冒険者である、その理由(イラストあり)
★ページ途中に、キアラ(ドワーフっ娘)のイメージイラストがあります。
考えるより先に、アレクへ向かって走り出す。
崖の上からの、ゴブリン3匹による襲撃――頭上が死角になっているアレクはともかく、ドリスやキアラは即座に気付いたはずだ。魔法使いの少女もドワーフの少女も、2人ともプロの冒険者なんだから。実際、背後からハッと反応する少女たちの気配を感じる。
要するに――
僕が彼女たちより、一瞬だけ早く、事態を把握しただけ。しかし、その一瞬が己の、そして他者の生死を分ける。
急接近してくる僕に驚く、アレク。それに構わず彼の隣をすり抜け、そのまま全速力で崖を駆け上がる。重力に引かれて勢いが落ちる前に壁面を蹴り、その反動で更に高く跳ぶ。
上から落ちてくるゴブリン3匹と、空中で交差する。右側にゴブリンが1匹。左側にゴブリンが2匹。どいつ等も短剣を持っているが、そんなのは無視だ。
腰に提げているククリを抜き放ち、右のゴブリンの首を刎ね飛ばす。同時に左脚で、突き蹴りを放つ。左側の、より近くに居たゴブリンは、僕の足裏の一撃をマトモに受けて横方向へ吹っ飛んだ。もう1匹の左のゴブリンにぶつかり、2匹まとめて、アレクから離れた地点へ落下していく。
崖の上を瞬時、見る。取りあえず、気になる影は無い。
空中で一回転して体勢を立て直し、着地する。首と胴体を切断されたゴブリンは、無害な2つの肉塊になった。問題は、残りの2匹。もつれ合った状態で落ちたため、2匹とも、まだ立ち上がっていない。良し――反撃など、させない!
標的に近づき、容赦なくククリの斬撃を加える。血しぶきが、続けざまに飛び散る。2匹のゴブリンは、どちらも頭を断ち割られ、死んだ。悲鳴を漏らす暇さえ、与えられず。
チラリと後ろへ目を遣って確認すると、ゴブリンの首の無い胴体と、転がった頭部が見える。あのゴブリンも間違いなく、死んでいるな。当たり前ではあるが。
…………。
殺した。3匹のゴブリンを。人型モンスター――人間とは異なるにせよ、知性のある生き物の命を、僕は奪った。なのに、心が全く動揺していない。後悔する気持ちなど、欠片もない。少し前、冒険者ギルドの地下の階にある檻の中で、初めてゴブリンを殺した時には、あれほど精神にダメージを受けたにもかかわらず。
そうだ。あの〝殺しの体験〟は、とても辛かった。僕はショックを受けて、別室で待っていてくれたミーアに助けを求め……彼女へ、縋り付いてしまった。ミーアの優しさ、温かさ、彼女の慰めにより、僕はようやく立ち直ることが出来たんだ。
けれど現在、僕の心は静かだ。無論、戦闘による高揚はあるものの、殺戮への罪の意識は微塵も無く、感情は落ち着いている。何故だ? あの時と、何が違う?
…………ああ、なるほど。そういうことか。
ギルドの地下では、僕は自分が慣れるために、冒険者としてやっていくために――そう。あくまで、自分の経験値のために、2匹のゴブリンを殺した。
しかし、今回は違う。僕はアレクを守るために、3匹のゴブリンを討ち果たした。〝アレクを助けなくては!〟との強い思いの前には、ゴブリンの命に対する憐憫の情など、浮かぶはずも無かった。殺すことに躊躇は一切、無かった。
冒険者になる、理由。
冒険者である、理由。
パーティーを組む、理由。
敵に立ち向かう、理由。
戦う、理由。
殺す、理由。
――命を奪う、理由。
ようやく、悟る。
僕が《暁の一天》に加入した翌日に、どうしてソフィーさんがナルドットの観光に僕を連れ出したのか? パーティーメンバーと僕、それぞれの心の距離を近づけることが目的だったんだ。
彼女は言った。「パーティー内での親交をキチンと深めることも、冒険者にとっては大事な仕事なの」―――と。
ソフィーさんにとっては、あの観光も仕事だったんだ。僕に『《暁の一天》のメンバーは仲間である』と明確に認識させるために、わざわざ丸一日を費やして街を巡り、最初から最後までリラックスした雰囲気を演出しつつ、交流を行った。
そして、その効果はあった。僕は今、自分が《暁の一天》の一員である事実をシッカリと受けとめている。アレクも、ソフィーさんも、ドリスも、キアラも、レトキンも、僕の大切な仲間だ。彼らの生命を守るためなら、人型モンスターを殺す行為に気後れすることなど無い。愚かな葛藤で、仲間を危険に晒したりは出来ない。退治する対象に、知性があろうが無かろうが、そんなのは関係ないのだ。
命に関する優先順位が、僕の中で確定してしまっている。戦闘する以上、必要なら殺せる―――人型モンスターどころか、おそらくエルフやドワーフ、獣人、更には人間でさえも。
これが『冒険者になる』ということなのか…………ひとまず、納得する。しかしながら、物事を単純に敵・味方のロジックで割り切る思考については、後で改めて整理し直す必要があるかもしれない。早急に結論を出してしまって、心の中に《殺しの免罪符》を得て安堵するのは、それはそれで、どこか間違っているようにも思えるから。
頭から胸へかけて真っ二つになっているゴブリン2匹の死体に今一度、目を向けて、振り返った。アレクの側に、ドリスとキアラがやって来ている。
刃に付着している血を布で軽く拭い、ククリを鞘へ収める。そして3人のもとへ、歩み寄った。
「サブロー……」
アレクが言葉を発しかけるのを手で制し、促す。
「まずは、崖から離れよう」
今はそんな様子は見られないが、もしもまた崖の上からゴブリンが襲ってきたら、堪ったものじゃない。
崖より少し距離を取った場所まで来ると、真っ先にドリスが口を開いた。
「いろいろと言いたいことはあるんだけど……最初にアレク様、じゃ無くて、アレクを救ってくれて、ありがとう。悔しいけれど、あたしとキアラだったら、おそらく間に合わなかった」
「サブロー、助かったよ。洞穴の中の状況にばかり気を取られていて、崖の上への注意を怠るなんて……馬鹿だった」
アレクとドリスが頭を下げようとする姿勢になったため、僕は慌ててしまった。
「アレク、ドリス。僕たちは、同じパーティーのメンバーじゃないか。礼など、不要だよ」
「だが」
「そうね」
迷いを見せるアレクに対し、ドリスはアッサリと僕の発言を聞き入れて背筋を伸ばし、話を続ける。
「さっきのサブローの芸当は、本当に見事だったわ。ゴブリン3匹をあっという間に討ち取るなんて、まさか、アンタにそんな真似が出来るとは考えてもみなかった。正直、アンタのことは、もっとヘッポコだと思っていた」
おい!
「サブロー、凄い」
キアラが緑の瞳をキラキラさせながら見上げてくるので、僕はチョット恥ずかしくなった。
一方、ドリスはやや責める口調になる。
「けれど……サブロー。アンタ、最初にあたし達に出会った日にやったソフィーとの模擬戦で、手を抜いていたわね」
「いや。それは違うよ」
ドリスが〝コイツ。隠し事が、他にもあるんじゃない?〟という眼差しを向けてくるので、僕は首を横へ振った。アレクは黙ったままだが同様の疑問を抱いているらしく見えるし、ここはキッチリ否定しておかないと。
実際、僕はソフィーさんとの模擬戦は真面目にやった。決して、いい加減な気持ちで武器を交えたわけじゃない。まぁ『全力だったか?』と訊かれると、ちょっと返答に迷ってしまうけど。
あれから、数日。自身へ回復魔法を地道に、かけ続けていることもあり、クラウディとの決闘で負った傷はだんだんと癒えてきている。体力が戻ってくるにしたがって、手足の動きが、少しずつスムーズになってきた。以前よりは戦えるようになったのは事実だが、そのために誤解されるのも困る。
身体の状態は未だ、万全では無いのだ。激しい運動をすると、やっぱり左肩などアチラコチラにある傷跡が、キリキリと痛む。今も体調は、それほど良くなくて……追加で、これから、別の敵と対戦するのは御免こうむりたいところではあるが…………くそ! そう上手くも、いかないようだ。
「でも――」
「ドリス。僕に関する話は、後にしようよ。今は、そんなことを言っている場合じゃないみたいだぞ」
「そうだな」
僕の言葉に、アレクが同意する。キアラも、こっくりと頷いた。少し遅れて、ドリスも気付いたらしい。緊張した表情になって述べる。
「え? あ、これは……あたし達、モンスターに囲まれている?」
僕らの周りに、多数のモンスターが集まってきていた。やや距離を取りつつ、グルリと逃げ場がないように取り囲んでいる。モンスターの数は……およそ40匹。見える範囲で、ゴブリンが20数匹。その他は――
「トロールが5匹、オークは10匹以上、居る。厄介。特にトロール」
冷静に状況を話す、キアラ。
さっき、キアラは僕のことを「凄い」と言ってくれたが、キアラも充分に凄い。
〝モンスターの大群による包囲〟という脅威に直面しているのに、恐怖の表情を全く浮かべない。が、肩がこわばり、武器のメイスを握る力が強まったのは分かった。さすがにプレッシャーを感じているのか、いつものノンビリした雰囲気は消えている。
ゆっくりと戦闘の構えを取る、キアラ。
アレクも己の得物である片刃の剣を抜き、それから疑問を口にする。
「……いったい、どうなっている? ゴブリンとオークとトロールが混合して群れを形成するなど、あり得ない事態だぞ?」
人型モンスターの特質や習性については、僕も冒険者ギルドの研修で習った範囲で知っている。
ゴブリンは背が低く、外見は醜悪。肌は茶褐色。
オークはブタ顔が特徴で、肥満体型。肌の色は濁った緑。
トロールは怪力を誇り、その外皮はとてつもなく硬い。肌は青みがかった灰――鉛の色。
どの種属も、代表的な人型モンスターだ。
ウェステニラの人型モンスターは通常、別の種類のモンスターと協力しあうことはない。敵対して争っているケースは良くあるが……。モンスターは自分の種属以外を、極度に嫌うためだ。ただし、オークとゴブリン、あるいはオークとトロールが手を組んでいる事例は、ごく稀にではあるが、見受けられる。
ゴブリン・オーク・トロールのモンスターに関する情報を述べると――
頭の良さの順番は、オーク・ゴブリン・トロールとなる。トロールは体の大きさに反して、知能はあまり高くないのだ。
体格の良さ、戦闘における強さの順番は、トロール・オーク・ゴブリンとなる。3種属の中でも、ゴブリンは特に体が小さく、力も弱い。比べて、トロールは圧倒的に強い。平均的な背の高さは、オークは大柄な人間と同じくらいだが、ゴブリンは2ナンマラ(1メートル)、トロールは6ナンマラ(3メートル)となる。
つまりオークは、トロールやゴブリンと比較すると、知力・体力のバランスが優れているわけで……。
そのため、オークがゴブリンを力尽くで一時的に従えたり、トロールを巧みに戦いへ誘導したりするケースがあるのだ。やるな、オーク。さすが、女騎士リアノンの宿敵なだけのことはある。
ちなみにゴブリンはトロールより知能はあるが、力の差があまりにも大きくて、操ることなどとても出来ない。
しかしオークがトロールを上手く操縦することはあるにせよ、その場合でも、集団のオークが1匹のトロールを伴っているだけだ。それほどにトロールは凶暴だし、あと、そもそもトロールは群れを作らず、単独で行動するのを好むモンスターなのである。
故に……現在、僕らの眼前に展開している状況は、異常すぎる。ゴブリン・オーク・トロール……総計で40匹を超える数のモンスターが、互いに争わずに、僕らへだけ攻撃を仕掛けようとしてきている。いくら人を襲うのがモンスターの本能とはいえ、これは、あまりにも……それこそ、各モンスターを支配・統率することが出来る上位種が、この事態の裏に存在しているのではないか? ――そう疑ってしまう。
加えて、モンスターどもの武器が雑多では無く、種属ごとに統一されているのも不自然だ。ゴブリンは短剣、オークはギザギザ刃のノコギリ剣、トロールは巨大な棍棒を持っている。何者かが、用意した?
ドリスの声に、かすかに焦りの色が滲む。
「ゴブリンなら何匹を相手にしたとしても平気だけど、トロールはマズいわね。しかも、5匹――これだけの数のトロールをいっぺんに目にするのは、初めてだわ」
「今までに、《暁の一天》がトロールと戦ったことは?」
僕の問いかけに、アレクが答えた。
「勿論、何度かある。だが、どの場合でも、単一のトロールを狩っただけだ。モンスターの中で、トロールは強敵だ。ソフィーやレトキンだったら、1対1で戦える。けれど、悔しいが僕とキアラなら、1匹のトロールを相手に、2人掛かりでないと勝てない」
「こうなってくると、ソフィーとレトキンをボンザック村に残してきたのは……」
そこまで言って、ドリスが口を噤む。
ソフィーさんとレトキンは武力の面において、《暁の一天》のツートップだからな。頼もしさが、段違いだ。
アレクは、モンスターの群れを見渡した。自嘲するかのように、彼の口の端がわずかに歪む。
「いや。この状況、たとえソフィーやレトキンが居ても、どうにもならないよ。こんなモンスターの大群が突然、出てくるなんて、想像を超えている」
ドリスが呟く。
「うちのパーティー……ゴブリン20匹の群れとか、オーク10匹の群れとかなら、戦った経験はあるんだけどね。そして、クエストを達成してきた。でも、それらを合わせて、最悪なおまけとしてのトロールが5匹となると……ただでさえ、ソフィーとレトキンを欠いている状態で、こんな大群に勝てる見込みは――」
『絶望的』とまでは、彼女は口にしなかった。代わりに、何故か明るい調子で僕へ語りかけてきた。
「サブローも、とんだ初陣になっちゃったわね」
「いやいや。《サブロー・偉大なる冒険者伝説》の幕開けに相応しい展開だよ」
「アンタってヤツは……あたしは、こんな舞台には立ちたくなかったんだけど」
「じゃ、全てを諦めて放り出す?」
「まさか!」
ドリスは黄金縦ロールをブンブン揺らしながら、首を左右に動かした。
「でも、敵を全滅させるのは不可能である以上、なんとか脱出する方法を考えなくちゃ」
ドリスの言葉はもっともであるが、残念ながら、その考える時間は無いみたいだ。
モンスターによる包囲網が、縮まってきている。もう数呼吸の後には、一斉に襲いかかってくるに違いない。
集団戦において、敵側に先手を取られるのは避けるべきだ。
そしてモンスターの大群を相手にする場合、初めに叩くべきは雑魚では無くて司令塔、もしくは最も強い敵――
「ねぇ、アレク?」
「なんだ? サブロー」
大ピンチの局面であるのに、アレクの声のトーンは普段通りだ。いや、わずかにだが震えている? 顔色は真っ青になっていて、額には汗が滲んでいるものの、アレクは必死になって平静さを保とうとしている。リーダーとしての責任感が、そうさせているのだろう…………それが、妙に健気に思える。
「一昨日、トレカピ河を見ながら、僕がアレクへ言ったことを覚えている?」
「ああ。『モンスターに出会ったら、瞬殺されてしまう』ってセリフだろ。情けなさ過ぎて、忘れられない」
「違うよ! 『モンスターに出会ったら、瞬殺してみせる』だよ!」
「そうだったかな? 確かに、さっきサブローはゴブリン3匹を瞬殺したし、その言葉に嘘はなかったが――」
アレクの中の僕の信頼度は、多少は上がっているみたい。
「あの時、僕が口にした『モンスター』は、別にゴブリン限定じゃ無いんだよ」
「ん? え~と……『オークが10匹、出てきても』なんてことも、口にしていたか? まるで、現在の状況を予見していたかのようだな」
岸辺での僕とのやり取りを思い出したのか、ちょっとだけ、アレクの頬が緩む。
「だが当然、あんなサブローの駄ボラ、本気にはしていないよ。『有言実行!』と迫ったりなどしないから、心配するな」
駄ボラ……。
「本気にしてくれ」
「は? どういう意味だ?」
怪訝な顔つきになる、パーティーリーダーの少年。
「と言っても、狙うのはゴブリンでもオークでも無い」
「おい、サブロー」
「あの大群の要になっているのは、トロールだ。なので今から、トロール5匹を瞬殺してくるよ」
「誰が?」
「僕が」
固まるアレクへ、僕は笑ってみせた。
キアラのイラストは、ファル様よりいただきました。ありがとうございます!
※人型モンスターの種類や集団については、「種属」「大群」といった表現を用いています。
※サブローが《暁の一天》に加入して以降に、やったこと。
初日――メンバーと会う。ソフィーと模擬戦。
2日目――ナルドットの観光。アレクとトレカピ河を眺める。
3日目――ボンザック村へ移動。
4日目――明け方、強毛ネズミと戦う。そして現在――となります。




