絵巻物中に、その神様は居た
礼拝堂で話している、4人のキャラのおさらい。
・シスター・アンジェリーナ……真正セルロド教会の修道女。80歳だが、足腰はしゃんとしている。
・ブラザー・ガイラック……真正セルロド教会の修道士。中年。頭はツルツルだが、ハゲでは無く、剃っている。
・アレク……《暁の一天》のリーダー。イケメンの少年。
・ソフィー……《暁の一天》のサブリーダー。20代のお姉さん。
キアラの〝サブローとミーアのカップリング推し〟が、止まらない。
怒濤の勢いで話しつづける。
「サブローとミーアの結婚式のプランニングは、私がしても良い」
「え゛」
「どでかいケーキを作って、それをサブローとミーアが2人で1本の剣を振るって、真っ二つにする。飛び散る、クリーム。崩れ落ちる、スポンジ生地。尊い、共同作業」
真っ二つになって、飛び散って、崩れ落ちる……大惨事になる予感しかしないんだが。尊さが、全く伝わってこない。
「愛の合い言葉は、『景気買騰!』『ニャン刀にゅ~婚!』」
…………。
「それから参列者へ、サブローが〝ミーアとの出会い〟について述べる」
ミーアとの出会い――『獣人の森で会って、「おっぱいの数を教えて」と語りかけました。彼女は「ヘンタイにゃ~!」と叫びました』……なんて、言えるか! 冗談じゃない!
「余興として、レトキンが筋肉リボン体操を」
絶対、見たくない!
「ゴーちゃんが、床体操で〝後方伸身10回宙返り15回ひねり〟をやる」
それは……是非、見たい!
「あと――」
いえ、もう結構です。キアラさん。
キアラは《暁の一天》のメンバーの中では貴重な〝常識タイプ枠〟だと思っていたけど、違うみたい。どちらかと言うと、ドリスやレトキンに近い性格なのかもしれない。
アレクとソフィーさんは、どういう基準でメンバーを集めたんだろう?
子供たちがやって来て、僕とキアラへ「また、遊ぼう!」と誘ってくる。
広場の中央へ眼を向けると、子供らに交じってドリスとレトキンの姿が見える。でも、アレクとソフィーさんは居ない。シスター・アンジェリーナとブラザー・ガイラックも居なくなっている。ひょっとして、4人で――
キアラが子供たちと遊びはじめる一方、僕は彼女たちへ「ちょっと、ゴメン」と断りを入れ、教会へ足を運んでみることにした。
すると予期していたとおり、礼拝堂でアレクら4人が何やら話し込んでいる。
あの4人には、なにか深い繋がりが……。
ガイラックさんが、僕のほうへ視線を向けた。
「おお、サブローさんではないですか! 先日は、お世話になりました」
僕が挨拶代わりにペコリと頭を下げると
「サブロー……」
とアレクが呟く。彼の表情に、少しばかり懸念の色が滲んでいる。
そんなアレクを、老シスターのアンジェリーナさんが宥める。
「アレクさん、何も心配することはありませんよ。サブローくんは、良い人だと私は思います。真正セルロド教の理念についても、彼は理解を示してくれました」
「そうね。サブローは、そういう人間よね」
ソフィーさんは頷いた。
一瞬だけ流れた、場の緊張感が無くなった。
4人とも僕を受け入れてくれる雰囲気になったため、近づいてみる。
「どのような話をなさっていたんですか? 差し支えなければ、聞かせて欲しいんですが」
立ち入りすぎかな? しかし、興味がある。
殊更に快活な態度で質問を投げかけてみると、そんな僕の調子に合わせるように、ソフィーさんが軽やかに言葉を返してきた。
「別に、たいした内容では無いのよ。〝神様〟関連の話を、ちょっとね」
「え? 〝神様〟ですか?」
「サブローは、ウェステニラの神々について、どれくらい知っている?」
「天上世界に大勢の神様が居られるとしか……神名を承知しているのは、セルロドシア様とベスナレシア様、それと魔神レハザーシアの3神です」
加えて、猫神様……〝猫神〟って、本名なの? ついでに神様の数え方は『神』で良いのかな? 日本だと『柱』って呼び方をしたりするよね。
アンジェリーナさんが、述べる。
「なるほど。ご存じのとおり、私たちの信仰の対象はセルロドシア様です。そして『セルロドシア様を含めた3神以外、地上に関与や干渉をしてくる神は居られないのか?』という疑問を、前々から私は持っていたのですよ」
「基本的に、神とは〝見守ることに徹する〟存在ではあるのですが……」
考え込む様子を見せる、ガイラックさん。
アレクが肩を竦めた。
「まぁ、だからサブローが名を挙げた3神の女神が、〝例外的な神である〟と解釈すれば、それで全ては済んでしまうんだけど」
「神々の世界においては、男神と比較して女神のほうが、より活動的で積極性に富むと伝えられていますからね」
アンジェリーナさんがそう言うと、ガイラックさん面白がっているような、困っているような、微妙な顔つきになった。
「〝女性が強い〟のは、神々の間でも、われわれ人間のあいだでも、変わらない事実らしいですね。しかし、ウェステニラの歴史を思うと……セルロドシア様とベスナレシア様が地上に関わってこられたのは大歓迎ですが、暗黒神レハザーシアには余計な動きをしないで欲しかったですよ」
おや? セルロドシアとベスナレシアが双子の女神であるのは知っていたけれど、魔神レハザーシアも女神なのか。
そうすると、〝レハザーシアの愛し子〟と呼ばれた魔王の性別は、どうなるんだ? セルロドシアとベスナレシア――双子の女神が、それぞれ恩寵を授けた相手は聖女だったが……。
…………。
いかん。考えすぎて、頭の中が、こんがらがってきた。目が回ってきそうだ。
頭を軽く振って、視界を改めてハッキリとさせてみる。
んん?
ソフィーさんたち4人の側に机があって、その上に巻物みたいなものが置いてあるぞ。何だろう?
「ソフィー、それは――」
「ああ。これは、ウェステニラの神々のお姿を描いた絵巻物よ。年代の古い、かなり貴重な芸術品で……サブローも、見てみる?」
「良いんですか?」
「ええ。構わないですよね? シスター」
「もちろんです」
アンジェリーナさんやガイラックさんも快く許してくれたので、遠慮なく見せてもらうことにする。
ウェステニラの神々の姿か……どんな外見なんだろう? ワクワクしちゃうな。ギリシャ神話や北欧神話の神々みたいな感じかな? もしかしてインド神話の神々みたいだったりして……インドの神様は肌の色が赤かったり青かったり、顔や手の数がいっぱいあったり、ゾウさんだったりお猿さんだったりするからね。外見が多様で、とても楽しいのだ。
え~と。
絵巻物に描かれている、ウェステニラの神々は………………ナニコレ? 辛うじて男神か女神かの区別はつくものの、個性の欠片も無いぞ。容姿はどこまでも類型的・均一的で、どの神も皆、同じように見える。
「あの……どれが、セルロドシア様なんですか?」
僕が恐る恐る尋ねると、アレクがアッサリと教えてくれた。
「この神様がセルロドシア様で、こちらの神様がベスナレシア様だ」
アレクが指さす神の姿を、もう一度ジックリと眺める。2神の違いが全然、分からない。左右に居並ぶ沢山の神々も似たようなもので、場所をコッソリ交換しても、決して気付かないに違いない。
なんて、安易なデザインなんだ。呆れてしまう。作画の手抜き加減が、如何ほど酷いかと言うと――ウェステニラの人々にとって特に重要な神であるはずのセルロドシアとベスナレシアでさえ、髪型と服装から、どうにかこうにか〝女神であること〟が判別できるくらいな有り様なのだ。
そう言えば、この教会の外壁の軒下に設置されている女神セルロドシアの像も、特徴的な造型はされていなかった。一般的に〝女神〟と識別可能な程度の、素朴な立体像だった。
聖堂内にある礼拝の対象にいたっては、そのメインは女神像ですら無く、キリスト教における十字架に近い意味を持つのであろう、シンボル的な立体図形になっている。
……〝ウェステニラの芸術〟って、あくまで僕が知っている範囲内ではあるが、かなり優れているはずなんだけどな。一例を挙げると、あの波止場でリラーゴ親方が見せてくれた本の挿絵は、とても見事な描写がなされていた。
〝貴婦人にムチで打たれながら歓喜する男〟や〝魔女っ娘にハイヒールで踏みつけられながら歓喜する男〟や〝女騎士にいたぶられながら歓喜しているオスのオーク〟など、あの美麗なイラストの数々を、僕は今でもハッキリと覚えている! ……早く忘れたほうが、精神的な健康のためにも良いのだろうが。
なのに、この絵巻物に描かれている神々の姿は凡庸きわまり無く…………ふむ。これは制作年代の問題もあるには違いないが、それ以上に宗教的理由から来ている要素が大きいように感じられる。神の個性をビジュアル的に表現することは、不敬行為と見做される――そんな危険性が、このウェステニラの宗教・芸術関連の分野においては、あるのかもしれない。
絵巻物に登場している十数神は、全て人間に近い姿形をしている。猫神様など、動物のような外見をしている神は居ない。ちょっと、残念だ。
更に推測すると……セルロドシアやベスナレシアが天上世界の神々であるのに対し、猫神様は土着神、あるいは部族神みたいな存在なんじゃないかな? 正直、猫神様を猫族以外が信仰する可能性は、ほとんど無いと思う。
一方で、たとえば女神ベスナレシアの信者になるのに、属している種族や部族は関係ない。ベスナレシアを崇めるベスナレ教では『ヒューマンは全て平等である』という教義を掲げているわけだから。
で、僕の考えの大方が正しいとするなら、この絵巻物では、天上世界に居る神様のみを取り挙げて、描いているわけだ。
絵柄的に関心の持ちようは無いはずなんだが…………現在、僕が目にしている神々の中で、1神だけ凄く気になる存在が居る。
何度も、その姿を確認してしまう。
この神は……まさか、そんなはずは……いや、でも、しかし――
僕の様子が変化したのに、気付いたらしい。
ソフィーさんが尋ねてくる。
「サブロー、どうしたの?」
「えっと、あの……この神様なんですけど」
横一列に並んだ神々の中央に、偉そうに立っている――その神様は、白い顎髭を垂らした老人の姿をしていた。他の神様たちは全て、若者や少年少女、歳を取っていても、せいぜい壮年期の外見をしているのに。
年寄りっぽいのはこの神様だけなので、1神のみ、異様に目立っている。
僕の疑問に、シスターのアンジェリーナさんが答えてくれた。
「この方は、ウェステニラの神々の最上位に御座します――主神パンテニュイ様です」
「パンテニュイ様?」
変な神名だな。
アレクが楽しそうに話す。
「パンテニュイ様は、なかなか愉快な神様として、ウェステニラの人々の間で人気があるんだ。伝えられる神話によると、最も偉大な神であるにもかかわらず、気まぐれな女神たちに、しょっちゅう振りまわされている……苦労性な神様なんだそうだよ」
偉いのに気が回る性格で、厄介ごとを背負い込んじゃう神様か……なんだか、僕も好きになれそうな気がする。でも、この〝パンテニュイ様〟って爺さん――神様に、僕はどこかで会っているように思えるんだけど……勘違いだよね?
爺さんな、神様。
爺さんな、神。
『爺さん神』――そう、心の中で呼んだ神様が、かつて居たような。
……あれれ?
・女神のセルロドシアやベスナレシアの話題が出てくるのは、6章23話「真正セルロド教」の回など
・猫神様の話題が出てくるのは、2章4話「猫族の村」の回など
・爺さん神が出てくるのは、1章の……(ごにょごにょ)
となります。
ちょっと説明回が続いておりますが、もうすぐ冒険回になりますので、これからもどうぞ宜しくお願いいたします!




