ドワーフ娘キアラが、サブローとミーアのカップリングを推す理由
今回の話では、ちょっと微妙な問題を扱っています。
本作の舞台は、あくまで『異世界』であることをご了承ください。
〝案のじょう〟というべきか、〝当然〟というべきか。
真正セルロド教会の人たちと、《暁の一天》のメンバーは懇意な間柄だった。
「これはこれは、アレク……さん」
シスター・アンジェリーナが深々と一礼しようとするのを、アレクが押しとどめる。
「シスター。自分は、ただの……冒険者アレクですから」
「……そうですね」
アレクとアンジェリーナさんが意味深長な呟きを交わしている隣で、ソフィーさんがブラザー・ガイラックへ小さめの袋を渡している。
「これ、今月の寄付金です。少ない額で申し訳ないんですけど」
「〝少ない額〟などと……とんでもありません! 皆さんのご厚意には、いつも感謝しています」
う~ん。アレク・ソフィーさん・アンジェリーナさん・ガイラックさん――この4人の間より醸し出されている、親密な雰囲気について……単なる知り合いの枠を超えて、同志的なものを感じてしまうんだが、僕の気のせいかな?
そう言えば、シスター・アンジェリーナとブラザー・ガイラックは、聖セルロドス皇国からベスナーク王国へ亡命してきたんだっけ。加えてアンジェリーナさんは、皇国においては高位の貴族だったはず……。
まぁ、今は余計な詮索はしないことにしよう。
せっかく教会に来たんだから、孤児院の子供たちと遊ばなくちゃね。
《暁の一天》の皆と、教会の子供たちはとても仲良しだった。何度も訪問しているからだろう。
僕は一度、顔を見せただけなので大丈夫かな……? と心配だったのだが、幸いにも子供たちは僕のことを覚えていてくれた。
僕を歓迎してくれる。嬉しいな。
「あ、サブローお兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃん。また遊んで!」
「また犬になって!」
「あの素晴らしい犬っぷりを、また見せてよ!」
「尻尾は生えていないかな?」
「サブ犬、最高!」
「ペットにしてあげる!」
「ミーアお姉ちゃんを連れてこないとは、使え無ぇ~」
「詫びとして〝お手〟して!」
「首輪は、いかが? 引き綱も付いているよ!」
嬉しい……な……。
子供たち! 僕と遊びたがってくれるのは、ありがたいんだけど、もう少し発言を控えて!
ほら。《暁の一天》のメンバーの僕を見る視線の気配が、微妙になっていく。
ソフィーさん。「サブロー、趣味は人それぞれよ。貴方がそれで満足しているのなら、私は何も言わないわ」とか、微笑みながら述べないで! 波止場で僕がソフィーさんの特殊嗜好――〝イケナイ本の収集・愛読〟へ、ツッコんだことに対する、仕返しの意図とか無いよね?
更にドリスは「『犬扱いしてくれ』とは、サブローが要求してくるプレイの難度は高すぎるわ。引き綱は、ゴーちゃんに持たせよう」と言うし、アレクは「犬になるのは構わないが、戦闘に際して〝負け犬〟にはならないでくれよ」と真面目な顔で忠告してくるし。
辛い
と、そこへ助け船が。
「みんな! サブローお兄ちゃんに無茶を言っちゃ、いけないわ!」
あ、オコジョ族のケイトちゃんだ! 僕を窮地より救ってくれるなんて……さすが《オコ女王》。親切な女王陛下へ、心からの感謝を!
「サブローお兄ちゃんは将来、アタチの専用の飼い犬……《オンリーワン・サブロー》になる予定なんだから」
《オンリーワン・サブロー》……響きは格好いいけれど、実際のところは〝個人用ペット犬〟のことだよね? 謹んで、お断りします。
しばらくの間、広場で子供たちとイロイロな事をして遊んだ。
追いかけっこやボール投げ、チャンバラごっこなど……取りわけ好評だったのが、縄跳びだ。縄跳びはウェステニラにおいて、一般的な遊戯や運動にはなっていないらしく、僕が即製の跳び縄で〝片足跳び〟や〝交差跳び〟をしてみせると、その場に居る人みんなが拍手喝采、大喜びしてくれる。
年長組の子供たちが元気よく、続々と縄跳びに挑戦していくのだが……ケイトちゃんは上手く跳べずに、失敗つづきだ。
「ど~ちて、足に引っ掛かるの!」
ケイトちゃんは、激おこプンプン……〝怒女〟状態になってしまった。
え~と、ケイトちゃん。貴方が上手に跳べないのは、オコジョ族の種族的特徴により、足が短いから……ゲフンゲフン。
このままだと可哀そうなので、僕も一緒になって一生懸命に工夫したら、ケイトちゃんも何とか少しだけ跳べるようになった。
「やったわ! サブローお兄ちゃん、ありがとう! お兄ちゃんは、まさに〝最高のペット犬〟……《ベストワン・サブロー》よ!」
ケイトちゃんが僕のことを、すごく褒めてくれる。しかし、全くもって嬉しくないな。変な称号が、どんどん増えていく……。
今日を含めて2度会っただけであるにもかかわらず、ケイトちゃんは随分と僕に懐いてくれている。僕がオコジョ族語を知っていて、その喋り方を彼女に教えてあげたのが、理由の1つであるに違いない。
〝オコジョ仲間〟といった風に、思っているのかな?
子供たちを相手にひっきりなしに身体を動かして、さすがに疲れた。体調も、万全なわけでは無いからね。
少し、息抜きしよう。
僕が広場の隅で休んでいると、キアラが側へ寄ってくる。
「サブローはケイトちゃんと、仲が良い。ビックリ」
「ああ。うん……」
キアラのほうから僕へ語りかけてくるなんて、珍しいな。彼女の喋り方は、相変わらず端的だ。
「さっきの食堂《千の胡瓜亭》で、サブローはウサギ族の子とも、親しげにしていた」
「そ、そうかな?」
「そうだよ」
「…………」
「浮気者?」
「違うよ!」
酷い誤解だ!
キアラの間違いを僕が訂正しようとしていると、彼女はいつもとは異なり、かなり長いセリフを述べてきた。
「私としては、サブローはミーアと付き合ってくれるのが最善。けれど、次善として、ウサギ族の子とカップルになるのでも構わない。ケイトちゃんとの交際は、年齢的に……いくらなんでも、サブローに犯罪者になって欲しくはない」
「ちょっと、ちょっと」
「『愛の前に年齢差なんて関係ない!』と断言するなら、頑張って。私は幼いケイトちゃんの身をキッチリと守りつつ、牢の中へ入ったサブローへも差し入れを持っていく」
「何を言ってるの!? キアラ!」
キアラの発言がドンドン過激化していく。
「猫族のミーア・ウサギ族の子・オコジョ族のケイトちゃん……恋人候補がいっぱい。サブローは、偉い」
あれ? キアラが知っている人のうち……名前の挙がらない女性が1人、居るような気が。
「シエナさんは……?」
「メイドさんは基本、選択の外に居る。108号だし。煩悩まみれだし」
そのセリフを聞いたらシエナさんが怒るよ、キアラ。シエナさんが〝怒女〟になっちゃう。
……でも1つだけ、確実に分かったことがあるぞ。キアラは、僕とミーア……というより、僕と獣人の娘をくっつけたいんだ。〝人間の男の子〟と〝獣人の女の子〟のカップルを見たい……彼女は、そう考えている。
「キアラは、僕と獣人の娘が仲良くなることに、凄く興味があるみたいだね。どうしてなのかな?」
そう問いかけると、キアラは強い眼差しでジッと見返してきた。彼女の瞳……その緑の色が、深さを増す。
やがてキアラは、ゆっくりと口を開いた。
「サブローは、私の種族を何だと思う?」
「え? キアラはドワーフだよね?」
低い身長。丸っこい身体。シッカリとした頑丈な手足。モジャモジャの髪――キアラの外見は、ドワーフの特徴を完全に備えている。
僕の言葉に、キアラは頷く。
「そう。私はドワーフ。でも、それだけじゃ無い」
「それだけじゃ無い……?」
「見て、サブロー」
キアラが、自身の横髪をかき上げる。すると、普段は緑の髪に隠れている彼女の耳が露わになった。
大きさは普通の耳だが、先端が尖っている。ドワーフの耳は、人間と同じように丸い形をしているのに。
「これは……」
「私は、ドワーフとエルフの間に生まれた子。母がドワーフで、父がエルフ」
驚きのあまり、息を呑んでしまった。
キアラの容姿はドワーフそのもの――彼女の告白が無ければ、出生の秘密は絶対に分からなかっただろう。耳の形だって……ドワーフ種族における個性の範囲内で受け入れることも可能なほどの、ささやかな差異だ。
キアラは、僕の戸惑いに気付いたらしい。質問してくる。
「サブローは、ドワーフとエルフ――異なる種族の間に出来た子が、どんな姿で生まれてくるか知っている?」
「えっと……」
人間・エルフ・ドワーフ・獣人――ヒューマンの間では、種族の異なるカップルであっても、子孫を残すことは可能だ。同じ種族間の結婚と違い、子供が出来にくいという難点はあるが。
そしてキアラは、その稀な子で――ドワーフとエルフ、2つの種族の性質をそれぞれ有している姿……では無いよな。
問いに対して、キアラは自身で答えてみせた。
「ドワーフそっくりか、それともエルフそっくりか、どちらかの姿で生まれてくる。もう片方の種族の特徴が出たとしても、せいぜい私の耳程度の変化」
「……なるほど」
「種族としての性質も、容姿そのままになる。たとえば私は、ドワーフ族特有の〝土からの恩恵〟を受けているけど、エルフ族の〝風の魔法〟は使えない」
「…………」
「これはヒューマン同士であっても、異なる種族の恋人の間では、必ず起こる問題。つまり――」
キアラが、僕を見る。
つまり――仮に僕が、ミ、ミーアと結ばれるとして、子、子……子供が出来たら、その子の姿は人間そっくりになるか、あるいは猫族そっくりになるわけだ。
ミーアに似ている、猫族の子かぁ……。
僕が妄想に耽っていると。
キアラが話を続ける。
「だから、たとえヒューマンの男女が惹かれあったとしても、種族が違っていた場合〝即・結婚!〟とはなりにくい」
「え? どうして?」
反射的に、尋ね返してしまった。
僕は、猫族そっくりの子でも愛せると思う。ミーアとの間の子だし……いや、あくまで仮定の話だけどね!
しかしながら。
異種族間のカップルについて、ウェステニラの世間では今もって拒否感が強い……という話は、僕も耳にしている。実の両親が、我が子を愛せないケースもあると聞く。
ひょっとして、キアラは……。
僕がキアラの過去について心配していると、彼女はフルフルと首を横に振った。
「父も母も、私をとても可愛がってくれた」
「そうなんだ」
緊張を緩める。
「でも……」
キアラの瞳の緑が濃くなる。
「私は今、15歳で、もうすぐ母が父と出会った年齢になる」
キアラは僕より1つ、歳下なのか。やっぱり、10歳とかじゃ無かったんだ。ドワーフの少年少女は、同世代の人間と比較して幼く見えるから、注意しないと。
「ドワーフの結婚相手は当然ながら、ほとんどがドワーフ。だけど、もしも私が将来、ドワーフの男性と結ばれたら――」
「――結ばれたら?」
「2人の間に生まれてくる子供は、4分の3の確率でドワーフに、4分の1の確率でエルフの容姿になる。なぜなら、私にはエルフの血が半分、流れているから」
「それは……!」
その情報は、初めて知ったぞ。両親はどちらもドワーフの姿なのに、子供はエルフの外見になる可能性があるなんて。
…………。
『そんなの、どうにでもなるよ! 愛さえ、あれば――』などと、簡単に口にするのは間違っているはず。たとえば、僕とミーアとの間に出来た子が、猫族の姿の娘で、彼女が成長したのちに猫族の男性と結婚して……そして、人間の子供が生まれたら――
「私の母はドワーフの郷に住んでいて、その地を旅人であるエルフの父が訪れた。2人は互いに、一目で恋に落ちた。そう、母から聞いた」
僕が考え込んでいると、キアラは声を明るい調子へ変化させた。
「情熱的な恋だったんだね」
「うん。郷の皆は、付き合いに猛反対したけど、2人は屈しなかった。結婚した。そして、私が生まれた。父も母も、私を愛してくれた」
「良かったね」
「父は私が6歳のとき、ドワーフの郷を出て行った」
良くない……。
「父は母へ『ちょっと、所用で遠出しなくてはならない。すぐに帰る』と告げた。けれど、どれほど年月が過ぎても、郷へ帰ってはこなかった」
「そんな」
「郷の皆は母に『〝長耳野郎〟に騙されたんだ』と口々に言ったけど、母は最後まで父を信じていた」
「え……」
〝最後まで〟って、それじゃ、キアラのお母さんは既に――
「キアラのお母様は、立派な方だったんだね」
「そう。母は最後の最後まで、立派だった」
うつむく、キアラ。
「お母様は……」
「母は3年前に――」
キアラの沈痛な声。
胸が痛む。僕は頭を下げつつ、言葉を絞り出した。
「心より、お悔やみ申し上げるよ」
「は?」
気が抜けたような、変な声がした。
頭を上げると、キアラが『ナニ言ってんの? この人』という顔をしていた。
「悔やまれても、困る。母は、郷でピンピンしているから」
「ええ!? それなら『最後までお父様のことを信じていた』って、どういう意味なの?」
「母は、独身時代の最後まで、父を信じていた。3年前に再婚した。義父はドワーフで、良い人」
「独身時代……」
キアラが、淡々とした口調で述べる。
「エルフの父は、行方知れずになってから連絡を寄こさず、生死不明。ドワーフの郷では、配偶者が失踪してから4年経つと、自動的に婚姻関係が解消される。母は実質的な独り身になってからの期間も長かったし、再婚するのも至極当然」
「だったら、『最後の最後まで立派だった』というのは――」
「母は、女手一つで私を育ててくれた。独身時代が終わるギリギリまで、すごく立派だった。再婚してから義父にデレデレになって、立派じゃ無くなった」
「そ、そう……」
僕が口籠もっていると、キアラは殊更に主張したいことでもあるのか、グイッと距離を詰めてきた。
「母は私に言った。『キアラ。誤解しないでおくれよ。わたしは今でも、アンタの父様のことを愛しているわ。けれど新しい旦那も、愛しているの。わたしの愛は増えるのよ。体重とともに増えるのよ』――と。確かに独身時代から再婚へかけて、母はかなり太った」
「ふ、ふ~ん」
「2年前に、母と義父の間に子供が――私の妹が、生まれた。それを機会に、私は郷を出た。前々から、冒険者になろうと思っていたので」
キアラの話によると、郷には元冒険者のドワーフが数人ほど住んでいたらしい。キアラは彼らと良い関係を築き、冒険者になるための心得を聞いたり、初歩的な訓練を施してもらったりしていたそうだ。
郷のドワーフたちは、エルフの父親の悪口は言ったが、残されたキアラ親子には親切にしてくれた。しかし、その厚意は、ある意味で同情の裏返しでもあったのだろう。
感謝しつつも、それら郷人の善意を受け入れるのに、キアラは苦痛を感じたに違いない。だって、キアラは両親――ドワーフの母親とエルフの父親の間に確かな愛情があったことを、誰よりも知っているのだから。
その輝きを、信じているのだから。
自分が2人の子であることに、誇りを持っているのだから。
けれど、どこか納得できない――葛藤だって、抱くのは当たり前で。
…………キアラが冒険者となるべく郷を出たのは〝行方不明の父親を捜したい〟との思いがあったからなのかもしれない。父親へ直接『何故、郷に――自分と母の元へ戻って来なかったのか?』と訊きたい気持ちは、現在も彼女の胸の中にあるはずだ。
そして、キアラは――〝異種族間の恋愛〟をしているカップルに会いたい、見たい、その仲を確認したい。そしたら、自分の生まれに自信が持てる。今更ながらであっても、心を落ち着かせることが出来る――きっと、そんな考えも彼女にはあって。
だから。
「あの日、辻馬車の中でサブローとミーアを初めて見たとき、私は感動した。ミーアはサブローの膝に頭を乗せて、安心しきって眠っていて、そんなミーアをサブローは優しい眼差しで見つめていて」
「あ、ありがとう」
「そこには、種族の壁なんて何の問題にもならない、美しい信頼関係があった」
「照れるよ」
「ミーアとサブローは、お似合いのカップル」
「あ、うん」
「すぐに結婚する」
「え? ちょっと」
「子供は5人」
「いや、あの」
「サブローの心配も分かる。異種族間の結婚では、子供が出来にくい」
「それは」
「でも、大丈夫。猫族は子だくさんだから」
大丈夫じゃ無い!
「ミーアに頑張ってもらう。もちろん、サブローも励む。昼も夜も。努力は大事」
◯×▲▽?■□※△▼―――!!!
キアラって、無口なタイプだったはずじゃ……誰か、このドワーフっ娘の暴走を止めて!
・キアラがサブローたちと初めて会ったのは、5章17話「冥土なメイドさん」の回
・サブローがケイトたちと初めて遊んだのは、6章22話「激・怒女とサブ犬」の回
・サブローがソフィーの隠された趣味を勝手に知った気になった(爆)のは、7章16話「アレクの憂鬱とソフィーの秘密」の回
となります。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!




