さらわれた少女たち
9章スタートです。よろしく、お願いいたします。
『ミーアが誘拐された』――スケネービットさんより告げられた、衝撃的な知らせ。
「どういうことですか!?」
反射的に身体をビットさんへ向けて動かし、大声を出してしまう。直後、胸が激しく痛んだ。
これは……精神的な苦痛か、肉体的な苦痛か。いや。今は、そんな無意味な分析はどうでも良い。
「ちょっと! 落ち着きなさい、サブローくん」
「無理です!」
だって、ミーアは僕にとって――
ウェステニラへ転移してきて、その初日に、獣人の森でミーアと出会った光景を思い出す。あれから、もう随分と長い刻が経ったような気がする。実際には、1ヶ月程度しか過ぎてはいないのだが。
ミーアとはズッと行動を共にしてきて、今回のボンザック村へのクエストの件で、初めて1日以上、離れることになった。そしたら途端に〝ミーアが誘拐された〟なんて……。
猫族の村で、ミーアに〝一緒に旅に行こう〟と誘った時、僕はどんな言葉を口にした? ――『ミーアが危ない目に遭っているのに、何も知らない……それこそ、最悪だ。側に居たら、ミーアの危機をこの目で見ることになるかもしれない。けれど、同時にミーアを助けるチャンスも貰える』
そんな風に僕は、ミーアに言った。
なのに、今――
ベッドから降りて床に足をつけようとする僕を、ビットさんが慌てて止める。
「待ちなさい、サブローくん」
「でも!」
「まずは、話を聞いて。貴方は、既に一人前の冒険者でしょう? 非常事態に対処する際に、まっ先にすべき事は何?」
「……直面している状況について、正しく認識する……ですね」
――く!
拳を強く握りしめる。そうだ……これから先の事を考えると、今いたずらに騒いで体力を消耗する行為は、まさに〝愚の骨頂〟に他ならない。
息を吐き、ベッドの上で再び身体を休める。
「説明してください、スケネービットさん」
「ええ」
僕が一応、冷静さを取り戻したのが分かったのだろう。
ジッと僕の顔を見ながら、ビットさんが話しはじめた。
それによると――
ミーア・ララッピちゃん・ナンモくんの若者3人は、冒険者ギルドの新人研修を受けていた。
指導教官は、女性冒険者であるルティユさん。
研修クエストは、迷子の捜索。
「確か……ナルドットでは近頃、獣人の子供たちが行方不明になる事件が頻繁に起きて、問題になっているんですよね?」
「その通りよ」
僕の問いを受けて、ビットさんが頷く。
2日前のこと。捜している子供の行方に関する手掛かりを、得られる可能性がある――そんな情報があって、赴いた建物の内部で、ミーアの一行は襲撃された。
もちろん即座に応戦したものの、ルティユさんは重傷を負い、ミーア・ララッピちゃん・ナンモくんは連れ去られてしまった。
ミーアの他にも、被害者が――
話を聞いているだけで、胸の奥が詰まるような気持ちになる。
「……ルティユさんは、ベテランの女性冒険者なんですよね? それなのに――」
「相手は十数人が待ち伏せていて、しかも、どいつも相当な手練れだったらしいの」
「それで、ルティユさんは?」
「かろうじて、一命は取り留めたわ。現在、冒険者ギルドで治療を受けているの」
「そうですか……」
ルティユさんは、助かったのか。少し、ホッとする。
ビットさんの更なる説明に耳を傾けると…………血まみれになりながらも、なおも残っている僅かな力で抵抗を続けるルティユさんを現場へ放置して、誘拐犯たちは去って行ったのだとか。ルティユさんへトドメを刺すよりも、素早く退去するほうを優先したのだろう。
そのあと、ルティユさんは瀕死の身体を引きずるようにして屋外へ出て、ギルドへの連絡を街の人に頼んでから気絶したそうだ。その必死の努力……ミーアたちを守れなかった責任を、彼女は強く感じていたに違いない。
「…………」
少し考える。
――これは、突発的に起こったトラブルでは無い。計画的な犯行だな。
ミーアは猫族の獣人で、14歳の少女。
ララッピちゃんはウサギ族の獣人で、15歳の少女。
ナンモくんは犬族の獣人で、10代半ば……ミーアやララッピちゃんと同じ年頃の少年。
最初から3人を狙って仕組まれた、誘拐事件だった?
そう言えば……ボンザック村へ発つ前の晩、宿屋の《虎の穴亭》でバンヤルくんが述べていた。――『熊族や鹿族の獣人たちを〝狩りの対象〟にしている極悪人どもが、このナルドットに居る。そいつらは、猫族やウサギ族などの外見が良い女性や子供を掠って、商品として売り飛ばしたりもしている』――と。
ミーアは《ケモノっ娘美少女ランキング》で3年連続第1位になっている。
ララッピちゃんはミーアをライバル視して、対抗心を燃やしていて……そんなララッピちゃんは、昨年の同ランキングでは7位入賞を果たしている。
2人の獣人少女について、バンヤルくんは『尊き御身であらせられるミーアちゃんへのお目通りがかなうとは、今日は人生最良の日』とか『ララッピちゃんはウサギ族の中で、特に有名な美少女』とか『ミーアちゃんとララッピちゃんが、ともに行動する日が来ようとは……奇跡の組み合わせだぜ!』とか言っていた。
まぁ、バンヤルくんは〝ケモノっ娘が大好き少年〟で特殊な感性の持ち主ではあるが……正直、彼が熱弁してしまう思いは、僕にも良く分かる。
ミーアとララッピちゃん――2人は、ありのままの姿も、《真美探知機能》によって目にする人間バージョンの姿も、どちらも可愛い。2人とも、抜群の器量良しだ。
――待てよ。
ある推測が……それも悪い方向への推測が、頭の中に浮かぶ。
そもそも、獣人の子供たちが行方不明になっている問題に関しては、誘拐であるケースも当然ながら考えられたにもかかわらず、ミーアやララッピちゃんのような〝可愛い獣人の女の子〟を、その調査に向かわせたのは何故だ?
まさか、冒険者ギルドは――
「犯人を誘き出そうとしていた?」
僕の呟きを耳にして、ビットさんは申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんなさい」
「――っ! ギルドは!」
激昂しそうになり、必死に己の感情を抑える。
「言い訳させてもらえば、ギルドは、あくまで〝可能性の1つ〟として考えていたの。仮に誘拐事件であったとしても、ミーアちゃんやララッピちゃんが表に出ていって動くことの効果は、せいぜい犯人たちに揺さぶりを掛けて、その影響で、外へ漏れてきた情報を少しばかり掴める程度だと……そう思っていたのよ」
「それは……」
「新人の皆を危険な状況に陥らせるつもりは決して無かったし、ルティユだってもちろん、ミーアちゃん達に積ませる経験は、指導の範囲内に収めるように注意していた。けれど、いきなり襲ってくるなんて……あんな強硬手段に訴えてくるとは、完全に予想外で、ルティユも対処できなかったの」
ミーアたち新人の研修内容を決めたであろう冒険者ギルドはともかく、ルティユさん個人を責める気持ちは無い。
しかし――
「教官のルティユさんは、2級冒険者なんですよね?」
「そうよ。冒険者としての経験も、武芸の心得も充分にあって、余程のことが無い限り、他者に後れを取るような、そんな女性じゃ無いわ」
「今回、その〝余程なこと〟が起こったわけですか……」
「そういう事になるわ」
ビットさんが、悔しさを噛みしめている顔つきになる。
「ギルドの見通しが甘かった。いくらミーアちゃん達が魅力的な獣人だからといっても、冒険者である彼女たちを、誘拐の直接の対象にするとは想像できなかった。ナルドットにおいて、冒険者ギルドは御領主様の騎士団と並ぶ武力組織なの。そのギルドに正面から喧嘩を売ってくるとは……」
「犯罪者としては、自殺行為ですよね」
ミーアを掠った犯人たちは、自らの集団の力にそれだけの自信があるのか? 2級冒険者であるルティユさんとミーアたち新人3人――4人の冒険者に打ち勝ってしまうだけの人数を、事前に揃えてみせる。そいつらは全員、暴力沙汰に慣れた悪党だ。そして情報を流し、引き寄せ、待ち伏せ、一斉に襲い、目的を達したら速やかに引き上げた。その作戦の能力や、統率された進退を考えると、とてもじゃないけど、単なるゴロツキの集まりとは思えない。
冒険者ギルドと事を構えても、充分に対抗できるだけの基盤を持っている組織なのか? 武力のみでは無く、財力や人脈も有していて――
「……ビットさん」
「なに? サブローくん」
「『容姿が優れている獣人の女性や子供が、ベスナーク王国で誘拐されたあと、聖セルロドス皇国へ愛玩用の奴隷として輸出されている』という噂を耳にしました。この話は、本当ですか?」
「その風聞は……確証は無いけれど、真実だと私は思っているわ。実際に過去において、それに近い状況で獣人の被害者が冒険者によって救出されたことも、何度かあったの。現在、類似の犯罪が全く行われていないと考えるほうが不自然よね」
「だったら――っ!」
夢の中で、爺さん神――主神パンテニュイは僕へ告げた。
ウェステニラへ転移してきた16歳の僕が居ない場合――『獣人の森でモンスターの白色大蛇が暴れ、猫族の村は壊滅状態になる。黒猫の少女は家族や部族の仲間をまとめて失い、奴隷狩りに捕まって聖セルロドス皇国へと連れていかれる。皇国に着いてから、愛玩奴隷としての立場を拒否したため、過酷な生活を余儀なくされ、やがて衰弱死する』
黒猫の少女とは――ミーアだ。
僕は現に、この世界に、このウェステニラに居るのに、同じ運命の道をミーアに辿らせてしまうのか?
ふざけるな!
そんなの、絶対に認められない!
「やめなさい、サブローくん。ベッドから出ないで!」
「ナルドットに行きます」
「その傷だらけの身体で、無茶よ!」
「無茶だろうが、何だろうが、関係ありません。ミーアを助けなくちゃ」
「サブローくん、いい加減にしなさい!」
ビットさんが両手で僕の肩を押さえ込み、厳しい声を出した。
叱られて、ハッと我に返る。
「聞いて、サブローくん……貴方のミーアちゃんへの想いは間違いなく本物なんでしょうけど、傲慢な部分もありすぎるわ」
「僕が……傲慢?」
どういう意味だ?
「ええ。ミーアちゃんは貴方に甘やかされ、守られているだけの、弱い女の子じゃ無い。研修中の新人とはいえ、今では彼女も立派な冒険者ギルドの一員なのよ。危機や災難に遭遇する可能性は覚悟していたでしょうし、その場合には、どう対応すれば良いのかも知っている。現在、捕らわれの身になっているとしても、ミーアちゃんなりに考えて、脱出方法を探すなどの模索をしているはず。ミーアちゃんの決意と努力を、貴方は信じてあげなくちゃ」
「ミーアを信じる……」
確かにミーアは、弱くは無い。心の強さは、僕以上かも知れない。
「冒険者ギルドも全力で、ミーアちゃん・ララッピちゃん・ナンモくんの捜索にあたっているわ。出来るだけの人員を割いてね。そこへキチンとした思案もなしに、いきなり負傷中の貴方が出向いても、かえって足手まといになるだけよ」
「そんな事は!」
「サブローくんは、まだナルドットを訪れてから日が浅い。地理に関しても不案内でしょう? ろくに動けない身体でウロウロして、ひたすら周りに迷惑を掛けるつもり?」
「ぐ……」
ビットさんの容赦ない物言いに、言葉を返せない。
「それとも、ミーアちゃんを見つけ出せる特別な方法が、貴方にはあるの?」
「……ありません」
探索魔法や追跡魔法みたいなものがあれば……しかしウェステニラの魔法は物理面に偏っており、そのような便利な魔法は存在しない。風系統の魔法で、やや似た類いのものがあるが、目標となる人物との接触が必要になるなど、制限された時間や空間においてしか使えない。今度のケースでは、用をなさない。
くそ! こんな肝心なときに、僕は役立たずなのか!
うつむく僕へ、ビットさんが慰めている風な語調で述べる。
「サブローくんからすると、腹が立つ言い方になるかもしれないけど……犯人が誘拐した獣人たちを〝商品〟として扱っているのだとしたら、ミーアちゃんもララッピちゃんも、まさに〝とびきりの貴重品〟よ。うかつに傷つけるようなマネをするはずは無いわ」
「ミーアやララッピちゃんは、そうかもしれませんが………でも、そしたらナンモくんは?」
「え! ナ、ナンモくんは――」
「ナンモくんは?」
「ナンモくんは………」
ビットさんは黙って、僕から目を逸らした。
……え~と。
だ、大丈夫! ナンモくんだって、秋田犬っぽい雰囲気のラブリーな犬族少年だ。冒険者にして哲学者になるのを目指している《哲犬ナンモ》なのだ。茶色のフワフワ毛なみに、クルリと巻かれた尻尾、純真な瞳、煩悩を克服しようとする心意気……凶悪な犯罪者を相手にしたって、彼は、その愛くるしさと哲学的思考で見事に切り抜けてくれるに違いない。きっと! 必ず! 多分!
僕が心の中で、ナンモくんに激しくエールを送っていると――
ビットさんは、わざとらしくコホンと咳を1つして、また話しだした。
「ミーアちゃんたちの現状が少しでも分かったら、このボンザック村にも、すぐに連絡が来るように冒険者ギルドで手配してきたわ。だからサブローくんは、ここで、今は回復に専念しなさい」
「けれど――」
「ミーアちゃんだけじゃ無い。冒険者ギルドのことも、少しは信用して欲しい。所属している冒険者が犯罪者に傷つけられ、研修中の新人3人が拉致された……大失態を犯したのは承知しているわ。ギルドの誇りにかけて、汚名を返上してみせる」
熱がこもる、ビットさんの声。
ビットさんにとって、ナルドットの冒険者ギルドは単なる職場以上の、大切なところなんだな。
「ミーアちゃん達の捜索の指揮は、コマピが執っているのよ」
「え? スケネーコマピさん?」
ビットさんの双子の弟で、美貌麗姿の男性エルフ――スケネーコマピさん。ギルドの面接官で、1級冒険者で、エストックという刺突専用の特殊武器の達人で…………しかしながら、彼は《ミーア教》の信者……いや、狂信者だ。能力面に不安は全く無いが、情緒面には不安しか無い。
あの〝とんちきエルフ〟は、頼りになるのだろうか?
「コマピは、あれでも有能……切れ者だから」
「切れ者?」
「お願い、サブローくん。コマピのことを、信じてあげて」
「全然、信じられません」
僕の発言に、ビットさんはショックを受けた顔になる。
「そんな! コマピは目を血走らせて、息を荒げて、髪の毛を掻きむしりつつ、クールでパーフェクトであるべきエルフの尊厳を残らず投げ捨てて、一睡もせず、食事もとらず、一生懸命になってミーアちゃん達の行方を追っているのに!」
「完全に我を失っているじゃないですか! 僕よりも冷静になるべきは、コマピさんのほうでしょう!?」
やっぱり、いかにミーアの崇拝者であっても、狂信の徒はダメだ! 《Cool(理知的)でパーフェクトな切れ者》じゃ無くて《Fool(お馬鹿)でパッパラパーな痴れ者》であるとしか思えない。コマピはダメダメだ! 残念エルフだ!
不信の目を向ける僕を、ビットさんが諭す。
「なにより、サブローくんは今、れっきとした《暁の一天》の一員なのよ。たとえ、見習いであったとしても。勝手に1人で行動することは出来ないはずよ」
「それは……! リーダーのアレクから許しを得ます。他のメンバーたちにもお願いして――」
僕とビットさんが言い合いを続けていると、部屋の中へ誰かが入ってきた。
犬族のナンモの年齢について、サブローは「10代半ば」と言っていますが、正確には15歳です。
ミーアやララッピ(獣人の少女たち)の年齢は知っているのに、ナンモ(獣人の少年)の年齢は知らないサブロー……(汗)。




