中で、最も格が高い「仁」の玉を持っているのが最年少の犬江親兵衛(彼が、物語中で特に活躍するのは9~10歳の頃)だったり、「智」の玉を持っていて里見軍の軍師になる犬坂毛野が初めて出てきた時は美少女に変装していたり………作者の馬琴先生は、現代でいうところの「萌え」ポイントを、しっかりと把握していたと思います(爆)。




