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異世界で僕は美少女に出会えない!? ~《ウェステニラ・サーガ》――そして見つける、ヒロインを破滅から救うために出来ること~  作者: 東郷しのぶ
第八章 双子の女神と2人の聖女

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心が壊れる音が聞こえる

 ドリス視点です。


《ホムンクルス》――

 

 その言葉を聞いて、ドリスの呼吸が一瞬、止まる。


「か……は……」

 喘ぐ。


 上手く、息が出来ない。

 頭の中はグチャグチャで

 胸は内側から、張り裂けてしまったかのようで


 聞いてしまって、知ってしまって

 もはや《暁の一天》の一員の、前の自分(・・・・)には戻れない。


 ……人型製造生物(ホムンクルス)

 はるかなる(いにしえ)に、錬金術と呼ばれる不可思議な秘法によって生み出されていたという〝ヒューマンタイプの疑似(ぎじ)生命体〟。しかしその製造技術はとっくの昔に失われ、現在では伝説的存在に過ぎなくなっている――少なくとも、ドリスの中の知識では、そういう(・・・・)になっている。


 なのに。


(あたしが――ホムンクルス?)


 嘘だ。

 あり得ない。

 あたしは、人間で――


 動かない、(いな)、動けないドリスへ、魔族の男が告げてくる。嘲弄(ちょうろう)まじりとしか、彼女には感じられない酷薄な口調で。


「ギッシュビーネは『ワタシは天才』が口癖(くちぐせ)の女でしてね。それを証明したかったのか、失伝(しつでん)されし錬金術に代わり、持てる知識と魔法の技術を駆使して、聖女探索(たんさく)用のホムンクルスを発明してみせたのですよ。いえ、発明した……とまでは、いかないかもしれませんね。5体のホムンクルスを造るまでは成功したものの、出来上がったのは(うつわ)のみだったのですから」


(5体の……器……)

 

「器が完成したうちの4体は、意識を持つや、その直後に自我崩壊を起こして廃品(ジャンク)になりました。そして、残りの1体は、いつまで経っても目覚めなかった……即製の心臓を持ち、血液が体内を巡っているとはいえ、魂自体は模造品ですからね。所詮、本物の生命体では無い」


(……残りの1体……)

 ある予感に襲われ、ドリスの凍った心に亀裂が入る。


「起動しなかった1体を、ギッシュビーネは、タンジェロの荒野に打ち捨てたのですよ。腹立ち紛れにね。けれど、何があったのかは分かりませんが、その不具合品は後日、覚醒して、勝手に動き出したらしい」

「……まさか」

「ハイ。それが、貴方です」

「違う」

「薄々、自分でも気が付いていたのではありませんか? 『己は普通の人間では無い』――と」

「黙れ。――黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」


 ようやく心と身体が動きだし――狂ったように、ドリスは絶叫する。


「貴方の外見は、ギッシュビーネが娯楽本の人物描写と挿絵を真似て造形(ぞうけい)しました。主人公の公爵令嬢の姿です。『5体とも全く同じ少女の形にするとは、ギッシュビーネも芸が無い』とその時は思ったのですが、最終的にこうして作動しているのは1体だけなのですから、結局は彼女の考えが正解だったのでしょうね」


(あたしは――) 


「今は傷だらけの酷い有りさまですが、本来の貴方は白い肌に、紫の瞳に、金色の長髪、更には繊細な指先と、しなやかな肢体(したい)の持ち主であり…………最高位貴族の令嬢だけあって、それぞれのパーツ(・・・)豪奢(ごうしゃ)仕様(しよう)になっていました。製造のための参考資料が絵と文章だったことを考えると、滑稽(こっけい)大人形(おおにんぎょう)でしかありませんけどね」


 もう、言葉が出ない。 


「そうそう。容姿で勘違いしているのかもしれないので、教えておきます。貴方は〝女性〟では、ありませんよ。ホムンクルスは、本質的には〝無性(むせい)〟です」


 身体は、とっくに壊れていて。


「自身の器――身体のことを、不思議に思わなかったのですか? 貴方の身体は女の形をしていても、子をなすための器官を有してはいない。偽りの生命体である以上、そんなものは不要ですから。次代へ命を繋ぐ役割など、最初から期待されていません」


 そして、更に壊れる。


「早い話、貴方は動くだけのお人形で……だから身体は、ずっと成長しないでしょう? 髪も爪も、一定の長さを超えて伸びることは無い。ホムンクルスの本能として、擬態(ぎたい)の分だけしか、外見を整えようとはしないのです」


 心が壊れる。


「貴方の大げさな髪型は、その事実を自覚したくなかった表れなのではないですか? 小説の公爵令嬢の長髪は、ストレートだった。にもかかわらず、現在の貴方は、仰々(ぎょうぎょう)しく髪を巻いて、複雑な形状に仕上げて、わざとらしく目立たせて…………『欠陥部分では無い』と、『むしろ自慢である』と、自己へも他者へもアピールしてみせている。〝伸びない髪の現実〟を直視したくは無いのでしょう? 哀れですね」


 己の内より、音が聞こえる。


「そのゴテゴテした、冒険者らしからぬ華美な服装も、自分の身体が他人とは違う……〝普通の女性と比べて異質な点がある〟ことを、隠すためにしているのでは? まやかし的な防御の(ころも)で、懸命に身を飾ってみせる。如何に外側を取り(つくろ)ったところで、中身が変わるわけも無いのに。まさに、道化の人形ですね」


 心が壊れる音が、聞こえる。


「貴方が冒険者になっているのも、人外(じんがい)を討伐する職業に就くことにより、無意識のうちに『自分は人間である』と証明しようとしていたのかもしれませんが……いくら足掻いたとしても、全ては無駄なことです。貴方は何をどうやっても、人間ではありません。人間にはなれません。いや、マトモな生き物ですら無い。時間の経過による変化が、肉体に起きないのだから。正常な生命体だったら、必ずあるはずの〝育ち〟が無い」


 (きし)み、破れ、砕けて。


「昔も今も、これから先も貴方は、ずっと16歳です。ギッシュビーネが読んでいた小説の主人公の年齢、そのままにね。ホムンクルスは、どれほど歳月が流れても、成長することは無い。劣化するだけです。大人にならず、ある日、突然に生命活動が止まる。それで、終わりです」


 いや。今にも壊れつつある自分の心は、本当に『心』と呼べるものなのか?


「あとは、このゴーレム」 

『ピギー!』


 魔族の手の中で、ゴーちゃんが暴れる。

 男は自分が捕まえているゴーレムへ目を向け、次いでドリスを見た。


「どこで土系統の魔法を習得したかは知りませんが、よもやゴーレムを作るとは……器用なことは、褒めてあげますよ。興味を、そそられもしますね。通常のゴーレムは命令に従うだけの存在で、このように〝自意識〟を持ったりはしません。おそらくホムンクルスである貴方が魔法で作ったことで、貴方の魂の一部が、このゴーレムへと分与されているのでしょう。面白い。ギッシュビーネが知ったら、大喜びしますよ」

「……ゴ、ゴーちゃん!」

「ま、貴方の魂もこのゴーレムの魂も、つまるところは紛いモノに過ぎませんがね」


 そう言って、魔族の男は手を強く握りしめてゴーちゃんを粉砕した。


「――あ」

 ポツリと――同時にドリスの発した音声は、乾いていて。


 ゴーちゃんだったモノ(・・)は形を失い、単なる土となってパラパラと地面へ落ちていく。


 …………。

 その無惨ながら妙に単調な光景を目撃したことにより、ドリスの頭はむしろ冷え、平時の思考を取り戻す。


(――落ち着いて。大丈夫。ゴーちゃんは分身している。ボンザック村に片方が居るんだから、実質的なダメージは皆無よ)


 かえって、これは良い結果を生むかもしれない。

 こちらのゴーちゃんが消滅した知らせは、あちらのゴーちゃんを通じて、サブローとキアラへ確実に届く。ドリスたちの身に緊急事態が起こっていることを、サブローたちはハッキリと理解するに違いない。


(考えろ、あたし)


 そこからサブローとキアラが来てくれるとして、自分が今、するべき仕事は――


(時間稼ぎ……よね)


 ドリスは息をゆっくりと吸い、吐く。口の中は血の味でいっぱいだが、幸いにもまだ声は出せる。話をすることが、出来る。


 心は壊れてしまっても

 身体の機能は停止寸前でも


 人間か、ホムンクルスか

 女性か、無性か

 生きているのか、そう錯覚しているだけなのか


《暁の一天》の一員たる資格があるのか、無いのか


 ――それ等とは、何ひとつ関係なく


 ドリスは(・・・・)ドリスを(・・・・)使い尽くす義務がある。責任がある。権利があるはずだ。


(あたしは冒険者なんだから、最後の最後まで任務を果たす。仲間を守る)


 ドリスは男を睨みつつ、語りかけた。


「魔族、お前……聖女様のお(いのち)について、なにやら言っていたわね。戦争前に、奪うのは禁じられている……とか。いったい、どういう意味?」

「ほぅ。そんなところに関心があるのですか? この期に及んで、随分と余裕ですね。良いでしょう。教えて差し上げます」


 やはり推測どおり、魔族の男は口が軽いタイプのようだ。チャンスがあれば、すかさず自慢話をクドクドと述べてくる……そんなヤツだ。普段なら、鬱陶(うっとう)しく感じるだろう。けれど、今は好都合である。


 圧倒的に困難な形勢のもとであっても。

 ドリスは、わずかに期待する。


 主目的は〝状況の引き延ばし〟だが、副産物として、ひょっとしたら、思いも掛けぬ情報を入手することが出来るかもしれない。それを活かせる機会があるかどうかは、分からないが……。


「私たち魔族の根拠地はトレカピ河の向こう側、タンジェロ大地にあるのですよ」

「…………」


 その事実はある程度、予想していた。〝タンジェロ大地で魔族が多く目撃される〟との情報は、ベスナーク王国の北辺の街――ナルドットの冒険者ギルドへも入ってきている。


 千年前にヒューマンとの戦いに敗れた魔族たちは、散り散りになり、逃れ、この大陸の各地に隠れ潜むようになった……そう伝わっている。


 魔族とヒューマンの関係は、現在も敵対状態のままだ。大陸の実際上の支配者は、ヒューマンの中の最大勢力である種族――〝人間〟。

 個々の戦闘力は高くても絶対数が少ない魔族に、劣勢を覆す(すべ)は無いはずと思われていた。しかし……。


(人間……ヒューマンの目が届きにくいタンジェロの地に、魔族は(ひそ)かに集まって、再び軍団を結成しようとしている?)


 軍隊を作り、次に計画するのは……恐らくは《反攻作戦》だ。


「お前たち……また侵略戦争を始める気なの?」


 ドリスの問いかけを耳にして、魔族の男は怒りの表情を見せる。


「ホムンクルスごときが、愚かな発言をするな!」

「――っ!」


 そのあまりの怒気の激しさにドリスは瞬間、やや(ひる)む。


「……良いですか? もともと、このビトルテペウ大陸は、魔族のモノだったのですよ。そこへ後からやって来た侵入者こそ、ヒューマンどもであり…………1200年前の戦争の結果、私たちはタンジェロ大地の奥へと追いやられてしまいました。けれど、いずれ、大陸にある人間どもの国々を滅ぼし、全てを取り戻してみせます」


 ビトルテペウ大陸に存在する、人間が治める国々の中で、特に力がある代表的国家。それは、ベスナーク王国と聖セルロドス皇国だ。


「やっぱり、戦争を起こす……つもりなのね」

「ええ。とはいえ、現状では、トレカピ河にセルロドシアとベスナレシアの……《双神(そうしん)の結界》が張られているため、ごく少数の選ばれた魔族しかこちら側に来ることが出来ません」


 忌々(いまいま)しそうに男が舌打ちをする。


「数年前にようやく、私と()は結界を突破することに成功しました。将来、魔王様が大軍を率いて渡河(とか)される際に、お力になれるように、彼はベスナーク王国で内部工作を進め、私は後方攪乱(かくらん)のためのモンスターの遊撃部隊を育成していたのですが……貴方がたのせいで、群団は最初から作り直しです。まったく、余計なマネをしてくれましたね」

「…………」


 男の話の中に幾度も出てくる『()』とは、誰のことだろう?


(協力者で……でも、ライバル視している? ソイツも魔族なのは、確かでしょうけど)


 強毛ネズミ(ブリスルラット)も、昨日戦ったゴブリン・オーク・トロールも、男がこの地に用意していたのは間違いないようだ。あれらに加えて、今日襲ってきたサイクロプス4匹……他にもモンスターは居るはずで、足し加えていけば、恐るべき群団になる。


 しかし。


「お前は、そう言うけど、トレカピ河そのものが女神様の結界となっているなら……それを越えて魔族の軍隊が、こちらの世界へ来ることは不可能なのでは……?」

「はは! 私たちにとっては幸いであり、ヒューマンどもにとっては残念なことに、トレカピ河に敷かれている《双神の結界》の効力は年を追うごとに弱まっています。遠くない日に〝軍団による大河の横断〟は可能になるはずです」

「何故、言い切れるの!?」


 ドリスが強い口調で疑問を呈すると、男は愉快そうに笑った。


「セルロドシアの聖女も、ベスナレシアの聖女も、間も無く死にますから」


(な――っ!)


 男の謎めいた、けれど禍々(まがまが)しい予言。


「いったい、何を……?」

「16年前、魔王様に施されていた《拘魔(こうま)の封印》が(ほころ)びはじめました。その出来事に呼応するかのように、聖セルロドス皇国には《セルロドシアの聖女》が、ベスナーク王国には《ベスナレシアの聖女》が生まれたのです」

「…………」

「おそらく天上世界の双子の女神――セルロドシアとベスナレシアが、魔族とヒューマンの衝突に備えて、あるいは戦争自体を回避するために、地上に聖女を再誕(さいたん)させたのでしょう」

「16年前……」


(〝再誕〟――〝生まれ変わった〟2人の聖女様は今、16歳?)


 ()しくも、ドリスも16歳だ。そして、サブローも……。

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― 新着の感想 ―
女性でない云々は予想通り。 ただここまでシリアスな理由だとは思わなかったです。 (。ŏ﹏ŏ) これまでもある意味ピエロでしたけれども、これからの残り時間、一世一代の命をかけたピエロタイムが始まるので…
[良い点] ドリスの内面の強さが垣間見える場面でした。ギリギリの状況だったからなのかもしれませんが。自分を取戻してこうして時間稼ぎとも情報の獲得ともとれる行動に出て。立派で偉かったな、と思う次第です。…
[気になる点] ゴーちゃあああああああああああああああああん! [一言] うわー、ドリスさん。心をを壊されながらよく自分を保つことが出来ましたね! しかも冷静! おかげでかなりの部分が見えてきました。…
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