トロール瞬殺戦
残酷な描写があります(今更ですけど、今回は強めなので)。
僕の『トロール瞬殺宣言』を耳にして、アレクが慌てた様子を見せる。
「ち、ちょっと、待ってくれ、サブロー。いくら僕らが現在、とんでもない危機的状況下にあるとはいえ、そんな冗談を口走るなんて……頭が、どうかしてしまったのか? ちっとも、面白くないぞ。笑えない」
「…………」
「頼む、サブロー。取りあえず、落ち着いて……パニックにならないでくれ」
冗談……頭がどうかして……パニック……。
酷いよ! アレクの中の僕への信頼度は、やっぱり、そんなもんなのか。
気持ちがヘコむ。
すると、僕とアレクの会話を聞きつけたドリスが、
「アレク、それは違うわ!」
と言ってくれた。ドリスの隣で、キアラがウンウンと頷いている。
これは、嬉しいぞ。ドリスとキアラ――2人の少女は、僕をキチンと評価してくれているんだ。日頃の行いって、大事だね。
ドリスが僕へ目を向けたあと、キッパリとした口調でアレクへ述べる。
「サブローは、緊急事態では無い、なんてことない日常でも、いつも頭はどうかしているし、つまらないジョークを能天気にペラペラ喋っている。それこそ、サブローの通常運転。つまりサブローは今も、ちゃんと冷静なのよ」
金髪ツインテール少女の隣で、緑の髪のドワーフの少女が、ウンウンと頷いている。
ドリス……キアラ……彼女たちから見た、普段の僕は…………日頃の行いって、大事だね。
平気さ! 涙は、つまるところ、心の汗なんだから――僕は、泣かない!
それは、さておき。
局面は、いよいよ切迫してきた。
さきほど僕は『瞬殺』との言葉を口にしたが、さすがにトロールが5匹も居る以上は〝一瞬で片付ける〟という訳には、いかないかも知れない。
「アレク、ドリス、キアラ……僕がトロール5匹を始末している間、ゴブリンとオークの群れの相手を、してもらっても良いかな?」
僕の声が真剣さを帯びたためか、アレクら3人も表情を引き締める。
アレクが僕の顔を覗き込んできた。
「サブロー……本気なんだな?」
「ああ」
「分かった。良し! ドリスとキアラは僕と一緒に、敵の群れ全体と戦おう。ただし、あくまで守りの態勢を維持しつつ、時間稼ぎに専念する。サブローは、トロールを倒してくれ。トロールがやられたら、ゴブリンとオークは浮き足立つに違いない。そのとき、一挙に攻勢に出る」
アレクが力強く言い切ると、ドリスは目を見張った。
「アレク……サブローがトロールに勝てるって、本心から信じてるの?」
「サブローは見習いではあるが、れっきとした《暁の一天》の一員だ。パーティーの運命が懸かった重要な場面だからこそ、メンバーの言葉を疑ってはならない――信じる。それが、リーダーの務めなんだと思う」
ドリスがアレクを、次に僕を、最後にキアラを見た。そして、息を吐き出す。
「了解よ、リーダー。あたしもサブローを信じるわ。キアラも、それで良いわね?」
キアラがコックリと首を縦に振るのを確かめたドリスは「だったら、あたしも覚悟を決めたわ」と呟き、視線を下げ、鋭い響きの声を発した。
「ゴーちゃん!」
『ピギ』
「よく聞きなさい! ……《体・積》」
『ピ』
「《二・百・倍》!!!」
『ピギー!』
ドリスの足もとに居たゴーちゃんは、主の少女から命令を受けるや、直ちに地面へ潜ってしまった。
え! 体積200倍!?
《二・体・分・身》という土魔法の言葉をドリスが唱えたときには、ゴーちゃんは大地から土を補充(?)して2体になった。そうすると、今度は――
『ピーギー!!!』
非常時なのが、分かっているのだろう。ゴーちゃんは、すぐさま地面から出現した。うわ! 体積が200倍――姿はそのままに、僕と同じくらいの大きさになっているぞ。
凄いぞ! ゴーちゃん。もう完全に『地上にそびえ立つ、泥ンコの城・スーパー人型ロボット・ピギピギZ』と称しても構わないほどの、威風堂々ぶりだ。もちろん、腕がロケットパンチになったり、相変わらず穴みたいな2つの目からビームが出たりはしないけど。
しかし、驚くべき急成長だ。巨大化に掛かった時間は、わずかに3秒。まさに『ゴーちゃん、3秒会わざれば、刮目して(目をこすって、シッカリと)見よ』だね。
ちなみに、ビッグサイズになったゴーちゃんが威張って立っている大地の隣は、ゴボッと陥没している。あそこから、ボディの体積となる土を調達したんだな。
「あたし、この大きくなった――ジャンボ・ゴーちゃんを先頭にして、敵中突破をするように、アレクへ言うつもりだったのよ。上手くいく可能性は残念ながら、そんなに無くて…………〝一か八かの賭け〟ではあったんだけどね」
ドリスが、うっすらと笑みを浮かべる。
なるほど。それが、彼女が考えた『脱出計画』だったんだ。
「でも、パーティーリーダーが決めたんだもの。あたしも、サブローがトロール5匹に勝利することを信じるわ。ジャンボ・ゴーちゃんには防御に徹するよう、指示を出すわね」
「ありがとう、ドリス」
僕はドリスへ礼を述べた。
『ピーギー!』
「ありがとう、ゴーちゃん。よろしく頼むよ」
ジャンボ・ゴーちゃんへも礼を述べた。あと今後の頑張りも、期待することにする。
しかしゴーちゃんは本来、掌サイズの大きさなので、目線が同じ高さになっている今の状況って、変な感じだな。
「それで、サブロー……ゴーちゃんにはアレクやキアラと一緒になって、オークやゴブリンの攻撃を防いでもらうけど、結局のところ、これは決着を先延ばしにしているに過ぎない」
「分かっている」
「そして、このジャンボ・ゴーちゃんを動かすことによって、あたしの現在の魔法力は尽きると思う」
僕はハッとして、ドリスを見た。
そうだ。ドリスは明け方の強毛ネズミとの戦闘から、ズッと魔法を使いっぱなしだった。彼女の体内にある魔力が、いつまでも保つと考えるほうがオカしい。
「ドリス!」
「大丈夫。まだ、しばらくは戦えるから……でも、サブローがトロールに勝てなかったら、本当に、あたしは終わるわ。ううん。あたしだけじゃ無い。アレク様――アレクも、キアラも、モンスターの群れに押しつぶされる。その点は理解しておいて欲しくて…………ゴメンね。プレッシャーを掛けるつもりは無いんだけど」
「いや、構わないよ。任せてくれ」
自信たっぷりな僕の返事を聞いて、少しでも彼女には楽な気持ちになってもらいたいのだが――
けれどドリスの瞳には、未だに不安の色が浮かんでいる。
「心配しないで、ドリス。トロールごときに、僕は負けないよ。僕だって、こんなところでは終われない。ナルドットに、必ず帰らなくちゃならない。僕には、待ってくれている人たちが居るんだから――」
僕の心からの述懐に感銘を受けたのか、ドリスは自身の胸にソッと手を当てつつ、シミジミとした調子で言葉を返してきた。
「そうね。ナルドットでは、スケネーコマピさんやゴンタムさんが、首を長くしてサブローの帰りを待っているんだものね。彼らと熱い抱擁を交わすためにも、サブローは無事にナルドットへ戻る必要があるのよね……」
なんでだよ! なんで、そこでエロフ野郎や熊族男性のゴンタムさんの名前が出てくるんだよ! ここでは、ミーアやシエナさんの名を挙げるのが、自然な流れだろう!?
念押ししておきますけど、僕はコマピさんやゴンタムさんと抱き合うなどという高尚な趣味は一切、持ち合わせていませんので。誤解しないように。
ミーアやシエナさんとの抱擁なら……畏れ多くはありますが、拒否する贅沢は許されるはずも無く、むしろ喜び勇んで…………ゴホン!
――気を取り直して。
僕はドリスのみならず、アレクとキアラにも視線を投げかけ、語りかけた。
「それに僕はこう見えて、地獄の特訓をくぐり抜けてきた男でね。〝過度な期待から逃げられない状況〟には、慣れているんだ」
僕のセリフを聞いて、アレクは吹きだした。
「地獄の特訓って……サブローは、大げさだな」
ドリスとキアラも顔を見合わせて、笑い合う。
「まったく、サブローはどんな時でも平常運転なのね。呆れるのを通り越して、尊敬するわ」
「マイペース・サブロー」
『ピ~ギ~』
いえ。〝地獄の特訓〟は比喩表現でも何でも無くて、本当に経験したことなんですが。あと、アレク・ドリス・キアラはともかく、ゴーちゃんの『いやはや。サブローのホラ吹きっぷりには、困ったもんだ』と言わんばかりの仕草――両肩を軽く上げているポーズには、少々イラ立ちを覚える。この土人形、体が大きくなったら、態度も大きくなったな…………いや、元からか。
迫ってくる敵の包囲網をグルッと見渡して。
うん。
――頃合いだ!
「行ってくる」
皆に、そう声を掛け、モンスターの群れへと僕は突撃した。
「やぁぁぁぁぁ!」
僕の大声を上げての突然の猛進を受け――
モンスターの群れは混乱の様相を呈した。モンスターどもからすれば、僕ら冒険者4人をジリジリと追い詰めている最中だったのだ。まさか、その中の1人が単独で逆襲してくるとは思いもよらなかったに違いない。しかも、狂ったような勢いで。
予想外の展開に直面してしまうと、思考が止まり、即座の行動ができなくなるのは人間もモンスターも同じらしい。
僕は応戦するのに手間取っているゴブリンやオークを蹴散らしつつ、駆け続ける。今なら動きが鈍いゴブリンとオークを容易に倒せるだろうが、敢えて無視する。目標は、あくまで、この場所に居るモンスターの中での最強の存在――トロールなのだから。
そして僕は、トロールに負けるなどとは微塵も思わない。絶対に、勝つ。
問題なのは、5匹のトロールを全て片付けるのに掛かる時間。モタつく訳には、いかない。
内心で、己へ言い聞かせる。
そう。
如何に強かろうが、トロールはモンスターであって、クラウディやリアノン、ランシスたち――騎士とは違う。技を競う必要も、相手の思惑を考慮する必要も無い。なすべきは、単純な打倒。重視すべきは、効率性。ならば――――この期に及んで、もう隠すな! 躊躇は、無用。やるしか無い。
討て。害せ。壊せ。命を奪え。あらゆる手を使い、全力で屠ってしまえ!
1匹目のトロール。
ソイツは僕が接近していくと、片手に持っていた棍棒を振りかぶり、凄い速度で叩きつけてきた。打撃によって、僕の頭をカチ割るつもりなのだろう。
その一撃を躱し、体勢を低くしながら、トロールの両脚の間に滑り込む。高身長のトロールが、ガニ股加減で足を踏ん張っていたため、難なく通り抜けて、背後を取ることが出来た。
間髪を入れず、姿勢を低くしたまま、ククリを横薙ぎに振るう。
『ギャ!』
トロールが悲鳴を上げた。ヤツの右足と左足、両方のアキレス腱の部分が、いっぺんに、僕のククリによって切り裂かれたためだ。
トロールは全身が硬い皮膚で覆われており、それが一種の鎧の代わりになっている。けれど強化されていないウィークポイントも幾つかは、ある。アキレス腱も、その1つだ。
左右の足首に深傷を負ったトロールは、立っていることが出来ずに蹲る。
残り4匹のトロールが、僕へと目を向けてくる。トロールどもに〝仲間意識〟などはあり得ないが、それでも自分と同種のモンスターを傷つける存在が現れた以上は、関心を持ってしまうのは自然な成り行きだ。
蹲っているヤツとは別の、近くに居る2匹のトロールへ、それぞれ《炎弾》を飛ばす。《炎弾》は火系統の魔法の中で《火球》ほどの威力は無いが、射程が長く、速度もあるのが特徴だ。挑発行為のための魔法として、トップクラスに使いやすい。
『ウォー!』
『グァ!』
果たして、僕の《炎弾》に撃たれたトロール2匹は、どちらも怒った。ダメージはほとんど与えられなかったが、そこは想定内。目論見である〝まず、手はじめに倒すべき敵〟として僕を認識させることは、成功したようだ。
ドスドスと乱暴に足音を立てつつ、2匹のトロールが近づいてくる。僕に足首を斬られたトロールも、多少ふらつきながらではあるが立ち上がった。
1箇所に集まってくる、トロールたち。
3匹のトロールが一斉に、僕へ襲いかかってこようとする。でも、それが僕の狙いだ。敵と自分の位置を見定め、己にとって最適の場所を割り出し――最初に傷を負わせたトロールから、やや離れた地へ素早く移動して、振り返る。
僕の視線の先では、3匹のトロールが、魔法による攻撃範囲内に収まっている。
息を深く吸う。体内の魔力を確認する。右手にククリを持った状態で、左の掌を前方へ突き出す。
瞬間、《暁の一天》の皆のほうをチラリと見遣った。
アレクはサーベルを、キアラはメイスを振るって、ゴブリンやオークと果敢に戦っている。
ドリスは後方に下がっているが、彼女を守るようにジャンボ・ゴーちゃんがモンスターと格闘していて、その姿は、なかなかに勇敢だ。パンチをしたり、キックをしたり、組み合ったり……戦闘ロボットと怪獣のバトルシーンみたいだ。
大丈夫! 皆は強い。頑張っている。
僕は僕で、自分の役目を果たさなければ!
再び、3匹のトロールを注視する。
まずは、お前等をまとめて片付けてやる!
意識を集中する。左腕が熱くなり――――喰らえ!
「《火炎放射》!!!」
左手から巨大な炎が吹き出し、渦を巻きながら目標を目掛けて飛んでいく。僕の仕掛けによって1つの地点へと集まってきていたトロール3匹の姿は、あっという間に炎の中に消えた。
灼熱の大火炎が通り過ぎたあとに残っているのは、黒焦げになった3つの塊。どれも燃焼によって、生前の原形をとどめないほどに崩れている。獣人の森での戦いで、最強クラスのモンスター・巨大白蛇さえも倒した魔法だ。トロール3匹の息の根を止めるには、充分すぎる威力を持っており……むしろ、パワーは過剰だったかもしれない。炎の攻撃に巻き込まれ、かなりの数のゴブリンとオークが死体となるか、存在そのものが消滅した。
いきなり大魔法が使われたためか、現場は一瞬だが静かになる。モンスターも冒険者パーティーも、次の対応をどうすべきか、咄嗟に判断しかねているに違いない。
アレクたちのほうは、敢えて見ない。もう、僕が魔法を使えることは、彼らへ明白になってしまった……《炎弾》くらいなら、まだ誤魔化しようはあったんだが、これが《火炎放射》となると――
いや。言い訳については、後で考えよう。今は勝つこと、生き残ることが先決だ。
敵の動きも止まっているんだ。このチャンスを無駄にするな! 行け!
4匹目のトロールへ向かって、走る。
「《双風刃》!」
モンスターが武器の棍棒を構えるより早く、2つの風の刃を飛ばす。
狙いは、ヤツの首! ここも比較的、外皮の硬さが、それ程でも無いのだ。
右側と左側、2つの方向から同じタイミングで襲って来た《風刃》によって、トロールの太い首が傷つく。あたかも見えない巨大なハサミを使って、何者かがトロールの首を切断しようとしているかのごとき残酷な光景――モンスターの首の左右から、濁った色の血液が噴出する。
しかし、〝さすがはトロール〟といったところか。まだ首は、千切れない。
人型モンスターが苦痛に悶え、首から肩に掛けての部分は血に染まっている。トロールには知性があり、感情があり、当然ながら痛みの感覚もあり――――が、容赦はしない。する必要性も、理由も無い。
僕は跳び上がり、敵の肉体、その損傷箇所を目掛けて、ククリを全力で横に払った。
ガツッと。握りしめている愛刀の柄より、敵の骨を砕いた感触が伝わってくる。
トロールの頭部は地面へ落ちた。続けて、首を失った巨体がユックリと倒れる。
トロールは、あと1匹。ソイツのほうへ目を遣るが、僕と戦う気満々の様子だ。同種属が4匹、僕の手に掛かったにもかかわらず、怯む気配など全く見せない。個体の性質から来ているものなのか、トロールだからなのか。
あらゆるモンスターがそうだとは思わないが……。
油断をするな!
気合いを入れ直す。
トロールは、タフなモンスターだ。武器のみで倒そうとすれば、たとえ相手が1匹であっても、時間を取られる。やはり、魔法を使用すべきだ。
そして僕の体内には、まだ魔力が残っている。《火炎放射》をもう一度放つのは、さすがに無理だけど……ならば!
僕は最後のトロールへ近寄るや、《風刃》で攻撃した。大腿部を直撃したものの、さほどの傷は与えることが出来なくて……しかし、それは別に構わない。痛覚への刺激はあったらしい。振りまわしていた棍棒の動きが、やや低速になる。
付けいるべき隙を敵に見いだすと同時に、地面を蹴って、跳ぶ。
跳躍中にトロールと目線が交わる。憎悪に満ちた眼差しを強く睨みかえし――次の瞬間、ヤツの口の中に拳を突っ込んだ。牙をへし折り、咬まれるより早く、魔法を放つ。
「《火球》!」
叫び、手を引き抜く。
火の魔法によって喉と胸の内部を焼かれ、呼吸困難に陥ったトロールが体勢を崩す。脚に負っているダメージも影響したのか、よろけ、膝をつく。
着地した僕の目の前に無防備に晒される、敵モンスターの上半身。僕はククリの刃を水平にして、ヤツの胸へトドメの一撃――刺突を食らわせた。
確かにトロールの胸部は頑丈だが、内側を焼かれた上での、外からの強力な攻撃だ。僕のククリは、トロールの胸を突き破った。背中から刃の先端が飛び出す。
間違いなく、仕留めた。トロールの肺を壊し、心臓を潰した。
ゴボッと。口より大量の血を吐き出し、トロールは死んだ。
これで、トロール5匹は全滅だ。
けれど、まだ気を抜くな。残りのゴブリンとオークを、掃討しなければ。
《暁の一天》の皆は、どうしている――?
「ゴーちゃん、3秒会わざれば、刮目して見よ」の元ネタは「男子、三日会わざれば、刮目して見よ」という慣用句です。『三国志演義』の故事に由来していて、対になっている言葉には「呉下の阿蒙にあらず」があるのですが、これは「ゴーちゃん、アホにあらず」と変換を……(どうでもいい話)。




