哲学者は、桃色世界を俯瞰する
俯瞰とは……「高い所から物事を見下ろすこと」または「広い視野で全体を把握すること」
ここは、ナルドットで人気の食堂――《千の胡瓜亭》。
店内の片隅で。
「俺の友人の1人に〝筋肉・愛〟と〝ハーレム・愛〟の両立を目指した、勇敢なる男が居た」
とレトキンが、述べる。
筋肉とハーレムの両立――意味が分からん。
レトキンに訊いてみよう。
「そのレトキンの友達……どうやって、両立させたの?」
「筋肉自慢の女性たちの集まり――アマゾネス軍団に、飛び込み加入したのさ」
……………。
「男なのに、よく入れたね?」
「そこは、〝押して押して押しまくった〟と聞いた」
「〝押しの一手〟か……」
「土下座したり、涙目で懇願したり、大地を転がりつつ手足をバタバタさせて『入れて~、入れて~』と、ひたすら叫んだりしたらしい」
「みっともない」
「〝アマゾネス・ハーレムを志す以上、恥や外聞は不要なこと〟と、割り切ったとか。潔い男だった」
「そ、それで、どうなったのですか? わん」
レトキンの話に、ナンモくんはとても関心を持ったようだ。眼がランランと輝いている。
「無事に、アマゾネス軍団への加入を果たしたよ。アマゾネスの中に男が1人――〝見事なるハーレム状態〟だ」
「す、素晴らしいです、ワンワン! ね、サブローさん」
「う、うん……目標にも、取った手段にも全く共感しかねるけれど、己が願いを叶えてしまった、その人の根性には敬服する他ないね」
「この間、久しぶりに友人に会ったんだよ。『筋肉娘たちの寵愛を受け、鍛えてもらえる、幸せな毎日を送っている』と報告してくれた。彼の満ち足りた様子を見ることが出来て、とても安心した」
「ハーレムの夢を実現したんですね! わんわん!」
「筋肉愛とハーレム愛を両立させるとは……まさに、愛の戦士だね」
「うむ。絶え間なくアマゾネスたちに〝愛の折檻〟をされ、その痛みを快楽に感じるようになってしまったらしく、『あ、自分はマゾです』『あ、マゾです』『あマゾデス』『アマゾデス』『これからは自分のことは、アマゾネスならぬ、〝アマゾデス〟と呼んでくれ~。〝軟弱モノ!〟と罵ってくれても、良いマゾよ?』と述べていたな。恍惚とした表情で」
「…………わん」
「………………」
僕は沈黙。
ナンモくんは両耳をペタンと後ろに倒し、尻尾を脚の間に巻きこんでしまった。
「レトキン! 余計な話を聞かせて、純真なナンモくんを怯えさせちゃダメだよ。〝ハーレム恐怖症〟になっちゃったら、どうするんだ!」
「ああ。スマン。そんなつもりは無かったんだが……」
「ナンモくんが知りたいのは、ハーレム的環境で心安らかに生きていく方法なんだ! 断じて、マゾ化しちゃう道じゃない!」
「そ……そうなんです。女性に囲まれている状況に、慣れたいだけなんです。わんわん!」
「ふむ。そうだったか……ならば、とても参考になる話があるぞ」
レトキンが口角を上げ、得意気な顔になる。
とてつもなく、胡散くさい。
「俺の故郷に、実際にハーレムを作り上げている、偉大なる先達が居られたのだ」
「へ~」
「わん」
「幼き日、俺はその先達に尋ねた」
――以下、レトキンと先達の会話。
♢
「ハーレムを作ったんですね。先達!」
「ああ、そうだよ。筋肉坊やのレトキン」
「夢を叶えて、とても幸せなんでしょうね~。俺も、もっと筋肉を鍛えるぞ!」
「ふっ。坊や、聞きなさい。夢はね……追い求めているときが、1番幸せなんだよ」
「え!? 夢は、それが実現したときが、1番幸せなのではないのですか?」
「良いかい? 坊や。叶ってしまった夢は、それはもう、〝夢〟じゃ無いんだ。既に、単なる〝現実〟に過ぎないのだよ――」
「よく分かりません!」
「〝夢〟は極彩色である一方、〝現実〟はセピア色なんだ」
「セピア色って、くすんでいますよね!」
「ハーレムの……その夢は甘く、その願望も甘く、それについての考えも甘かった」
「予測不十分――見通しが、甘かったんですね!」
「結果は甘くなかった。現実は甘くなかった。しかし芳醇な苦みを存分に味わえる人生も、また良きかな! ハーレムこそが、世のライバルたちが羨む……はずの〝安息なき天国もどき〟であるのは、間違いないのだから――」
♢
「先達はそのように仰って、全てを諦めきった、透きとおる笑みを浮かべておられた」
「へ~」
「わん」
「先達の教えによると『ハーレムを維持する秘訣は、自身が哲学者になること』らしいぞ」
「……へ~」
「……わん」
「先達は、震える声で俺に告げられた。『哲学者になったら、より高次元から《桃色世界》を眺めることが出来るようになる。痴情のもつれや乱痴気さわぎ――〝痴〟を愛せるようになり、〝ストレスあり〟な生活も平気になる。煩悩を克服してこそ、悟りへの道は開けるのだよ、レトキン坊や』――と」
「へ~」
「わん」
「『極彩色もセピア色も桃色も、色は全て同一にして、〝空〟なりけり。色即是空! 《私利私欲》から《願望成就》となり、されど《七難八苦》の果てに、男は真の《理想世界》に辿り着けるのだ! 《限界突破》、万歳!!!』――先達のありがたいお言葉の数々は、今も俺の耳の奥にシッカリと残っている」
「…………へ~」
「…………わん」
「ちなみに、先達のお名前は〝ストレスアリ〟――では無くて、〝アリストレス〟であった」
アリストレス……地球の古代ギリシャにおける哲学者、アリストテレスと似た名前だな。あとアリストテレスは『知を愛する(フィロソフィア)』という教えは説いたけど、『痴を愛する』なんて決して言わなかったぞ!
そんでもって、ハーレムって〝煩悩の極致〟だと僕は思っていたんだが……その先には〝悟りの道〟が待っているのか。
レトキンの知人――アリストレスなる先達は、ハーレム生活でストレスがありすぎて、本当の意味での〝ハーレム脳〟になってしまったようだ。怖すぎる。
「分かりました! ボクもアリストレス先生を見ならって、哲学者になります! そうしたら、新人研修もキチンとやり遂げられるだろうし、将来に異性ばっかりのパーティーに万が一、入ってしまっても、平常心を保てるようになるはずです! わんわんわん!」
「おお、見事な決意だ! 頑張れよ、ナンモくん!」
「ありがとうございます! レトキンさん」
ナンモくんとレトキンは意気投合してるけど……これって、良いのかな~? ナンモくんが〝哲犬ナンモ〟になっちゃいそうなんだが。
レトキンがナンモくんへ、優しく声を掛ける。腕を曲げて、力こぶを見せながら。
「ナンモくんの努力表明に感動し、俺の上腕二頭筋も律動しているよ」
「ピクピクしていますね。わん」
ナンモくんの行く末は…………ま、どうでも良いや。
「ところで、サブロー」
「なんだい? レトキン」
「つらつらと〝ハーレム〟なる現象について検討してみるに、うちのリーダーであるアレクは、全くもって偉い男である……と、そう思わないか?」
「え? アレクが?」
ナニ言ってんだ? この筋肉漢。
「だって、そうだろう? 犬族のナンモくんは、ハーレムでは無い、3人の女性と単に一緒に研修をしていただけで、身の置き場の無い心地になって、これほどシオシオのヨレヨレのボロボロになってしまったんだ。〝男1人ボッチ〟というのは、それほど過酷なものなのだ。にもかかわらずアレクは、俺の参加以前は《暁の一天》において、女性3人とパーティーを組んで、平然としていたんだぞ。今も、メンバーの女性3人と同じ宿舎に住んでいる」
「むむむ」
確かに……レトキンや僕が入る前、《暁の一天》のメンバーは、アレク・ソフィーさん・ドリス・キアラの4人だったのだ。女性3人に昼夜を分かたず囲まれつつ、男1人でパーティーリーダーの役目を立派に成し遂げていたとは……アレクの精神力、恐るべし!
僕が同感の意を示すために深々と頷くと、レトキンは快活に笑った。
「アレクは男性としてもリーダーとしても、とても優秀だ。彼なら仮に女性メンバー10人以上の……大規模ハーレムを作ったとしても、やすやすと守り通していけるに違いない」
「そうだね、レトキン」
「アレクさんは、凄いのです! わんわんわん!」
現在の《暁の一天》は、男性3人、女性3人というメンバー構成になっている。
ハーレム的編成では無い……ハーレムでは無くなった……でもそうなると、レトキンが加入する以前の《暁の一天》って、やっぱりアレクを中心にしたハーレム状態になっていた――そんな風に、見なしても良いのかな? 姉系のソフィーさん、妹系のキアラ、くるくる系……じゃ無くて、イロモノ系……でも無くて、同じ歳系……のドリス、といった具合のヒロイン(?)揃いな感じで。みんな、個性的だ。
まぁ、アレクに対して、あからさまに恋愛的な好意を示している女性は、ドリスのみだけど。
改めて考えてみると、《暁の一天》のメンバー同士の結びつきについて、僕はまだまだ知らないことが多いんだなぁ……。
僕がアレクへ視線を向けると、それに気付いたのか、アレクは僕らのほうへ歩み寄ってきた。
「男3人で、何を楽しそうに話しているのかな? 僕にも聞かせて…………な、なんだい、君たち。どうして、そんな眼で僕を見るんだ?」
「ビッグ・ハーレムにもビクともしない、アレクの強靱なるメンタルに、心よりの敬意を」と僕。
「アレクがリーダーで、俺は本当に誇らしい。是非とも、先達を超えていってくれ!」とレトキン。
「哲人アレクさんに、いろいろ教えを請いたいです! わん」とナンモくん。
「いや、君たち。もう少し、理解可能な言葉を喋ってくれ!」
瞳をキラキラさせている男3人に包囲され、アレクが悲鳴を上げた。
野郎の4人が集まって、けれど、男同士の友情は別に深まらなかった。
ナンモくんの元気は回復したみたいだから、結果はOKだったけどね。
♢
そんなこんなで。
「サブロー。また後でニャン!」とミーアが。
「クリーンでドリームな1票を、不肖ウサギ族のララッピへ、宜ぴくピョン!」とララッピちゃんが。
「サブローさん、レトキンさん、ありがとうございました。哲学的瞑想に耽りつつ、ボクはこれからの困難を、果敢に切り抜けていきます。ワン!」とナンモくんが。
研修中の新人3人が、それぞれサヨナラの挨拶を述べつつ、《千の胡瓜亭》を出て行く。
それから、僕たち《暁の一天》のメンバーはお昼ご飯を食べた。
お店お勧めのキュウリ定食は、とても美味しかった。
でも、ミーアたちとの別れ際に聞こえてきた、ソフィーさんとルティユさんの会話……その内容が、少し気になる。
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「それで、ルティユ。貴方たちは、どんな研修クエストをやっているの?」
「迷子捜しよ。ある獣人のお子さんが、2、3日前から行方不明になっていて、捜索願いがギルドに届けられているの」
「また? 最近、獣人の子供が迷子になったり行方不明になったり……似たような話を良く耳にするわ」
「ええ。まだ大きな騒動にはなってないけれど、ギルドのほうでも、これらの案件についての関心が高まってきて、手配する人員を増やそうと考えているみたい。私が担当することになった今回の研修も、その一環というわけ」
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獣人の子供たちが、迷子になっている……ミーアやララッピちゃん、ナンモくんは、上手く彼らを捜し出せるだろうか?
♢
午後は、ナルドットの南西部へ行くことになった。
皆の後について、歩く。
このあたりの地区には貧しい人々が住んでおり、街並みもゴミゴミしている。運河は流れているが水路は狭く、ろくな整備もされていない様子が見て取れる。舟での移動を、午前で切り上げてしまったのも納得だ。
先頭を歩いていたアレクが、足を止めた。どうやら、目的地に着いたらしい。
…………なんとなく、予感はしていた。アレクをはじめ、皆の視線の先にあるのは教会――僕が新人研修の3日目に訪れた場所、《真正セルロド教会》だ。
もはや、間違いない……な。
冒険者ギルドで、僕の研修を指導したスケネービットさんは、敢えてクエスト先に《暁の一天》のメンバーと関わりがある人々が居る場所を指名していたんだ。そしてこの事案は、おそらくギルド長のゴノチョー様の了解のもとで行われたはず。
いずれ僕が〝何故、そんなマネを?〟と疑問を抱くであろうことも、織り込み済みで。
――ナルドット冒険者ギルド。
妙に遠回しな……もったいぶった策を弄して、いったい、何を考えている?
本作のタイトルが『異世界で僕はハーレムを作れない!?』になりそうな……。