猫族少女との出会い
特訓地獄で、僕はブルー先生に獣人族の生態を教わった。
「獣人の猫族とは、どんな生物ですか?」
「猫っぽい生物です」
「犬族は?」
「犬っぽい生物です」
「……ブルー先生。もう少し、具体的に教えてください」
僕が抗議すると、ブルー先生は「フッ」と笑いながらキザっぽく前髪をかき上げた。
全く以て、ダサかった。
ブルー先生は〝鬼族選りすぐりの眼鏡インテリ〟を自認しているけど、寅縞パンツの一張羅が全てを台無しにしていることに何故気付かないんだろう?
「サブローが、何を考えているのか分かりますよ。要は、ウェステニラに居る獣人族の容姿について知りたいんでしょう?」
図星だった。
僕がラノベから仕入れた知識によると、異世界の獣人の姿は主に2つのタイプに分かれている。1つは獣に近いタイプ、もう1つは人間に近いタイプ。
僕の希望は、もちろん人間に近いタイプ。
ウェステニラへ行ったら、人間の女の子に猫耳と尻尾を付けただけの姿で語尾に『ニャン』づけする猫耳美少女に是非とも会いたいものだと、過酷な地獄の訓練の中でいつも思っていた。
語尾が『ワン』づけの犬耳美少女や、語尾が『コン』づけの狐耳美少女でも良いけどね。
ちなみに語尾が『ポン』の狸少女や、語尾が『モー』の牛少女でも可。
但し、語尾が『シャー』の蛇少女なんかは遠慮したい。
「サブロー。夢を見るのは、若者の特権です」
頭の中で猫耳少女にあざといポーズをさせていると、ブルー先生が語りかけてきた。
「ですよね~」
「しかし、夢とは、いつか潰えるからこそ〝夢〟なんです」
「なんて酷いことを仰るんですか、先生! 夢とは、〝叶えるもの〟なんです」
僕の猛抗議を、ブルー先生はせせら笑った。
夢を捨て去った大人の歪んだ笑みだった。
「サブロー。若さを言い訳に現実を直視していないと、いつか越えることの出来ない大きな壁の前で立ちすくむハメになりますよ」
「その時は、壁を迂回するので別に構いません」
胸を張って意見表明する僕に、ブルー先生はショックを受けた。
「どうして夢の無いセリフを口にするんですか!? サブロー。『若さとは諦めないこと』なのに」
ブルー先生、さっき言ったことと内容が真逆です。せめて1時間くらいは(地獄に時間は流れていないけど)、自分の発言に責任を持ってください。
「僕は、必要最小限の努力で最大限の成果を得ることを目指している男なんです」
「サブローは格好良いセリフを述べたつもりなのかもしれませんが、それはただの怠け者の言葉です」
話が逸れすぎだ。
「で、先生。ウェステニラの獣人の容姿は……」
「サブロー、思い出しなさい。教えたでしょう? 獣人のブタ族とオークの外見はソックリだと」
確かにブルー先生に習った。オークとブタ族の違いは、語尾に『ブー』をつけるか否かだけだと。
つまりウェステニラの獣人族の姿は、人間的では無いということか……。いや、ブルー先生もさっき言ったじゃないか。『若さとは諦めないこと』なのだ!
だいたいブタ耳美少女と猫耳美少女とでは、需要の大きさに差がありすぎる。需要の伸びに沿って供給が拡大するのは、経済学の常識。
ブタ族を基準に、獣人の外見を考えるなんて間違っている。
それに、それに僕は知っているんだ。
猫には乳首がいっぱい付いてるんだぞ! 個体によって異なるが、おおよそ6個から12個、普通は8個だ。
もしウェステニラの獣人がケモノっぽい姿だったとして、猫耳少女におっぱいが8つあったら誰が責任を取るんだ!
限りなく獣に近い風貌の猫少女をヒロインに据えている異色のファンタジー小説があるけど、それでもおっぱいの数は2つだったはず。
純情な日本の少年たちは〝そのまんま猫顔〟のヒロインは受け入れられても、8個のおっぱいを持つヒロインには耐えられないのだ。
少年の夢を壊さないためにおっぱいの数を譲歩するなら、ついでに容貌や毛深さについても妥協しようよ! 頼むよ! ウェステニラを創った神様!
♢
結局「ウェステニラで見届けなさい」と言って、ブルー先生は現地の獣人の姿がどのようなものなのかを詳しくは教えてくれなかった。
でも、ついに今、真実の扉が開かれる!
『人間が巨大蟹をやっつけるなんて、信じられないニャ』
そう口にしながら、半袖の上着にショートパンツの服装をした猫族が姿を現した。片手に弓を持ち、矢筒を背負っている。
身にまとうムードと声の甲高さより、その猫族が若い女性であることを僕は直感した。
少女と僕、ご対面。
決定的瞬間。
期待と不安。
臆するな! 刮目しろ! さすれば、栄光の扉は開かれ……ん?
僕の目の前にたたずむ、猫族の女の子。
身長は僕の胸くらいまでの高さ。つぶらな瞳。ぴくぴく動く耳。こぢんまりとした鼻。しなやかに伸びる手足。フリフリのシッポ。顔は猫そのまんま。そして、全身を覆う真っ黒い毛。
着眼。感想。観覧。黙考。視認。熟慮。
……なにをどうやったところで、家猫が巨大化して2足歩行しているようにしか見えない。
ちくしょ――――!! ウェステニラに神など居なかった!
絶望に苛まれながらも、意識がブラックアウトするのだけは何とか防ぐ。
ウェステニラ現地住民との初コミュニケーションだ。ここは上手く、こなさなくちゃならない。
よし! 真美探知機能の発動だ! 今こそ、その卓越した性能と偉大なパワーを実証せよ!
僕の瞳は、猫族少女の内側に潜む〝美しさの本質〟を映し出す。
……リアル猫少女の姿はいつの間にか消え、元気いっぱいの人間の女の子が興味深げにマジマジと僕を見つめている。
猫的要素は……え~と……。
『何者にゃのニャ?』
うん、まずは〝ニャン〟言葉。あと、ショートボブの黒髪からピョコンと突き出している猫耳。そんで、黒い尻尾。ユックリと大きく左右に振ってるね。
ドキドキワクワクしつつ、僕を観察しているようだ。好奇心の強い子なのかな?
言葉・耳・尻尾。この3つ以外は、丸っきり人間の女の子だ。しかも、飾り気のない美しさ、素朴な可愛さがある。すれた雰囲気は、微塵も無い。
半袖シャツと短パンより伸びる手足の肌は健康的に輝き、身体中に生気が満ちている。
あんまり都会的な感じじゃないけど、田舎っぽさが逆に魅力的な女子中学生。
そんな印象を、僕は受けた。
眩しいなぁ。愛らしいなぁ。地方都市のご当地アイドルみたいだなぁ。お付き合いするのは無理でも、追っかけにはなりたいなぁ。
ミニライブや握手会には、絶対行くんだ!
そして! 贅沢を述べさせてもらうならば……もしも、もしもだよ? こんな子が幼馴染みだったら……堪りませんね! 最高ですね! ブラボーですね! 加えてお隣さんで、毎朝起こしに来てくれるとか。「もう、サブくんはお寝坊さんね!」などとお決まりのセリフを口にしつつ。
まぁ、〝サブ〟は補欠を意味する単語だから、愛称としてはイマイチだが。
この子が呼んでくれるなら、あだ名は〝サブ〟でも〝補欠〟でも〝控え〟でもOKですよ! 家の合い鍵も無条件で差し上げます。親の意向とかセキュリティー問題とか、知ったこっちゃありません。
更に材料費と手間賃を差し上げますので、お弁当も作ってください。
ランチボックスの中身が白米のみだろうと、ブロッコリーまみれだろうと、芋三昧だろうと、喜んで食べきります!
そう言えば、「幼馴染みの女の子が手作りしてくれた弁当の価値は、宮廷の専属シェフが王族へ提供する超高級料理に匹敵する」と以前に聞いたことがあるな。
幼馴染みの女の子の手作り弁当……一般庶民は、漫画やアニメのシーンの中でしか見たことが無いからね。所詮はフィクションで、リアルには存在しないんじゃ……? と疑っていたりする。
少なくとも僕の学生生活において、クラスメートの男子でそんな女神の恩寵に与れていた王侯貴族階級は、ただの1人もいなかった。悲しい。
しかし、僕は異世界に転移した!
未知との遭遇に期待するのも、当然と言えば当然!
ブレイクスルーなミラクルだって、あり得るかも!
幼馴染み! 手作りのお弁当! ご当地アイドル! 猫耳美少女! リズミカルに動く尻尾! ニャンがニャニしてニャンなのだ!
……いかん。真美探知機能が暴走する前に、僕の中の〝思春期の切なる願い〟が暴走しそうだ。
それほどの衝撃。
クールダウンしろ、僕。
心は平静、平成、時代は令和。頭を冷やして、ハートは平和。
うん、落ち着いた。
……ところで、現在僕が目にしている彼女の容姿って、真美探知機能を使用した結果なんだよね? そうなんだよね? シッカリとした根拠に基づく映像だよね? 僕の手前勝手な願望が見せている幻じゃ無いよね?
単なる妄想だったら、泣く。
真美探知機能の効果をOFFにすると、そこには元のリアル猫少女が立っていた。
だが、僕は気落ちしない。むしろ、テンションが再び上がる。
先程の猫耳美少女(人間バージョン)と姿が重なるためか、彼女の外見がチャーミングに感じられて仕方が無いのだ。
僕は、本当に馬鹿だなぁ。異世界ウェステニラでリアル猫少女に出会ったからと言って、どうして驚いたりしたんだ。
よく、考えてみろ! 獣人の猫族がリアル猫なのは、カレーライスが辛いのと同じくらい至極当たり前な事象だ。
猫耳と尻尾をつけた人間の女の子は、確かに可愛いよ。素晴らしいよ。僕も、ついさっき、まざまざと実感した。
けれども呼称を変えれば、それはいわゆる〝猫もどき〟。コスプレの範疇。日本でも、ちょっとマニアックなお店に行けば見ることが出来る。
ガッツリ系獣人に会わずして、異世界ウェステニラへ来た意味があろうか!
大丈夫だ。僕は24時間頑張れる男なんだ。
リアル猫少女の可愛さだって、ちゃんと認識できる。受け入れられる。違和感なんて、これっぽっちも抱かない。
グリーンの過酷な訓練を思い出せ!
幾多の試練を乗り越えた僕は、イエロー様やブラウンたち、筋肉ムキムキの鬼族の女性にも〝美〟を感じられるまでに成長したはず。
特訓終盤では「サブローが持つ真美探知の能力は、全生物対応タイプになりました」とグリーンが僕の進化を絶賛してくれたっけ。
たまたまその光景を目撃したレッドが、「それは進化では無くて、退化だと俺は思うんだが」と呟いていたような気もするけど。
凝視していた時間が長かったせいか、猫族の少女は少しばかり僕に警戒心を覚えてしまったらしい。
数歩分の距離を置き、それ以上近寄ろうとしない。
念のために、彼女の姿を今一度確認しよう。
真美探知機能の多用は禁物。
大切なのは、現実の彼女の姿を如何に受容するかだ。
僕は真美探知機能には頼らず、己が感受性と洞察力を極限まで高めることに神経を集中する。
煌めけ、我が叡智! 開け、我が心眼よ! 鋭敏な頭脳と曇り無き眼で、事実を見定めるのだ!
僕の目の前にたたずむ、猫族の女の子。
少女の身長は僕の胸くらいまでの高さ。つぶらな瞳。ぴくぴく動く耳。こぢんまりとした鼻。しなやかに伸びる手足。フリフリのシッポ。顔は猫そのまんま。そして、全身を覆う真っ黒い毛。
着眼。感想。観覧。黙考。視認。熟慮。
…………美しい。
僕は、ウェステニラの猫族少女の可憐な容姿に感動した。奇跡の邂逅に、心より感謝する。やはり、ウェステニラに神は居たのだ。
『あ……あの、アタシをジッと見てるけど、何なのかニャン?』
おっと。麗しきレディを、怯えさせちゃいけないな。
『失礼。猫族のお嬢さん。貴方の美しさに、つい見入ってしまいましたのニャ』
『え~、〝美しいお嬢さん〟って、なにホントのことを言ってるのニャ』
猫少女は身体をクネクネさせている。どうやら、照れているようだ。
『と、言うより、アナタ人間のくせして、猫族の言葉を話せるニョ!?』
少女の瞳はまん丸くなり、シッポがボワッと膨らむ。
『ええ。獣人の方々の言語は、一通り話せますニャン』
自分で喋ってて何だが、男の〝ニャン〟づけ言葉は気持ち悪いな。
『人間を見掛けたことは何回かあるニョだけど、猫族の言葉で話しかけてきたのはアナタが初めてニャ。巨大蟹もやっつけたみたいだし、ホントに凄いにょニャ』
猫少女が尊敬の眼差しを向けてくる。
僕は何となく、少女の胸に目を向けた。
ペッタンコだ。
真美探知機能によって人間の姿になった折も、真っ平らだった。関東平野でした。
いや。僕はバストの偏差値化には断固反対の立場を貫く平等主義者なので、無乳だろうと微乳だろうと、全て受け入れますよ!
でも、おっぱいの数だけは、どうしても気になるのです。
筋肉ガテン系だった鬼族の女性たちのおっぱいは、ほぼ胸筋と区別がつかなかった……しかし、その数は2つであった。
もし鬼族の女性たち1人1人が、それぞれ4つや6つのおっぱいを備えていたとしたら、僕の精神はグリーンの訓練中に確実にゲシュタルト崩壊を起こしていただろう。
現在の僕の精神は、それほど軟弱では無い。
けれど仮に猫族の女性のおっぱいの数が8つなら、今後起こるであろう猫族関連のイベントは出来る限り省略させてもらおう。そうしよう。
猫族の女性のおっぱいの数を知りたいな。
……ここは、ウェステニラ。日本の常識が通用しない異世界。会ったばかりの少女に、いきなりおっぱいの数を訊いても、普通に答えてくれたりして。
日本だったら、確実に警察のお世話になる事案だが。
『ところで、お嬢さんは幾つかニャ?』
あ、心の中の疑問の声が、つい外に漏れ出ちゃった。
『14ニャ!』
『え! そんにゃに!?』
猫の乳首の数は、多くてもせいぜい12個程度だった気が。
『13を超えなきゃ、村の外に1人で出してはもらえないのが掟ニャ。アタシは14だから、1人で狩りをしても良いのニャ』
そう言って、少女は自分の持っている弓を僕へアピールする。
ふむ。猫族は、おっぱいの数で女性の行動範囲を決めるのか。不思議な風習だな。
しかし、一見奇妙にみえる習慣も、歴史と風土に根差した合理的理由に基づいて行われているケースは少なくない。
早とちりしちゃいけないよね。
…………早とちりしちゃいけないよね。
「おっぱい」連呼スミマセン……(土下座)。
いっぱいなおっぱいにかんぱい(乾杯・完敗)です。