ハーレムは辛いよ
ヒロインの数も増えてきたので、サブローがハーレムを作れるかどうか、考えてみました(爆)。
「ナンモくん、どうしたんだい?」
「ううっ、サブローさん。お会いできて、良かったです」
犬族のナンモくんが、ウルウルに潤った瞳で見つめてくる。理由はイマイチ不明だが、どうやら僕に助けを求めているようだ。
でも、容易に口を開こうとはしないナンモくん。人前では話しにくい内容なのかな?
僕は彼を、店内の片隅へと連れて行った。
それにしてもナンモくんは、ミーアとララッピちゃん、加えて指導係の方――つまり、女性3人と一緒に居たんだよね? ミーアはもちろん、他の2人も優しそうな人に見えるし、ナンモくんがこんなに憔悴する経緯なんて、想像もつかないんだけど。
まぁ、ララッピちゃんはかなり突飛で、ハタ迷惑な子ではあるが……。
「ナンモくん。困ったことがあるのなら、相談に乗るよ?」
「ありがとうございます。サブローさんのアドバイスを聞きたくて……」
アドバイス? なんだろう?
「サブローさんは『ハーレムの達人である』と、ミーアちゃんより伺いました」
は?
「是非ともボクに、〝ハーレム的環境で生き抜く術〟を伝授して欲しいのです。ワンワン!」
驚愕。衝撃。我が耳を疑う。
ちょ、ちょ、ちょっと、待て~!!! え? ナニそれ?
「ミ、ミーアが、僕のことを『ハーレムの達人』と呼んだの?」
もしもそうなら、大問題だ! 前に僕はミーアへ『ハーレムは、怖ろしい呪文なんだよ~』とか教えてしまっているからね。ミーアはそれを信じちゃってたみたいだし、少なくとも現状、彼女が褒め言葉として〝ハーレムの達人〟という単語を口にしたとは考えにくい。
自分の顔面から、サッと血の気が引いたのが分かる。
まさか、ミーアがハーレムの〝真の意味〟を知って、そのため『サブローは、ハーレムの達人にゃ。〝オット星人〟あるいは〝ライ女たらし〟ニャン。アタシも冒険者になった以上、〝好色魔神〟や〝エロ怪獣〟は、退治しなければならないのニャ』と宣言したなんて事態は(※注 オットセイやライオンの雄は、ハーレムを作ることで有名です)…………ヤバいよ!
「いえ。ミーアちゃんは別に『ハーレムが、ど~のこ~の』などとは言ってません」
ホッと、安堵の息をつく。ミーアの心の中で、討伐対象にならずに済んだ。
ナンモくん。まぎらわしいセリフを告げてくるのは、止めてくれ! 心臓に悪い。
「ただ、ミーアちゃんは頻繁にサブローさんの話をボクらにしてくれて、それで次第に分かってきたんです。サブローさんは〝ハーレムの達人〟であると」
「なんで、そんな奇怪な結論に!」
「だってサブローさんはミーアちゃんのパートナーでありながら、貴族の家のメイドさんとも仲良くなり、そこのお嬢様とも親密な仲になり、それに加えて女性騎士へちょっかいを掛け、おまけに魔法使いの女の方と《お菓子作り同好会》を結成したんでしょ? その無節操な逞しさ、スケベー根性、雑草の如きしぶとい精神に、ボクは限りない尊敬の念を禁じ得ません。憧れてしまいます、わん!」
ナンモくんは一応は僕を褒めてくれているんだろうけど、ちっとも嬉しくない。誤解が酷い!
おそらくミーアは、獣人の森を出てからの日々を素直な気持ちで語ったのみで、他意は無かったに違いない。が……。
ナンモくんが、僕にすがりつかんばかりの勢いで訴えてくる。
「わん! ボクは、この新人研修でミーアちゃんとララッピちゃん、2人の女の子と臨時のパーティーを組むことになりました」
「うん」
「最初は、すごく嬉しかったのです。ミーアちゃんもララッピちゃんも、その……とっても可愛いですし」
「ナンモくんがそう思ったのは、当然だ。よく分かるよ」
「サブローさん!」
僕の同意に感激したらしく、ナンモくんは尻尾を左右にブンブンと振った。
「現在ボクは、教官のルティユ様も含め、3人の女性に囲まれつつ、研修を受けています」
そうか。
ナンモくんの研修チームは、〝女性3人に男性1人〟という組み合わせになるわけだ。
「ボクはこんな風に、異性と仲良く共同作業をするのは初めての経験で、ワクワクしながら研修に励んでいたんですけど……」
「けど?」
ナンモくんの尻尾が力を失い、ダラリと下がる。
「だんだんと精神的な疲労が……心の底が辛くなってきたのです」
「え? なんで?」
ウハウハ気分じゃ無いの?
「だって、サブローさん!」
ナンモくんはキッとなって、僕へ強い視線を向けてきた。
「女性の中に居る男性が、ボク1人だけなんですよ。これが短時間で済むのなら、楽しいです。率直に言って、浮かれちゃいます。でも、この状態が昨日からズッと……更にこの先、数日は続くとなると……なんだかイロイロと気詰まりに……圧迫感が、エスカレーションしていくのです。場違い感を、覚えてしまうのです。サブローさんの姿を目にしたときは、知り合いの同性に会えた嬉しさに〝助かった!〟とまで思っちゃいました。わん」
…………………。
ナンモくんの悲痛な申し立ては、尤もかもしれない。
複数の異性に囲まれて1人だけになっている状況って、仮に自分がその立場に置かれてみるのを想像したら――すっごくハッピーなような、気もする。でもそれは、自分の頭の中で好都合な条件を並べ立てているからであって、いざ現実になった場合は……う~ん……え~と……そうですね。なんだか、居心地が悪い…………アザラシの大群の中に、ペンギンが1羽だけ混じっている――そんな感じ?
身を寄せ合うべき同類が居ない、ペンギン。アザラシに擦り寄っても、油断したら潰されてしまう。
結果は、ボッチ。
南極海の冷風は、体温をひたすら奪っていくのだ! 寒い~。
奇跡的に、ハーレムっぽい環境に身を置けたところで。
自分の言動、相手の対応、そのイチイチに気を遣っちゃいそう。関与しつづけることを求められる相手は多数の女性で、男性は自分1人……逃亡は許されない。孤立無援。一歩間違えれば疎外される恐怖に怯えつつ、過ごす日々。
厳しい。
辛い。
重い。
日常的に接する女性が皆、気が合って、自然と仲良くできるタイプの人たちばかりだったら、和気藹々とやっていけるかもしれないけど、そんな可能性は極めて低いだろうし。
――天与の幸運を、その手に掴み。
正真正銘、〝恋愛要素モリモリのハーレム〟を構築できたとして、だがしかし、将来設計やら、感情の深まりやら、情熱・執着・対抗・離反・その他もろもろ、より人間関係が複雑になるのは明々白々だ。
……そう考えると、ラノベに出てくる、ハーレムを作っている男主人公や、逆ハーレムを作っている女主人公って、とてつもない熱き魂、鋼の精神力の持ち主なんだな。
ナンモくんは、家族に内緒で手羽先を1個多く食べてしまっただけで罪悪感に苛まれてしまうほど、ピュアな心を持つ犬族少年だ。メンタルの強度は、絹ごし豆腐レベル。
心労が重なり、体毛がパサパサになってしまったのも無理はない。
でも〝男1人ぼっち状態〟が始まったのは昨日で、夜はお休みタイムだった以上、実質的には2日も経ってはいないはずなのに……これほど、心身にダメージを負ってしまうとは。
ナンモくん、可哀そう。
「女性3人が楽しげに会話していても、ボクだけ、その輪の中へ入っていけなくて……ミーアちゃんやララッピちゃんと一緒に何かをする際も、微妙に呼吸が合わないし……ワン」
「…………」
「ミーアちゃんは、何かにつけて『サブローは、サブローは』と言うし」
「…………」
「ララッピちゃんは、ひっきりなしに『1票、1票。最低でも、3位入賞』と言うし」
「し、指導係の方に相談してみたら、どうかな?」
「しましたワン。教官のルティユ様は『ナンモ君が正式な冒険者になったら、〝自分以外のメンバーは異性だらけ〟なチームの中に入るケースも、きっとあるわ。だから、こういう状況にも、今のうちに慣れておくのよ』と仰って……」
なるほど。指導係のルティユさんは、ナンモくんの性格をキチンと見定めた上で、敢えて現在のメンバーで研修をさせているんだ。
「わん。この悩みは、自分で解決しなくてはならないのです。なので、サブローさんに教えて欲しいのです。どうやったら〝女性に囲まれて1人〟なシチュエーションに順応できて、むしろ楽しめるようになるのでしょうか?」
「いや。そんなこと、僕に訊かれても――」
「お願いします! スーパー・ウルトラ・チャラ男・ウザい自慢ヤロー――略して《ウルチャラ男》のサブローさん!」
「誰が、ウルチャラマン・サブロー!」
「ミーアちゃんの話によると、サブローさんは馬車の中に〝女性3人、男性1人〟で旅をしたんでしょう? その時の体験にもとづく、有益な助言を――」
言われてみれば、ナルドットへの道中。
確かにあの時、馬車の中には僕・ミーア・シエナさん・フィコマシー様の4人が乗っていて、男は僕1人だけだったのに、気まずさは全く感じなかった。むしろ、快適な心持ちだった。僕以外の皆も、そうだったと…………自惚れの可能性もあるけど、思う。
リアノンが乗り込んできて5人になってからは、イロイロな不協和音が生じてしまったが……。
「あ、あのね、ナンモくん。ミーアが語った馬車の旅で、僕は女性3人と一緒に居たには違いないけど、御者をしていたのは男性なんだよ。それに馬車の外ではあるけれど、3人の男性が同行してくれていたし」
そうなのだ。あの折はマコルさんたちが旅仲間であり、とりわけモナムさんは、御者まで務めてくれていた。僕は〝男性1人ぼっち状態〟では無かったのだ!
しかしながら、もし仮にマコルさん・キクサさん・モナムさん・バンヤルくん4人まで女性だったとしたら……紛れもなく、男が僕1人だけだったとしたら……うん。様々な意味で、キツそうだね。おそらく、僕も半日で痩せ細っちゃうのは確実だ。
う~む。考えれば考えるほど、ハーレムは〝輝かしい夢〟じゃ無くて、〝悪夢〟に思えてきたぞ。オカしいな? 異世界転移する前は、ハーレムこそが僕の求めて止まない〝究極目標〟だったはずなのに。
僕の説明を聞いて、ナンモくんはガッカリしてしまったらしい。
「そうなんですね……ミーアちゃんの話を聞いた限りでは、サブローさんは〝妄想ハーレム天国に舞い上がる、厚顔無恥な、オレ様気取りの勘違いアンポンタン〟としか思えなかったんですが。残念です、ワン」
ナンモくんの言葉の端々に、トゲがあるように感じるんだが……気のせいか?
と、いつの間にやら、背の高い男性が僕らの側に来ていた。
「ふむふむ。なかなか面白い話をしているな」
「レトキン!?」
「レトキンさん……ですか? ワン」
レトキンが僕とナンモくんを興味深そうに、交互に見遣りながら、語りかけてくる。
「俺は筋肉第一なので、よく分からんのだが、ハーレムを追い求める男が世間に少なからず生息しているのは、承知している」
そうなんだ。
思いのほか、ウェステニラの世界も退廃している……じゃ無かった、活気に溢れているみたいだ。
レトキンが不意に、過去を回想する眼差しになった。
「俺の友人の1人に〝筋肉・愛〟と〝ハーレム・愛〟の両立を目指した、勇敢なる男が居た」
この回は書いていたら九千字を超えてしまい……それで2話に分けました。どれだけハーレムについて、語りたいんだ……。
次話は明日、投稿いたします。




