能あるサブは爪を隠している場合じゃない
ウェステニラにおける冒険者ギルドの冒険者ランクシステムは、基本的に各国共通であり、低い順から「仮登録→見習い→3級→2級→1級→上級→特級」となっています。
目を開く。
「見知った天井だ」
との呟きが、僕の喉から漏れた。
ここは……ボンザック村にある《暁の一天》が休息所として借り受けていた一軒家だな。
どうやら僕は、その一室でベッドの上に寝かせられているらしい。
うん。
視界に入ってくる天井には、見覚えがあるぞ。熱を出して、村で最初にダウンした際に療養させてもらった部屋……そこで僕は今、身を休めているわけだ。
あの日の、あの時、アレクたちは前日に行った戦闘の結果を再確認するために、崖のある場所へ出掛けた。
しかし残念ながら、僕は体調を悪くして同行できなくて、キアラの看病を受けていたら、ゴーちゃんが突然に騒ぎだして……………………思い出したぞ! 僕は現場へ駆けつけて、辛うじて魔族は倒したものの、そのあと意識を失ってしまったんだ。
あれから、どれくらい時間が経ったんだ!? なんで、僕は村へ戻っている? 皆は、どうなった!? ドリスは? アレクは? ソフィーさんは? レトキンは?
慌てて身を起こそうとすると、ベッドの側に居る誰かが僕を制した。
「気が付いたようね。こら! 大人しくしていなさい。まったくサブローくんは、いっつも無茶するんだから……」
その声には、聞き覚えがあった。身体を半分ほど起こした状態で、そちらへ顔を向ける。
「ビットさん! どうして、此処に!?」
ナルドットの冒険者ギルドに勤めている、女性エルフのスケネービットさんだ。僕の冒険者研修における指導教官だった、彼女――ビットさんは、初めて会った時に見せつけてきたようなスケスケな……きわどい格好はしておらず、キッチリした服装をしていた。
色っぽい印象が減って、知的な雰囲気が強調されているのを感じる。いや、まぁ、実際にスケネービットさんは、頭が良いエルフなんだけど。
ビットさんの隣に1人の人間の男性が立っている。初めて見る人だ……う~ん。着ている服などから考えると冒険者ギルドの職員で、ビットさんの同僚かな?
ビットさんの指示を受けて、その男性は部屋を出て行った。
ビットさんと2人きりになってしまった。彼女が味方であることは絶対的に信じられるし、僕の身の安全が確保されているのは分かる……でも、とにかく早く、現状を正確に把握しなくては!
僕が焦って質問をしようとする前に、ビットさんが語りかけてくる。
「落ち着きなさい、サブローくん」
「しかし、ビットさん!」
「貴方が知りたいことを、まずは教えておくわ。《暁の一天》のパーティーメンバーは全員、無事よ」
「そ、そうですか……」
良かった。安心した拍子に息を吐くと、急に身体中が痛み出した。特に背中がズキズキと……劇毒の闇魔法で攻撃された箇所は、酷い有りさまになっているに違いない。ケガの状態を、具体的に想像したくは無いな。
今まで痛みを感じなかったのは、目覚めた直後の緊張と混乱によって、感覚が鈍っていただけなのだろう。古傷に加え、あの魔族との戦いによって、新しい痛手も相当に負ってしまったからなぁ…………毒を浴びたり、鞭で叩かれたり。
それからの意識不明中に、どれほどの時間が経過したかは分からないが〝目が覚めたら完治していました!〟なんて、都合の良い展開があるはずも無い。
「サブローくんの身体は、傷だらけでボロボロなのよ……背中も、首も、手足も、内側も、大ダメージを負っていて。起きるのは辛いでしょう? 寝ていなさい」
ボロボロ……大ダメージ……。
「けれど、スケネービットさん」
「『しかし』も『けれど』も、余計な接続詞は口にしないの! 少しは、私を安心させて。貴方は会うたびに、常に深刻なケガをしていて、これじゃ、心配で目が離せなくなっちゃうじゃない」
冗談まじりの口調で、でも真剣な表情をしながらビットさんが言う。
確かに……ウェステニラへ転移してきて以降、僕は戦闘後に頻繁に気絶しているな。その都度、まわりに迷惑を掛けている。本当に申し訳ない。
ここは、冷静にならなくちゃ。
改めてベッドへ、身を横たえる。
僕の興奮が収まったのを見て、ビットさんは微笑んだ。
「順を追って説明してあげるわ。今は、貴方が魔族を倒した次の日の午前中よ」
「――っ!」
息を呑む。ちょっとの間、目を閉じてアレコレ思案し……僕は観念して、言葉を返した。
「知っているんですね? 僕が魔族と戦ったことを」
「……私自身で、その場所に足を運んで、魔族の死体を確認してきたわ」
そうか。アレを見られたのか。
「驚いた。魔族の強靱な肉体を損壊させて、心臓を潰して…………サブローくんが、やった事なんでしょう?」
「……ハイ」
「もしかして、隠し通せるつもりだった?」
ビットさんが窺うような視線を向けてきたので、僕は苦笑してみせた。
「いえ。さすがに、そんな気はありませんでした」
僕の独り合点で真実を隠蔽するには、起こった出来事の影響する範囲が、あまりにも大きすぎる。《暁の一天》のメンバーたちの今後にも、関わってくる問題だ。
僕の返答を受け、こっくりとビットさんが頷く。
「そうよね。それが賢い判断だわ」
「ハイ」
「トレカピ河の南、このベスナーク王国に魔族が現れた。平均以下のレベルの、それこそ落ちこぼれのような魔族が、偶然に迷い込んだというのなら、見過ごしても許される事態だったかもしれない。ギリギリだけどね。しかし、そうじゃ無かった。相当な力量のある、おそらくは戦闘経験の豊富な魔族が、何らかの邪悪な意図を持ち、モンスターを従えて侵入してきていた。王国にとっても、冒険者ギルドにとっても、恐るべき大事件よ」
僕はビットさんの言葉を、ただ黙りながら聞くしか無い。
「ところが、状況は更に進行し、変化した。王国の騎士団や冒険者ギルドの知らぬ間に、危険の芽は摘み取られていた。ある冒険者パーティーが、その魔族を打倒して、脅威となるモンスターの群れを全滅させていたのよ。まさしく大功績で――」
そこまでビットさんが話した時、ドタバタと足音が聞こえ、外から部屋のドアが開かれた。
「サブロー、目を覚ましたのね!」
入室してきたのは、ドリスだった。彼女の後ろに、先ほどの男性が居る。なるほど。あの人はビットさんの言いつけで、ドリスを呼びに行ってくれていたのか。
何か他に用事があるのか、ドリスを案内したあと、また男性は部屋を出て行ってしまった。
室内に居るのは、僕・ドリス・ビットさんの3人だ。
ドリスはビットさんに軽く頭を下げ、僕の側へ急いで寄ってきた。
「具合はどう? サブロー。苦しくない? あたしに、何かして欲しいことある?」
「ドリスこそ、今の体調は――」
彼女の姿を、素早く眺める。……良かった。大丈夫そうだ。あれほどのケガを負ったのに、今これだけ元気なのは、考えようによっては異常ではあるが――
中でも特に、着目せざるを得ない点がある。魔族によって切断されたはずのドリスの左腕と右脚が、何ごとも無かったかのように、彼女の身体にくっついているのだ。
何が、あった? どうして、そうなっている? ……ある程度の推測を、出来ないことも無いけれど。
やはり彼女はホムンクルスで、それが物理面では良い結果をもたらしたに違いない。その事実に、少しの戸惑いと、大きな安堵感を抱いている自分が居る。ドリスの精神面のほうが心配ではあるが…………自らの正体について、なかなか受け入れられない気持ちは、僕にも分かる。
ドリスの右肩にはゴーちゃんが載っていて『ピギ~!』と手を振ってくれた。〝サブロー、無事で良かった。自分もこの通り、大丈夫~!〟と言っているみたい。
……なんか、僕もゴーちゃんの考えを自然と読み取れるようになってきたな。
そう遠くない未来に、僕とゴーちゃんは心が通じ合う仲になれるかも?
そして、僕とドリスの関係は…………ドリスの紫の瞳と、僕の黒い瞳が向かい合う。
ドリスはかすかに頷いて、僕が意識を無くしたあとに何が起こったのかを話してくれた。それによると、キアラが大活躍をしたらしい。
「サブローが倒れて…………敵の予備の群れだったのか、援軍だったのか、オーク1匹とゴブリン2匹が姿を現したのよ」
気絶中の僕やアレクたちは当然ながら、無力で無防備だ。ただ1人、意識がハッキリしていたドリスも、とてもでは無いが、まともに戦える状態では無かった。本当に大ピンチで…………しかし、そこにキアラがやって来たのだ! シャキーンと! ヒーローのごとく!
モンスター3匹に対して、キアラは圧勝した。立て続けにメイスを振るって、ドカンドカンと敵を撲殺してしまった。
「崖の上から、飛び下りた? そうやって、キアラはオークを攻撃したの?」
「そう。さすがはキアラ。大胆な戦法よね」
その光景を改めて、想起しているらしい。ドリスが感嘆する。
キアラが現地へ駆けつけたとき、僕とターナダクは魔法でやり合っている真っ最中だった。
僕は《風刃》や《氷槍》に加えて《火球》を放ち、その攻めをターナダクが《不可視の鞭》で防いでいた。
「サブローと魔族による……高度なレベルでの魔法の攻防を遠くから見て、キアラは『下手に自分が割って入っても、役に立たない。むしろサブローの足を引っぱってしまうかも』と思ったそうよ」
「キアラが――」
キアラは思慮深い。そもそも《暁の一天》のメンバーの中に、無分別なタイプは居ない。レトキンだけは、いざとなったら筋肉優先思考で行動しそうではあるが……。
「うん。なのでキアラは『貴重な時間を費やしてしまうけど、ここは迂回して崖の上に出て、そこから敵の男へ奇襲を仕掛けよう』と考えたんだって」
「なるほど」
「サブローが戦っている相手について〝魔族である〟との確信は持てなかったものの、強敵であることは充分に理解できたそうだし……キアラは『自分が不意を突いて敵に隙をつくらせて、サブローがトドメを刺す』という方法で勝とうとしたのよ。まぁ、キアラが崖の上へ移動したときには、既にサブローが魔族を倒しちゃっていたけれど。でも、そのあとオークとゴブリンが現れて、そいつ等をキアラがやっつけたわけだから、結果的には物事が上手い具合に回ったと言えるのでしょうね」
「良かったよ」
――キアラ、凄い! 偉い! 素晴らしい! 満点まるまるドワーフっ娘!
僕が内心でキアラを盛大に褒め称えていると、ドリスは小さい声で言葉を付け加えた。
「あと、キアラは、あたしの……あの事を、まだ知らないから」
「そう……なんだ」
「うん」
ドリスは、ちょっと神妙な表情になる。
キアラが僕とターナダクの戦闘を遠目に確認して、すかさず崖の上へ向かったタイミングを勘案すると、彼女は魔族がドリスの正体について言及したシーンを見てはいない。またドリスが左腕と右脚を失った状態になっているのも、認識しなかったようだ。僕と魔族の激烈な戦いのほうを注視した分、大地へ倒れ伏しているドリスへは、目が届かなくて……緊急事態への対処をどうするかで、普段は冷静なキアラも、さすがに気が急いていたのだろう。
そしてキアラが崖から飛び下りてドリスと顔を合わせたときには、どのような方法を用いたのか、ドリスは既に左腕と右脚を取り戻していた。
つまり、ドリスがホムンクルスであること――その事実を知っているのは、《暁の一天》のメンバーの中で今のところは僕だけなのだ。
ドリスが自らの過去や真の姿について、皆へ告げるのか否か、打ち明けるとしたら、いつになるのか、それは僕が口出しすべき問題じゃ無い。ドリスが考え、決断すべき事柄だ。
急がなくても良い。
今は、何よりも気持ちを整理する時間が、ドリスには必要なんだから。
「分かったよ、ドリス」
「……ありがとう、サブロー」
僕が納得しているのが理解できたのか、ドリスは安心したようにホッと息を漏らし、話を続ける。
「ええっとね……それから、キアラは――」
用意していた回復薬を僕らへ飲ませて、皆の生命を救ってくれた。
「ポーションを?」
「特製の超高級ポーションを、キアラは持ってきたのよ。お値段は、やっぱり嘘をつかないのね。価格の分だけ、素晴らしい効き目だったわ」
「全員へ、ポーションを飲ませたんだね」
「うん。サブローへは、あたしが――」
そこまで言って、何かを思い出したのか、急にドリスは頬を赤らめた。ん? どうしたんだろう?
「え。あ。そ、そして、あ、あたしとキアラで、また敵のモンスターが襲って来たりしないか、周囲の安全を確かめて、て、ててて……」
アワアワした口調で、ドリスが喋る。
「ドリス、落ち着いて」
「あたしは常に、冷静沈着よ! ポーションの小瓶に付属していたスポイトを見落としたりとか、絶対にしない!」
「は? スポイト?」
「な、なんでもない! ……で、キアラは発煙筒を焚いたの。キアラが所有している袋って、中から、どんなアイテムでも出てくるのよね。それも、次から次へと。容量がどうなっているのか、正直いつも不思議なんだけど」
キアラは僕らを助けにやって来る前に、ボンザック村を発つとき、村長へ伝えていたのだ。『これから、昨日モンスターを退治したところへ行ってくる。そこで何ごとか、事件が起こっている可能性が高い。なので、村長さんへ言っておく。目的の場所へ到着したら、状況を連絡するために、私は発煙筒を使って、煙を上げる。だから常時、崖がある方向の空を見ておくように、村人の誰かへ命じておいて』――と。
煙の色は、4種類。
青色の煙だったら、何も事件は起こっていない。いつも通りに過ごしても構わない。
緑色の煙だったら、私たちは手助けを必要としている。村人の数名が馬やマルブーを連れて、来て欲しい。
黄色の煙だったら、モンスターが村を襲撃してくる危険性がある。警戒するように。
赤色の煙だったら、非常事態。村人みんな、自らの生命を守るのを最優先にして、ナルドットの方角へ逃げること。
「……すごいね。キアラは」
「ええ。常に先回りして物事を考える、あの姿勢。まさに冒険者の鑑よね」
ドリスが、誇らしげに笑う。キアラが頼りになる仲間であることが、とても嬉しいようだ。
「それで、キアラは発煙筒を使用して、緑色の煙を上げたんだね」
「そうなの。しばらく待っていると、村人4名が、2匹のマルブーと2匹の馬を連れて、来てくれたのよ。サブローの治療とキアラの回復薬のおかげで皆は生命を取り留めてはいたけど、重傷中の身であることに変わりは無いから、慎重にマルブーや馬の背に乗せて……ゆっくりと村まで運んだの」
「苦労を掛けたね」
「ううん、全然。楽な帰り道だったわ。あ、サブローの刀――〝ククリ〟って、名前だったかしら? あの刀も忘れずに持ってきたから、安心してね」
「ありがとう。あれは大切な刀だから、もしもアソコに置いたままであったなら、取りに戻らなくちゃならなくなるところだったよ」
ククリは、ミーアの父親であるダガルさんから譲り受けた、僕の愛刀だからね。
「サブローなら、きっとそうするだろうと思って。今は、アナタには徹底して、安静にしていてもらわないと。何かあれば、サブローはすぐに、向こうみずに動くんだから」
「そんなことは無いよ」
「サブローの身体と生命に関して、サブローの『大丈夫』という類いの言葉は少しも信用できない」
「酷いなぁ」
「本当の話でしょ」
僕とドリスが軽口をたたき合っていると、それを見守っていたビットさんが茶々を入れてきた。
「あらあら。いつの間にやら、サブローくんとドリスは随分と仲が良くなったのね」
「な! からかわないでください! スケネービットさん。違います! 絶対に違います! あり得ません! あたしは、サブローのことなんて――!」
ドリスがやたらと強く反応したので、ビットさんは驚いたようだ。
「ちょっと、ドリス。どうしたの? パーティーのメンバー同士で仲良くなるのは推奨すべき事柄なんだから、躍起になって否定する必要は無いでしょう?」
「あ! そう! そうですよね! あたしとサブローはパーティーメンバーとして……メンバーとして! 友好が深まっている……可能性が無きにしも非ずなわけであって」
「ドリス。貴方はいったい、何をそんなに慌てているの? その理由を私に教えてくれない?」
「別に慌ててはいません! 特に理由もありません! そうだ! あたし、アレク様……アレクの様子を、また見てくるわ。ソフィーやレトキンのほうにも、顔を出さないと。あたしはアレクとサブローの担当で、ソフィーとレトキンはキアラが介抱しているのよ。それぞれ皆、別室で寝ているの」
アタフタと言い訳めいたセリフを並べつつ、ドリスが部屋を出て行く。
ゴーちゃんは彼女の肩の上に居て、一緒に去って行きながらも『ピー、ピ、ピ、ピ!』と〝それでは、またな~。サブロー!〟というような声(?)を発していた。
そんなドリスとゴーちゃんを見送り、ビットさんは僕へ視線を向ける。なんか、その眼差しの雰囲気が微妙なんだけど?
「サブローくん。貴方、もしかして――」
「え? なんでしょう?」
「……なんでもない。一応、言っておくわね、サブローくん。鈍感系男子って、私からすると成敗対象だから」
「は?」
「エルフキックで爆散させるのよ」
「ナニそれ、恐い」
その事は、ひとまず置いといて。
室内に残ったビットさんは、ドリスがした話の続きを語ってくれた。
キアラとドリス、そして救援に来てくれた村人数名によって、僕やアレクたちはボンザック村へ運び込まれた。取りあえず《暁の一天》は、パーティー崩壊の危機を見事に回避し、全員が生還することに成功したわけである。
しかしながら、僕・アレク・ソフィーさん・レトキンは意識を無くして、家の中のベッドに寝かされている状態だ。これからどうするか、キアラとドリスは話し合った。
ともかくも、辺地とはいえ、ベスナーク王国内に魔族が出現したというのは大問題だ。いち冒険者パーティーが、独断で処理しても許される範疇を超えている。
キアラはドリスに『村に留まって、アレクたちを見守っていて』と頼むと、自分はマルブーに乗ってナルドットの街へと急行した。
『魔族、現る』との情報がキアラによって、ナルドットの冒険者ギルドへもたらされ、更に冒険者ギルドからバイドグルド家の侯爵様――フィコマシー様やオリネロッテ様の父君へと伝えられた。
「その日のうちに、冒険者ギルドからは私を含めた10人、御領主様のところからは5人の騎士、合わせて15名がボンザック村へ出向くことになったのよ」
「ギルドの人の他に、騎士も今、この村に滞在しているんですね」
「ええ。騎士を率いているのは……〝キーガン〟という名の方よ」
キーガン殿! リアノンと街道で初めて会ったときに、その部隊を統率していた年輩の騎士だ。
彼は、ナルドットの騎士たちの中で数少ない、僕に好意的に接してくれる有り難い人である。
「キーガン様なら、僕も存じ上げております」
「そう。サブローくんと面識がある方なのね。サブローくんの知人を派遣するなんて、アチラも、なかなか考えているようね」
ビットさんが呟き、僕の顔を見た。
「ねぇ、サブローくん。現在、この部屋には私とサブローくん――貴方しか居ない。だから、しつこいようだけど、もう一回、確かめさせてもらうわ。答えて。魔族を殺したのは、貴方で間違いないのよね?」
「…………」
「それも魔法を使って」
「……その通りです」
僕は再度、肯定する。
ここは、誤魔化しても良い場面じゃ無い。嘘をついて、スケネービットさんからの信頼を失ってしまうのは恐い。
「そう……。サブローくん。今は貴方が魔族を倒した日の、その翌日の午後なのよ。もうすぐ、夕暮れになる時刻よ」
僕がターナダクと戦ったのは、昨日のことになるんだな。僕は、ほぼ一日、寝込んでいたわけだ。
「ドリスが部屋へ来る前に、私は貴方に言ったわよね。今日の午前のうちに、私やキーガン様は戦闘の現場へ赴いて、その跡を念入りに調べてきた」
「ええ。伺いました」
「凄かったわ。サイクロプスの死骸が1つに、加えてオークとゴブリンの死骸。大規模な魔法が行使された痕跡。なによりも、胸を抉られて殺されている魔族の死体が、厳然と其処にあった。一緒に調査に来たギルドの職員や冒険者、騎士たちも、驚愕していたわ」
ビットさんは、少し肩を竦めてみせた。
「無理も無いわね。あの死んでいた魔族、見るからに強者っぽかったし。常識的に考えれば、1級冒険者が率いる冒険者パーティーが、複数で総掛かりになって、ようやく対処できるような案件よ。上級冒険者が力を貸してくれたら、もう少し、楽に戦えるでしょうけれど。ところが貴方たちは……リーダーが2級冒険者である《暁の一天》は、他のパーティーの助けを借りずに勝っている」
「…………」
今回の事件で《暁の一天》が挙げた戦果が、その実力に比して、あまりにも過大である――ということか?
「いろいろと尋ねても、キアラもドリスも〝誰が魔族を倒したか?〟との重大な事案については、言葉を濁しつづけていたわ。問い詰めたら、サイクロプスやトロールなどの強力モンスターをサブローくんが討ったことは認めたけど、それ以上は話してはくれなかった」
「キアラとドリスが――」
「あの2人は、サブローくんの〝今は出来るだけ、目立ちたくない〟という考えを理解して、尊重している。ふふ。パーティーに加入して、わずか数日なのに、サブローくんは、もうメンバーからとても大事に思われているのね」
僕は、キアラとドリスに――いや。《暁の一天》のメンバー全員に、心の中で感謝した。
「でも、あの状況下で、魔族と互角に戦えて、のみならず、ぶち殺せるほどの力を持っている人物は《暁の一天》のメンバーの中でサブローくんしか居ないことは、私には丸わかりなんだけどね。その冒険者は明らかに、多様な魔法をバコンバコンと使いまくっていたし。モンスターの首を一刀のもとに、ズバンと刎ねとばしていたし。魔法と剣技で、敵を容赦なくボコボコにする戦闘スタイル……心当たりが、ありすぎる」
「………はぁ」
眼前のエルフ女性が、身も蓋もないことを言う。
「あの魔族の死体は、既にこの村へ運び込まれているわ」
「え!」
「保存処理をした後、数日中にはナルドットへ移送される予定よ。貴重なサンプルとして」
いかに魔族であっても、そのような扱いは死者への冒涜では? ……と思ってしまった僕は愚かで、心構えがなっていない甘ちゃんなのだろう。
魔族や人型モンスターへ向ける視線に関して、ウェステニラの人々と僕との間には、まだまだ思考の距離があるように感じる。
「サブローくん。覚悟しなさい」
ビットさんの厳しい声に、ハッとなる。
「今はまだ、パーティーメンバーや私の胸の内に秘めておけるとしても、それほど遠くないうちに『魔族を殺したのは〝サブロー〟という名前の冒険者だ』との情報は、関係者の耳に入るわ。少なくともギルドの重鎮や、御領主様とその周辺の人々は、確実に知るでしょうね。貴方がどのような意図で冒険者になったにせよ、ここから先において、注目の的になるのは避けられない」
「……ハイ」
「ナルドット候をはじめとした貴族たち、おそらくベスナーク王国の王室からも目を付けられる。優れた才能を持つ人材として、貴方の引き抜き合戦が始まるかもしれない」
「それは――っ! 困ります!」
僕が守りたい人は、決まっているんだから。権力者に使われる、便利な駒になるつもりは無い。
「だったら、サブローくん!」
ビットさんが語気を強める。
「貴方の選ぶ道は、1つしか無いわ。まずは身体を治して、万全な体調を取り戻しなさい。そして自分の能力を下手に隠すのは止めて、全速力で冒険者のランクを駆け上がるの」
「スケネービットさん。僕はまだ見習いです」
今の僕は冒険者として、最も低いランクにある。無論これから精一杯、頑張るつもりだが――
「魔族討伐の功績がある以上、貴方はすぐに3級冒険者になる。〝ドリスたちから聞いている〟と、言ったでしょう? サブローくんは、魔族に加えて、サイクロプスやトロールも撃破している。実力は保証済みだし、あと1つ、何か大きな成果を挙げれば、2級冒険者にもなれる」
「2級冒険者……」
「でもサブローくんの魔法と武術の能力は、そんなものじゃ無い。そのレベルには止まらない」
「僕に〝1級冒険者を目指せ〟――と?」
「違うわ」
ビットさんは首を横に振り、ジッと僕を見据えた。
「1級の更に上、上級冒険者よ」
「――っ! それは」
〝上級〟は、それ未満の冒険者のランクとは明確に別枠だ。たとえるなら、1級までの冒険者が平民だとしたら、上級は貴族であるくらいの差が存在する。
僕が上級冒険者になるには、よほど大きな手柄を連続して立てる必要がある。
「上級冒険者になれば、貴族はもちろん、王族であっても簡単に貴方へ手を出せなくなるわ。それどころか、彼らへサブローくんのほうから、何らかの要望が出来るようになる」
「スケネービットさんは、僕に『王族と関わるケースも視野に入れて動け』と言うんですね?」
僕の問いかけに、ビットさんはフッと微笑んだ。
「バイドグルド家の騎士団最強の剣の使い手であるクラウディさんとの決闘に勝利して、冒険者になったら即座にトロール数匹をまとめて屠って、サイクロプスを殺して、魔族を倒して……そんな貴方の活躍の話は、間違いなく王都にも届く。現王であるメリアベス陛下は、英邁で耳聡い方よ。でも同時に、計算高い指導者であるとも言える。王族や貴族が働きかけてくる……場合によっては圧力を掛けてくる可能性さえある以上、それに対抗できるだけの力を、一刻も早く貴方は持たなくてはいけないわ」
「対抗する力――」
「上級冒険者は、社会的な意味での地位も極めて高いの。交渉や取り引きなどの局面において、この点も重要よ。分かるわよね?」
「ハイ」
「ナルドットの冒険者ギルドは、出来る限りは貴方の側に立つつもりではあるけれど、組織の論理を超えてまでは庇えないから……」
ビットさんが、切々と語りかけてくる。その言葉の全てに、彼女の真情を感じる。
「分かりました。ビットさん」
「シッカリしなさい。貴方には大事な人たちが……何よりもミーアちゃんが」
そこで、ビットさんの声が途切れる。
ミーアの名を出した途端に、一瞬だがビットさんはビクッと身体を震わせ、目を伏せた。
ふと、気付く。
会話をしている最中……いや。今日、僕が目覚めて以降、ずっとビットさんの顔色は良くなかった。憂いの影が少なからず、あった。単なる疲れから来ているものとも、思えない。
何か、心に懸かっていることでもあるのか? それも、いま話題にしている事柄以外の案件で。
「ビットさん。僕の事情の他に、心配ごとでもあるんですか? 思い悩んでいる風に見えますが――」
図星を突かれた表情になったビットさんは、弱々しい笑みを見せた。
「鋭いわね、サブローくんは。……隠していて後で貴方から恨まれるのはイヤだから、正直に言うわ。驚かないで、聞いてね」
「ハイ」
「こちらも大変だけど、現在のナルドットでも事件が起こっているの」
「事件……」
なんだろう? ビットさんの様子から察するに、よほど深刻な事態のようだが。
「その関係者の1人に、ミーアちゃんが居るのよ」
「ミーアが!」
「ええ。あのね、サブローくん。ミーアちゃんは、行方不明に…………ううん。ここは、より正確に言うべきね。ミーアちゃんが誘拐されて、今もって、彼女の安否は分かっていないの」
「な!」
サブローが仰天したところで、8章終了です。ご覧くださり、ありがとうございました。この回は1万文字を超えてしまいました……(汗)。
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9章は「ミーア誘拐事件」を中心に話が進む予定です。これからも、どうぞよろしくお願いいたします!




