君と僕は同じだから
魔族ターナダクが放った、劇毒の闇魔法。その狙う先に居るのは――――ドリスだった。
恐るべき猛毒の物体が、凄いスピードで迫っていく。どれほどの被害に遭うか分からない危機的状況であるにもかかわらず、ドリスは凍りついたように動かなかった。いや、動けなかった。彼女の全身は傷だらけで、疲労の極みにある。まして、右腕と左脚が無いのだ。避けようにも、ろくに動けるはずも無い。
このままでは、彼女は――!
「ドリス!」
我知らず、叫んでいた。全速力で駆け寄る。間に合うか!? 《劇毒侵食》は基本的に、人間を含めた生物全般へダメージを与えるための魔法だ。土や砂には、それほど大きな効き目は無い。なのに、毒の飛沫を受けた大地は、あんな無惨な――多くの凹みに、紫色の液溜まりが出来た状態になっている。
ただでさえ、ドリスは深傷を負い、ボロボロな身体だ。この上、あの毒液を浴びたら、生命を落としかねない。
前傾姿勢で、全力で跳んだ。倒れているドリスを抱え込むようにして、庇う。
間一髪。
猛毒の立方体が破裂した。紫の液体が飛び散る。咄嗟に風魔法を発動して、大気中の毒液を上方へ吹き飛ばそうと試みた。同時に水魔法を展開し、背面への防御を行う。
風魔法と水魔法、2つの系統の魔法を使って防いでみても、なお――
「サブロー!」と、ドリスの悲鳴。
――く! 背中に激痛が走る。ダメージを完全に無くすことは出来なかった。劇毒の液体は、水魔法の防護膜を突破したらしい。着用していた革の鎧も服も溶かされたのだろう。有害な毒の物質が直接、皮膚に触れる。
あたかも、腐食性の強い酸で、焼かれたような感覚…………が、懸命に歯を食いしばり、苦痛の声は漏らさない。
何故なら、腕の中に彼女が居る。
「大丈夫? ドリス」
「あ、あたしのことなんかより、サブローが……!」
幸い、ドリスに毒液の飛沫は掛からなかったようだ。一方、僕のほうは……背がどうなっているのか、考えたくはない。革鎧や衣服、更には皮膚が焼けているらしき異臭がする。背中の肌は損傷し、爛れ、大火傷を負っているみたいになっているに違いない。あまりの痛みに頭がクラクラする。
それでも『気を失って、楽になる』などという逃避を享受する贅沢は、今の僕には許されない。
まだ、倒すべき敵が残っている。そして、僕は……戦う。戦える。大丈夫だ。背のケガは、深刻な傷では無い……はず。誤魔化しだろうが錯覚だろうが、そう信じ込む。身体のショックを精神のショックへ、繋げるな!
無理を押しつつ、立ち上がろうとして、見上げてくるドリスと視線が合った。
意識して、口角を上げる。ドリスの目に映る僕の表情は、正しく笑えているか?
「心配は要らないよ、ドリス。僕は平気だよ」
「そんなわけが!」
「言ったろう? 『あとのことは全て、僕に任せて』と。僕は、自分の仕事をしているだけさ」
「サブロー……」
だから、そんな泣きそうな顔をしないで、ドリス。君には、いつもの生意気そうな、でも活き活きとした表情が似合っている。
僕とドリスの会話を遮るように、やや遠くより、男の声がした。
「おやおや? その廃棄物を庇ってケガをするとは、貴様も馬鹿なマネをしたもんだな」
背の痛みを堪えながら身体を起こし、振り返り、眺める。ターナダクが、もと居た場所からほとんど動かずに、僕へ話しかけてきていた。その姿勢も喋り方も、ぞんざいだ。最初に僕が煽ったせいか、戦闘が長引いた結果かどうかは知らないが、どうやら、エセ紳士の仮面はスッカリ外してしまったらしい。魔族本来の野性味と、特有の残酷さが、剥き出しになっている。
僕はターナダクの魔法《劇毒侵食》によって、傷を負った。ここは僕へトドメを刺すために、一気に畳み掛けるように攻めてきてもオカしくは無いが……ヤツは僕からの反撃を警戒しているのか、数歩ばかりの距離しか近づいてきてはいなかった。
ターナダクは、僕へ決定的な打撃を与えるチャンスよりも、己の身の安全のほうを優先したようだ。ヤツが〝肉を切らせて骨を断つ〟戦い方を好むタイプじゃ無くて、助かった。
正直、今の僕の身体の状況は、相当に辛い。
あの紫色の立方体は《劇毒侵食》の闇魔法を5つか6つに分割して、効率よく攻撃するためにターナダクが編み出した技であったに違いない。僕はその最後の1つを、背中に食らってしまった。けれど闇魔法の威力も等分されていたために、毒による影響はそれだけ低くて済んだ。簡易な急ごしらえであったとはいえ、風魔法と水魔法によって防御を施したのも良かった。受けたダメージは決して小さくは無いが、戦闘を続ける力を全て喪失してしまう程では無い。
しかし、僕の負傷の具合をターナダクに悟られるのは避けたい。両脚に力を込めて直立し、ドリスとターナダクへ半々に目を向けられる体勢を取った。ターナダクへの警戒を緩めることは出来ないが、ドリスの様子も気になっている。彼女の失ってしまった左腕と右脚…………ターナダクは、身動きできないドリスを標的にして、魔法を放ってきた。再び、同じような攻撃をしてくる可能性がある。ならば、僕は今から、どのような行動を取るべきか――
思案する僕の耳へ、ターナダクの不快な響きの声が届く。
「ふん。傷を負い、なのに懲りずに、その廃棄物を守り続けるつもりか? 〝愚か者〟を通り越して、もはや貴様は〝戦士失格〟だな」
コイツ、言わせておけば!
戦闘中である以上、可能な限り冷静でなければならないことは分かっているが…………『廃棄物』という、ドリスに対してターナダクが発する酷い単語に、怒りの感情が激しく湧き上がる。
「廃棄物……とは、お前は何を言っている!?」
「尋ね返してくる必要など、無かろう。貴様の傍らに転がっている『ドリス』という名の人形のことだ。ソイツは廃棄物以外の、何モノでも無い。出来損ないの器だ」
人形? 廃棄物? 器?
「魔族! お前! そんなふざけた呼び方を、彼女にするな!」
「別に、私は冗談を口にしている訳では無い」
僕の怒声を聞き流し、ターナダクはドリスへ侮蔑の眼差しを向けた。
「ソイツは、紛うことなき廃棄物だ。そもそも、貴様がソイツを『彼女』と呼ぶのも間違っている」
「はぁ? 何を訳の分からない、たわ言を――」
「ソイツは、人間では無い。ソイツは私たち魔族に造られた存在――〝人型製造生物〟なのだから」
その瞬間、頭の中が真っ白になる。ターナダクが発した言葉の内容が衝撃的すぎて、すぐさまには理解できない。脳内で整理し、把握するのに時間が掛かった。
ホムンクルス……? 関連する知識を持ってはいるが…………確か〝魔術師や錬金術師が研究と実験の末に製造に成功した、ヒューマンタイプの生命体〟のことだったはず。
そのホムンクルスが、ウェステニラにも存在している? そして、ドリスがそれだと?
さすがに動揺を覚え、思わずドリスへ目を遣ってしまった。
ドリスは……俯いていた。上半身は辛うじて起こしていたが、僕の視線を避けるように頭を下げている。金髪に隠れて、その表情は見えない。しかし、肩は小刻みに震えていた。
ドリスの自慢の髪型であったツインテールの片方が解けて、垂れ下がり、その先端は地面について、土まみれになっている。加えて彼女の細い首の白さが、奇妙なまでに鮮やかで……その情景は、言いようのない哀感となって僕の胸へ刺さってきた。
「ソイツの手足の切断されている箇所の、不自然な治り方を見れば、分かるはずだ。普通の人間は、そんな風に傷口が塞がったりはしない」
と、傲慢な口調でターナダクが言い放つ。
……それは、僕も気になってはいた。ドリスの右腕と左脚で、先の部分が切り離されている断面を、皮膚がキレイに覆っている。地上に落ちている彼女の片腕と片脚の現在の形状も含めて、そこのところ異様であり、口には出さずとも、目にするたびにマネキンめいた印象を覚えずにはいられなかった。
「ドリス……」
僕が問いかけても、ドリスは返事をしない。彼女がターナダクの発言に反論せずに黙ったままなのは……つまりは、そういう事なのだろう。
ターナダクは、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「ソイツはホムンクルスで……故に〝性〟は無い。飾っている見掛けとは異なり、女性ではあり得ない。もちろん、男性でも無い。『自分は公爵令嬢』という偽りの記憶を植えつけられた、惨めな生き物に過ぎない。いや、ある意味では、生き物ですら無い。擬似生命体……人間の模造品だ」
魔族の口から吐き出される、残酷な言葉の羅列。
その暴力的な重さに圧迫され、僕もドリスも沈黙を強いられる。
「どうした? 人間の少年。ソイツが自分と同じ種族――人間では無いと知って、ガッカリしたか? それとも、ヒトのまがい物が〝少女のふり〟をしていた事実に『騙されていた』と腹が立ったか?」
嫌みな態度で、ターナダクは喋り続ける。
「仲間と思っていた相手、己が命懸けで守ろうとしていた相手が、実は単なるゴミだった……貴様の感情が今、どのように荒れ狂っているのか、少しばかり興味がある。ぜひ私に教えて欲しいものだ」
挑発的な魔族のセリフを耳にして、僕の気持ちは――――
実のところ、ドリスの正体を知って、内心ではストンと腑に落ちるものがあった。
出会ってから、ずっと彼女へ抱いていた違和感――〝ドリスは普通の女性とは、根本的なところで、何かが異なっている〟――その理由が分かって、むしろ心の中がスッキリする。
僕がドリスを完全に見限るようにさせたいのか、ターナダクは、追加の情報まで得々と語り出した。
「聞いておけ、人間。過去に私たち魔族の研究者の手によって、ソイツと同じホムンクルスは他に4体、造られた。金色の長髪に紫の瞳、白い肌――と、全く同じ容姿のものが……な」
「全く、同じ――」
僕の喉から、掠れた声が出る。
……あ……それは…………。
「そうだ。5体のソックリ人形だ。もっとも、そのうちの4体は製造早々、自我を持った途端に、精神が崩壊して狂ってしまった。ソイツだけは何故か目覚めなくて、役立たずとして廃棄された。すると、私たちの知らないところで、勝手に動き出したのだ。そしてヒューマンたちの世界へ、図々しくも入り込んだ……後になって判明したことだがな」
「…………」
「量産された、5体のうちの1体。しかも不良品。人間のマネをしている、生命もどき。そんなヤツが厚かましくも仲間面していたなどと、貴様も気味が悪いと思って当然だ」
クックックと、ターナダクは口を歪めて笑った。
魔族め。何を見当違いなセリフをグダグダと…………いつまでも、コイツに言わせっぱなしにして堪るか。
対抗しようとして、心身の消耗のためか、少し、ふらつく。
くそ。背中が焼けるように熱いな……けれども、その痛みを逆用して、意識を立て直す。ドリスのために……違うな。自分のためにこそ、ここはシッカリと言葉で表明しなくては。
大地を踏みしめ、僕は魔族の男へ告げる。
「気味が悪い? 微塵も、そうは思わない。むしろ、親しみを感じる」
「は?」
僕の発言に、ターナダクが呆気にとられた顔になる。
ドリスはノロノロと頭を上げ、僕を見た。どう反応すればいいのか分からない――そんな思いが窺える、彼女の表情。困惑しているような、探るような、しかし縋っているようでもある、その瞳。
ドリス……怯えている? ターナダクに対してでは無く、僕に? どうして?
〝いちど肯定されて、期待を抱き、けれどそこから、改めて批判や否定、あるいは拒絶される可能性〟について、考えている? そうなるのを、怖れている?
それなら――
僕はドリスに、優しく微笑んでみせた。少しでも、彼女の心の中の波がおさまることを願いながら。
続いて再び、ターナダクと対峙する。強い意志を込めた視線を向けつつ、ヤツへ言葉を投げつけた。
「魔族。お前の述べたいことは、それだけか。ささいな話だったな。聞いたところで、ドリスへの僕の感情は何ら変わりようが無いぞ。かえって、良くなったぐらいだ」
僕の言明を耳にして、ターナダクは面喰らったらしい。口早に言い返してくる。
「貴様、強がりを言うのは止めろ。人間がホムンクルスに対して、好意を抱くはずは無い。まして正体を隠して、人間のフリをしていたのだ。そんな偽装生物へは、嫌悪の感情と敵意を持つに、決まっている」
「魔族が〝人間の情〟を語るなんて、お前は本当に馬鹿だな」
「なんだと?」
「だいたい、僕がドリスを嫌ったり、敵だと思ったりすることなど、絶対にあり得ない。ホムンクルス? 5体……いや、5人のうちの1人? それが、どうした? 僕だって、似たような存在だ」
ああ、そうだ。
僕もドリスも、何も変わりはしない。
何故なら――
一瞬、間を置いて。
ドリスにも聞こえるように、ハッキリと口にする。
「ここに居る僕は――あちらの世界とこちらの世界、2人のうちの1人なんだから」
「貴様が……2人のうちの1人?」
「その通りだ、魔族。要は、僕も量産品さ」
〝自分も量産品だと? 追い詰められて、よもや、この人間は錯乱したのか?〟という顔をしているターナダクを見て……もとより、お前に僕の事情を理解してもらおうなどとは思わない。しかし、ドリスには分かって欲しい。
僕はドリスへ振り向き、彼女をジッと見つめた。
「ドリス。僕は君と同じだよ。複数あるもののうちの1つで……だから、自分の〝存在する理由〟や〝同一性の確認〟に悩むこともあるよね」
認めよう。
夢か現か。ボンザック村を訪れる前の日の晩に、爺さん神から〝分霊〟の話を聞かされたとき、僕は大きなショックを受けた。
自分以外の、自分が居る。
現代の日本では、もう1人の僕――間中三郎が平然と生きている。おそらく彼は、家族や友人たちと楽しく、普段通りの生活を送っているに違いない。
だったら、この僕――ウェステニラに居るサブローは、何なんだ? 彼と同等な存在? 類似品? コピー? それとも贋作?
悩んで、迷って、苦しんで……ようやく出した結論は、単純なものだった。僕は、僕だ。
ミーアと
シエナさんと
フィコマシー様と
――出会ったのは、他の誰でも無い。僕だ。冒険者パーティー《暁の一天》のメンバーとなっているのは、この僕だ。ウェステニラのサブローだ。地球の日本で過ごしている間中三郎では、無い。
だから、ドリス。僕は君に、言う。
「ドリス。僕は君がどのような存在であるのか、詳しくは知らない。過去から現在、そして未来においても、君は僕を含めた他者へ、打ち明けられない事情を抱えているのかもしれない」
「…………」
「けれど、そんなことは関係ないよ」
「え?」
驚いたように、ドリスが目をパチクリさせる。
そんな彼女へ、一語一語、強調しつつ、ゆっくりと語りかけた。
「僕にとっての君は、君だ。君だけだ。ホムンクルスだとか、複数居るうちの1人だとか、たいした問題じゃ無い」
「で、でも……」
ドリスが瞼を伏せ、口ごもる。
……頼むよ、ドリス。分かってくれ。
これは、君への同情や慰めから出ている言葉じゃ無い。この道理で、僕は自分自身のあり方も納得してしまいたいんだ。
「掛け替えのない存在であるのは、君だ。僕の目の前のドリスが、君こそが、《暁の一天》の一員で、僕の大事な仲間で、一緒にモンスターへ、敵へ、立ち向かった戦友なんだから。アレクたちにとっても、きっとそうだよ」
静かに話そうと努めつつ、それなのに声に熱が入るのを感じる。もしかしたら、ドリス以上に僕のほうが、安心や共感を求めているのだろうか――?
僕の真情が、ドリスに伝わったらしい。おずおずと、彼女は僕の名前を口にする。
「……サブロー」
「悩んでも良い。迷っても良い。出来れば苦しんで欲しくは無いけれど……たとえ苦しんだとしても、その事だけは忘れないで」
「…………」
「偉そうなことを言って、ゴメンね。でも、これは君と類似の境遇である僕からの、お節介なアドバイスと思ってもらえれば嬉しい」
「……うん」
ドリスが、こっくりと頷く。その顔色は冴えないままだけど、彼女の中にある〝怯えの感情〟は少し収まった……そんな気がする。
ドリスとの間に、何らかの心の繋がりが出来た――と僕が感じた、その時。
「ハーハッハッハッハ」
魔族の男の高笑いが、辺り一面に響く。
「くだらない。心底、くだらない。底辺同士が、精神の傷を舐め合っている様など、見るのも聞くのも厭わしい。ふん。考えてみれば、人間など、しょせんは私たち魔族と比べれば、ホムンクルスと大差ない下等生物」
そう吐き捨てるや、ターナダクは赤い瞳を僕へ向け、更に両腕を大きく前へと突きだした。
「つまらない妄言をゴチャゴチャと。〝虫酸が走る〟とは、まさにこの事だ。良いだろう。貴様と廃棄物、そんなにも仲良くしたいのなら、揃ってこの世から消え失せろ!」
次回、8章のクライマックスです。




