ボンザック村での害獣退治
アレクや僕らの周りに、村人が集まった。そして『あの害獣を、やっつけてくれ!』との願いを込めてであろう、真剣な表情をしながら、実際の見聞によって得たモンスター関連の情報を伝えてくれる。
彼らが口々に述べるところによれば――
強毛ネズミの群れが村を襲ってくるのは、決まって夜半過ぎ、明け方近くの時間帯になってからなのだそうだ。来襲のタイミングが昼では無いのには、納得である。何といっても、強毛ネズミは夜行性のモンスターだからね。
僕らは目当ての時間が来るまでの間に、しばしの休息をとり、加えて迎撃の準備を整えることにした。
♢
襲撃が予想される時刻になった。夜空には数多くの星と、2つの月が見える。
日の出までには、まだ随分と時間がある。真夜中の暗い中で、どうやってモンスターと戦うのかな? と疑問に思っていたら、アレクたちは村の広場に、たくさんの篝火を設置した。
燃えさかる炎に照らされ、視界が広くなる。
う~ん。こうしたら、確かに辺りは明るくなるけど……。
「でも、この場所にネズミたちがやって来なくちゃ、退治できないよね? 炎がいっぱいある以上、アイツらも、むしろ警戒するだろうし。どうするの?」
質問する僕に対して、キアラが答える。
「こうする」
冒険者ギルドから持ってきた、リュックサックみたいな背負い袋――キアラはその内部に手を突っ込み、1つの玉を取り出した。地球のリンゴくらいの大きさだ。
「それは、何?」
「これは、ニオイ玉」
そう言いながら、キアラはニオイ玉? を、地面に置いてある箱の中に入れた。枡のような形の大きめの箱で、上部が開いている。
僕が興味津々、箱の中にゴロンとある玉を上から覗き込んでいると、周辺一帯の偵察へ赴いていたレトキンが足早に戻ってきた。
「おい! 今、村の倉庫の側で、数匹の強毛ネズミがウロチョロしていたぞ。俺の姿を見たら、我がマッスル・パワーに恐れをなしたのか、逃げやがったが……ヤツら、間違いなく既に、柵や掘を突破して入り込んできている」
村人たちには全員、各々の家の中へ入って戸を固く閉じてもらっている。
現在のボンザック村で屋外に出ているのは、この広場に居る僕ら《暁の一天》の6人だけだ。
アレクは、その青い瞳をドリスへ向けた。パーティーリーダーの強い視線を受けて、金髪少女は頷く。
「良し! ドリス、玉を潰すんだ」
「了解、アレク。《岩石落下》!」
ドリスが張り切った声を出す。その瞬間、ニオイ玉が入っている箱の上に手頃な大きさの石が出現し、凄い勢いで落ちた。ドリスが、岩石系統の土魔法を発動させたのだ。
グシャ! と箱の内側から、イヤな音が聞こえてくる。すぐに、辺り一面に強烈な臭気が漂いはじめた。
「この臭いには、強毛ネズミを誘き寄せる効果があるのよ」
ソフィーさんが、僕へ解説してくれる。
一方、何故か自慢げに胸を張るキアラ。
「ニオイ玉は、冒険者ギルドで販売している。ギルドに所属している者は格安な価格で購入できる。お得」
「そ、そうなんだ」
ソフィーさんの話によると、このアイテムの効き目は抜群で、20サンモラ(1キロ)四方の強毛ネズミを集めてしまうらしい。そして臭気は、玉を潰してから1ヒモク(1時間)ほどしたら消える。
つまり、これから1ヒモク――1時間、この広場で、ひたすら強毛ネズミと戦うことになるわけだ。
2つの月が輝いている空をチラリと見上げて、春の夜の空気を胸の奥にまで吸い込み、吐く。耳を澄ませ、自分の心臓の音を確かめる。危惧すべきは、あの日の決闘以後の体調だ。全身のアチラコチラ、取りわけ左肩から胸へかけての傷は……大丈夫。頭痛も含めて状態は、かなり改善してきている。動作に支障が生じることは、無い。
心と身体を戦闘モードにする。
手足は熱く、頭は冷静に――
「来るぞ!」
アレクの鋭い声が響く。
潰れた玉から発せられる臭いに引きつけられたのか、物凄い数の強毛ネズミが、続々と姿を現した。暗闇に光る赤い目、荒くて硬そうな外毛、長い前歯、更にはコイツには牙も爪もある。体格は地球の大型犬ほどだ。こんなヤツに襲われたら、人間の子供は、ひとたまりも無いだろう。
強毛ネズミを最初に目にした時、その大きさから、地球のアマゾンに生息している最大のネズミ――カピバラを連想してしまった。でも、カピバラは性格が温和なことで有名だ。姿や雰囲気も可愛い。
けれど、これより僕らが戦う相手は、凶悪な見た目に、獰猛な性質……同じ〝きょうもう〟なら、『強毛ネズミ』よりも『凶猛ネズミ』のほうが相応しい名前だと思う。
広場をいっぱいに埋め尽くし、押し寄せてくる強毛ネズミ。視野に入っている範囲だけで、間違いなく数十匹は居る。
しかし、さすがは冒険者パーティー《暁の一天》のメンバーだ。誰1人として怯む様子を見せずに、勇敢に立ち向かっていく。
アレクが、弓を連射する。驚くべきことに、放たれた矢の1本1本が正確に強毛ネズミの両眼の上――額の部分に突き刺さる。あそこは毛が薄くなっており、強毛ネズミの弱点の1つなのだ。
ソフィーさんはアレクを守る位置取りをしつつ、長剣を振るって強毛ネズミを倒していく。その身のこなしには、無駄が全く無い。彼女の頭脳は普段通りに明晰で、精神も落ち着いたままなのだろう。
キアラは、いつもの穏やかな物腰からは想像もつかないほどの素早い動きをしている。俊敏で的確な攻撃――メイスを一振りするたびに、きっちりとモンスターを仕留めていく。
ドリスは、得意の土魔法を存分に行使して、広場にどんどん落とし穴を作っていく。魔法の杖(っぽい、ただの棒)で彼女がビシッと斜め下方を指し示すと、その先の大地がボコッと陥没するのだ。どうやら自分から40ナンマラ(20メートル)程度の距離までなら、地面に手を触れずとも土魔法の影響を及ぼすことが出来るらしい。
突然に穴が出来るため、強毛ネズミは為すすべも無く落ちていく。
レトキンは、ドリスのガードの務めを果たしている。戦闘用の斧をブンブンと振りまわし、モンスターを1匹たりとも魔法使いへは近づけさせない。巨大な斧を打ちつけられた強毛ネズミは、一瞬にして命なき肉塊へと変わる。
皆、見事な働きをしている。凄いな。彼らは本当に……プロの冒険者なんだ。
僕? 僕だって、立派なプロですよ? お仕事は、チャンとします。僕の役目は、ドリスが作った穴へ落ちた強毛ネズミに槍でトドメを刺すこと。
〝ネズミ退治〟における役割分担は、最初から決まっていて……このために、村の人たちから木製の槍を複数本、貰っておいたのだ。
穴の中より恨めしそうに見上げてくるネズミに、槍を突き刺す。獲物は大きいから、狙いを外すことは無いのだが……くそ! 体が硬いな。〝強毛〟というだけあって、毛が邪魔すぎる。槍の先端部分は粗末ながら一応、鋼で出来ているので、刺さることは刺さるんだけど。
えぃ! やぁ! とぉ! 観念しろ! 抵抗など、無駄無駄無駄~!!!
この《ネズミの息の根を止める》作業は、逆襲される恐れはほとんど無いため、自己の生命を脅かされる危険はほぼ無いものの、肉体的にも精神的にも相当な重労働だ。なんのかんの、キツい~。
だって、モンスターのネズミども、僕が槍でブスッと刺すたびに、凄まじい断末魔の悲鳴を上げるのである。
『ギェェェェェェ!』
『ビェェェェェェ!』
『ノギャァァァァァ!』
『コレゾォ マサニィ フクロノネズミィィィィィ!』
『ネズミザンシキニィ ザンサツサレルゥゥゥゥゥ!』
『キュウソォ ネコヲォ カメナカッタァァァァァ!』
…………叫びの音が意味ありげに聞こえるのは、きっと気のせいだよね?
西の空が明るくなりはじめた頃、潰したニオイ玉の効果もようやく無くなった。
1時間ばかりの死闘の末、村の広場は強毛ネズミの死体だらけ、それと落とし穴だらけになっている。後始末するのに、一苦労しそう。
《暁の一天》のメンバーの中で傷を負っている者は、居ない。素晴らしい。モンスター・ネズミとの戦いが完勝に終わったのは間違いないな。
とはいえ皆、疲労は感じているようだが……いや、レトキンは今もって元気いっぱいだぞ。日頃、筋肉に支えられた体力を自慢しているだけのことはある。
息を整え、朝日を浴びつつ広場を眺める。僕も、この戦闘で負傷は一切しなかった。が、クラウディに決闘の際に斬られた、幾つもの箇所がズキズキと……特に治りかけの左胸の傷口には、多少の痛みを覚えてしまう。けれど、それは今のところ、たいした問題では無い。
気になるのは、目に入ってくるモンスターの死骸の数だ。100匹を余裕で超えているんじゃなかろうか?
「これは……ちょっと、尋常じゃ無い数ね。強毛ネズミがここまで大量発生するなんて、聞いたことが無いわ」
ソフィーさんが深刻そうな表情で呟いた。
アレクが、同意する。
「ああ。昨日のうちに僕らが着いていなかったら、村は今頃、大変なことになっていたぞ」
それは……つまり、強毛ネズミの大群に襲われて、ボンザック村に大きな被害――場合によっては多くの死者が出ていたってこと?
これまでも災難続きであったろうに、ボンザック村に住んでいる人たちの将来について心配になる。何故なら、強毛ネズミはまだ全滅したわけでは無いんだから。
僕らが立ち去った後に、しつこくネズミどもが湧いて出てくる事態もあり得るかもしれない。
思わず、懸念を口にしてしまう。
「夜のうちに、かなりの数を退治したけど、逃げていったネズミも居るよね。そいつらのことは、どうすれば――」
僕が漏らした言葉を聞きつけたらしい。ドリスがニヤリと笑う。
「そのために、1匹だけ生かしておいたのよ」
あっ!
そうなのだ。落とし穴の罠にハマったネズミのうち、1匹だけは殺さないようにと、ドリスは戦闘前に僕へ指示を出していたのである。
ドリスが穴の中で必死にジタバタともがいているネズミを見下ろしつつ、今後の段取りを、僕へ話す。
「コイツを解き放ったら、確実に巣へと戻るわよね? 強毛ネズミは、1つの洞穴を根城にして集団で生活しているのよ。で、アイツらの巣穴を突き止めて、一網打尽にしてやるってわけ」
「え? 巣穴の場所を、どうやって知るの?」
わざと逃がすネズミに、発信装置でも取り付けるのだろうか? でも、ウェステニラの世界で〝発信機〟や〝無線機〟みたいなアイテムを見たことは無いんだが……。
僕が小首をかしげていると、ドリスが携帯している小さな収納袋から『ピギー!』と声(音?)がした。
えっと。何だ? この変な騒音…………ドリスの〝小物入れ〟の中に、奇妙なモノが隠れ潜んで…………思い出した! ゴーレムのゴーちゃんだ!
いや。ゴーちゃん、誤解しないでね。〝そんなの、居たっけ?〟とか〝忘れてた〟とか〝燃やすの不可能なゴーちゃんは味方――略して、不燃ゴ味〟とか、僕はちっとも考えて無いから!
ドリスが土人形のゴーちゃんをポーチから取り出しつつ、得意そうな口調で告げてくる。
「ゴーちゃんに頑張ってもらうの。ゴーちゃんなら、ネズミに引っ付いていける」
ええ!? それは確かにゴーちゃんなら、強毛ネズミの上に乗ったり、しがみついたり出来るかもしれない。けれど、離れてしまったゴーちゃんと、どのようにして連絡を取るの? それと、ゴーちゃんの安全は?
「……そんなことをして、ゴーちゃんは大丈夫なの?」
ドリスへ尋ねる僕の側へ、キアラがトコトコと、やって来た。
「ゴーちゃんの心配までしてあげる、サブローは優しい」
いえ、キアラ。前日に引き続き、またまた褒めてもらえるのは嬉しいんだけど、今はゴーちゃんの任務遂行における危険性について議論しようよ。
僕からの注意に対し、〝心外な!〟という表情を作ってみせるドリス。
「あたしが、ゴーちゃんの身の安全について考えていないはずないでしょ。あたしは、いつも誰よりも、ゴーちゃんの無事を願っているのよ」
しかしながらドリスは一昨日、ゴーちゃんを無理矢理にトレカピ河で泳がそうとしていたよね。キアラがゴーちゃんを河の中へ投げ込むのも、放置してたし。そしてゴーちゃんがバチャバチャ溺れているのを、ただ見てた。あの態度は、酷かった。
僕が内心でツッコミを入れていると、ドリスはゴーちゃんを地面へ下ろし、すごい威張った顔つきになった。金髪ドリルに太陽の光があたって、キラキラする。無意味に、ゴージャスな感じだ。
「ふっふっふ。サブロー。あたしのゴーちゃんの有能っぷりを、その目に焼き付けなさい」
杖をブンと一振りして、ドリスは高らかに叫ぶ。
「ゴーちゃん! 《二・体・分・身》!!!」
ドリスが命令を発すると、ゴーちゃんは『ピギ』と反応し、コクコクと首を縦方向に動かした。……で、いきなり、その体が崩れた。
え?
崩れおちたゴーちゃんの体は溶けたようになって、地面と一体化してしまう。
ええ?
そして程なく、大地からニョキッと2体のゴーちゃんが生えてきた。姿は以前と全く同じで、でも2体だ!!!
2つになったゴーちゃんは、同時にそれぞれの右腕を上げ、揃って声を出す。
『『ピギー!!』』
えええええ!?
※モンスター・ネズミの断末魔の解説
『コレゾォ マサニィ フクロノネズミィ』→「これぞ、まさに袋の鼠」
『ネズミザンシキニィ ザンサツサレルゥ』→「鼠算式に、惨殺される」
『キュウソォ ネコヲォ カメナカッタァ』→「窮鼠、猫を噛めなかった」
いえ。これはサブローに、そう聞こえたというだけで、実際に強毛ネズミが人語を喋っているわけでは無いのですが……(汗)。