英雄不在の世界の中で
7章の最終話です。
え?
今、主神パンテニュイは、なんて言った?
「ち、ちょっと、待ってください」
「なんじゃ?」
「仰った話の内容が、今ひとつ理解できないんですが……。要するに、現在のウェステニラにはベスナレシア様とセルロドシア様、それぞれの女神様より加護を受けている聖女――2人の聖女様が居られるんですね?」
「うむ」
爺さん神が、頷く。
〝聖女〟は歴史的な存在であるだけで無く、この瞬間も生きている……それも、2人!?
〝過去の聖女〟と〝現在の聖女〟は、どのような関係なんだ? 女神が新たに、その役目を任じたのか? それとも、生まれ変わった?
いや。根本的な疑問として、どうして今のウェステニラに聖女が誕生しているんだ?
千年以上前のウェステニラでは、ヒューマンと魔族との間で大きな戦争が行われていた。その際、魔族の王――魔王へ対抗するために、女神のベスナレシアとセルロドシアが、2人の聖女を地上へ遣わしたはず。
僕が知っている限り、今のウェステニラにおいては、魔族よりヒューマンの勢力のほうが圧倒的に有利な状況になっている。かつてのように、ヒューマンが魔族に追い詰められて、救いの手を欲しているわけでは無い。
それなのに何故、聖女が居る?
はるかなる過去、ビトルテペウ大陸で繰り広げられた、ヒューマンと魔族の生存をかけた争い。その最終決戦において、魔王は2人の聖女の力によって封印された――以前、真正セルロド教会でシスター・アンジェリーナより、そう聞いた。
と、すると現在、もしかしたら既に魔王の封印が……。
思い当たった瞬間、ゾッとする。
落ち着け。
ここは、夢の中。これは僕の単なる妄想である可能性も――
焦燥に駆られる。感情の高まりとともに次第に夢の雰囲気が薄れ、覚醒の気配が強まるのを感じるが、グッと堪える。
今、目を覚ましてしまうのはマズい気がする。もっと、神様と話を続けなければ。
「現在のウェステニラには2人の聖女様が居られて、しかし10年後には、そのどちらも亡くなられている……それは、確かなことなんですか? 神様」
「そうじゃ」
「でも、未来がどうなるかなど、誰にも分からないじゃありませんか!」
「サブローよ。お主は忘れておるみたいじゃが、ワシはウェステニラの主神なのじゃぞ。天が下、過去から現在、そして未来へ至る、あらゆる生命の営みを見渡す眼を持っている。故に、知り得るのじゃ」
不敵に笑う主神パンテニュイ――その眼を、見る。細い目の中で鈍く輝く瞳。
詐欺爺さんのホラ……では無いらしい。そうであったら、どれだけ良いか。
「……どうして、当代の聖女様がたは、その力を発揮できずに、死を迎えなければならないのでしょうか?」
尋ねつつも、そんな重要事項を僕へは教えてくれないかも? と思ったが、パンテニュイ爺さんは無頓着に答えを返してきた。
「それは、魔神レハザーシアと、彼の神の眷属たる、魔王が率いる魔族からの干渉によるものじゃ」
「魔神……魔王……魔族……」
「魔王や魔族だけなら、どうにかなったであろうが……よりにもよって、レハザーシアが間接的にではあっても、手を出してきたからの。そのため、2人の聖女のこの世界における有りようが、いずれも極めて歪になってしまった。能力を発現させて役目を果たすことは勿論、生きながらえること、それ自体が厳しい状態となり……ましてや聖女は、そのどちらも各々の腹心を失ってしまう。四囲からの圧迫に耐えかねて、生きる気力が尽きていくのも、自然な成り行きじゃな」
聖女の腹心?
腹心とは――〝心から信頼できる相手〟のことだよね。両者に上下関係があるケースでの、『腹心の部下』との言い回しは特に良く耳にする。
当てはまる人物として思い浮かぶのは……。
フィコマシー様における、シエナさん。
そして、アレクにおけるソフィーさん。
あと、王太子におけるアルドリュー……は、どうでも良いか。
ベスナーク王国の王太子が聖女なんて事態は、もとより考えられないし。だいたいアルドリューは、王太子を利用しているだけの〝自称・腹心〟っぽかった。
前々から気になっていた『今を生きる聖女とは、いったい誰であるのか?』という最も重大な疑問についても、探ってみる。けれどパンテニュイ爺さんは、あやふやな言葉でしか返事をしない。明らかに、教えるつもりは皆無の姿勢だ。
それほどまでに隠しておきたい、あるいは打ち明けがたい秘密なのか? …………ならば、その追及は、ひとまず置くとして。
やっぱり、魔王の封印は現在――
だったら。
「〝当代の聖女〟様がたが、居なくなる……そしたら、このウェステニラは――」
「ビトルテペウ大陸の勢力争いは、混迷を極めるであろうのぅ……。ベスナーク王国も聖セルロドス皇国も、闇に沈んでしまうのじゃから」
「え!?」
「現状、魔族はヒューマンに押さえ込まれている。じゃが、大陸を代表する2つの大国が退廃・凋落すれば、容易に反撃できるようになるじゃろうな」
「…………」
「転生を選んだ場合、お主が10代半ばを迎える頃には、この大陸における最大勢力は魔族になっているじゃろう」
とんでもない未来を、主神は語る。
「なんですか、それは! 現在よりも、はるかに悪い状況ではないですか!?」
「ふむ。魔族の勢いがヒューマンより強くなったからといって、別に悪くは無かろう?」
な!? ――――そうか。パンテニュイは、ウェステニラの主神だ。この神様にとっては、ヒューマンも魔族も平等に愛すべき存在なんだ。
だが、僕は人間だ。なので、ヒューマン寄りの立場で考えてしまう。その見地に立つと、魔族が大陸を支配しているなんて、そんな世界、最悪そのものだ。
主神パンテニュイが、僕を慰めるような――穏やかな口調で言う。
「まぁ、魔族がヒューマンを絶滅させてしまう未来は、ワシにとっても喜ばしくは無いがな」
「ぜ、絶滅?」
全然、慰められないぞ!
ヒューマンとは、人間・獣人・エルフ・ドワーフといった人型種族の総称だ。他種族との共存を許容するヒューマンは魔族を追い詰めても、絶滅させようなどとは考えない。しかし魔族はヒューマンと比較して、段違いに残忍な性質を持つ。もしも魔族のほうがヒューマンよりも優勢になったら、嵩にかかって攻めてきて、それこそ〝ヒューマンの根絶やし〟を目論む可能性がある。
だからこそ、かつての戦争の折に、ベスナレシアとセルロドシアは危機に陥ったヒューマンを救うため、聖女を地上へ遣わしたのだろう。
魔族との争いが終わった後、2人の聖女は袂を分かち、それぞれベスナーク王国と聖セルロドス皇国を建てた。更に、ベスナレ教とセルロド教の実質的な開祖になったと伝えられている……でも、それは千年以上も前の話だ。
なのに理由は不明ながら、現在も聖女は存在している。新しい2人の聖女が。
そして眼前の爺さん神が述べるところを信じるなら、その当代の聖女たちは遠からず――
「ワシとしては、ウェステニラが〝調和のとれた世界〟になることが最上なのじゃがな」
パンテニュイは〝世界のバランス〟を重視する神様なのか。
しかしながら。
「えっと……万が一、ヒューマンと魔族との間に再び戦争が勃発するとして――魔族側には魔王が居て、けれどヒューマン側から2人の聖女様が居なくなってしまったら、均衡は崩れ、ヒューマンは魔族に一方的に痛めつけられることになりますよね? それでも、パンテニュイ様は宜しいのですか?」
僕が問うと、パンテニュイは首をゆっくりと横に振った。
「物事は、そう単純なものでも無いぞ、サブローよ。窮地へと追い込まれることによって、逆にヒューマン同士の結束力は高くなる。闇が深まるほどに、人々の生への願望を反映し、光は輝きを増していく。魔王と対抗する――〝英雄〟が生まれる条件は整っていく」
英雄――?
思いがけない言葉に戸惑う僕に構わずに、ウェステニラの主神は語りつづける。
「しかし、現在のウェステニラには、英雄誕生のために必要とされる事柄が揃っていない。したがって、英雄は生まれない」
「でも、2人の聖女様は未だ生きておられるのでしょう? 千年以上の昔、魔族との戦いでヒューマンを率いたのは2人の聖女様だったはず。現在の聖女様たちはその生まれ変わりなのかどうなのか、詳細は分かりませんけど、彼女たちが生命を失われないように、シッカリとお守りすれば――」
僕が主張しているにもかかわらず、パンテニュイは口を挟んできた。
「良いのか? 聖女が生き続ける限り、英雄は現れんぞ。そして現在の聖女たちは、輝く瑠璃の本質をとっくに失い、ひび割れた鏡のような器物に成り果ててしまっておる。破砕する寸前――むしろ、更なる混乱の種になっておるとさえ言える。わざわざ守ってやるほどの価値があるとも思えぬな」
聖女の本質は、輝く瑠璃……。『瑠璃』は、仏教の七宝の1つ。また、濃いブルーの半貴石・ラピスラズリの和名でもある。『星のきらめく天空の青』は地球のエジプトなどにおいて、紀元前より〝聖なる石〟として珍重されてきた。
その色からフィコマシー様の深く青い瞳を連想し、心が震える。
「それでも、僕は……」
「聖女は消え去り、英雄が生まれる――そんな未来の世界のほうが、光と闇が2項対立に特化している分だけ、問題を単純に解決しやすい。現在のウェステニラの状況は光と闇、正義と邪悪が入り混じり、あまりにも複雑化しすぎている。幾重にもキツく絡み合った縄を、1つ1つ丁寧に解いていくのか? 途方も無い努力と我慢強さを、要求されることになるぞ。それより、縄の結び目を一刀両断にしてしまえ。ズッと楽で簡単なはずじゃ」
「つまり、パンテニュイ様は『聖女を見捨ててしまえ』と仰っているのですか?」
語気が荒くなる僕とは対照的に、爺さん神の態度は平静なままだった。
「そうでは無い。じゃがの、サブロー。崩れゆく平和を支えることは、動乱を制するよりも、よっぽど困難な事業なのじゃ。けれど人は、起こった危機を収める活躍は賞賛しても、危機を起こさなかった成果は評価しない。場合によっては、その苦労さえ認めない」
主神パンテニュイは、僕を哀れむ眼差しで見つめてくる。
「サブローよ。人はの……時間を掛ければ、山を1人で築くことは出来る。しかし、洪水を1人で防ぐことは決して出来はしないのじゃ」
「僕は今……1人ではありませんから……」
辛うじて発した声が掠れているのを、自覚する。
まるで啓示のごとき神の言葉が、重い。
「お主はそう言うが、今のお主の側に居る者たちのうち、侯爵家の姉妹はともかく、猫族の娘やメイドの少女は、世界の鍵たる存在では無い。凡百な、いつでも取り替え可能な道具に過ぎぬ」
「――っ! ふざけた物言いを!」
頭に血が上るのを感じる。
神が、笑う。
「ワシは親切心から、その者どもを案じてやっているつもりなのじゃが……」
「どこがですか!?」
「大役を務められぬ者を無理矢理に舞台に立たせるなど、残酷すぎる所業であるとは思わぬか? ミーアという黒猫も、シエナという名のメイドも、仮に物語の主要な役を割り当てられたとして、それがその者にとっての幸福とは限るまい。かえって、不幸の要因となり得る。分不相応は身の破滅の元じゃ。一瞬でも油断すれば、容易く〝切りすてられる、お伽噺の端役〟へと、その立場は転落してしまうに違いない。最終的に待っているのは、舞台からの退場――悲劇的結末じゃ」
「そんなこと、僕がさせません!」
必ず、阻止してみせる。
「出来るのかの? 英雄でも無い、今のお主に。論より証拠じゃ。ウェステニラへ転移してからの己の行動を振り返ってみよ。お主の力不足によって、既に1回ミーアは死にかけておるし、シエナは2回も生命の危機に晒されたではないか」
「それは――」
「フィコマシーも王都へ戻れば、どんな目に遭うか……。大切にするもの全てを、ただの人であるお主が守り切れるとは到底、思えぬな。身分は平民。地位は未だに冒険者の見習い。加えて決闘の後遺症で、体調は不充分。そのざまでの大言壮語は、みっともないぞ。サブローよ」
爺さん神が、僕を揶揄するような声音で告げてくる。
「それより、どうじゃ? 今からでも遅くは無い。〝転移〟は無かったことにして、改めてウェステニラへの〝転生〟を選んでみぬか? 特別に大サービスじゃ。貴い身分、優れた容貌、高い才能を恵んでやる」
「僕を、からかっておられるんですか?」
「いいや。ワシは大真面目に申しておる」
「そんな、出来もしない話を……」
「出来る」
パンテニュイは断言した。
「ワシは、ウェステニラの主神じゃからな。お主を贔屓したところで、どの神も文句は言わん。苦難ばかりの転移と比べて、転生は最高じゃぞ。記憶のリセットなど気にするな。新たな人生を楽しめ」
「新しい人生……」
自然と呟いていた。
爺さん神は愉快そうに話しつづける。
「転生し、お主はスクスクと育ち……10代になる頃には、ウェステニラから〝真の聖女〟は消えてしまっておる。〝偽りの聖女〟は居るかもしれんが……そんなものに、ベスナレシアやセルロドシアが惑わされるわけもない。むしろレハザーシアと魔族の行いに激怒し、本来は聖女へ与えるはずじゃった加護の力を、お主へ注ぐようになるじゃろう」
「僕へ?」
何でだ?
僕の疑問に気付いたらしい。
爺さん神が言う。
「お主は、ワシが直々に地球からウェステニラへ転生させた〝特殊な形の魂を持つ者〟じゃからな。当然、神々の注目の的となっておる」
「貴方様は、それを予期して……いったい、どんな理由で、それ程までに僕を転生させたいのですか!?」
パンテニュイの真意は何だ?
「たいした理由では無い。保険じゃよ」
「保険?」
「そうじゃ。聖女が2人とも落命し、そしてお主も存在せぬ状況では、ベスナレシアとセルロドシアが直接、俗界の争いへ介入しかねん。天界の掟を破っての。彼奴らは案外、血気に逸る性格じゃからな。神の力は、現世では強すぎる。さしもの魔王も抵抗できず、倒されるのは間違いない。今度は〝封印〟では無く、完全な〝消滅〟じゃ。そうなると、レハザーシアも怒り…………《双子の女神》と《魔の女神》が降臨して戦えば、ウェステニラの地上世界そのものが黄昏を迎えてしまう。まったく、女神どもの軽率な振る舞いには、いつも苦労させられる。後始末も、馬鹿げた結果にならぬための予防も、常に決まってワシの役目じゃ」
憂い顔になる、爺さん神。
地上世界の黄昏――その次に来るのは、永遠に続く夜だ。
神々が地上で争う事態となると、ウェステニラは核戦争後の地球のような状態になってしまうのか。
「僕は、聖女が居なくなった際の〝保険〟ですか……」
「それも〝役割の1つ〟というだけの事じゃよ。どうじゃ? お主にとって、悪い話では無かろう? 何と言っても、ベスナレシアとセルロドシア――2神の女神よりの恩寵を、存分に受けられるのじゃ。加えて、魔族へ立ち向かうヒューマン勢力の中心人物。ウェステニラの希望の星。女性にもモテモテになるのは、間違いないぞ。美少女ハーレムを作り放題じゃ。これが、お主の好きな……《ラノベ》と言ったかの? そのタイトルならば『異世界で僕は美少女に出会えました!』となるのは、絶対に確実じゃ。良かったの~。さっさとフィコマシーやシエナやミーアなど、つまらぬ娘どものことは忘れて――」
「黙れ!」
「怒鳴るな。何をムキになっておる。お主が今、懇意にしておる……侯爵家の長女にせよ、その者に仕えるメイドにせよ、格別〝人目を惹きつける美少女〟という訳ではあるまいに。黒猫の娘に至っては、人間の少女でさえ無い。そうそう。年長では、眼帯をつけた女騎士や、小柄な童顔の魔法使いも居たな。だが、どちらも〝魅力的な美女〟には程遠い。侯爵家の次女は……まぁ、アレじゃが、あやつは魂の崩落が止まらぬ状態じゃからな。近くへ寄せるべき人間ではあり得ない。ハハハハハ! どの者も、〝転生して、チート無双な俺Tueeeしておる〟お主のハーレムメンバーには相応しくないな。捨ててしまっても、惜しくはなかろう。代わりにお主を無条件に慕ってくれる、極上の美少女を盛りだくさん、取り揃えてやるぞ。喜べ」
コイツ――っ!
パンテニュイの暴言を耳にして、殺意に近い感情が全身を駆け巡る。
「なに、遠慮するな。『英雄、色を好む』は、どの世界でも共通なのじゃから。では早速、〝転生〟へ取り掛かると――」
「黙らないか!」
激高のあまり、クソ爺に掴みかかろうとする。が、いくら手足を動かしても、何故か、主神パンテニュイに近づけない。歯がみする。せめて視線でだけでも意志を示そうと、強く睨みつけた。出来るものなら、眼力によって叩き伏せてやりたい。
ミーアやシエナさん、フィコマシー様が生命を失って、それで女性にモテモテ? 馬鹿も休み休み言え!
そんな最悪の人生でハーレムを作って、何の意味がある? リアノンもアズキもオリネロッテ様も、素晴らしい女性だ。お前みたいなヨボヨボ爺に誹謗される謂われなんぞ無い! 如何に神であろうと、ウェステニラの主神であろうと、許せない!
「主神パンテニュイ、発言を取り消せ! 転生など絶対に、お断りだ。僕は――俺は、このまま、ウェステニラの大地で生きていく。この人生、今の俺で、運命を切り開いてみせる。余計な手出しは無用だ。天上世界へ、引っ込んでいろ!」
叫ぶ。
僕の無礼な言葉に対し――パンテニュイは怒るどころか、満足そうにニンマリと笑ってみせた。
「やはり、お主はワシが見込んでいたとおりの男じゃった。お主にウェステニラに来てもらって、本当に良かったわい」
「は? 今更、何を言って――」
「サブローよ。お主はこれからも、思うがままに生きてゆけ! 神たるワシが、心より応援してやるぞ。声援のみで、具体的な手助けは一切、してやらんがな! それでは、サラバじゃ!」
「待ってください! まだ尋ねたいことが、山ほどあるんです!」
爺さん神の姿が急速に遠のいていく。〝バイバイ〟とでもいうように悠長に手を振っている姿に、腹が立ってたまらない。
♢
「『待て』って言ってるだろ! この詐欺商品販売神!」
喚きつつ、目が覚めた。
ここは、宿屋《虎の穴亭》の自室。ベッドの上。
窓を覆っているカーテンっぽい布の隙間から、夜明けの光が微かに差し込んできている。
朝だ。
…………随分と、長い夢を見ていたような。内容については、覚えている部分もあり、ボンヤリとしてキチンと思い出せないところもある。
分霊。
ウェステニラへ来るまでの経緯。その必然。
もしも僕が転移では無く、転生を選んでいたら……。
爺さん神が語った、諸々の事柄――あれは、どこまでが真実で、どこからが出任せなんだ?
…………。
いくら考えても答えが出ない以上、悩んでいても仕方が無いな。僕は今まで通り、出来ることをするだけだ。
『異世界で僕は美少女に出会えました!』な転生は、選ばなかったルートだ。そしてそんなものに、もう関心は無い。
空気を胸いっぱいに吸い込み、頭の中をクリアにする。
さて、すぐに準備を整えて、冒険者ギルドへ出掛けなくちゃ。《暁の一天》の皆と待ち合わせている時刻は、早朝なのだ。本格的なクエスト――〝近隣の村での害獣退治〟が、今日から始まる。クエストに費やす予定期間は、約4日だ。
部屋の隅に置いてある正方形のベッドの上で丸くなっていたミーアが、「ニャムニャム」と目をこすりつつ起きてくる。
「サブロー……にゃんか、叫んでニャかった? 『はんばいし~ん』って」
「い、いや。気のせいだよ、ミーア」
「にゅ」
「ミーアは、まだ寝てても良いよ。研修が始まる時刻まで、余裕があるでしょ」
「うん……。でも、サブローを見送るにゃ」
ミーアは笑顔になった。
「ミーア……ありがとう」
思い返してみれば、獣人の森を出てから……いや、ミーアと出会ってから、丸一日以上、彼女と離れるのは、今回が初めての経験になる。
僕はウェステニラに転移してきて、その初日にミーアと会ったわけだから、それ以降はズッと彼女と一緒に居るんだな……。
チョットばかり、感慨を覚えてしまう。
ふと、夢の中で爺さん神が喋った話の内容が、脳裏を過ぎる。『黒猫の少女は奴隷として聖セルロドス皇国へと連れていかれ、虐待され、その末に衰弱死する』――――馬鹿な、あり得ない!
背筋が凍る。くだらない妄想を振り落とすべく、懸命に頭を振った。
大丈夫。ミーアは今ここに、僕の側に居る。元気な心と、健康な身体で。
良し!
ミーアとこれからも共にあるためにも、より一層、励まなくちゃ。冒険者のランクを早く上げて、フィコマシー様とシエナさんを助けられる、社会的な力も得なくてはならないし。
クエストを頑張るぞ!
♢
「いってらっしゃいニャ。サブロー」
ミーアはそう言って、僕を送り出してくれた。
彼女の黄金の瞳の煌めきは、いつまでも僕の心の奥に残って離れなかった。
7章終了です。お読みくださり、ありがとうございました。新キャラの登場に加え、物語の背景のイロイロな部分を明かす展開になりました。まだまだ謎は残っていますが……(汗)。
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人物紹介を挟んで、8章に入ります。8章は、サブローが冒険者として頑張るストーリーになる予定です。今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします!




