おっぱいは友好ツール
早とちりは、誤解のもと。
僕は独り合点とか絶対にしないよ!
1人で納得している僕に、猫族少女がなんとなく不満そうな目を向けてくる。
『アタシが、いったい幾つに見えるのかニャ?』
どうやら猫族女性の間ではおっぱいの数がステータスっぽいし、ここは彼女の機嫌を取っておこう。
『い、いや~。よく見ると、20くらいに見えるかニャ。20くらいに。うん、とても14とは思えないニェ』
数を盛りすぎたかな?
『え~。アタシって、そんなに大人っぽく見えるかニャ。困っちゃうニャ~。にゅふふふふ』
猫族少女が、さっきよりもっと身体をクネクネさせる。柔軟な身体だね!
さすが猫族。
しかし少女の発言内容を考えると、猫族の女性は年齢を重ねるにつれ、おっぱいの数が増えていくようだ。
……………………いくら異世界とはいえ、そんなことあり得るのか? 歳を取るとおっぱいが増える生物なんて、聞いたことが無いぞ。
なんか、猫族少女と自分との認識間に重大な齟齬が生じている気がする。ここは思い切って、彼女に訊いてみよう。
〝訊くは一時の恥。訊かぬは一生の恥〟とも言うしね。
『猫族のお嬢さん。キミに尋ねたいことがあるんニャが、正直に答えてくれニャいか?』
『真剣な顔をして、なんなのニャ。分かったにゃん。答えてあげるニャ』
『お嬢さんのおっぱいの数を教えてくれニャいか?』
『…………。良く聞こえなかったニャン。もう一回、言ってニャ』
『おっぱいの数、知りたいニャ』
『――――っ!』
『おっぱい』
静寂。
耳に響くのは、小鳥(?)のさえずりのみ。ちゅんちゅん。
『……………………』
『……………………』
ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。ちゅぎの瞬間。
『ヘンタイにゃ――――! ヘンタイが居るニャ!!!』
猫族少女の絶叫が森中に響き渡る。
少女の目は真ん丸く見開かれ、全身の毛は逆立っている。
警戒度MAXだ!
『良い人間だと思ってたニョに、まさかヘンタイだったニャんて! ママが言ってたニャ! 「人間の中には〝ケモナー〟と呼ばれる特殊な部族が居て、獣人の娘を見ると目を血走らせてハァハァするから気を付けニャさい」って! お前、さてはケモナーだニャ!?』
『ご、誤解だニャ! 自分は、ケモナーなんかじゃ無いニャ!』
そうだ! 健全に育った日本の青少年が、猫耳美少女へ憧れるのは当然の結果だ。ケモナーに限った話じゃ無い!
あ、もちろん僕はケモナーに対する偏見なんか持ってないよ? ただ、ちょっと〝お仲間として見られるのは遠慮したいな~〟って思ってるだけで。
『それじゃ、ニャんでおっぱいの数なんか訊いてくるニョ!?』
少女が、腕を胸の前で交差させながら弓を抱え込んでいる。まるで、僕の視線からおっぱいを守ろうとしているかのようだ。
少女の警戒心を和らげるためにも、可能な限り丁寧口調(猫族語)で話すようにしよう。
『おっぱいの数は、人間と猫族との友好関係を確立するために、知っておかなければならない重要な事柄ニャのです』
『何を言ってるのかサッパリ分からないニャ!』
うん。僕も、サッパリ分からない。
『実は、僕が獣人の方とお会いするのは、お嬢さんが初めてニャのです』
『そんなにペラペラと猫族の言葉を喋っているニョに?』
ブルー先生の特訓の成果だね!
『ハイ。僕は外界と途絶した、とある場所で育ちましたニャ。そこで複数の師匠たちから教えを受け、獣人の方々の言語など様々な知識を学ぶ日々を送っていたニョです。そんなある日、師匠たちが「お前も16歳になったのだから、少しは外の世界を知ってこい」と、いきなり転移魔法を使って、僕を強制的に追い出してしまったニョです。1人立ちしろってことニャンでしょうね。気付いたら、森の中に居ましたのニャ』
『ふ~ん。だから森に居るニョに、武器なんかも持ってニャいし、そんニャに素寒貧な格好をしているニョね』
少女は信じたようだ。
まぁ、まるっきりの嘘話でも無いしね。
『でも、それとおっぱいの数と何の関係があるニョ!?』
が、少女は未だ僕への用心を解こうとはしない。
『師匠の1人が、常々仰っていたニョです。「乳房の数が共通する生物は、たとえ種族が異なっていても分かりあえる。何故なら、生物が生まれて初めて目にする光景は母親の乳房。潜在意識に刷り込まれた乳房の数は、異種族間のコミュニケーションに重大な影響を及ぼすのだ」と』
『何を言ってるのかサッパリ分からないニャ!』
猫族少女が、また言う。
うん、ホント僕は何を喋ってるんだろう?
『要はおっぱいの数が同じ生き物は、違う種族同士でも仲良くなれると言うことですニャ』
ほ乳類限定の話だが。
『そうなニョ?』
少女は混乱しつつも、納得しかけているようだ。ここは、もう一押しだ。
『ハイ。そういう訳で、僕がお嬢さんにおっぱいの数を尋ねたニョは仲良くなりたいからでして、けっしてヨコシマな気持ちからでは無いのです』
『う~ん。何か良く分からないけど、分かったニャ! 仲良くなりたいだけニャンだね』
『その通りですニャ』
『なら、教えてあげるニャン! アタシのおっぱいの数は、2つニャ!』
少女は元気な声で答えてくれた。
おっぱい2つ!
僕は感動のあまり、全身を打ち振るわせてしまう。胸の高鳴りを抑えきれない。
でも、それなら14とは何の数だったんだ!?
あっ。つまり、14ってのは彼女の年齢のことなのか! さすが僕。察しが良い。けど、念のために彼女に確認を取っておこう。
『お嬢さんは14歳なんですニョね?』
『さっき、そう言ったニャン』
『ふむふむ。それで、猫族の女性は皆おっぱいの数が2つにゃのですか?』
『もちろんニャン!』
おお、神よ! ウェステニラの神よ! 一時は貴方を恨んだこともありましたが、僕は回心いたしました。
〝おっぱい2つ〟が、貴方への信仰を蘇らせたのです。
僕が以前から全く信じておらず、今後も信じる予定が全く無いウェステニラの神へ感謝の祈りを捧げていると、グ~という音が聞こえた。
猫族少女がヨダレを垂らしながら、横たわる巨大蟹を見ている。
どうやら、少女のお腹が鳴ったようだ。
猫って、カニを食べたっけ?
まぁ、猫は基本肉食だし、カニも食べるだろう。
『食べたいニョですか?』
『く、くれるのかニャ!?』
少女の眼が期待に輝く。
『差し上げても良いニョですが、1つ条件が。お嬢さんの村へ案内してくれませんかニャ?』
『村へ行きたいニョ? にゃんで?』
『猫族の方々と仲良くなりたいニョで』
せっかく異世界に来たんだから、いろいろな所へ行ってみたい。
猫族のおっぱいの数が8つだったら、『それじゃ、ご機嫌ようニャ!』と笑顔で別れて、少女との出会いを記憶から消去するつもりだったけど。
『巨大蟹はめったに手に入らないご馳走ニャ。是非とも、村の皆にも食べて欲しいニャン。でも「余所者に軽々しく村の場所を教えるニャ」とパパにも言われてるしニャ~』
少女が悩んでいる。
ここで『やっぱ、カニは上げニャい』と告げたら、酷く落ち込みそうだ。あんま悩ませるのも可哀そうだな。
『分かりましたニャ。提案は取り下げますニャン。カニは、ただで差し上げますニャ』
『いいのかニャ! アナタ、すっごく良いヒトにゃ! ケモナーなんて言って悪かったニャン』
少女が大喜びしつつ、巨大蟹の胴体に飛びつく。
カニは、既に動かなくなっていた。
僕と猫族少女のおっぱい談義を聞きながら、息絶えたらしい。
『うんショ、うんショ!』
少女は頑張っているが、カニを持ち上げることが出来ない。
小柄な猫族少女にとって、巨大蟹の胴体は重すぎるのだろう。
『運ぶのを手伝いましょうかニャ?』
『ホントに親切な人間だニャ。でも、そうすると村まで付いてきてもらうことになってしまうニャ~』
少女は僕に村の場所を知られてしまうリスクと、カニを村の皆に食べてもらえるメリットをしばらく天秤に掛けていたが、やがて〝良い案を思い付いたニャ〟とでも言うような、ひらめき顔になった。
『村に行く前に1つだけ、やって欲しいことがあるニャ。それをやってくれたら、村へ案内しても良いニャ』
『ニャンですか、それは?』
『猫神様に「村で悪さはしませんニャ。猫族に迷惑はかけませんニャ」と誓って欲しいのニャン』
猫神様とな? そんなのが居るんだ。
『ふにゅ。特段、誓うのは構いませんけどニャ。僕は猫神様のことを全く知りませんし、信じてもいませんニ?』
『それは別に良いのニャ。大事なのは、誓ってくれることニャのニャ』
そんないい加減なことで良いのかな? でもここウェステニラは、地球で言うところの中世的な世界だったはず。
信仰や祈りの価値が、僕が考えている以上に大きいのだろう。
僕が猫神様に誓いを立てると、猫族少女が満足げに頷いている。
『ところで、猫神様とはどのような神様ニャのですか?』
『猫族に福を呼び寄せてくれる神様ニャ。猫族と同じ姿で、どっしり構えていて、とても頼もしいニャン。しゃがみながら右手を掲げて、左手には大きな金貨を抱えているのがお決まりのポーズにゃ!』
それって、招き猫じゃねーの?
自己紹介もせずに、おっぱい論争を繰り広げる2人(汗)。




