キラえもんのアイテム袋
アレク、ドリス、キアラ――《暁の一天》の皆が居るほうへ顔を向けて、僕は思わず息を呑んだ。
冒険者パーティーのメンバーのみならず、彼らへ立ち向かっていたはずのゴブリンやオークどもまでもが、申し合わせたように一斉に、僕に注目していたためだ。
熱烈な視線を集めている、今の僕の有りさまは、あたかも〝壇上に姿を現したアイドル状態〟になっていると言えるだろう。
小鬼や豚頭のモンスターにモテても、ちっとも嬉しくないぞ! 過激なロックバンドよろしく、観客席へ向かってイノシシを放ってやろうか?
……しかし考えてみれば、当たり前かもしれない。
大魔法の《火炎放射》をぶっ放して3匹のトロールを屠った挙げ句に、残りのトロール2匹も、間を置かずに倒してしまった。ゴブリンやオークからすれば、突如、出現した異常な強敵――それが、僕なのだ。最大級の警戒心を抱かないほうが、むしろ奇怪しい。
そんな油断ならない敵である僕に対して、ゴブリンとオークたちは――
『ギャァァァァァ!!!』
『ブォォォォォォ!!!』
喚声をあげつつ、先を争って突進してきた。
『ウェステニラのモンスターは〝人を襲う〟習性を本能レベルで刻み込まれており、容易に逃げ出すことは無い』――そのように、地獄の授業でブルー先生から教わった。まさに、その通りの事態になっている。
ゴブリンやオークは、トロールより弱い。その力の差は、明確だ。にもかかわらず、トロール5匹を瞬く間に仕留めた僕へ、腰が引けたり、浮き足だったりする様子を示すことも無く、怒濤の勢いで向かってくるとは…………〝強敵への怖れ〟よりも〝攻撃の衝動〟のほうが、はるかに強いらしい。
良し、来い! 望むところだ! 返り討ちにしてやる。
僕は血まみれのククリを構えて、応戦する。
襲ってくるゴブリンの短剣をサッと躱し、オークのギザギザ剣を弾きかえす。飛びかかってきたゴブリンの首を刎ね、体当たりを試みようとしたオークの胸元を貫く。
僕の周辺に、ゴブリンとオークの死体の山が築かれていく。数が多すぎて、戦いの邪魔になるほどだ。
さすがに、モンスターたちの攻撃の手が止まる。
けれど……馬鹿だな。ゴブリン、そしてオークども。お前たちは、僕と比較して、アレク・ドリス・キアラ、あとゴーちゃん――彼らを侮ったんだろう? 僕よりも戦闘力が低い、と。
そんな浅い考えの結果、僕のほうへばかり関心を示し、アレクたちへは、揃って背を向けてしまっている。
だが、アレクもキアラも、ドリスの魔法で大きくなっているゴーちゃんも、決して弱くは無い。戦い慣れている点では、僕以上だ。アレクたちは単に、必要以上に体力を消費しないよう、守りの姿勢に徹していただけ。僕がトロール5匹を倒すことを信じてくれて、それまでは……と、彼らは敢えて攻勢には出なかった。
だから。
反撃の機会が、ありさえすれば――
《暁の一天》のメンバーは、モンスターの群れを背後より猛襲した。
アレクはサーベルで、オークを斬り伏せる。
キアラはメイスで、ゴブリンの頭を叩き割る。
ジャンボなゴーちゃんは、ドリスからあんまり離れない位置取りをしながら、パンチやキックで多数のモンスターに的確なダメージを与えていく。背負い投げしたオークをゴブリンの頭上へドカンと降らせて、2匹まとめて始末しているのにはビックリしたぞ。ゴーちゃん、もしかして柔道の心得があったりする?
前方に、僕。
後方からは、アレク、キアラ、ゴーちゃん。
ゴブリンとオークの群れは、《暁の一天》のメンバーによって、挟み撃ちを受けた格好になっている。
モンスターと僕ら、どちらが有利かは一目瞭然。
まぁ、陣形はともかく、数はモンスターどものほうが多かったんだけど……その頼みの数もドンドン減っていく。
まず、オークの集団が壊滅。続けて最後の1匹となったゴブリンをアレクが倒し、戦いは終わった。僕たちの勝ちだ。
メンバーのもとへ駆け寄る。皆、たいした負傷はしていない。良かった――安堵の息を漏らす。
アレクとキアラは、元気そうだ。
ゴーちゃんは、顔の部分がヘコんだりしているな。胴体もけっこうボコボコになっている。モンスターと激しく殴り合っていたからなぁ…………本人(本ゴーレム?)は『ピギ~!』と自慢げに腕を組んで、平気そうにしているし、そんなに気にする必要は無いのかな?
戦闘場所から少しばかり離れたところに立っていたドリスも、ユックリとした足取りで近づいてきた。皆で、顔を見合わせる。全員、笑顔だ。
何はともあれ、危機を切り抜け、生き残ることに成功したんだ。疲労も確かに感じているが、今はこの喜びの感情をシミジミと噛みしめたい。
でも、残っている問題もある。僕にとって、ヤバい案件。
それは――
「え~と。あの~。僕が魔法を使える、その事に関してなんだけど……」
僕は恐る恐る、話を切り出した。
いえ! 別に、やましい気持ちになったりはして無いんですけどね! 嘘をついていたわけでも無いし。打ち明けていなかったからと言って、悪くは無いよね?
堂々と胸を張るのだ~…………って、アレクが微妙な眼差しで僕を見ているぞ。
「ああ。サブローがトロール5匹を、相手に有無を言わさず討ち取ったことか? それも、火と風の魔法を使って」
「う、うん」
「凄いな、サブローは。魔法を使えるだけでも驚きなのに、複数系統の魔法とは……。しかも、剣の腕も、尋常じゃないレベルだった」
「いやぁ。それほどでも」
「今更、謙遜は不要だよ。サブロー」
「うん」
「戦い前の『トロール瞬殺宣言』は、冗談でもなんでも無かったわけだ」
「まぁね」
「ただ、いきなり魔法を実戦で披露するのはなぁ」
「…………」
「大火炎の渦が空中を切り裂いて飛んでいく光景……自分の目を疑ってしまったよ」
「…………」
「思考も混乱した。頭の働きは、すぐに立て直したけれど。そして、同時に新たな疑問が――」
「疑問?」
「『魔法と剣術の才を兼備した、あの常識外れの少年はいったい、どこの誰なんだ?』ってね」
「…………」
ううう……。
黙り込んでしまった僕の肩を、アレクがポンポンと優しく叩く。
ドリスとキアラとゴーちゃんも、僕の側へ静かに寄ってきた。
「心配するな、サブロー」と、笑顔のアレク。
「心配しないで、サブロー」と、笑顔のドリス。
「心配には、及ばない」と、無表情ながら温かな雰囲気を漂わせるキアラ。
『ピギ~』と、土人形のゴーちゃん。
――みんな!
感激する。僕と《暁の一天》の皆との間には、ちゃんと信頼の絆が出来上がっていたんだ。それは簡単に崩れ去ったりはしない、強固な関係なんだ! ちょっとした隠し事をしていたって、そんなのは笑い話の間に流れてしまう程度のささいな問題。
全ては許された。僕が魔法使いだった件は、これで万事解決だ!
安心した~。
「この件はソフィーを交えて、また話そう」と、笑顔のアレク。
「この件は、ソフィーにシッカリと報告するから」と、笑顔のドリス。
「ソフィーが知ってからが本番。サブローの弁解、楽しみ」と、無表情と笑顔の中間っぽい顔つきになるキアラ。
『ピギ!』と、ジャンボ・ゴーちゃん。さっさと、元のサイズ――200分の1スケールに戻ったら?
うあ~!!! ソフィーさんと、この問題を話すのか~!!! 〝大人の女性の寛容さ〟で、優しく受けとめてくれたりはしないかな?
『サブローは、自身の能力を秘密にしていたのね。私にまで黙っているなんて……悲しいわ。見過ごせません。罰として、今まで貴方が考えてきた《好きな子が出来たら、こういう風に告白したいシチュエーション》を全て、皆の前で話すこと』とか、ソフィーさんに言われたりして…………ボンザック村へ、帰還するのが怖いです。
あと僕も含めて、ここに居るメンバー全員が、ボンザック村に残留しているもう1人――レトキンのことをスルーしきっているのが、さりげなく酷い。
レトキンは僕の話を聞いても『筋肉は、ノー・フェイク! 真実は、いつもマッスル!』くらいしか言いそうに無いけど。
僕がそんなどうでも良いことを考えていると、キアラがゴソゴソと何やら作業をしだした。背負い袋から少し大きめの、手提げ金庫みたいな箱を取り出す。
キアラの〝背負い袋〟……役に立つアイテムがどんどん出てくるところなんか、あの有名なネコ型ロボット・ドラ◯もんのお腹についている、四次元ポ◯ットっぽいぞ。
むむ。そう言えば、ドワーフっ娘であるキアラの体型はドラえ◯んに、どことなく似ている気が――
ゴチン。
「いて! キアラ。どうして、僕の脚を蹴るの?」
「今、サブローの頭の中には、とても失礼なイメージ映像がある。名誉毀損レベルの。私には、分かる」
「スミマセン。許してください、キラえもん」
「キラえもん?」
「僕が知っている中で、史上もっとも偉大な世話係にして、超・便利グッズの提供者にして、子供たちの憧れの存在――その名前にちなんで、愛称を付けさせていただきました」
「サブローのことは許すけど、その愛称は要らない」
僕との会話を続けつつ、キアラは短剣を使ってゴブリンやオークの死体から、その左耳をサクサク切り取っていく。
なな!?
切ったモンスターの左耳を、キアラは手持ちの箱の中に何の躊躇も無く、テキパキと手際よく収納していくけど……。
戸惑っている僕へ、アレクがキアラの行動の意味について説明してくれた。
「集めたモンスターの左耳は、冒険者ギルドへ提出するんだよ。討伐の証明としてね。そうしたら、クエスト範囲外のモンスター退治であっても、報奨金を受け取ることが出来るのさ。倒したモンスターの種類や数に応じて」
「な……なるほど。でも、箱の中に入れたら……」
耳が、たくさん。
ドロドロ、グチャグチャにならない?
「心配無用。あれは、そのための専用の箱だ。内部には冷却保存と血液吸収のための仕掛けが施されている。魔法のアイテムを使ってね。かなり高価なんだぞ」
「凄いな。パーティーの資金で購入したのかい?」
「いや。冒険者ギルドからレンタルしている」
「…………」
僕も手伝いを申し出たが、キアラに「私1人で、すぐ終わる」と断られてしまった。
ゴブリンとオークの左耳をあらかた集めたキアラは、僕が倒したトロールの左耳へも短剣を向ける。
「ああ!」
「どうした? サブロー」
「ご、ごめん、アレク。トロール5匹のうち、2匹は良いとして、3匹は僕が消し炭にしちゃったよ……」
《火炎放射》を浴びたトロール3匹の死体は黒くて小さな塊になっており、当然ながら耳など残っていない。
トロールはオークやゴブリンと比べて、退治した際に貰える金額も大きいはずなのに。
僕が申し訳ない気持ちになっていると、アレクがアッサリと言葉を返してきた。
「なんだ。そんなことか」
「え?」
「平気さ。倒したモンスターの部位が入手できないケースなど、いくらでもある。そのような時は、ギルドの受付担当者へ自己申告するんだ」
「信じてもらえるの?」
「それについては、ギルド内におけるパーティーや冒険者個人の信用次第だな。僕たち《暁の一天》は、そこのところは実績があるし、大丈夫だよ」
「…………」
「もっとも、今回はトロール3匹の賞金は諦めるけどね」
「何故?」
「《火炎放射》なんて大魔法が使える事実を公にするの、サブローは不本意なんだろう?」
アレクの発言に、ドリスも頷いて肯定の意思を示してくれている。
僕は、2人に頭を下げた。
「……ありがとう。アレク、ドリス」
「とは言え、見習いの身でトロール2匹を倒している時点で、充分にトンデモナイことだし、ある程度、ギルドの内外で騒がれるのは覚悟していて欲しい」
「うん」
「それと――」
アレクが浮かない顔になる。まだ何か、あるのかな?
「アレク?」
「いや。ゴブリンとオークの群れが、最後の1匹に至るまで、この場に踏みとどまって僕らと戦ったのが気になっていてね。確かにモンスターは攻撃本能が、とてつもなく強い。しかしながら、あれだけ同種のモンスターが殺されるのを目の当たりにしていたんだ。さすがに、逃げ出すヤツが現れても良いはずなんだが……」
ふむ。
「40匹を超える数のモンスターが最後の1匹まで立ち向かってくるのは、不自然だと?」
「そう。あれほどの乱戦だったんだ。僕ら冒険者側のほうがズッと人数が少なかったわけだし、あの場を脱出しようとも思えば、容易に出来たはず」
「違いないね」
「何者かに、逃げるのを禁止されていた……命令があった……そう推測することも可能な気が……勘ぐりすぎかもしれないけれど」
「う~ん……」
僕とアレクが2人して考え込んでいると、キアラが「耳の切り取り収集、終わった」と報告してきた。
すると、待っていたかのように、ドリスがジャンボ・ゴーちゃんへ指示を出す。
「ゴーちゃん。撤収することになったから、もう警戒を解いて良いわよ。元に戻りなさい。《巨大化・解除》!」
ドリスが命令すると、ジャンボ・ゴーちゃんの体はバサッと崩れ、土の小山になった。高さは、僕の膝くらいだ。
わわわ!
土の山の中から『ピギー!』という掛け声(?)とともに、元の掌サイズのゴーちゃんが姿を現す。
相変わらず絶好調っぽいゴーちゃんをドリスはヒョイと摘まみ上げ、〝小物入れ〟の中に仕舞い込んだ。
今日一日、魔法使いとして、本当にドリスは頑張ったな~。
「お疲れさま、ドリス」
僕がそう語りかけると、ドリスは振り向き……顔色が普段より蒼白いかな? と思った瞬間、彼女はグラッと身体を揺らした。そのまま後方へ倒れそうになったため、慌てて腕を伸ばしてドリスを支える。
「ドリス!」
「サブロー。大声を出さないでよ……うん。やっぱり、体力を消耗しすぎちゃったかも。魔力も尽きているみたいだし……」
僕の腕の中で、力を無くしてグッタリしているドリス。口を開くのも億劫なのか、話しかたがスローモーで、発音もアヤフヤだ。
彼女の体調について、すごく不安になる。深刻な状態だったりしないだろうか? 魔力を使いすぎるのは、魔法使いにとって危険な行為で、場合によっては生命を落としてしまう可能性も――
ドリスの紫の瞳がトロンとしてきて、瞼を閉じようとする。
「おい! ドリス、しっかりしろ!」
「うるさいわね、サブロー……あと、グラグラ揺らさないで。あたしは公爵家の令嬢なのよ……もっと、丁重に扱いなさい……」
は? 公爵家の――令嬢?
僕が面食らって反応できずにいるうちに、ドリスは完全に目をつぶってしまい…………グ~、スヤスヤスヤ。穏やかな寝息を立てている。あれ? 寝てしまったのか?
ドリスを抱えつつ、彼女の顔を覗き込む。
うん。気持ち良さそうに安眠しているな。その様子を見るに、なんだかんだと大丈夫そうだ。まったく、心配させやがって。
それにしても……ドリスが奇妙なことを口走っていたな。
ドリスが、公爵令嬢? そんなのあり得ないぞ。僕が出会った女性の中で、もっとも身分が高い方はフィコマシー様だ。けれど、その彼女でさえも、公爵家より1ランク低い侯爵家のお嬢様である。
そしてドリスから、フィコマシー様が持っている気品や優雅さは、欠片も感じられない。
アレクとキアラが近寄ってきて、僕が抱き留めているドリスへ目を向ける。容態をイチイチ確認しつつも、回復薬を飲ませるなどの手当ては、特にしようとはしない。
2人は、ドリスのこのような状況に慣れているらしい。金髪魔法使いの現状に、そこまで危惧の念を覚えてはいないみたいだ。
キアラが言う。
「ドリスは、体力回復のために寝ている。しばらく経ったら、目を覚ます」
「そうなんだ。あの……ドリスが口にした『公爵家の令嬢』というのは?」
「ドリスは時々、変なことを言う。妄想を話す自由は、誰にでもある。大目に見てあげるべき」
優しそうで、よく考えると酷いセリフを淡々と述べるキアラ。
アレクは、呆れたように首を振っている。
「ドリスはいつの戦闘でも力を尽くしてくれて、とてもありがたいんだが…………意味不明な発言を、たまにするのが困りものだな。僕の知っている限り、ドリスみたいな性格をした公爵令嬢は、どんな国にも存在しない――」
ん?
「アレクは〝公爵令嬢〟について詳しいの? どこかの公爵家のお嬢様と、親交があったりするの?」
「い、いや! そんなわけないよ! 多分、そうじゃないかなぁ……と、思っただけさ」
アレクが慌てて、僕の問いかけに対して否定の答えを返してくる。
…………。
焦った顔になる、アレク。
「そ、それより、眠ってしまったドリスをどうしよう? 出来れば、早くボンザック村へ帰りたいんだが」
なんだか強引に話題を変えたような……でもアレクが言うように、いつまでもココに居るわけにもいかない。
「ドリスは、僕が村まで担いでいくよ」
「サブローも激しく戦って疲れているだろうに……良いのか? 村まで結構、距離があるぞ」
「平気さ。女の子の1人くらい背負えなくちゃ、男じゃ無いよ」
寝ているドリスを、僕はおんぶした。
僕らは今もなお、モンスターの血のニオイに満ちている現場を後にして、ボンザック村へと歩き出した。
死屍累々の残酷さは、戦闘後の高揚の中で感じなかった――
♢
僕の前をアレクが、後ろをキアラが歩いている。
ドリスは眠っている。そしてドリスを背負っているため、僕は両手が塞がっている。だから僕たち2人を守れる隊列を、アレクとキアラは組んでくれているんだろう。
その配慮に感謝しつつ…………ムムム。さっきから、どうしても気になって仕方が無いことがある。他でもない。僕の背中に載っかっている、ドリスについてだ。
仮にも女の子をおんぶしているのに、現在、僕は少しもドキドキしていない。不思議だ。僕は極めて真面目で節操がある、異性にフニャフニャしない、質実剛健で硬派な人間ではあるが、それにしたって…………いえ! 〝ツッコミ待ち〟では無いですよ!
ミーアやシエナさんと、密着した経験を思い出す。あの時も、その時も、どんな時も、僕は超ドキドキしたぞ。まぁ、シチュエーション的に大ピンチで、別の意味で、心臓が激しく脈打っていたケースも多いけどね。
ところが、ドリスは…………うん。そうだ。身体をくっつけ合っている今だからこそ、分かる。不快な感じは、一切しない。伝わってくる、生命の重みもキチンとある。仲間として、彼女を守りたい気持ちも、僕は間違いなく持っている。
しかし、ドリスは異質だ。ミーアやシエナさんと比べて――だけじゃない。敢えて言えば、僕の周りに居る、あらゆる人たちと根本的なところで何かが違っている。
彼女の本質の不可解さに関して、《暁の一天》の他のメンバーは気付いているのか? いや、おそらくだけど、認識してはいない。ソフィーさんも含めて、皆は〝少しだけ風変わりな魔法使いの少女〟と、ドリスのことを見ている。
そうじゃ無い。
そうじゃ無いぞ。
ドリスは。
ドリスは――
僕の背中で、ポツリポツリとドリスが寝言を呟いた。
「王都から……追放されたって、どうってこと……無い……」
は? え? なに?
王都?
追放?
「……ざまぁは……しない……」
ざ、ざまぁ?
「行く先なんて、知らなくて……どこから来たかも、分からなくて……」
――――〝どこから来たか、分からない〟? さっきは『王都から追放された』と言ったのに?
「……でも、平気……」
…………。
「だって、あたしは、あたしだから……あたしは、あたしなんだ……」
その声は、どこか苦しそうで。
悲しそうで。
孤独に怯えているようで。
「アレク様に会えて、世界はあたしを……受け入れて……」
何かに縋って。
けれど掴めていることに、確信を持てないようで。
「……昨日が無くても、生きて……いける……あたしに、明日は……」
僕の耳元で切なく宙へと消えていく、ドリスの言葉。しかし、確かに僕の中へと届いた。…………何故だろう? 感情を揺さぶられる。胸の奥底に、突き刺さってくるものがある。強く、興味を引かれる。発言の意味を、無性に知りたくなる。
が。
『ピピピピピピ』
ドリスが身につけているポーチの中から、ゴーちゃんの発する小さな音が聞こえてきた。
その響きは――まるで〝これ以上、探りを入れてくるな〟と僕へ警告しているようだった。
「過激なロックバンドよろしく、観客席へ向かってイノシシを放ってやろうか?」←実話だそうです。日本のロックバンドは凄いですね……(汗)。
※ドリスの正体(?)については、近いうち(数話以内)に明らかになる予定です。




