天国と地獄と、もう1つの行き先
「え~と、何で僕はこんなところに? どこなんですか? ここ」
ふわふわした雲の上のような場所に、僕は居る。周囲はどこまでも広がる空間。突っ立った僕の目の前に存在するのは、古ぼけた椅子に腰掛けているたった1人のお年寄りのみだった。
老人は白い髭をしごきながら、僕へ問いかける。
「お主は、間中三郎で間違いないな」
「ハイ、その通りです」
「年齢は16歳、成績は中の下、運動能力は中の下、容姿は中の下で間違いないな」
「…………」
「無返答は肯定とみなす」
なんだ、この爺さん、僕をディスってんのか?
「お主は死んでしまったのじゃ」
「えっ」
そんなの記憶に無いぞ。
今朝起きて、朝ご飯食べて、学校に行くために家を出て……ダメだ。それから後が思い出せない。
「ひょっとして、車道に飛び出した猫を助けようとしてトラックに轢かれたんですか?」
「なんじゃ、それは?」
「トラック転生という現在流行りの死に方なんですが」
僕はファンタジー小説を愛読している。特に転生モノは大好物だ。
「そんな死に方が下界では溢れているのか。怖ろしいのう」
老人は顔色を青ざめさせて、身体を小刻みに震わせた。
幼女プルプルならともかく、お年寄りがプルプルしても全然可愛くないな。血圧の変化が気になるだけだ。
「トラックじゃ無いとすると、通り魔に刺されたとか」
「お主は変な死に方に拘るのう。変態趣味か?」
転生の定番ネタを知らない爺さんに、怒りを覚える。僕が敬老趣味に溢れていなかったら、掴みかかっているところだ。
「ま、死に方なんてどうでも良いじゃろ」
「良くないよ!」
「肝心なのは、お主はもう死んでしまって、生き返ったりは出来ないということじゃ」
「そんな……お父さん、お母さん」
目からブワッと涙が零れてしまう。
自分が死んでしまったことには実感が無いせいか、あまりショックを感じないけど、親しかった人たちにもう会えないのがとても辛い。特に両親。
お父さん、お母さん、ろくな親孝行も出来ず、ごめんなさい。
「死んでしまったお主には、3つの選択肢が用意されている」
俯いている僕に、老人が話しかけてくる。
落ち込んでいる人生の後輩に対して、ちょっと冷たいんじゃないかなぁ。慰めてくれても。……いや、美少女や美女に慰められるのはドンと来いだけど、爺さんに慰められても嬉しくないか。
『ワシの胸でお泣き』なんて言われたら、全力ダッシュで逃げ出してしまうだろう。
「なにやら不穏なことを考えているように見えるんじゃが……」
老人が訝しげな眼で僕を見る。
「そんなことはありません。美女の抱擁と爺さんの抱擁には天と地ほど隔たりがあるなぁと、哲学的考察にふけっていただけです」
「世界の全哲学者に謝るべきじゃな」
老人が何やらツッコんでくるが、華麗にスルーする。美女のツッコミなら、良かったんだが。
それにしても『美女のツッコミ』と言われても何とも思わないけど、『美女へのツッコミ』という単語の羅列には、妙な興奮を感じるね。一文字加えるだけで、えらい違いだ。
ちなみに『爺さんのツッコミ』に一文字加えると…………僕は何を考えているんだろう。気持ち悪くなってきた。
「大丈夫か? 顔色が良くないようじゃが」
「大丈夫です。話を続けてください」
「本当に大丈夫か? 座薬をツッコむか?」
「やめてください!」
僕は悲鳴を上げる。
座薬なんて、何て怖ろしいピンポイントチョイスをするんだ! だいたい、死んだ人間に薬を投与してどうすんだ。
「座薬は飲み薬より体内吸収率が良くて、効果抜群なのに……」
老人がブツブツ呟いている。
あんたの座薬への思い入れなんて、コッチにはどうでも良いんだよ!
「それで、3つの選択肢って何なんですか?」
僕は慌てて話題を替えた。
「そうそう、そうじゃった。1つは天国、もう1つは地獄じゃ」
「えっ。天国行きと地獄行きを選べるんですか?」
「うむ。完全な善人と悪人の行き先は決まっているが、善行と悪行どちらもそれほどでは無い人間は、好きなほうを選べる」
確かに僕は良いことも悪いことも、それほどしていないな。
「でも、それなら皆、天国行きを選ぶんじゃ……」
「そうでも無いぞ。天国は平和で穏やかじゃが、とにかく退屈じゃ。対して、地獄は危険で多少痛い思いをする一方、スリルもある。刑期を終えれば、地獄から出られるしの」
なるほど。平和な退屈を選ぶか危険な興奮を選ぶか、人によっては『いっちょ、地獄に行ってみっか!』と考えるかもしれないね。
「完全な悪人が行く深層地獄では情け容赦ない責めが待っているが、お主が行くような浅い階層の地獄なら、それほど酷い罰を受けることは無いぞ」
そう言われると、心惹かれるものがあるな……。
「ただ、最近は浅い階層の地獄は定員オーバー気味での。ワシとしては、天国もけっこうお勧めじゃ」
「地獄に行く人が増えているんですか?」
「うむ。『地獄ではソフトな責めが待っておる』と告げると、妙に顔を赤らめてハァハァ喘ぎながら地獄行きを選ぶ人間が多いのじゃ。あれは、どういうことなのじゃろう?」
老人は首を捻っている。それは、おそらく特殊な性癖を持つ人たちで……ちょっと待て。もしかして、地獄の浅い階層にはその手の人たちが充満しているのか?
それで「もっと責めて!」とか「責めが足りない!」とか叫んでたりするのか?
僕はガラガラ崩れ去る地獄のイメージを脳内に思い描いて、地獄行きを却下する。
「それじゃ、天国に行くとするかな」
そう呟きながらも心は弾まない。
でも、天国へ行けるのに文句なんて言ってちゃダメだよね。
「あっ。選択肢は3つあるって言ってましたよね。もう1つは何でしょうか?」
試しに尋ねてみると、老人は厳かに僕へ告げた。
「異世界じゃ」
異世界転生キタ――――!
ここで三郎は、眼前の爺さんから「成績は中の下、運動能力は中の下、容姿は中の下」と言われていますが、実際は「成績は中の中、運動能力は中の中、容姿は中の中」です(笑)。