重みも痛みも、生きている証
ドリス視点です。
♢
少年と魔族との戦いが終わった。
大地に身を横たえつつ、その一部始終を間近で目撃しつづけたドリスは、驚愕の念に心が震えているのを自覚した。……この自分の彼への思いは、称賛なのだろうか? 混乱なのだろうか? かすかながらも、息苦しい緊張をともなう畏れの感情なのだろうか?
(サブローが、魔族に――ターナダクに勝った)
もちろん、ドリスは魔族の強さのランク付けがどうなっているかなど、知らない。
しかし――
タンジェロの地における生活で、師の老婆に教えてもらった内容。
これまでのドリスの冒険者としての経験と知識。
本日のターナダクとの遭遇と激しい戦闘。
(アイツは……ターナダクは一つ目巨人をはじめとする強力なモンスターを存分に使役し、更には凄まじいパワーの闇魔法を続けざまに放ってきた……)
ターナダクは、魔族の中でも相当な手練れである――その事実について、ドリスはハッキリと認識していた。
この地に到着した時、先日に倒したゴブリンやオーク、トロールの死骸が何故か無くなっており…………そこからドリスは、何者かが〝物体を消滅させる闇魔法〟を行使した可能性を察した。そのため、ターナダクが透明な魔法の塊で攻撃してきた際、サブローへ警告を発することが出来たのである。
が、咄嗟に助言はしてみたものの、迫りくるターナダクの消滅魔法に、どうやって対抗すれば良いのか、ドリスには皆目、見当が付かなかった。
透明な闇魔法が接近してくるにつれ、それに巻き込まれたサイクロプスの巨体が次々に消えていく光景は不気味すぎて、ドリスは思い出すだけで、今も心臓がギュッと縮む感覚になってしまう。
その恐怖の攻撃を、サブローは数段構えの風の壁で見事に防いでしまった。
魔族と戦う前にも、彼は4匹のサイクロプスをあっという間に倒している。
(サブローは……凄い……)
その剣の腕も。魔法の才も。決して折れない、強靱な闘志も。
ドリスたちに初めて会った日に、冒険者ギルドでサブローはソフィーと試しの手合わせをして、負けていた。しかし今なら、分かる。あの時のサブローは本調子じゃ無かった。……どころか、彼は本気では無かった。
いや。サブロー自身は、真剣な気持ちでソフィーと模擬戦を行っているつもりだったに違いない。けれど、故意では無いだろうが、おそらく彼は手加減していた。今日のターナダクとの文字通りの〝本気の死闘〟を見れば、疑問が生まれる余地など無い。
敵か? 味方か?
必ず勝たなくてはいけないのか? そうでは無いのか?
殺し合いか? 通常の試合か?
――――サブローは戦う相手や、身を置いている状況によって、力の出し具合を無意識のうちに上下させている。
敢えて言えば、その〝覚悟の揺れ〟こそが、サブローが有している最大の弱点なのかもしれない。
戦う者として、甘すぎる…………だが、短所と長所は表裏一体の関係でもある。サブローが敵以外に〝甘い〟のは、何よりも彼が他者に〝優しい〟からだ。
現在――
ターナダクの死亡を確認するや、サブローは真っ先にソフィーとレトキンのもとへ進んでいった。動かない足を懸命に引きずるように歩いている。体調は最悪なのだろう。
まずソフィーの傍らに屈み込み、ついでレトキンへ近づき、その隣で地面に膝をついた。
(サブロー……ソフィーやレトキンに、何かをしている? …………あ! 光魔法による治療!)
ついさっき、サブローは光魔法を駆使して、ターナダクを倒したばかりだ。
けれど今度は〝殺める〟という変則的な使い方では無く、正しく〝救う〟ほうへ、持てる魔力を用いている。
正直、ドリスには、サブローが光の魔法をどんな風に変化させて《打撃の手段》にしたのか、詳細はサッパリ理解できない。ひょっとしたら、大勢のヒューマンたちから非難を受けても仕方が無いような、道理に反している行いをした可能性もある。
しかしながら無論、ドリスに、サブローがやったことを否定する気持ちは欠片も無い。
サブローは全力を尽くしただけだ。
魔族との戦闘に勝利するために。
ドリスを含めた《暁の一天》のメンバーを助けるために。
もしも世界のヒューマンがサブローの敵に回ったら、その時はドリスは絶対にサブローの側に立つ。
(サブローは言ってくれた……『ドリス。僕は君と同じだよ』って――)
ドリスが心配なのは、サブローが魔力を使いすぎている点だ。
今日だけでも彼は、サイクロプスとの戦いで、風の魔法と水の変種である氷の魔法を発動している。加えて魔族のターナダクとの攻防では、長大な風の魔法障壁を幾つも造り、光の魔法攻撃によって敵へトドメを刺した。
サブローがどれほど優れた魔法使いであるにせよ、これでは魔力の底が見えていないほうがオカしい。
特に光魔法は、使用する際に魔力を多大に消耗する。魔法使いの一員であるドリスは、そのあたりの原理・法則を良く知っている。
もうサブローには、魔力は殆ど残っていないはずだ。にもかかわらず、彼は光魔法の治療をソフィーやレトキンへ施した。
魔法の過度な行使は、魔法使いの体力と魔力を枯渇させ、場合によっては、その者の生命を奪ってしまう。
(今やっている光魔法の使用は、サブローにとって危険すぎる。そのことを、サブローは充分に分かっている)
なのに、サブローは何の躊躇もなく、光の回復魔法を放ちつづけている。
そんな少年の姿を目の当たりにして、ドリスは感動するよりも、むしろ怖くなった。
(まさかサブローは……〝皆を救えるのなら、自分は死んでも構わない〟と考えている?)
ターナダクが飛ばしてきた猛毒の魔法からドリスを庇ってくれた際、サブローは確かに述べていた。
『僕も量産品』
『複数あるもののうちの1つ』
『ここに居る僕は――あちらの世界とこちらの世界、2人のうちの1人』
(〝こちらの世界の自分が死んでも、あちらの世界の自分が生きているから、問題ない〟…………サブローが、そう思っているとしたら――)
ドリスは、言いようのない不安に駆られた。そんな彼女の側へ、サブローが、ぐらつく足取りで近づいてくる。身体の調子はドンドン悪くなっているに違いないのに、彼は決して動くのを止めようとはしない。
「サ、サブロー……」
「やぁ、ドリス」
サブローが笑う。
(どうして、こんな時にまで笑ってみせるの? やめてよ。もっと、足手まといになって迷惑をかけた、馬鹿なあたしを責めるような…………せめて辛そうな表情をしてよ。もう無理をしないで。そこまで、あたしを思い遣らないで)
ポツリポツリと、サブローが言葉を口にする。
「ソフィーさんとレトキンには、回復魔法による緊急の手当てをしてきたよ。取りあえず、一命を取り留めるようにして…………もっと本格的な治療も、やりたかったんだけどね。まだ、ドリスとアレクも居るし……」
少年の説明を遮り、ドリスは切なく響く、掠れ気味の声を出した。
「あたしは良いから、お願い、サブロー。アレク……アレク様の様子を見てきて。アレク様を助けて」
(サブローに『休んでよ。無茶をしないで』って、言いたい。でも今、アレク様を救えるのはサブローだけで、結局あたしは彼に頼っている)
アレクへの思い入れから、サブローに更なる負担を強いる自分を、ドリスは酷く嫌悪した。
サブローは頷き、アレクのもとへ向かったが、あまり時間を掛けずに戻ってきた。
「大丈夫だよ、ドリス。アレクは気絶していて…………傷を負ってはいても、ソフィーさんやレトキンほど危ない状態じゃ無かった。もちろん治療する必要はあるけれど、それは後からでも……」
態度には極力、出さないようにしているものの、サブローの顔色は蒼白で、少しのあいだ喋るのさえ苦しそうに見える。
ドリスは改めて、サブローの姿を眺めた。革製の鎧は壊れ、服は破れ、肉体は傷だらけで、上半身も下半身も血まみれで……大至急に手当てをしなければならないのは、誰よりもサブロー自身であるとしか思えない。
「サブロー。もう何もしないで。すぐに休んで」
「僕への心配は、要らない。じきにキアラもやって来るから、そしたら休むよ」
「キアラが……」
そう呟くドリスへ、サブローはゆっくりと語りかけてきた。
「僕は、あと、ほんの少しだけ……光魔法を使える。その分はドリスへ――」
「あ、あたしのことは、どうでも良いの! 当面であってもアレク様の生命に不安が無いのなら、サブローは、まず自分を大事にしてよ!」
「『あたしのことは、どうでも良い』なんて、言っちゃダメだよ。ドリス」
サブローは治療を続けようとする。
ようやく、ドリスは少年の気質を理解した。
サブローは平時にはいくらでも柔軟な対応をするが、非常時になると、とたんに頑固になる。
(このままだと、サブローは――)
ドリスを救うために、持てる魔力の最後の一滴まで使い切りかねない。自らの生命が無くなることも、平然と顧みずに。
(止めなくちゃ。サブローの行動を)
サブローの足もとは、彼の身体より流れ落ちてくる血で真っ赤だ。傷からの出血は、いまだに止まっていない。サブローの魔力も体力も、いや、生命力そのものが、既にギリギリの段階に来ているはず。
「あたしは本当に大丈夫なの! 魔族も言っていたでしょ! あたしは……ホ、ホムンクルスで、人間には無い〝自己修復能力〟が備わっているのよ。サブローの光魔法による癒やしは、あたしには必要ないんだから。見てよ」
辛い気持ちを押し隠し、ドリスは自身の左腕をサブローへ示してみせた。肩から先が無い、無惨な片腕。切断面には、不自然に出来上がった皮膚が張り付いている。
「ほら。サブローにも、分かるでしょう? あたしは、こんなモノなの」
ホムンクルスである自分。
左腕と右脚を失った自分。
異常な回復力を有しており、やっぱり人間ではあり得ない……そんな自分。
(あたしは――)
ドリスは心の内の葛藤を外に出すまいと、懸命に表情を作ってみせる。
泣き笑いの顔つきになっているドリスを、サブローはジッと見た。
「ドリス……」
「あ! それとも、あれかな? サブローは『男たる者、女性は守り、助けなくては』とか、古くさい考えを持っているのかな? だったら余計、あ、あたしに、これ以上は、関わらないようにするべきよ。あの魔族が話した内容は、正しいの。あたしは、ホムンクルスで……だから性別は無くて……女性じゃ無いのよ……ただの人形なの……」
ドリスの声が、次第に小さくなる。自身の言葉に、今更ながら深く傷つく。
けれどドリスは虚勢であっても……努めて勝ち気な姿勢を崩さず、サブローから視線を逸らさなかった。
すると。
気を張るドリスの視界の中で、サブローはフッと表情を柔らかくした。その優しすぎる笑みに、ドリスは不意を突かれてドギマギしてしまう。
「え? サブロー……?」
「ドリス。君は人形なんかじゃ無いよ。ちゃんとした女の子だ」
「そんな気やすめを――」
否定しようとするドリスへ、サブローは語気を強めた。
「気やすめでは無いよ。あのね、ドリス。僕は、ある特別な能力を持っていてね。《真美探知機能》という……頭がどうかしている……は、言い過ぎか。とことん変な……は、訂正。解釈によっては『恩師』と呼べないこともない、お節介な緑の鬼教官から、その認識力を授けられたんだ」
「は? 真……美……? 緑の鬼教官?」
ドリスを見つめるサブローの黒い瞳の奥に、不思議な輝きが揺れている。
「僕には、見える。分かる。ドリス……君の真の美しさは……姿は…………立派で気品がある、貴族のお嬢様で……同時に元気で明るい……冒険者の女性だよ。そう。君は、いつも頑張っている……可愛い女の子だよ……」
「は? え? か、可愛いって?」
「造られた飾りの美しさじゃ無くて……自然で純粋な美しさが、君にはある…………だから、自信を持って……」
「し、自然? ……な美しさ? え? え?」
頬を紅潮させるドリスの上へ、サブローが無遠慮に覆いかぶさってきた。
「ちょっと、サブロー! いきなり何を――」
思わずアワアワしかけ、しかし、すぐにドリスはハッとする。
サブローの身体が、とても熱い。瞼を閉じ、息は途切れ途切れで、手足は力を失っていた。
(サブロー、意識を無くしている?)
密着したサブローから、彼の心臓の鼓動が伝わってくる。けれど、その響きは、だんだんと弱くなっていっているように思える。
限界を超え、サブローの体力も魔力も、ついに尽きてしまったに違いない。彼の顔を見ると、生気が完全に無くなっている。
「サブロー! しっかりして」
ドリスは悲鳴を上げた。
(誰か、サブローを――)
もしも、この状況で更なる変事が起きたら。
(抵抗できないサブローの生命は……)
そして。
(あたし達は、全滅する)
追加の凶事に見舞われなかったとしても。
どちらにしろ、何もしなければ、事態は最悪の方向へ落ちていくばかりだ。
ソフィーとレトキンはサブローから光魔法による応急の治療を受けたが、依然として重態で、意識を取り戻したわけでは無い。
アレクも気を失っている。サブローも倒れた。
今、この場に居る《暁の一天》のメンバーで動けるのは――――
(あたしだけだ)
あたしが、何とかしなくては。
自分へ寄りかかっている、サブローの身体の重さ。それは、彼の生命の重さだ。この重みを、温かさを、呼吸を、心音を、血と汗と埃にまみれた匂いを……失うことは絶対に出来ない。
ドリスは、サブローの身体をソッと地面に横たえた。右の腕のみによる作業だったため、それだけの事をするのに随分と手間が掛かった。
(やっぱり、片腕と片脚のあたしでは……)
思うよりも、上手くいかない。
もどかしい。
悔しい。
胸が詰まる。
(もっと、もっと、役立たずじゃ無い、あたしに。そうで無いと――)
焦るあまり、むせび泣きそうになるのを、唇をかんで必死に我慢する。
ふと。
ドリスの目に、大地に転がっている己の左腕と右脚が映った。
(あれは、あたしの腕と、あたしの脚)
どちらも、少し前までは、自分の身体にあったモノ。
「…………」
ドリスは這うように、そちらへと進み、まず左腕を掴んだ。それを己の左肩のほうへと持っていき、断面を合わせてみるが…………当然、くっつきはしない。
肩先と、そこより切り離された左腕、その両方の傷口には、新たな皮膚の平面が出来上がっていた。いずれも血液の流出を抑える一方で、接合に関しては、かえって邪魔な〝隔て〟となっている。
奇妙な箇所への、急速な肌の生成――ドリスが人間ならば、あり得ない現象である。
(あたしは、ホムンクルスだから)
そう考えても、ターナダクから告げられた時ほどには、ドリスはショックを受けなかった。
『自分は〝人型製造生物〟』――その事実を、完全に受け入れたわけでは無い。
でも、頭から拒否して、自暴自棄な心境に陥らずにも済んでいる。自分の精神は、踏みとどまっている。
細くても険しくても、未来への道は確かにある。道を照らしてくれる、明かりもある。
『僕にとっての君は、君だ』
『掛け替えのない存在であるのは、君だ』
『君は、いつも頑張っている可愛い女の子だよ』
――サブローが贈ってくれた言葉が、今のドリスにとっては光明だった。ドリスがホムンクルスであることを知って、それでもなお、サブローは、迷いも見せずに言ってくれたのだ。
だったらドリスは〝ホムンクルスである自分〟を否定している場合では無い。この危機に対処するために、皆を救うために、むしろ、その特性を積極的に利用しなくては。
魔族であるターナダクのセリフが、ドリスの脳内に甦る。
『外見を人に擬態しようとするホムンクルスには、己の身体の損傷した箇所を修復する――《自動修理》という性能が備わっている』
あの時には、残酷な単語の羅列としか思えなかった、その宣告。
しかし、今は――――
(うん。そうよ)
ドリスは、覚悟を決める。彼女の視線の先の地面には、紫色の液溜まりがあった。
ターナダクの魔法によって出来た凹みには、現在も劇毒の液体が残っている。ドリスは1個の物体となっている左腕を、右手に持った。それから、左腕の断面を慎重に毒液につける。
魔族は死んでも、彼が放った魔法物質の威力は衰えていなかった。左腕の切断面は紫色に染まり、張り付いていた皮膚が音を立てて溶けていく。そのゾッとする光景を眺め、ドリスは息を呑み――
(気後れしちゃ、ダメだ!)
すかさずドリスは、左肩のほうへ左腕を持っていき、切断部分を合わせてみた。
「く!」
紫の毒液が、左肩の傷口へも伝わり、そこを覆っていた皮膚をも容赦なく溶かす。こちらの断面には先程とは違い、確かな痛覚があって――――肩先が、焼けるように熱い。
(痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!)
ドリスの左肩から脳天へかけて、激痛が走った。
(でも――!)
サブローは……ドリスを庇って、この魔法の毒性物質を背中全体に浴びたのだ。けれど屈せず、ターナダクと戦い続けた。
(サブローが味わった苦しみを考えれば……この程度の痛みに耐えられなかったら、あたしは彼の仲間と名乗る資格は無い)
ドリスは、自分へ言い聞かせる。
(痛みは、生きている証なんだ。あたしは――生きている。サブローも、アレク様も、ソフィーも、レトキンも、生きている)
今、ココには居ないキアラだって。
(皆で、これからも生きていくんだ!)
タンジェロ大地の奥の隠れ家から旅立つときに、師匠はドリスへ忠告してくれた。
『運命の相手に会うのも良いが、それ以外の人との出会いも大切にするんだよ』――と。
(そうだよね、お母さん。アレク様はあたしの運命の相手で、とっても大事な人だけど、同じように、ソフィーもキアラもレトキンも、そしてサブローも、あたしには大切な人なんだ)
苦痛を堪え、意識を集中する。左肩と左腕の、両方の断面の皮膚は毒液によって溶け、どちらも生の傷口が剥き出しになっている。それを強引に引っ付ける。
(あたしは、ホムンクルスで――)
ホムンクルスには、自己の身体の修復能力がある。左腕の肩から肘への部分において、ドリスは意図して、その作用を活性化させた。
〝邪魔なところにある皮膚を排除する〟という、狙った役割を終えた毒液の影響力を次第に無くしていく。
そこから。
壊れた左の上腕部を連結するための、その修理を始める。
まず、骨を繋げる
加えて、筋肉を繋げる。
更に、血管を繋げる。
続いて、神経を繋げる。
傷口が全く合わさったことを確認して、仕上げに表面の肌を繋げる。
(ううっ。痛っ……まるで、腕の中が幾本もの針金で貫かれているような…………でも順調……つぎに)
ドリスは深呼吸をして、左手の先端――5本の指先へ向けて、血液を流し、体熱を伝え、魔力を通した。
ターナダクの魔法《不可視の鞭》によって切り離された、ドリスの左腕。
それが奇麗に接合した。
ドリスは左手の指へ、掌へ、手首へ、肘へ、ゆっくりと力を込める。いまだ上腕部に、かなりの違和感と痛みがある。しかし全て、思うように動いた。
(あたしの左腕、元どおりになった)
――あとは右脚も修復すれば、また皆のために、精いっぱい働ける。
(あたしが人間だったら、左腕も右脚も失ったままで諦めるしかなかった)
ドリスは自分が人間では無くて、ホムンクルスであることに感謝した――――同じ量の悲しみと喜びの感情を、その胸に抱えながら。
《暁の一天》のパーティー内では、メンバー同士は〝名前を呼び捨てにしあう〟のが基本です。けれど今回、サブローがソフィーを「ソフィーさん」と、ドリスがアレクを「アレク様」と言っているのは、それだけ両者に余裕が無くなって、心の中での呼び方をそのまま口に出してしまっているためです。




