モリのクマさん・ドリル妄想注意報
――爺さん神。
心の中で、勝手に僕がそのように呼んでいた神様。
考えてみれば、失礼な話だ。でも本当の名前を知らなかったんだから、しょうが無いよね。
僕は、言い訳は得意なのだ! あと、自己欺瞞も得意なのだ!
で、《パンテニュイ》という神名。聞いた以上は、敬意を込めて、接頭語の『お』を付けるとしよう。
ふ~む。〝おパンテニュイ様〟……か。
…………なんか響きが…………卑猥に聞こえる…………。
天空の遥か彼方で、怒りの雷鳴が轟いているみたいな気もするけど、おそらく幻聴に違いない。しかしながら、やっぱり、『お』を付けるのは止めよう。そうしよう。
1人で納得している僕へガイラックさんが、主神パンテニュイについての追加情報をくれた。
「パンテニュイ様は、人の運命と生死を司る神でもあられるのですよ。そうそう、こんな話があります。ウェステニラの歴史で、大変に名高い戦士が居ました。彼は死したのちに、パンテニュイ様にお目に掛かります。パンテニュイ様は『お主は多くの敵の生命を奪い、けれど同時に多くの味方の生命を救った。天国と地獄、お主が望むほうへ赴くが良い』と仰いました」
おや? それは――
「戦士に、自分で選ばせたんですか?」
「パンテニュイ様は、人の自主性を重んじる神なのです。パンテニュイ様からのお言葉に対し、戦士は『天国も地獄も、御免こうむる。俺は、もっと戦いたい! ただ、それだけだ』と答えました。すると――」
「す、すると?」
「パンテニュイ様は『では、お主には新しい戦いの場を与えてやろう』と述べられ、神力を発揮されました。戦士は、天国でも地獄でも無い、混乱うず巻く別世界へと旅だっていったそうです」
…………どこかで聞いたような話だ。
もう、かなり記憶が曖昧になってきてるんだけど、なんとか頑張って思い出してみる。
ウェステニラへ来る前、あの爺さん神と交わした会話の内容を。
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「選択肢は3つあるって言ってましたよね。もう1つは、何でしょうか?」
「異世界じゃ」
「ファンタジーでありがちな、中世っぽい世界が良いですね」
「フムフム。それなら、ウェステニラが良いかの」
「ともかく、その方法を教えてください」
「地獄経由で異世界転移するのじゃ」
「どうして? 女神様に転生させてもらえるなんて、最高じゃないですか」
「お主が女神にどんな夢を抱いているか知らんが、そんな女神は居らん。むしろ、女神の殆どは気まぐれで残酷じゃ」
「それでは、ウェステニラに転移させるぞ。ワシの知る限り、ウェステニラへ送られる地球人はお主が初めてじゃ。達者で暮らせ!」
「信じられる要素が皆無だ!」
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僕をウェステニラへ転移させた、あの爺さん神が、当のウェステニラの主神パンテニュイだと決まったわけじゃ無い。でも不思議と、〝そうに違いない〟と確信してしまう。
だったら――
まさか、パンテニュイ爺さん。一から十まで意図的に物事を進め、結果、僕をウェステニラへ送り込んだのか? 成り行きの全ては、爺さん神の掌の上だった?
…………いやいや、そんな馬鹿な。僕がウェステニラに来たのは、自分で考えた末の決断によるものだったはず。
けれど転生・転移先の候補地として、爺さん神は真っ先にウェステニラの名を挙げていたな。そして、それ以外の異世界の名は一切、出さなかった。
今にして思うと――僕が異世界へ行く前に特訓地獄で鍛えられた、あの経緯についても、爺さん神は最初から、そうなると計算していたのでは? 更に僕が転移したウェステニラの地は、ベスナーク王国と聖セルロドス皇国の間にある獣人の森で、そこで僕はミーアと出会い……。
だいたい僕が〝現代日本で死亡した〟との案件も よくよく考え直してみれば、事実関係はアヤフヤだ。
気が付いたら僕はあの爺さんの前に立っていて、いきなり『お主は死んでしまったのじゃ』と告げられたのだ。衝撃のあまり、その言葉を鵜呑みにしちゃったけど、僕は自分の死の瞬間を覚えているわけじゃない。
本当に僕は、アチラの世界で死んだのか? 〝生きたまま誘拐された〟なんて可能性も……。
日本に居た頃。
UFO関連のTV番組で、観たことがあるぞ。宇宙人に誘拐された地球人が洗脳されて、地上に戻されたは良いが、無自覚な操り人形状態になって元の生活を続けるんだ。
それを超・科学力を使用しつつ、宇宙のUFOから監視している異星人――
背筋に冷や汗が流れる。
自分が〝操り人形〟になっているとは思わない。しかし、知らず知らずのうちにパンテニュイ――爺さん神に思考と行動を誘導された、いや、現在も、されている――そんな疑惑を、どうしても脳裏から消し去ることが出来ない。
改めて、眼下の絵巻物を眺める。
その中に描かれている、〝パンテニュイ〟。コイツが「ふっふっふ。ワシの深慮遠謀、見事なもんじゃろ?」と威張りつつ語りかけてくるような、そんな錯覚を――
「サブローくんは随分と熱心に、パンテニュイ様の姿を見つめていますね。主神様に興味があるのですか?」
アンジェリーナさんの問いかけに、ハッと我に返る。僕は彼女へ視線を向けた。
「シスター。女神のセルロドシア様とベスナレシア様は、ウェステニラの大地へ、2人の聖女様を遣わしてくださったんですよね?」
「ハイ。その通りです」
「そして2人の聖女様はヒューマンを率いて、魔族と戦った…………もしも……〝もしも〟ですよ。もしも仮に、主神パンテニュイ様が地上へ何者かを差し遣わすとしたら、どのような人物になると思われますか?」
「そうですね……」
シスターは少しの間、思案し、おもむろに口を開いた。
「それは、きっと勇者……いえ、〝英雄〟と呼ばれる人でしょうね」
〝英雄〟――か。ああ……うん。それは、無いな。絶対、無いな。これまで悩んでしまったアレコレは全部、僕の思い違いだったらしい。
そうだよ。いくら何でも、深読みのしすぎだ。
だって思い返してみろ、サブロー。あの爺さん神は所詮、『全知全能』と自称するホラ吹き神だったじゃないか。〝深慮遠謀〟では無く、どちらかと言うと〝短慮軽率〟だったし。どう考えても、〝主神〟という柄じゃ無かった。
パンテニュイ様。妙な誤解をして、スミマセンでした。
僕が心の中で頭を下げていると、天空の遥か彼方で、また憤慨の雷がドンドコ鳴ったような気がしたけど、やっぱり空耳だろう。
♢
さて、そろそろお別れの時刻だ。
僕たち《暁の一天》のメンバーへ向かってケイトちゃんを含む子供たちが「もう、帰っちゃうの?」と口々に別れを惜しんでくれる。嬉しくもあり、でも、ちょっと切ない。
メンバー皆で彼女らへ再訪を約束し、真正セルロド教会を後にする。
路上にうつる影が、随分と長い。もう夕暮れだ。
しばらく歩いて、冒険者ギルドが近くなった頃、先頭を行っていたアレクが立ち止まって振り返る。
「今日は、ここで解散する」
ソフィーさんが僕の隣に立ち、話しかけてきた。
「サブロー。本日はイロイロな場所へと連れ回してしまったけど、貴方の為になったかしら?」
「勿論です」
僕は力強く頷いた。
「良かった。私のほうも、考えるべき材料を貰えて、有意義な一日になったわ。行く先々の方たちとサブローが知り合っていた事など、冒険者ギルドの手回しの良さには驚くばかり…………ふふっ。あの人たち、いったい何を企んでいるんだか?」
最後は冗談めかしていたが、ソフィーさんの口ぶりは、やや警戒まじりで意味ありげだった。やっぱり彼女も、その点は気になっていたに違いない。
ナルドットの冒険者ギルドが僕を《暁の一天》の見習いにしたのは、単なる思いつきなどでは無く、用意周到な計画に基づくものである可能性が高い。悪意は無いと信じたいが、無邪気に彼らを頼ってしまうのは不用心すぎるだろう。
アレクが、皆の顔を見回す。
「明日は、早朝に冒険者ギルドに集合だ。既に、クエストを受けている」
おお! ついに、冒険者としての本格的な活動が始まるのか!
体調についての不安は未だ若干、残っている。とは言え、待ちに待った冒険クエストの本番なのだ。期待と興奮で、胸が高鳴ってくるのを抑えることが出来ない。ドキドキするな。
仕事内容に関して、アレクに訊いてみよう。
「どんなクエストなのかな?」
「ナルドット近隣の村での、害獣退治だ。往復の道ゆきも含めて、4日間をこのクエストに費やす予定になっている」
行きと帰りの日を除いて、丸二日は完全にナルドットを空けることになるのか。侯爵邸に居るフィコマシー様やシエナさん、新人研修中のミーアのことが少し心配だけど、こればっかりは身体が2つ無い以上、仕方ないよね。
でもフィコマシー様たちが王都へ向けて出立する前には、ナルドットに戻ってくることが出来る。そこは良かった。
そして、肝心の冒険内容。
僕の初クエストの退治対象は、害獣か……どんな動物なんだろう? 畑を荒らす、イノシシみたいなヤツかな?
アレクの口調が鋭くなる。
「サブロー。ケモノが相手だからって、油断するなよ。クエストで赴く村の周辺では、ゴブリンが出没している――という情報もあるんだ。場合によっては、ゴブリンと戦うことになるかもしれない」
ギクッとした。
ゴブリン――人型モンスター。知性があり、言葉を話し、けれどヒューマンと理解しあう事は出来ない、そんな怪物たち。
冒険者ギルドの地下室で、僕はゴブリン2匹を……。
僅かに身体を強ばらせる僕へ、ソフィーさんが心配げな眼差しを向けてきた。
「サブロー、大丈夫? 貴方はもう、童貞を卒業しているのかしら?」
…………。
ええ~!!! ソ、ソフィーさん、なんてことを尋ねてくるんですか!?
少し迷ってしまうけど、ここは、いっそのこと『いえ。恥ずかしながら、僕はまだ童貞でして』と答えるべきなんじゃ……そっちのほうが、賢い選択かも。何故なら、そしたらソフィーさんが『そうなの。だったら、私が卒業相手になってあげようか? 優しくリードしてあげるわよ』と言ってくれる可能性が!
包容力あふれるソフィーお姉さんにそのように仰ってもらえたら、不肖サブロー、歓喜のあまり、床体操で〝前方かかえ込み20回宙返り30回ひねり〟をやってみせます!
輝ける明日の空へ、大いなる飛翔は青春の扉を開くのだ!
ドーテー・ロマンス飛行☆オープン・ザ・シャイニングスカイ!!!
…………。
なんてね。
分かっています。全て、承知しております。ソフィーさんは〝人間、あるいは人型モンスターの命を奪った経験があるかどうか?〟との意味で、僕に『童貞なのか?』と質問してきたんだ。
了解、了解。
誤解なんてしていません。
――だから、お願いします。
ミーアは両手の爪を引っ込めて。
シエナさんは、抜いたレイピアを鞘に戻してください。
フィコマシー様。そんな軽蔑の視線で、僕を見ないで!
僕は脳内に突如として出現した3人の少女へ懸命に言い訳しつつ、ソフィーさんへ返答した。
「はい。僕は、既に童貞ではありません。冒険者ギルドでスケネーコマピさんとゴンタムさんに手伝ってもらい、キチンと童貞を卒業しました。2人には、本当にお世話になりました」
「そうなのね」
ソフィーさんが僕を労るような、優しい微笑みを浮かべながら、ユックリと頷く。アレク・キアラ・レトキンも、僕を見守ってくれている。先輩が後輩を思い遣る、温かな雰囲気がその場に満ちる。
《暁の一天》――素晴らしい、パーティーだ。感動……。
と。
いきなりドリスが、悲鳴を上げた。
ほんわかムードが、ぶち壊れる。
「ええええええええ!!! サ、サブローは、男性2人を相手に手伝ってもらって、童貞を卒業したの!? お世話になったの? スケネーコマピさんとゴンタムさんに? し、信じられない! 美形のエルフであるスケネーコマピさんはともかく、むくつけき中年である熊族のゴンタムさんに導かれて、大人になったって……サブローの初体験は、あるゆる意味で特殊すぎる。性癖が凄いわ。酷いわ。どぎついわ。驚きを通り越して、恐ろしすぎるわ。でも、面白くもあるわ! 見物だわ! 快挙だわ! 〝奇々怪々〟で〝喜々快々〟だわ!」
ドリスがめちゃくちゃ興奮していて、頭のツインテール――ダブルの金髪ドリルは、今にも回転を始めそうな勢いで揺れている。
加えて彼女の小物入れの中から、『ピギー! ピギー! ピギー!』と音(声?)が漏れ出てきた。ゴーレムのゴーちゃんが、騒いでいるらしい。
おい、ドリス! あと、ゴーちゃん! 勘違いするな!
あまりの事態に咄嗟に口を開けない僕へ、ドリスがなんか悟ったみたいな、気持ちの悪い笑顔を向けてきた。
「サブローがそれで良いなら、どんな形であったにしろ、あたしはアナタの童貞卒業を祝福するわ。大丈夫。あたしは理解がある女だから」
『ピギ~』
「あの」
「スケネーコマピさんとゴンタムさん――彼らとの〝新世界〟、おめでとう! サブロー!」
『ピギ!』
「ちょっと」
ドリス! ゴーちゃん! 祝福するな! 理解するな! 僕は〝新世界〟へなんて、旅立たないぞ!
僕がアタフタしているうちに、ドリスは「そうか~。サブローとコマピさんとゴンタムさんが……むふふ、それはそれで」とニヤニヤしだす。
ヤバい。すぐに間違いを正さないと、もしドリスが誤解したままの内容を他人へ喋ってしまったら……僕の〝人としての尊厳〟は完膚なきまでに破壊され、なけなしの名誉も地に落ちてしまう。いや、地面の下、はるか底まで潜ってしまう。掘り出すのに、数百年は掛かるだろう。
ドリスがブツブツと呟き出す。どうやら、勝手な妄想を――
「ゴンタムさんが『サブローよ。大人への階段を上るとき、少年は誰しも〝王子の輝き〟を放つのだ。クマピカー!』って言って、サブローが『あ、そんな! 無理です。やめてください、なんて強引な……このケダモノ!』って泣いて、ゴンタムさんが『ケダモノなのも、当たり前。自分は熊だからな』って笑って、スケネーコマピさんが『僕は取りあえず、観察に徹します。ごちそうさまエロフ』って2人を拝んで、サブローが『もう、堪らない!』と喘いで、ゴンタムさんが『ハチミツを舐めまわしてきた、自分の舌さばきは絶妙だろう?』と誇り、サブローが『ああ、肉球の感触が!』って悶えて、ゴンタムさんが『熊族の肉球は、猫族や犬族の肉球とは、ひと味違うのだよ!』と豪語して、スケネーコマピさんが『〝森の熊さん〟ならぬ〝盛り……いえ、盛りの熊さん〟ですね。ハッスルハッスル、まっ盛り!』とツッコミ応援を入れて――あわわわわわわ!」
『ピギピギピギピギピギピギ!』
「いい加減にしろ、このくるくるパー娘!!! あと、ゴーちゃんも静まれ!」
妄想が暴走し――
パニックになるドリス。
パニックになるゴーちゃん。
パニックになる僕。
ところで、ここはナルドットの公共の路上。
道を行き交う人たちも、当然ながら居るわけで。
「パパ。あの人たちは、何を言っているの?」
「メーちゃん。関心を持っちゃダメだよ。あの人たちは、アレなんだ」
「アレ」
「アレであっても、アレはアレなりに、幸せなんだよ。生温かい目で、可能な限り遠くから見守ってあげようね」
「うん!」
「メーちゃんは良い子だね。くれぐれも将来、アレになったりしないでね」
「分かった!」
父親と幼子のホノボノとした会話が、辛い。
幸いなことに、《暁の一天》の他のメンバーは真面だった。レトキンが、ドリスを諭す。
「おいおい、ドリス。なにを、アホな勘違いをしているんだ。サブローが卒業した童貞は、その童貞じゃ無い。あの童貞だ」
「…………あ、ああ。そう、そうよね。そっちの童貞よね。あたしの早とちりだったわ。いえ、サブローが『ゴンタムさんに手伝ってもらって、童貞を卒業した』とか『お世話になった』なんて言うもんだから、前代未聞・奇跡のカップルがナルドットに出現したのかと……〝大人な熊の手によって、少年の神秘の門が開かれる〟――そんな逞しくも麗しい、野性味あふれる光景を、思い浮かべてしまったの」
どんな光景なんだ! 想像しようとしてみて……人間のイメージ喚起能力には限界があることを、僕は知った。
棒立ち状態になっている僕へ、ドリスとゴーちゃんが謝罪してくる。ゴーちゃんは、ポーチの中からだけど。
「ごめんなさい、サブロー」
『ピギ~』
真摯な姿勢で謝ってくる、ドリスとゴーちゃん。
僕は心が広い男だからね。どちらも許しますよ。
「熊と少年の、ときに荒々しく、ときに優雅な戯れ……ゴンタムさんとサブローのペアなら、充分にあり得る話だと思ったのよ。モリモリ盛ったり、クマクマ鎮まったり、これからでも、そちらの方面で頑張ってみない? サブロー」
『ピギピギ!』
絶対に許さないからな、このゴスロリ金髪ドリルと泥人形!
『熊と少年』と書くと、純文学のタイトルっぽいんですけどね……《真美探知機能》獲得のための特訓で鍛えたサブローのイメージ喚起能力にも、限界はありました(涙)。
今回登場した幼い通行人のメーちゃんは、6章7話「生卵、ヒヨコになれず、ゆで卵」の回にも出ています。彼女の将来が心配……。
あと、7章のタイトルは『冒険者パーティー《暁の一天》5+1』にしました。




