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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第八章 双子の女神と2人の聖女

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悪魔の攻撃方法

「良いだろう。貴様と廃棄物、そんなにも仲良くしたいのなら、揃ってこの世から消え失せろ!」


 敵の魔族――男の刃物のごとき鋭い宣告が、僕の耳の鼓膜を叩いた。

 身が引き締まる緊張感を覚えつつ、反射的にターナダクを見据える。


 これは……。


 分かる。ヤツの両の掌から、強烈なパワーが溢れ出している。その波動は大きく膨れあがり、けれど弾けることなく、巨大な――それこそ、僕の知覚範囲を残らず占めてしまうほどの面積、いや、体積となった。透明な存在だが、圧倒的なエネルギーを放っているが故に、否応なしに認識を強制されてしまう。


 く! なんだ? もしや……またも、見えない魔法による攻撃? しかしながら《不可視の鞭》とは比較にならないくらい強大な力――圧迫感を覚えるぞ。


「劣等な人間風情(ふぜい)が……ホムンクルスとともに、惨めに死ね!」


 ターナダクが、憎悪と(さげす)みの声を発する。それと同時に、ヤツが作りあげた魔法の大塊(たいかい)が、こちらへ向かって動き出した。

 その瞬間――背筋が凍りつくような恐怖感、加えて危機感が、僕の中に生まれる。魔族の透明な巨大魔法が……空間を削りながら、近寄ってきている? 


 直感が働き、悟る。今、僕が立たされているのは窮地(きゅうち)どころじゃ無いぞ。あの魔法に呑み込まれたら、僕もドリスも――


「サブロー!」

 ハッとする。


 背後からの、ドリスの叫び。今日、この戦いの場で再会してから、彼女がこれほどの大声を出したのは初めてだ。

 更にドリスは、続けざまに語りかけてきた。喉は枯れていて、それでも僕へ届けようと一生懸命な彼女の助言。


「サブロー。あれは、場所を丸ごと消失させる魔法!」

「な!」


 振り返ってドリスの姿を確認したくなるが、前方へ向けている視線を動かせない。


 彼女の警告どおり、ターナダクが放った魔法の塊が移動するにつれて、その内部に含まれた物体が次々に消えていく。

 死骸となっている4匹のサイクロプスのうちの3匹は、向かい合っている僕とターナダクの中間に位置していたため、あたかも透明な魔法に食われて(・・・・)しまったかのように、ことごとく地上から無くなった。モンスターの肉体のみならず、ヤツらが手にしていた3つの武器――大剣(ソード)槍斧(ハルバード)大鎌(サイズ)も消滅する。


 ――――っ!

 闇魔法の《空間消滅(スペースヴァニッシュ)》か! ターナダクのヤツ、そんな大魔法を!


《空間消滅》は指定したスペースにある事物を全て消し去ってしまう、驚異の魔法だ。しかし闇系統の中でも最上級に位置する魔法であるため、消費する魔力の量も莫大なものとなる。

 加えて今回の《空間消滅》は、僕が知っているものよりサイズが桁違(けたちが)いに大きい。


 ターナダクは魔族の中でも〝強者である〟とは推測していたが。

 まさか、このような切り札を――!


 どう対処する? 僕の背後には、動けないドリスと気を失っているアレクが居るんだ。

 選択肢は、多くない。

 高速で思案を巡らせ、より良い結論を得ようと試みて――(はか)らずも、気付く。ターナダクが《空間消滅》の魔法を撃ち放った方向は……そのまま移動してきた場合、僕とドリスは巻き込まれるが、アレクからは()れる、絶妙な角度だ。


 つまり、ターナダクは僕とドリスは殺すつもりだが、アレクは生きた状態で確保したいと思っているのか? ならば、僕が全力で跳び退けば、何をしなくてもアレクは助かり、生命を失うのはドリス1人で済む。


 最小限の犠牲で敵の攻撃を(かわ)し、反撃のチャンスを掴む。

 一瞬、そんな計算が脳裏に浮かび――――自嘲する。


 極限の状況に直面しているにもかかわらず、出来も(・・・)しない(・・・)妄想に僅かな間でも(とら)われてしまった僕は……ターナダクに劣らない馬鹿だ。


『掛け替えのない存在』であると、『大事な仲間』であると、ドリスへ告げたくせに。その時の、ドリスの表情を見たくせに。自己の生存のみを優先するのか? 彼女を見捨てるのか? 裏切るのか? 破廉恥(はれんち)きわまりない低劣なマネを、僕はやれるのか?


 答えは、決まっている。やれる訳が、無い。


 卑怯なことを考えるのは、別に構わない。僕は小心者だ。でも、小心者だからこそ、実際の行動に移しちゃダメだ。恥知らずな振る舞いで、その場の危機を脱したところで、いずれは自分を許せなくなる。そして、絶え間なく後悔しつつ、挙げ句、みっともなく破滅するだろう。そんな未来は、まっぴら御免だ。


 生き残るのなら、全員で無くちゃ、意味が無い。


 そうだ。逃げるな。全力を出し切れ。ドリスもアレクも自分自身も、今この場で守ってみせろ。

 あの《空間消滅》を防ぐ魔法を、僕は持っているはず。


 片膝を曲げ、地面に右の掌をつけて、叫ぶ。


「《長城風壁キャッスルウィンドウォール》!!!」


 僕とドリスの前面で、大地から晴天へ向けて、魔法の風が吹き上がる。

 通常の風魔法である《風壁(ウィンドウォール)》をはるかに超える、長く、大きく、分厚い〝風の壁〟――その強固な守りに、《空間消滅》の魔法が激突する。


 ふたつの大魔法がぶつかり合い、大気が、大地が、激しく揺れる。


「ぐ――!」

 ターナダクの魔法、なんというパワーだ。長大な風の壁が、容赦なく削り取られていく。マズい。突破され……《長城風壁》が《空間消滅》へ残らず取り込まれ、()し去られた。


 ターナダクの闇魔法は勢いに乗って、僕とドリスへ襲いかかり――は、しなかった。


 新たな《長城風壁》が《空間消滅》の進行を阻む。その《長城風壁》を破られても、更に新たなる《長城風壁》が――

 魔法の壁は、5つ……僕は、五重の《長城風壁》を用意した。1つの壁を突き破るたびに《空間消滅》の魔法は威力を弱めていき、ついに最後の壁に辿(たど)りつく前に、全て消えて無くなった。


 なんとか防ぎきったか……しかし、まさか《長城風壁》を4つも突破されるとはな。


 多分だが、《空間消滅》はターナダクにとって、自分が有している魔法の中で最強のものだったに違いない。魔法を放った結果には、絶対的な自信を持っていたはず。その自惚(うぬぼ)れが、見事に砕かれてしまった。


 ざまぁみろ。ヤツの顔を見ろ………呆然としているぞ。


 ゴフッ。

 手を口に当てる。離して、掌を確認すると、赤い液体がついていた。血を吐いたな。これは、ちょっと良くない状況かも。僕の中の魔力が尽きかけている。それを無理に絞りだそうとして、体力を過度に消耗してしまった。強い魔法を躊躇(ちゅうちょ)せずに連続で発動した代償として、臓器をいくらか、ヤられたみたいだ。


 全身の力が抜ける。立つことが出来ず、両手と両膝をともに、地面についてしまう。くそ! こんなところで、へたばっている場合じゃ無いのに。予想以上に、息が切れている。


 マズい。ターナダクが僕のほうへ歩いてくる。目が霞む。身体が重い。思考が纏まらない。ヤツはもう、すぐ側だ。

 ターナダクと戦うために強引に身体を起こし、鞘に収めていたククリの刃を抜く。その途端、(つか)を握っている右手に鋭い衝撃を覚えた。続いて、刀本体へ二撃目。


 ククリが、僕の手から弾き飛ばされる。くるくると回転しつつ宙を舞い、遠方へ落ちた。今の攻撃は…………あっ! 《不可視の鞭(インビジブルウィップ)》か! 《空間消滅》の大魔法を放ったにもかかわらず、ターナダクのヤツには、まだ別の魔法を使用する余力がある。それに対して、僕は――


 魔力は、ほとんど残っていない。ククリは、手元から失われた。丸腰で、体力も無く、背中に《劇毒侵食》の傷を負っている。無防備な状態だ。


 ターナダクが、赤い瞳で僕を睨む。《空間消滅》の魔法を防がれたのが、コイツにとっては余程の屈辱だったのだろう。憤怒の形相(ぎょうそう)となるや、僕の腹部へ凄い勢いで蹴りを入れてきた。


「ぐ!」


 身体が空中に浮き、落下し、地面に打ちつけられ、なおも止まらずに転がった。外側だけでなく、内臓へのダメージも更に追加され、またも吐血してしまう。


「サブロー!」


 ドリスの悲鳴が耳へと届く。距離が遠くなったからか、それとも聴力が落ちているのか、かすかにしか聞こえない。


 ターナダクの攻撃を防がなくては……必死な思いで立ち上がろうとして、再びヤツに蹴られる。応戦できずに大地に無様(ぶざま)に横たわる僕へ、ターナダクは何度も《不可視の鞭》を振り下ろす。


「この! つまらぬ人間の分際で! 私の魔法に対抗するなど、烏滸(おこ)がましい! 調子に乗るな! 下等生物!」


 ターナダクの見えないムチに打たれるたびに、僕の皮膚は裂け、全身に無数の傷が刻み込まれていく。いくつかの古傷(ふるきず)も破れ、新旧どちらのケガからも出血が始まった。このままだと、(なぶ)り殺しにされる…………冗談じゃ無い!


 力を振りしぼってムチを避け、地を荒っぽく蹴って起き上がる。そんな反応が出来たのが、我ながら不思議だが、これは、今までの戦闘訓練の賜物(たまもの)なのかもしれない。頭で考えるよりも早く、取りあえず、最悪な体勢に置かれた状態から脱しようと、無茶であろうが何であろうが、痛みを無視して本能で身体が動くのだ。


 大地を懸命に踏みしめる。けれど、上半身が頼りなく揺れる。無手で、身体は傷だらけで、血まみれで、魔力も残り僅かで……こんな問題だらけの体調と武力で、ターナダクと戦えるのか? 勝てるのか?


 ターナダクと対峙していると、ヤツは僕の不安を見抜いたらしい。ニヤリと笑う。


「貴様は、少しは魔法を使えるようだな。しかし結局のところ、たかが人間だ。私たち魔族には遠く及ばない、劣等な生き物に過ぎない」


 それは……。


「貴様も理解しただろう。人間は、弱い。魔族には、決して勝てない」


 …………。


「どうした? 黙り込んで。私が恐ろしいのか? 当然の感情だな。人間は魔族の力の前に、ただ怯えていろ。己の無力さに絶望しろ」


 は……。


「おい」


 …………くく。


「貴様――」


 ……くくくく。


「何を笑っている? 恐怖のあまり、気が触れたか?」


 僕は頬に笑みを浮かべるのを止め、ターナダクへ告げる。


「いや。お前の発言が、あまりにも的外(まとはず)れすぎて…………可笑しかった」

「なんだと?」

 と、ターナダクは大きく目を見開いた。


 その様子は滑稽(こっけい)で、眺めていると(たま)らず吹きだしそうになる。


 ……人間は魔族には勝てない? 人間は魔族より弱い? 人間は魔族に及ばない?


 この状況において。

 僕は、ターナダクを恐れているのだろうか?

 ヤツの力に怯えているのだろうか?

 勝敗の行方に、絶望しているのだろうか?


〝勝てない〟と考えているのだろうか?


 そんな事は、あり得ない。絶対に、無い。

 何故なら僕は、知っている。経験している。そう。あの決闘で――――


 左肩から胸へかけての深い傷跡を、意識する。

 その原因となった()の姿を想起し、思わず、口から心の声が漏れた。


「あの決闘で戦った騎士は……」

「騎士だと?」

「お前より、はるかに強かった」

「なに?」

「はるかに恐ろしかった」

「何を言っている?」


 長剣《エターナルムーンライト――久遠の月光》を自在に操る、最強の騎士。


「魔族だから、どうした? 彼……クラウディ(・・・・・)と比べたら、お前なんか、たいした敵じゃ無い。単なる小物だ」

「貴様っ!」


 宣言する。目の前の魔族へ。


「今から、この言葉を証明してやるよ。僕に(つぶ)されろ。そして思い知れ、ターナダク(・・・・・)。人間と魔族――個々の強さに、種族の違いなど、何の関係もないことを」


 次の瞬間。


 電光石火。

 渾身(こんしん)の力で突進し、一気にターナダクとの距離を詰める。不意を突かれた形のターナダクが《不可視の鞭》を振るおうとするが――そんなチャンスは与えない。身体がぶつかるほどの間合いまで接近して、右腕を突き出す。刹那の迷いも無く、ヤツの胸に掌底(しょうてい)を打ち込んだ。


 これは武器を持たない僕の、破れかぶれの素手による攻撃――――では、無い。


「ふん。無駄な抵抗を……この程度の打撃、私には痛くも(かゆ)くも――」


 そこまで言いかけたところで、魔族の顔が歪んだ。


「人間。貴様、何を――!」


 僕は掌から、ターナダクの中へ注ぎ込む。魔法の光の奔流を。


 魔族が苦悶の声を上げる。

「ぐ……人間。よもや、貴様。光魔法を――」


 正解だよ、ターナダク。その察しの良さは評価してやる。


 そう。

 光魔法は、人間・エルフ・ドワーフ・獣人などのヒューマンにとっては治療や回復、浄化に役立つ〝聖なるパワー〟そのものだが、闇属性である魔族の側からすると『毒』としか表現しようが無い、危険なエネルギーに他ならない。


 思い出す。

 ナルドットの路地裏で、僕はオリネロッテ様のメイドであるヨツヤさんと戦った。僕のククリと風魔法の攻撃によって、ヨツヤさんが大ケガを負った際、彼女の治療を行ったのは魔法使いのアズキだ。アズキが光の回復魔法を施すと、それを受けたヨツヤさんは苦痛を感じたのか、悲鳴を上げていた。でも結果、彼女の身体は治っていた。


 ヨツヤさんの瞳の色は、赤だった。加えて細身ながら、何度、打ち倒しても立ち上がってきた、あの頑強な肉体……。

 一方で彼女は、ターナダクが発しているような魔族特有の禍々(まがまが)しさを身に纏ってはいなかった。まぁ、陰々滅々とした雰囲気を常時、ヨツヤさんは(かも)し出していたけれど。概して彼女は人間的であり、そして女性的な匂いも兼ね備えていた。


 おそらくだが……ヨツヤさんは魔族と人間、両方の血を受け継いでいるんじゃないか?

 アズキの光魔法による処置は、ヨツヤさんの人間の部分にとっては治療行為で、魔族の部分にとっては加害の意味合いを持っていた――そういう事なんだと思う。


 つまり魔族側からすると、光魔法は〝害を及ぼしてくるパワー〟であり、ズバリ〝警戒すべき対象〟なのだ。


 しかしヒューマンが魔族との戦いで、光魔法を攻撃手段として採用した例を、僕は聞いたことが無い。 

 ナルドットの冒険者ギルドの研修でも教えられた。魔族に出会ったら、まずは逃げろ。やむを得ず戦闘となって、己が魔法を使える場合には、水魔法で目くらましをするか、風魔法で牽制するか、火魔法で少しでもダメージを与えるか――どちらにしろ、光魔法の使用は、最初から選択項目に入ってはいなかった。


 理由は主に3つ。


 1つめ。そもそも、ウェステニラで光系統の魔法を扱える者は極めて少ない。居たとしても、基本的に治療・回復担当のポジションであり、戦いの場面に出てくることは滅多にない。


 2つめ。グールなどのアンデッドモンスターを浄化・消滅させるようなケースはともかく、光魔法で魔族を攻撃したとしても、どれほどの効果があるかは疑わしい。光の魔法は、癒やしの魔法なのだ。いかに魔族にとって有害なパワーであっても、主に影響するのは精神へのほうであり、肉体へは痛みを与えたり、体調を悪化させるのがせいぜいで、相手を物理的に大きく破壊することは出来ない。まして、殺すまでには至らない。普通の光(・・・・)ならば(・・・)、それは無理だ。


 3つめ。何よりも、ウェステニラの人々にとって、光魔法は〝聖なるもの〟であり、その尊い力を破壊や殺傷の方法にするという発想は、常識から外れすぎていて、浮かぶ可能性はあり得ない。人は禁忌に触れる思考を、無意識のうちに拒否してしまう。


 ウェステニラのヒューマンは、光魔法で他者を攻撃したりはしない。たとえ、魔族を敵として戦っている場合においても。


 しかし、僕は――

 光魔法を使う。ターナダクを倒すための道具として。


 掌を通して、ターナダクの中へ光魔法を打ち込み続ける。性質を変化させた、光の魔法を。用途は治癒や回復ではなく、あくまで破壊と殺傷だ。目的へ向かって、魔法を最適化する。薬を毒へと変質させるように。


 光とは……それぞれ固有の波長・振動数を有する電磁波だ。良薬を猛毒へ――意図的に、光の波長を短く、振動数を多くしていく。


 可視光線の色が温かな黄色から冷たい青色へ、更に紫色へ、そして目には見えない領域の紫外線へ、紫外線をエックス線へ、エックス線からガンマ線へ、より波長を短く、より振動数を多く、凶器となった光魔法――高エネルギーの電磁波によって、敵の細胞を破壊していく。


 光の粒子による、生命への殺傷活動。加えて魔法としての特性を存分に利用して、闇を抹殺する方向へ光の要素を臨界まで変異させる。

 凶悪で、罪深い……こんな光魔法の使い方は、ウェステニラに生まれた人々には出来ない。現代の地球から来た、その地の科学知識を持つ僕だから出来る、悪魔の使用法だ。


 でも、僕は、やる。勝つために、やる。殺すために、やる。


 ターナダクの身体の内部が、僕の光魔法によって、どんどん壊れていく。


「おのれ……人間……貴様は……」


 必死の抵抗を示し、ターナダクが右手を振るった。僕の首に透明な何かが巻き付く。魔法の《不可視の鞭》か――


 見えない鞭を使って、ターナダクが僕の首を締め上げてくる。窒息死するよりも先に、切断されてしまう可能性が高い。けれど、それに構わず、光魔法による攻撃を続ける。僕の体力も魔力も、そして気力も、とっくに限界だ。ここでターナダクに勝利できなかったら、僕も後が無い。ひとまず防御に専念したところで、改めて攻めに転じる力は残っていない。いったん退()けば、どのみち、死ぬのは僕のほうになる。


 だったら。 

《不可視の鞭》によって僕の首が落ちるのが先か、光の魔法攻撃によってターナダクの命脈が尽きるのが先か――


 ゴボッ……と。

 ターナダクが口から、黒い血を大量に吐き出した。ヤツの目からも耳からも鼻からも、血が噴き出している。気付くと、僕の右腕はヤツの胸を破り、背中から突き出た状態になっていた。


 実感し、理解する。僕の掌打(しょうだ)はターナダクの肉体を貫き、同時にヤツの心臓を打ち砕いた。


 魔族といえども、心臓は1つ。光魔法の()によって、他の体内器官もズタズタな、酷い具合になっている…………その上、心臓を潰されては、生きていけるはずも無い。


 僕の首を締め付けていた圧迫感が消えた。致命傷を負ったターナダクは、《不可視の鞭》の魔法を維持できなくなったのだろう。

 それでも最後の力を振りしぼっているのか、ターナダクが赤い瞳の輝きを(にぶ)らせながらも、僕へ強い視線を向けてきた。


 目元は険しく引き()っているのに、口もとは…………コイツ、笑っている……?


「ふん。人間……光の魔法を、相手を殺すための道具にするとは……しかも邪悪な方向へ変化させて……その思考と行動……貴様は…………私たち魔族以上に、魔族的な男だな…………」


 僕が……魔族的?


「ターナダク。僕の名前は、サブローだ」

「……魔王様。レハザーシア様…………役目を果たせず、申しわけ……ありません……」


 腕を、ターナダクの胸から引き抜く。

 魔族の肉体は、大地へ崩れ落ちた。


 仰向けに倒れているターナダクの身体を、確かめる。カッと目を開いているものの、動き出す気配は少しも無い。胸には大きな穴が開いていて、手や足からは、完全に力が抜けている。


 ターナダクのヤツ、最期まで僕の名前を訊こうとはしなかったな。教えてやっても、丸っきり無視しやがった。


 …………。


 ウェステニラには、屍食鬼(グール)腐屍者(ゾンビ)のような死体が活動する〝魂なき怪物(アンデッドモンスター)〟は存在している。しかし、死を無効化してしまう《蘇生(そせい)魔法》の類いは無い。魔法は、奇跡では無い。だから…………ターナダクは間違いなく、死んだ。僕が、殺した。

 ターナダクは魔族であり、ヒューマンでは無い。けれど人間に極めて近い容姿であって、人間に劣らぬ知性を持っていて、人格があって、彼固有の信条を有していて……そんな男の生涯を、僕が断ち切った。


 ウェステニラに来て

 動物型のモンスターを殺して

 人型のモンスターを殺して

 最低最悪の方法で、魔族を殺して


 この次は――――


 死者となったターナダクの表情が、僕の行く末を嘲笑(あざわら)っているかのように見える。


 ターナダクを倒した光魔法による攻撃方法は、彼が魔族であったが故に、より一層の効果を発揮したが、多分……ヒューマン相手にも、充分に活用できる。標的を殺すための手段として。


 人間・エルフ・ドワーフ・獣人――ウェステニラのヒューマンにとっては、光魔法は〝聖なる魔法〟だ。その光魔法によってヒューマンの生命を奪ったら、僕は正真正銘《ウェステニラの悪魔》になるな。


 …………。


 息を吸い、吐き、頭を軽く振る。《不可視の鞭》によって締められた首に、痛みを感じる。しかし、幸いにも軽傷で済んだようだ。

 余計なことを、考えている暇は無い。体力はほとんど無くて、魔力もギリギリしか残っていない状況だが、それでも、すぐに《暁の一天》の皆の治療を始めなくちゃ。今度は、正しい(・・・)光魔法の使い方で。


 良し。まずは――

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても素晴らしい戦闘描写でした。読み応えもあり、緊迫感もあり、楽しく読ませて頂きました。読みいってしまいました。激闘だったので、サブローの葛藤については、そういえば、という感じでした。
[良い点] 勝利! [気になる点] 「良し。まずは――」←地味に気になってます。 [一言] いやー、厳しい戦いでした。 しかし知性ある者との戦い・勝利はサブローの精神を蝕み、沼の深みへと…… なんて…
[気になる点] クラウディさんまだまだ出番ありそう [一言] サブロー大勝利!希望の未来に・・・ レディゴーするにはだいぶボロボロっすねぇ やっぱりどっかで完全回復させるか 仙豆の類食べなきゃですよ…
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