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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第八章 双子の女神と2人の聖女

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両刃一閃と劇毒破散

 魔族との戦闘が始まる。


《暁の一天》の皆へ早急に手当てをしなければならないことを考えると、僕にはあまり時間が無い。それは確かだ。

 すぐにでも勝負を決めるために、敵へ詰めよろうとする。すると、魔族のターナダクはサッと後方へ移動して、僕との距離を取った。


 ――くそ!

 先ほどの(あお)りには、相手の性格を推し測った上で、その内面を乱して、攻防を有利に運んでやろうとの意図があったのだが……ターナダクのヤツは、激高(げきこう)しながらも肝心なところで理性を失ってはいなかった。おそらく己の精神をクールダウンさせるために、一旦、僕から離れたのだろう。


 狡猾(こうかつ)……というよりも、それだけ、ターナダクは戦いに慣れているに違いない。やはり、簡単に罠には引っ掛かってくれないようだ。


 僕を(にら)みながら、甲高い声でターナダクが叫ぶ。


「サイクロプスへ命じる! アイツを始末しろ!」 


 ヤツが放った魔族語の言葉は、モンスターであるサイクロプスたちに、どの程度、通じているのか?

 ともかく、その命令の意味は理解できたらしい。3匹のサイクロプスが猛然と、僕へ襲いかかってきた。


 この事態に、むしろ僕はホッとする。あのモンスターどもは、瀕死の状態にあるソフィーさんとレトキンの側に武器を持って立っていた。正直、いつアイツらが無防備に横たわっているソフィーさんらへ最後の一撃を加えたりしないか、気が気で無かったのだ。


 殺意を僕のほうへ向けてくれるのなら、逆に大歓迎だ。


 地響きを立てながら迫ってくる、3匹のサイクロプス。振りかざす武器は、それぞれ〝両刃の大剣(グレートソード)〟と〝槍斧(ハルバード)〟そして〝戦闘用大鎌(ウォーサイズ)〟だ。8ナンマラ(4メートル)もの巨大な体躯、たくましい手足、その戦闘力はゴブリンやオークは勿論、トロールさえも大きく超えている。頭も良い。恐るべきモンスターではある……が、弱点がないわけでは無い。


 それは顔面の中央にある、大きな一つ目だ。


一つ目巨人(サイクロプス)を倒したいのなら、まず、その目を狙え』――これは、サイクロプスと戦う場合の鉄則だ。


 (ゆえ)に――!


「《氷槍アイスジャベリン――三連続(トリプル)》!!!」

 3匹のサイクロプス、その各々の(まなこ)へ向けて、ほとんど同時に魔法を放つ。


《氷槍》――水魔法の変種である、氷の魔法。空気中の水分が集約・冷却されて、槍のような形状の氷の物質となり、サイクロプスを目掛けて飛んでいく。3本の氷の槍が(まと)としているのは、3匹のサイクロプスの目。命中すれば大ダメージを与えられるし、上手くいけば戦闘不能へ追い込むことも出来る。


 けれども、サイクロプスは知能が高い。無論のこと、己の弱点が〝目〟である事実については承知している。

 3匹のモンスターは、手に持つ得物(えもの)を巧みに振るって、飛んでくる氷の槍を防いでみせた。


 大剣(ソード)槍斧(ハルバード)大鎌(サイズ)――3つの武器によって、即製の氷の槍は木っ()微塵に砕かれる。空気中に散乱した氷の破片がキラキラと陽光を反射し、血なまぐさい戦いが行われている現場とは思えない、幻想的な光景を演出してみせた。


 しかしその直後、3匹のサイクロプスの目に魔法の攻撃(・・・・・)が命中する。


 どのサイクロプスの一つ目もザックリと切り裂かれ、そこから濁った血が勢いよく噴き出した。いずれの傷口も大きく、3匹ともに失明したのは間違いないはずだ。


 ――そう。

 僕は3つの《氷槍》を繰り出して、間髪を入れず、更に3つの《風剣(ブラストソード)》をも、撃ち放っていたのだ。


《風剣》は風系統の魔法において、《風刃(ウィンドカッター)》より強い攻撃力を持つ。魔力の消費量が《風刃》より大きいのが難点だが、今は確実にサイクロプスの目を潰すことのほうが重要なので、敢えて使用した。

 獣人の森での戦いで、あの巨大白蛇(ホワイトカガシ)の目へ撃ち込んだのも、この突風の(つるぎ)――《風剣(ブラストソード)》だ。


《風剣》は、風魔法の1つである。当然ながら、視覚では認識できない。けれどサイクロプスは、その巨体に似合わず、敏捷(びんしょう)に動ける賢いモンスターだ。もしも《風剣》のみが直接に飛来してきたのなら、迫ってくる魔法の気配を察して、対処できたに違いない。だからこそ僕は《氷槍》の後ろに隠れるタイミングで、《風剣》を射出した。

 3匹のサイクロプスからしてみれば、氷の槍を破壊して息をついた瞬間、風の剣が目に刺さっていたという訳だ。どうして己の目が負傷したのか、いまだに理解できてはいないだろう。


『グギャァァァァ!』『ガァァァァァァ!』『ゴォォォォォォ!』


 3匹のサイクロプスは顔面を血まみれにしつつ、苦悶(くもん)の叫び声を上げた。それでも武器を手から離さないのはさすがだが、滅多やたらに振りまわしている。暗闇に閉ざされてしまった視界の中で、僕からの次の攻撃を警戒しているらしい。


 ここでサイクロプスを、いっぺんに始末する! ――と、直接戦闘へ踏み出す前に、刹那(せつな)、思考する。


 サイクロプスの肉体は、とても頑丈だ。ククリの分厚い刃であっても、通常の一撃で深傷(ふかで)を負わせるのは難しい。強力な魔法を放てばトドメを刺すことも可能だろうが、今は魔力を出来るだけ節約したい。 


 本命の敵は、ターナダク――あの魔族なのだ。


 力の消耗は、最小限に抑えたい。それには相手の欠点を見きわめ、そこを攻めるのが、最良な戦術であるはず。


 サイクロプスは知力も体力も優れているモンスターではあるが、基本的に単独での行動を好み、集団で戦うことに慣れていない。仲間意識も低い。ついさっき、僕は〝鎖つき鉄球(モーニングスター)〟を持つサイクロプスを倒したが、他のサイクロプスは眼前で同種のモンスターが殺されたにもかかわらず、気にしている様子を見せなかった。


 同胞感覚の欠如……その特性を、利用させてもらおう。


 槍斧を持つサイクロプスと、大鎌を持つサイクロプスの間に入り、両方へ、刀のククリを使って連続攻撃を仕掛ける。

 2匹のサイクロプスの腕へ、脚へ、胴体へ、ククリを何度も振るう。深刻なダメージとはならないが、しかし目が見えない状態で己の肉体が傷つけられていくのは、如何に屈強なモンスターとはいえ、耐えがたい苦痛だろう。どちらのサイクロプスも、武器を力の限りに振って、僕へ逆襲しようとしてくる――――闇の中で詳細は分からないながらも〝敵のだいたいの位置は、ここだ!〟と考えて。


 そういう風に、僕が誘導したから。


 その結果は……向かい合った2匹のサイクロプスのうち、1匹は槍斧で胸を貫かれ、1匹は大鎌によって脳天を真っ二つにされた。同士討ちである。サイクロプスの怪力で、巨大な武器が振るわれたのだ。受けた攻撃は、双方にとって致命傷となった。

 2匹のサイクロプスは絶命し、いずれも大地へ崩れ落ちる。このモンスターたちに、同じ戦場に立っている〝味方〟への配慮が欠片(かけら)でもあったら、異なる展開もあり得たかもしれない。けれど、そうでは(・・・・)無かった。


〝個〟の力量のみに頼る心理構造は、集団で戦う際には()とはならず、かえって()となる……この危うさについては、僕自身も注意しなければ。


 怪物を2匹、片づけた。


 残るは、1匹。両刃の大剣を持つサイクロプスだ。アイツを打ち倒すには…………そうだ。最初のサイクロプスを()った、あの抜刀術。もう一度、あれを行ってみよう。無意識に放った技だけに、その仕方を試して、効果の再確認もしておきたい。


 深呼吸して、気を静める。


 ククリの刃を(さや)へ戻した。(つか)にゆっくりと手を掛けて……魔法を発動し、鞘の中の刃へ風を(まと)わせる。

 ミーアの父親であるダガルさんから譲り受けた、このククリ。地球のククリナイフに似た形をしているが、刀身は長めで、切るための刃は湾曲した内側では無く、外側についている。その点は日本刀と同じだ。


 したがって鞘の角度を調節しつつ刃を高速で抜けば、手首を返さず、一呼吸の間に、そのまま敵を斜め方向に斬り上げることも可能だ。そして斬撃に風魔法の《風刃(ウィンドカッター)》を重ね合わせれば、威力は倍増――いや、数倍増になる。


 このオリジナルな技で、最後のサイクロプスを(ほうむ)ってやる。


 右手は柄に、左手は鞘に添える。視力を失ったパニックは収まったのか、敵は大剣を構えつつ、辺りの様子を慎重に(うかが)っている。目は見えずとも、耳や肌で戦場の雰囲気を感じ取っているらしい。何者かが自分に近づいてきたら、即座にその方向へ攻撃を仕掛ける気なのだろう。

 実際、あの大剣は、危険きわまりない武器だ。斬り込みを少し(かす)らせることに成功しただけでも、相手は大ケガしてしまうに違いない。


 だったら――サイクロプスが大剣を振るう前に、ククリの刃で一撃を与え、息の根を止めてしまえば良い。


 集中……風魔法を己の手足へも掛けて、身体能力を向上させる。


 よし、行け! 静から動へ。抜刀と《風刃》!


 瞬速で敵へ接近し、跳躍しつつ、攻撃を放つ。

 盲目のサイクロプスは何が起こったのか、分からなかった。仮に分かっていたとしても、反応する前に、魔法の《風刃》を乗せたククリの刃はヤツの肉体へ届いていた。


 終了……僕は地面へ足をつけ、胸の中より息を吐き出す。ククリの刃は、敵の血で染まっていた。


 ズルリと、サイクロプスの巨体が2つになった。右の脇腹から左の肩先へ掛けて直線が走り、そこから分離していく。大剣を持った右手と頭の肉体は前へと落下し、左手と胴体、下半身の肉体は後方へと倒れた。

 肉塊(にくかい)が地を打つ音が2度、無感動に僕の耳へと響く。


 新技(しんわざ)の斬れ具合は、僕の想像どおりだった。首どころか、サイクロプスの胴体部分を軽々と切断してしまった。


 風の(やいば)と刀の(やいば)、2つの刃を重ねて1つの閃光となす――名称は、さしずめ《両刃(りょうじん)一閃(いっせん)》といったところか。

 これほどの攻撃力なら魔族にも充分、通用するはず。


 その魔族である、ターナダク。

 ヤツは、僕とサイクロプスが戦っている間、離れた位置に留まり、少しも動こうとはしなかった。観察し、更に僕の戦闘能力がどの程度のものなのか、計算していたに違いない……配下のモンスターの犠牲も、甘受した上で。僕の挑発に立腹(りっぷく)したりなど、感情的な部分もあるが、思っていたよりも短慮(たんりょ)では無いようだ。


 コイツは、手強いな……。しかし決着は、早くしなければならない。


 水魔法と風魔法を軽く使って、ククリの刃に付着している血液を洗い流す。それから、刀身を鞘に収めなおす。右手を柄へ、左手を鞘へ、抜刀の構えを取りつつ、ターナダクとの距離をジリジリと詰めていく。

 ヤツも当然、僕がサイクロプスを倒した技である《両刃一閃》を放つつもりで近づいてきているのには、気付いているはずだ。


 ターナダクは、どうする? ヤツの思惑がどうであれ、攻撃可能な間合いまで接近できたら、一気に仕掛けてやる。


 僕の視線の先で、ターナダクが右手を振った。え? ヤツは、何も持っていないのに? いや、これは――


 ヒュンッと、何か(・・)が迫ってくる。危険を察知して、咄嗟に後方へ下がる。寸前まで頭があった空間を、目には見えないモノが横一文字に切り裂いた。透明な物質? ターナダクが放った、飛び道具か? ともかく、ギリギリのタイミングで、(かわ)せたようだ。鼻先を(かす)めていったものの正体は……?


 ふと、ナルドットの裏路地で、闇夜の中、ヨツヤさんと戦った過去を思い出す。オリネロッテ様のメイドであるヨツヤさんは、(はがね)の糸を武器として操り、僕を襲ってきた。

 今のターナダクの攻撃からは、あの時に覚えた脅威感と似たものが伝わってきたぞ…………つまり、ヤツが放ったのは糸だった? いや、そうじゃ無い。もっと太い物体だ。


 ターナダクが一歩、僕へ近づく。

 大気を震わせながら――また来た! 顔の横から、殺気が! 僕の頭を断ち割るつもりか!? 左耳の斜め前方に、素早く右手を伸ばして、見えないそれ(・・)を掴み取る。強い衝撃で掌が裂けて、血が滲みでた。ぐっと握りしめる。この感触は、縄? 違う。(むち)か? 鞭らしき、細長い透明な物体が右手に巻き付いてくるが、構わず、強引に引っぱる。


 ターナダクが、何かを手離す仕草をすると同時に、僕の右手に絡みついていたものも消えた。


 分かったぞ。今のは、おそらく闇魔法の《不可視の鞭(インビジブルウィップ)》だ。魔族は、闇魔法の使用を得意としている。ターナダクも当然、そうなのだろう。


 見えない鞭が頭に巻き付いてくる――そんな攻撃を食らったら、(たま)らない。いや、身体のどの部分でも、鞭に巻かれたりしたら大変だ。当たっただけで大ケガだし、締め上げられたら、容易に切断されてしまう。《不可視の鞭》は、そういう(・・・・)魔法だ。


 ドリスが左腕と右脚を失った原因は、もしかして……。


 そんな考えがチラリと脳裏に浮かんだ直後、またもや透明な圧力が迫ってきた。見ると、ターナダクが再び右手を振るっている。


 ち――っ! やはり《不可視の鞭》か! 勘を働かせ、横っ跳びになって、左側から来た攻撃を躱す。く! 今度は、右側から! ククリを抜いて、宙を切る。襲ってきたもの(・・)――《不可視の鞭》を切り落とした手応えは、あった。が、ターナダクは何の痛痒(つうよう)も感じないらしい。あの動作……アイツ、短くなった鞭を捨てて、代わりに新しい鞭を手にしたな。


不可視の鞭(インビジブルウィップ)》の魔法を使えば、ターナダクは幾らでも、透明な鞭を自在に消したり、作ったり出来る。そして、それを縦横(じゅうおう)に振るって攻撃してくる。

 厄介だな。あの魔法の鞭をヤツが持っている限り、簡単には近づけないぞ。


 まぁ、逆に言えば、《不可視の鞭》が届かない距離に居さえすれば、ターナダクも僕に、これ以上の打撃を与えることは出来ないわけだが……。


 しかし、僕は少しでも早く、重傷を負っている《暁の一天》の皆への治療を開始しなくてはならない。ターナダクとの勝負に時間を掛けている余裕は無い。


 離れた位置からヤツを倒そうとするなら、魔法を使うしかないな。


 やるぞ。

 魔法――発動!


風刃(ウィンドカッター)》!

氷槍(アイスジャベリン)》!

火球(ファイヤボール)》!


 次々と魔法による攻撃を行う。けれど、どれもターナダクの《不可視の鞭》によって、防がれる。あの透明な鞭は、攻めにおいても守りにおいても、有用なようだ。たまにヤツの手足に、僕が放った火や風の魔法が(わず)かに当たることもあるが、闇魔法による防護を施しているのか、たいしたダメージにはならない。


 そもそも魔族の身体は、ほとんどのヒューマンよりも強靱だ。加えてターナダクは、辺地であるとはいえ、人間が治めているベスナーク王国の領土内で、サイクロプスを率いて冒険者を相手に争いを起こしているヤツだ。どのような意図があるのか知らないが……己の能力に確固たる自信がなければ、そんな振る舞いは出来はしない。ターナダクは傲慢(ごうまん)ではあっても、無謀なタイプでは無いのだから。


 ターナダクは通常の魔族に比べて、そのスペックは、いろんな面で上であるに違いない。戦闘の経験も相当に積んでいるはず。

 わざわざ初手で名を呼び間違えるなど、意識的に嘲弄(ちょうろう)し、精神への揺さぶりを掛けたりしたんだ。ヤツを甘く見ているつもりは無かったが……。


 どうする? 迂闊(うかつ)に接近はできない。《火球》などの魔法も、効果を発揮していない。ならば、《火炎放射フレイムラジエーション》のような大魔法を放ってみるか? しかしターナダクは強敵だ。大魔法の攻撃を防がれるか、躱されるかすると、ヤツを倒す前に、僕の体力と魔力が尽きてしまいかねない。そうなったら、最悪だ。


 内心では大いに迷いながらも、僕は表面上、ターナダクへの攻撃を果敢に行い続けた。《風刃》や《氷槍》や《火球》といった魔力の消費が比較的、軽くて済む魔法を放ちつつ、隙あらば跳び込んで抜刀し、ククリを浴びせようとする姿勢をチラつかせる。

 そのため、外面的には僕が押している形勢に見えなくもない。


 ターナダクは、僕の体調が万全では無いことを知らない。僕の魔力が底をつくのがいつになるのかも、ヤツには分からない。


 僕が苦慮(くりょ)していたのと同様に、敵も膠着(こうちゃく)状態を打開しようと焦っていたのだろう。


 ターナダクが、両腕をダランと下げる。《不可視の鞭》による防御を止めた? 今なら――――待て。あれは、何だ? ターナダクの頭上に、紫色の小さな立方体が幾つか……5つか、6つほど、浮かんでいる。ヤツが僕を指さすや、そのうちの1個が凄いスピードで、こちらへ向かって飛んできた。


 反射的にククリを抜いて切りつけそうになったが、イヤな予感がしたため、全力で躱す。僕が頭を低くして横へ跳んだ瞬間、立方体が破裂した。飛び散ってくる紫色の液体を、(かろ)うじて()ける。広く散らばりながら落下した液は、ジュワッと不気味な音を立てて地面を溶かし、無数の(くぼ)みを作った。大地が(えぐ)られ、そこは変色している……まるで、毒性のある高濃度な酸性物質――硫酸や塩酸、フッ酸のようだな。いや。それ等よりも、はるかに反応性が早く、強そうだ。地上の有りさまを見れば、分かる。


 闇魔法の《劇毒侵食(ポイズンエロージョン)》……その変化形か? ゾッとする。あれを浴びたら、酷いことになるぞ。


 ターナダクが赤い目を光らせ、叫ぶ。

「いけ!」


 次々と僕のもとへ飛来する、紫の固体。僕に当てて、破散(はさん)させるつもりだ! それを(かわ)す。次も躱す。更に次も。躱しても、通り過ぎることなく、その瞬間に爆発して液体化する。あの紫色の毒液を、身体に受けるわけにはいかない。至近距離はもちろん、離れていても。多大な痛手により、下手したら行動不能に追い込まれてしまう。今、僕が動けなくなったら――


 破散点より思い切って遠ざかるために、大地を転げ回るハメになる。


 くそ! 戦いの主導権を、完全にターナダクに取られた! ――いや、落ち着け。《劇毒侵食》は強力な魔法だが、だからこそ魔力の消費量も大きい。いつまでも、放ちつづけることは出来ない。

 事実、ターナダクの頭上に残っている立方体は、あと1つだ。あれが飛んでくるのを回避しさえすれば、そこから反撃に転じられる。


 来た! けれど、その立方体は僕のほうへは向かってこない。劇毒の(かたまり)が狙う先に居るのは、傷だらけの金髪の少女――――ドリスだった。

※フッ酸――フッ化水素酸のこと。人体に極めて有害。ガラス(硫酸や塩酸の影響も、ほとんど受けない)さえも溶かす。

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― 新着の感想 ―
サブローの一人時間差が見事に炸裂ですわ! 同士討ちの頭脳プレーもおまけですわ! ヾ(・ω・*)ノ さて、本番。 闇魔法は厄介ですね。 しかも意外と戦闘巧者。 (´・ω・`) サイクロプス隊との戦闘…
[良い点] 緊迫感のある戦闘場面でとても読み応えがありました。サブローの手管の数々と高度な戦闘思考のやり取りがとても素晴らしかったです。精緻な描写と思考、躍動感、どれをとっても巧みでした。 [一言] …
[良い点] 熱戦が繰り広げられ、手に汗握る展開ですね! 戦うサブローがカッコいい!! 知性派なところと熱血なところ両方出てきて、良いですね! ドリスを守ってほしいですね~!みんなファイト!
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