転生した少年と、少女たちの運命は交差しない
たとえ僕が16歳で、ミーアやシエナさん、フィコマシー様は30代のアラサー……ごほんごほん。いえ、妙齢の女性であろうとも、心配はご無用! まったく平気、むしろ欣喜雀躍です!
歳の差など、なんのその。
侮らないでいただきたい。
なにせ、僕は《異世界の光源氏》を目指す男。日本古典の最高峰『源氏物語』の主人公・光源氏は、50代後半の女官さん――呼び名は〝源典侍〟を相手に、エレガントかつコメディータッチな恋愛遊戯をするのですから。その時の光源氏の年齢は、確か18~19歳。彼の偉大さを思えば、僕だって……!
あ、誤解しないでくださいね。
別に、30代の女性がオールOKという訳でも無いのですよ。僕は〝マダム好きの節操無し〟ではありません。想いの対象がミーア・シエナさん・フィコマシー様なればこそ……恋の山登りへのチャレンジが、悦楽そのものに昇華するんです。
いやぁ、いい汗かいた。
愛のハイキングは、ハイテンションでハイセンス、ハイグレードなのだ!
…………なんてね。
いえいえ。ちゃんと、承知しておりますよ~。その歳になっていれば、彼女たちはおそらく結婚していて、もしかしたら子供も居るかもしれない――
うん。結婚。で、子持ち。
想像すると、けっこうショックだ。奈落の底に突き落とされたみたいな、そんな気分になる。
むむ。僕は自分で思っている以上に、独占欲が強いタイプなのかな? けれど、さすがに人妻になったミーア・シエナさん・フィコマシー様と、どうこうなろうとは考えない。僕が好きな恋愛ラノベのジャンルは《ラブコメ》や《純愛》や《モテモテ男子のドリームタイム(妄想込み)》なのであって、他人の奥様に手を出す展開に関してはNGだ。完全に異なるジャンルになってしまう。ラノベじゃ無くて、アッチ系。本屋さんだと、置かれている棚の位置が違うよね。
ハンカチの端を噛みしめつつ、涙ながらに遠くより、彼女たちの30代の幸せを祝福させてもらおう。僕って、健気な16歳――
パンテニュイ爺さんが、話しかけてくる。
「どうした? サブローよ。お主、顔が悪そうな頭になっておるぞ」
なんてことを言いやがるんだ! ちり神――いや、トイレットペーパー神め。使い終わったトイレットペーパーの芯のように、ゴミ箱へ捨ててやろうか?
それにしても『顔が悪そうな頭』って、何なの? さっき口にした『頭が悪そうな顔』も酷いセリフだが、そちらなら、まだ意味は分かる。
「まぁ、あれですよ、神様。もしも僕が〝転移〟では無くて〝転生〟を選んでいたら、ミーアやシエナさん、フィコマシー様との出会いはどうなっていたんだろう? ……なんてことを、少しだけ考えちゃいまして」
「んん?」
僕の正直な返答に対し、不思議がる表情になるパンテニュイ爺さん。
「ほら。僕が転生した場合、ウェステニラでの現在の年齢は0歳で、生まれたばかりの赤ん坊になっている――そうなんでしょう?」
「ふむ。それは、そうじゃな。ワシとしては、そちらのほうが都合が良かったのじゃが」
――都合が良かった?
「何か引っ掛かる仰りようですね。それはともかく転生していたら、彼女たちとの歳の差が大きく開いちゃう結果になっていたわけで……もちろん、僕は年齢の隔たりなんて、気にしませんよ! でも僕が16歳になったとき、彼女たちは既に30代。結婚していて、子持ちとなるとイロイロと複雑な問題が、ゴニョゴニョ――」
彼女たちの旦那さんの存在は、敢えて脳内から消去する。
僕が言葉を濁していると、パンテニュイ爺さんは目を細めた。
「ふ~む。つまり、お主は〝転生して、自分が恋愛や結婚ができる年齢になった時〟のことを、先回りでアレコレと思い煩っているのじゃな?」
「ええ……ハイ」
「訊くがの、サブロー。お主は将来の交際相手の女性として、その〝フィコマシー〟や〝シエナ〟や〝ミーア〟などを想定しているのか?」
「う……」
そうストレートに言われると、恥ずかしいな! いえ。先ほどの告白については、あくまで漠然とした夢の範疇の話でありまして…………結局のところ、僕が勝手に1人で盛り上がったり、悩んだりしているだけです。恋愛の真理は、シッカリと理解しています。大切なのは、彼女たちの気持ちですよね!
心中でモニョモニョと言い訳をしてしまう、僕。
一方、爺さん神は呆れ顔になり、ユルユルと怠そうに頭を揺らしてみせた。
「お主、つまらぬ心配をしておるの~。その3人の女性に関しては、〝旦那持ち〟だとか〝子持ち〟だとか、考えるだけ時間の無駄じゃぞ」
え! 彼女たち、30代でも独身なの? 3人とも? それはそれで、気掛かりです。
「今のお主が親しくしている少女たち……フィコマシーはベスナーク王国の侯爵家の令嬢、シエナはそのフィコマシー専属のメイド、ミーアは猫族の娘――そうじゃな?」
「良くご存じで」
パンテニュイ様……僕の身辺情報に随分と詳しいな。〝神〟なので、地上の出来事に精通しているのかな? もしも天上世界よりジックリ観察されているのだとしたら、ちょっと怖い。爺さんにストーカー行為をされているなんて状況、まさに悪夢だよ。
同性の大先輩にストーキングされる恐怖に、僕は内心でブルブルと震える。
要・警戒対象となったアブナイ爺さんが、おもむろに語りかけてきた。
「サブローよ。仮に、お主がウェステニラへ転生していたら……」
「転生していたら?」
「少なくとも、〝サブロー〟という名前では無いの」
「確かに」
魂は同一であっても転生した以上は、もはや別人――〝別の僕〟だ。容姿も違うだろうし、育つ環境の影響で性格も今の僕とは変わっているはず。
〝異なる人間である僕〟に会って、ミーア・シエナさん・フィコマシー様はどんな感想を抱くのかな?
想像すると、胸の奥がズキッと痛んだ。
「結論から述べると、転生したお主と、その娘たちとの運命は決して交差せぬ。要するに、フィコマシー・シエナ・ミーアは、お主とは無関係な人間となるのじゃ。じゃから、気にしても仕方が無かろう」
ミーア・シエナさん・フィコマシー様が、転生した僕とは無関係?
む!
「なんで、断言できるんですか!? 転生を選んだ僕は、この――ベスナーク王国や聖セルロドス皇国がある、ビトルテペウ大陸の何処かに生まれるんでしょう?」
「うむ」
「だったら、16歳の僕は旅をしていて……〝万が一の確率〟だって、あり得るかもしれないじゃないですか?」
〝彼女たちとの巡り合わせ〟を信じたい。そんな僕の願望に――
「再度、言う。お主が娘どもと出会う可能性は、無い」
ハッキリと言い切り、爺さん神は真顔になる。
「何故なら、お主が成長して16歳になった、その頃――ウェステニラ時間において今より16年後、侯爵家の令嬢も、おつきのメイドも、猫族の娘も、どの女も生きてはおらぬのじゃから。全員、とっくの昔に死んでおる」
「――なっ!」
息を呑む。
そんな馬鹿な!
「か、神様……なにを仰っているのですか……?」
「お主こそ、どうして衝撃を受けておるのじゃ?」
「だ、だって――」
喉が急速に乾いていく。
舌がもつれる。
頭の中が真っ白になる。身体の中の血液が全て凍ったような錯覚――
ミーアが。
シエナさんが。
フィコマシー様が。
16年後には、死んでいる?
「り、理由……ミーア、シエナさん、フィコマシー様が死んだ理由は……? いったい何故、そんな事が……」
喉の奥から、問いかけのための声を絞り出す。
僕が激しく動揺しているのは分かっているだろうに、パンテニュイ爺さんは特に表情を変えることもなく淡々と喋り続ける。
「今更、その未来に疑問を抱くのか? サブローよ」
「当たり前です!」
「考えてみよ。お主と関わらなかった場合、あの娘たちは如何なる運命をたどるのか――」
僕と関わらなかったら……?
僕がウェステニラへ転生していたら、〝転移してきた16歳の僕〟は居ない。
つまり――
「獣人の森ではモンスターの白き大蛇が荒れ狂い、猫族や犬族の村は壊滅状態になる。お主の知っている黒猫の少女は家族、そして部族の仲間をまとめて失い、真っ当な暮らしを維持できず、果ては奴隷狩りに捕まって聖セルロドス皇国へと連れていかれる」
「そんな……」
「皇国に着いてからは愛玩奴隷としての立場を拒否したがために、過酷な生活を余儀なくされ、数年も経たずに衰弱死する」
「――っ!」
ミーア!
ダガルさんやリルカさん、チュシャーさん、長老、猫族の村の皆は……。ムシャムさんをはじめとする犬族も……。
「メイドは……そうそう。転移した今のお主は、その場に立ち会っておるな。王都より辺境の街ナルドットへ向かう途中、賊の襲撃に遭い、主の令嬢を護ろうとして戦う」
「知っています――」
護衛の騎士は逃げてしまう。
シエナさんは、逃げない。フィコマシー様を護るためにレイピアを抜いて、4人の襲撃者へ果敢に立ち向かうんだ。
あの時は、僕とモナムさんが救援へ赴いた。
でも。
「助けは来ない。メイドは1人で戦い、力尽きて惨殺される」
「う……」
「信頼できる、たった1人の友を失った侯爵家の長女は、囚われの身となった後に心を病んで――」
「もういい! 黙ってください!」
叫ぶ。
僕は夢の中に居るはずなのに、凍った血が再び体内で流れ出すのを実感する。全身に激痛が走る。心が、身体が悲鳴を上げる。
くっ――!
「サブローよ。ワシには分からぬ。お主は何に対して怒り、嘆きを覚えておるのじゃ?」
「パンテニュイ様! 貴方様は、僕がウェステニラへ転移して以降の行動について、その大凡の部分を承知している――そうですよね!?」
「ふむ。ま、その通りじゃ」
「ならば、ご理解できるでしょう? ミーア、シエナさん、フィコマシー様……僕が彼女たちへ、どのような想いを――」
いや、理解できていない。
主神パンテニュイの眼を見て、その瞬間に悟った。
パンテニュイは――神だ。だから、分からない。僕が彼女たちへ傾ける、感情の深さを。
ウェステニラの主神パンテニュイは、ヒューマンを――ヒトを愛してはいるんだろう。しかし、その心の形は、人が人へ寄せる愛情とは明確に性質が違う。高次元の存在が、より低次元の存在を大切に思う――それは、あたかも3次元の人間が、2次元の絵画へ興味に満ちた眼差しを向けるのと同じようなものだ。
秘蔵のイラストであっても、人は状況次第で、それを描きかえたり、他者の所有物と交換したり、金銭のために売却したりする。万が一紛失しても、残念に感じこそすれ、良心の呵責に苛まれたりはしない。いざとなれば躊躇無く、破棄してしまう。
神は、人を――――
「のう、サブローよ。お主、『異世界での夢は美少女ハーレムだ! 豪遊だ! 酒池肉林だ!』と申しておったな」
「それは……」
「ならば、その〝フィコマシー〟〝シエナ〟〝ミーア〟に会えずとも、別に問題はあるまい? フィコマシーはハズレ者の令嬢、シエナは凡庸なメイド、ミーアは猫族の一介の娘じゃ。いずれも、人の基準で《美少女》では無い。お主のハーレム願望には、そぐわない少女たちじゃろ?」
強く、拳を握りしめる。
主神の顔面を殴りたくなる衝動を、懸命に堪える。
「あの者たちが、お主と出会わずに運命の波に呑み込まれようと、気を揉む必要など無かろう」
「…………」
「実はの。転生を選んでおれば、お主はかなりの高確率で《美少女ハーレム》を作れたのじゃ。そちらの未来を逃したことを、むしろお主は悔やむべきじゃな」
「ハ?」
ナニ言ってんだ? このストーカー爺。
「ワシは以前、お主に述べた……『どのような家族のもとに生まれ変わるかは、ランダムじゃ』と」
「覚えています」
「それは事実じゃ。じゃが、このワシが転生させるからには、それなりに高貴な家柄に恵まれた可能性は高い。最低でも一般庶民階級であったろうことは、ほぼ確実じゃ」
奴隷身分に転生する危険性は無かったのか。最初の対面の折に、そう告げられていたら僕は……いや、転生において〝記憶のリセット〟がある以上、結局は転移するほうを選んだに違いないけれど。
「お主がウェステニラで、どんな家庭に生まれるにせよ、無事に10歳を超えるまで成長すれば、それからは女性にモテまくる人生になったのは間違いないぞ。ワシは、お主の自主性を尊重したわけじゃが……〝16歳のままの転移〟を選ぶとは、お主、まっこと惜しいことをしたの」
神からの思いがけない言葉に、僕は戸惑う。
「モテる人生? どうして、そうなるんですか?」
「理由を、教えてやる。お主に双子の女神、ベスナレシアとセルロドシアの加護が与えられるためじゃ」
「い、いったい何を……? 女神であるベスナレシア様とセルロドシア様が加護――恩寵を、お授けになる相手は、それぞれの使徒である2人の聖女様でしょう? なんで僕に……」
訳が分からなすぎる。
「その事なのじゃがな。お主が転生して10年経った、その時には、ベスナレシアの聖女もセルロドシアの聖女も、この世界から去っておる」
「去って――」
「早い話が、当代の2人の聖女は、どちらも秘めたる力を開花させることが出来ずに、哀れな死を迎えてしまっておるのじゃ」
あっけらかんとした調子で、主神パンテニュイが驚愕のセリフを述べた。
※サブローは地獄の恋愛特訓で、グリーンから『源氏物語』の内容を懇切丁寧に教え込まれています。
グリーン「さぁ、サブロー。貴方は『源氏物語』の星――《異世界の光源氏》になるのです! 発光するのです!」
サブロー「発光する源氏? それって、蛍……〝ゲンジボタル〟では?」
次回で7章が終わります。




