離れていても、心はひとつ
ゴーちゃんの大きさは、人の掌に載るサイズ。腕から手にかけての部分は、先端が丸い棒状になっていて……ドラ◯もんのモノと似た感じ(もっと構造は単純)と思ってください。
ゴーちゃんが2体になった!
姿が、まるっきり同一な存在――ゴーちゃん1号とゴーちゃん2号は(「1号」と「2号」は、僕が勝手に命名した)、『ピギ~』『ピギ~』と元気よく跳ね上がるや、凄い速度で地上を走りはじめた。反対向きになって、互いの右腕の先端部分をペタッと接合し、そこを中心にグルグルと駆けまわっている。
遠心力は同等なので、横倒しになった風車が一箇所で回転しているみたい……楽しそうだな。
え~と。ゴーちゃんは2つになったのに、個々の大きさが以前と変わらないということは、要するに質量の総計は2倍になっているんだよね?
ふむ。増えた分は、どこから持ってきたんだろう?
――あ! そうか。
ゴーちゃんは、《土人形》だった。さっき一度、地面へ潜った(溶け込んだ?)ときに、そこからボディーの素材になる土を調達・補充したに違いない。
『賢い』というべきか、『器用』というべきか……。
それにしてもドリスは、先ほどの強毛ネズミとの戦闘でも落とし穴をいっぱい作って大活躍したし、更に今度はゴーちゃんをババ~ンと分身させてしまった。彼女の土系統の魔法使いとしての腕前が、相当なレベルであるのは間違いないな。技だけで無く、扱える魔力の量が大きいのも凄い。感服する。
ドリスは、ただのくるくるツインドリルじゃ無い。ハイパーなドリルだったんだ。そう。『ハイ』で『パー』な、『くるくる』で………この呼び方は誤解を招きそうなので、やめよう。
「ゴーちゃん!」
ドリスが声を発すると、ゴーちゃん1号とゴーちゃん2号――2体のゴーちゃんはピタ! と動きを止めた。繋がっていた右腕同士が、即座に分離する。そしてハイタッチを交わしているっぽい動作をすると、1号はその場に留まり、2号は生き残りのネズミがバタバタと悪あがきしている落とし穴の中へ、何の躊躇も無くヒョイと飛び込んでいった。
わわわ!
慌てて、穴の中を覗いてみる。
ゴーちゃん2号は強毛ネズミの背中に、しがみついていた。突然に己にくっついてきた正体不明な異物を振り落とそうと、ネズミが暴れ回る。すると2号の両腕がニョニョニョと、ネズミの胴体に沿って、下のほうへ伸びはじめた。右腕も左腕も細く長くなり、ネズミのお腹のところで連結する。
完全な輪っか状態になって、狙った相手を背中から抱え込みつつ、ガッチリ捕捉してしまうゴーちゃん2号。これで、もう絶対に、強毛ネズミは2号から逃げることは出来ない。
巣穴発見のための《ネズミ追尾作戦》準備完了――
レトキンがその大きな手で強毛ネズミの首根っこを掴み、穴の中より引っ張り上げた。解き放たれるや、ネズミは村の外へ、脇目も振らずに駆けていく。ゴーちゃん2号を乗せたまま。
あああ。『ピギ――――――――!!!』……『ピ――ギ――!!』……『ピ~ギ~!』……『ピピピ』って、2号の叫びが、だんだんと遠ざかっていくよ。
でも、あの声は悲鳴というより、『心・配・ご・無・用! 2号ライダーたるボクに、おんぶにだっこで、全てを任せてくれたまえ~!』と宣言しているようにも聞こえるな。勇敢だ。しかしながら、少しばかり自信過剰かも。自分こそ、ネズミに負んぶされつつ抱っこしている、そんな体勢をしているくせに。
ドリスへ尋ねてみる。
「ネズミに引っ付いていったほうのゴーちゃんは、このあと無事に任務を果たせるのかな? どんどん遠くに行っちゃってるけど……どうやって連絡を取るの?」
「ふふふふふ。知りたい?」
「いや。別に」
「どうしても知りたいのね。そこまで懇願されたら、仕方が無いわ。教えてあげる」
不敵な笑みを浮かべ、ドヤ顔になるドリス。ついでに彼女の足もとで、ドヤッとした態度を見せるゴーちゃん1号。
「あちらのゴーちゃんと、こちらのゴーちゃんは、どれだけ離れようと完璧に意思を通じ合わせることが出来るのよ」
「それは凄いね!」
僕が褒めると、ドリスは鼻高々になって自慢げに胸を反らした。製造主(?)を見ならって、ゴーちゃん1号も偉そうに体を後方へ曲げている。
ちなみに、ゴーちゃんには黒点めいた両眼はあるけど、鼻は無い。口も無い。『ピギー』という声が何処から出ているかは、不明。
「そうよ。あたしは凄いし、ゴーちゃんも凄いのよ。もっと熱烈に、全力で賛美しなさいな」
「意思を通じ合わせる……『同調』とか『共鳴』みたいな感じなのかな?」
ゴーちゃんの能力……早い話が《テレパシー》だよね?
ドリスが、得々と説明を続ける。
「ちょっと、違うわね。言い方を変えるわ。分身したゴーちゃんは『意思を通じ合わせている』というよりも、そもそも『同じ意思を共有している』のよ。ゴーちゃんは体は2つになっても、心は1つのままなの」
――体が2つになっても、どれほど離れてしまっても、心は1つ。
えええええ! それって、『ゴーちゃん1号とゴーちゃん2号の意識は、常に溶け合っている』ってこと? あと、やっぱりゴーちゃんには〝心〟があったんだ。《ハートフル・ゴーレム》だったんだ。
僕も土魔法を使えばゴーレムを作ることは出来るが、そのゴーレムに心を持たせるなんてミラクルな真似は出来ないぞ。命令通りに動く土人形以上のものを生み出すのは、いくら頑張っても不可能だ。僕以外の土系統の魔法使いだって、同じなはず。
土魔法の使い手としてのドリスの特性、その優秀さは、際立っている。これは、彼女への認識を本格的に改める必要があるかも――
「なぁに? サブロー。あたしの顔をジッと見て」
「ドリスは……ドリスは……」
「うん?」
「規格外なんだね」
「そうよ」
「非常識なのは、髪型と服装と行動と発言と思考回路だけじゃ無かったんだ」
「なんですってぇ!!!」
♢
ところで。
《離れていても、心はひとつ》――という名文句。これ、恋人同士の関係を言い表しているのなら、とてもロマンチックだ。けど、ゴーちゃん同士の場合だと、即物的な感じしかしないよね。
《離れていても、送料は無料》――と似た印象だ。
♢
『ピギピギピギ』
「なるほど。そうなの。分かったわ」
ゴーちゃん1号が、おそらく《ゴーちゃん2号・ネズミライダー》を通じてリアルタイムで入手しているのであろう情報を、ドリスへ報告している。1号からの言葉に対して、律儀に頷きつつ返答するドリス。
そんな彼女たちを見守りながら――
「あの、ソフィー」
「どうしたの? サブロー」
「ゴーちゃんが何を喋っているのか、ソフィーには分かります?」
「それは……」
ソフィーさんは苦笑した。
「キチンと理解できるのは、私たちの中でドリスだけよ。なんとなく、言わんとしている内容の雰囲気は伝わってくるけれど」
「ですよね」
ホッとする。僕には『ピギ』としか、聞こえないからな。《暁の一天》のメンバーで僕のみがゴーちゃんと意思疎通できてない状態とか、イヤすぎる。
強毛ネズミを解放してから、約30ソク(30分)後。
ドリスが僕らへ述べる。
「あっちのゴーちゃんから連絡が入ったわ。わざと逃がした、あの強毛ネズミが、ヤツらの根城――巣穴へたどり着いたそうよ」
そこでドリスはブルッと身を震わせた。
「かなり大きな洞穴で、中には同種の仲間であるネズミがいっぱい居るみたい。こんなに討ち取ったのに、まだまだ数が多くて、余裕で群れを形成できるほどに……どうする? アレク」
「すぐに、巣穴へ向けて出発しよう」
アレクは即断した。
強毛ネズミの巣になっている洞穴へ赴くメンバーは、アレク・ドリス・キアラ・僕の4人。
ソフィーさんとレトキンは、ボンザック村に残ることになった。この広場で日の出前に行ったモンスター退治の結果を、村長たちへ報告する必要があるからね。加えて村人に手伝ってもらって、ネズミの死骸を片付けなくてはならない。また万が一にもモンスターの再襲撃など、トラブルが起こった場合、村に僕らのメンバーが誰も居ないのはマズい。
リーダーとサブリーダーのどちらが村に残留するべきか、アレクとソフィーさんは少しの間、話し合いをした。
「アレク、気を付けてね」
「ソフィーは心配性だな。強毛ネズミの集団なんて、どれだけの数が居ても問題にならないさ。さっさと、やっつけて戻ってくるよ」
アレクが、ソフィーさんへ笑ってみせる。生意気盛りな弟と世話焼きな姉――2人の関係については、そんな風に感じちゃうな。
♢
『ピ~ギピギ』
「そう。こっちなのね、ゴーちゃん」
ドリスが僕の前を、ゴーちゃん1号と会話をしながら歩いている。で、1号は何処に居るかというと、ドリスの右腕に手足を回して抱きついていて……微妙な光景だ。
村を出発して2ヒモク(2時間)後、僕らはゴーちゃん1号の案内で、強毛ネズミの巣穴がある場所へ到着した。
約20ナンマラ(10メートル)の高さの崖の下の方――地面との接触部分に、横穴がある。出入り口の縦幅と横幅はどちらも4ナンマラ(2メートル)程度で、奥行きがどれほどあるかは外からは見通せない。けっこう大きな洞穴だ。
「中に入ってみる?」
僕が提案すると、アレクは首を横に振った。
「いや。不必要な危険は冒さないほうが良いと思う。ドリス、穴の中の様子は分かるか?」
「ええ。ゴーちゃんからの知らせによると、洞穴の中には…………ううう。強毛ネズミがウジャウジャ、動きまわっているわ。正確な数は不明だけど、3桁なのは間違いなさそうよ」
いくら集団生活の本拠地とはいえ、そんなに生息しているのか。厄介だな。どうやって退治しよう?
僕が考え込んでいると、キアラがここまで背負ってきた袋の中をゴソゴソと探りはじめた。ニオイ玉を入れていた、リュックサックみたいな荷物入れ――そこからキアラは、また玉を取り出す。ニオイ玉と同じくらいの大きさで、でも色が違う。
「キアラ。それは、何?」
「これは、毒玉」
僕の問いかけにキアラはそう答えると、毒玉を3つ、地面に並べた。あの袋の中に、玉は幾つ入っているんだろう?
毒玉の使い方について、アレクが僕へ説明してくれる。
「この貼り紙の部分をベリッと剥がすと、玉の内部から毒が吹きだしてくるんだよ」
「え? それって、危なくない? 取り扱いに注意しないと……」
「大丈夫。貼り紙の粘着力は強いから、随分と力を込めないと剥がせない。ウッカリ取れるなんてことは無いよ。そして毒が中より漏れ出してくるのは、封印を剥がして『い~ち、に~、さ~ん……』って、ゆっくりと10まで数えた、その後になるから」
なるほど。不用意なミスで冒険者自身が毒にやられたりしないように、いろいろと工夫がなされているアイテムなんだ。
アレクが皆へ、号令をかける。
「良し。洞穴の中から強毛ネズミが出てこないうちに、片付けてしまおう。根絶やしにできる機会を逸するのは、もったいない」
周囲を探索してみたところ、強毛ネズミの棲み家と外部が通じている箇所は、最初に見つけた崖にある穴だけだった。
僕とアレク、キアラの3人は、各々の手に1個ずつ毒玉を持った。呼吸を合わせながら一斉に封印の貼り紙を剥がすと、3人で同時に穴の中へ玉を投げ入れる。
洞穴のすぐ側に待機していたドリスは、すかさず魔法を発動した。
「《土壁造成》!」
あっという間に、強毛ネズミの巣穴の出入り口は、土の壁によって塞がれてしまった。もうこれで、ネズミどもに逃げ場は無い。
いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう。
…………今頃、穴の中では3つの毒玉から猛毒が吹きだして、強毛ネズミの群れは阿鼻叫喚きわまる状況になっているんだろうな。
毒玉1個から出てくる気体には、百匹以上の強毛ネズミをいっぺんに殺せるだけの毒性がある。念のために、その玉を3つも放り込んだのだ。密閉された空間の中で、超・強力な有害ガスは、とてつもない威力を発揮しているに違いない。
ネズミどもよ、迷わずに成仏してくれ。ナムナムナム…………って、なにかを忘れているような? ああああ! ゴーちゃん2号!
「ド、ドリス! 強毛ネズミに乗っかったまま穴の中に入っていったゴーちゃんは、どうなるの?」
僕が焦りながら訊くと、ドリスは『アンタ、何にも知らないのね』という顔つきになった。ドリスの腕に引っ付いていたゴーちゃん1号はスルスルと彼女の身体を伝って地面へ降り立ち、僕を見上げて、〝ヤレヤレ〟と首を左右に揺らしてみせる。
凄いムカつくな、コイツら。
「それは余計な心配ね。だって、ゴーちゃんは今、ここに居るでしょ?」
『ピギ』
「けれど、もう一方のゴーちゃんは――」
「ああ。その事なら……ゴーちゃん、《分身解除》!」
『ピギ――!!!』
ドリスが魔法の言葉を唱えると、ゴーちゃん1号は右腕を上げ、左腕は腰(?)のところにあてている威張ったポーズになった。でも、何の変化も起こらないけど――
……………。
うん。しかし、どういうわけか僕にも分かってしまった。たった今、洞穴の中に居るゴーちゃん2号の体は崩れて、ただの土の塊になった。
2体であったゴーちゃんは1体に戻り――そのゴーちゃんは、僕の目の前で偉そうに格好つけているゴーちゃんだ。
《ゴーちゃんの分身の術》とは、片方だけでも生き残っていれば、もう片方がどれだけダメージを受けても問題にならない、言葉は悪いけど『2体のうち1体は、使い捨てに出来る』――そういう仕組みの魔法なんだ。
驚いたな。要するに、どんな危険地帯の調査であっても、ゴーちゃんなら可能ということになるわけだ。分身したら、無敵っぽいぞ。
「オホホホホ。あたしとゴーちゃんの凄さに、感動しているようね。サブロー」
『ピギー! ピギー! ピギー!』
得意満面な表情になる、ドリス。ピョンピョンと跳ねて、はしゃぎ回るゴーちゃん。
いや。まぁ、確かに凄いけど、正直、ウザい。
あと『オホホホホ』なんて高飛車な〝お嬢様笑い〟をする女の子を現実で目撃できる日が来るなんて、夢にも思わなかった。凄いぞ、ドリス。偉いぞ、ドリス。変すぎるぞ、ドリス。くるくる頭は伊達じゃ無い。
僕が心の内で、しきりにツッコミを入れていると、ドリスは無理して高笑いを続けたせいで「ケホ、ケホ」と咳き込んだ。
一方、アレクは出入り口を土で塞がれた元洞穴へ近づき、中の様子を窺う。そして崖の壁面に手をつき、物憂げな顔で呟いた。
「この強毛ネズミの巣穴……自然に出来たのでは無くて、人為的に造られているような気がするな。何者かが、意図的にモンスターを繁殖させたのか?」
「え!」
どういう意味だ?
アレクが僕のほうへ振り向く。
「アレク。それって、まさか」
「そうだ、サブロー。今回の強毛ネズミによるボンザック村への襲撃は、計画的に引き起こされた可能性が――」
その時、僕は異変を感じた。視線を上げる。崖の上から、3匹のゴブリンが飛びおりてきていた。アレクを目指して。それぞれ片手には短剣を持ちつつ。