和服の下のバニーガール
さて、そろそろ埠頭から別の場所へ移動する時間になったみたい。
レトキンとリラーゴ親方は、最後まで筋肉組体操をやっていた。親方がレトキンの両足首を掴んで振りまわし、2人は「万華鏡・乱れ咲き!」「マッスル回転翼。絶好調! うほほ~」とか叫んでいたが……もう、あれは体操では無く、曲芸の領域だよね。
あとキアラによってトレカピ河へと投擲されたゴーちゃんは、案のじょう、バチャバチャと溺れていた。幸い、水に溶けてしまうことは無かったが……パワーが尽きて水没する前に、間一髪で僕が救出する。
おかげで、ズボンが水に濡れちゃったよ。
ドリスが、僕へ食って掛かってきた。
「サブロー! なんで、訓練の邪魔をするの!」
「いくらなんでも、ヤりすぎだよ。ゴーちゃんが可哀そうだろ?」
「この特訓は、ゴーちゃん自身が望んだことよ。あたしは、その願いを叶えてあげただけ」
「本当に?」
ゴーちゃんを見ると、首をプルプルと横に振っていた。激しく振りすぎて、何度も頭がグルグルと回転してしまっている。
「あたしとゴーちゃんは、心が通じ合っているの!」
と自信満々に述べるドリス。
へー、そうなんだー。
ドリスの小物入れの中へ収納されていく、ゴーちゃん。『ピギ……ピギ……』と哀れな音(声?)を発しているけれど…………僕へ助けを求めているように思えるのは、気のせいなのか!?
……………………。
気のせいだね。うん。
『――――ピギ!』
頑張ってくれ、ゴーちゃん。君の健気な努力を、僕は遠くから見守っているよ。
♢
また舟に乗って、運河を進む。ただし今度は南側へ、トレカピ河より離れていく方角に向かってだ。
先ほどの波止場でアレクたちと個々に語らいをしたためか、《暁の一天》のメンバーと、より気軽に接することが出来るようになった。
アレクやドリス、キアラはもちろん、レトキンともざっくばらんな、砕けた口調で言葉を交わす。
レトキンは18歳で、僕より2つほど歳上なんだけど、フレンドリーな性格なので、とても話しやすい。
もっともソフィーさんは例外で、彼女にだけは、やっぱり丁寧な言葉を使ってしまう。
単に、年齢だけの問題じゃ無い。ソフィーさんからは、その前に居ると自然と襟を正してしまう、そんな人格の厚みが感じられるのだ。たとえ彼女が、極めて偏った傾向の本を真夜中に、ニヨニヨしつつ愛読していようとも!
♢
小舟から降りる。今日、舟を利用するのは、ここまでとのこと。
お世話になった船乗りさんに、僕らは口々に礼を述べた。ソフィーさんが何かを手渡しているが……どうやら、チップみたいだ。
日本出身の僕は、チップの習慣が身についていない。渡すタイミングや額が、よく分からないな……これから、勉強していこう。
しばらく歩く。
おや? この街並みは――
アレクに訊いてみる。
「これは……冒険者ギルドが、近くにありますよね?」
「ああ。その通りだよ」
「ギルドへ戻るんですか?」
「いや。ただ、このあたりに冒険者たちに人気の食堂があるんだよ。そこで昼食をとろうと思って」
なるほど。そう言えば、もうお昼ご飯の時間だな。
やがて、一軒の食べ物屋さんが見えてきた。かなり大きな建物で、扉から人が盛んに出入りしている。繁盛しているらしい。
看板が掛かっていた。書かれているウェステニラ文字を、読んでみる。
――《千の胡瓜亭》。
文字の横には、胡瓜のマークが。
胡瓜……ウェステニラに、野菜のキュウリがあるのは知っている。しかしながら、なかなかにユニークな店名だな。
ドリスが言う。
「《千の胡瓜亭》は食事も美味しいんだけど、無料で飲めるお茶が、これまた絶品なのよ」
ほう。
良いお茶を出してくれるのか。素晴らしい。
〝お茶〟と言えば、日本出身の僕としては、『茶聖』と称される戦国時代の茶人・千利休を連想しちゃうね
《千の胡瓜亭》…………《せんのきゅうり亭》……《せんのりきゅう亭》……《千利休亭》じゃ無いのが、残念だ。
ドリスが更に、熱い口調で述べる。
「当然ながら、《千の胡瓜亭》はキュウリの料理も最高よ! 日保ちが良い特製キュウリの販売もしているから、サブローも買っていくことをお勧めするわ。携帯食にもなって、とても便利よ」
「がってん承知のカッパ」
「カッパ……何?」
首を傾げる、ドリス。
〝河童〟という名の妖怪は、ウェステニラには居ない模様。
僕らは、《千の胡瓜亭》へ入った。
おお! お客さんが、いっぱい居るぞ。
空いているテーブルは、あるかな?
「にゃん! サブロー!」
耳に馴染んだ声が聞こえたので、振り向く。そこには、ミーアが立っていた。
「ミーアじゃないか!」
嬉しい。
ミーアの姿を目にすると、自然に笑顔になってしまう。
タタタ! と猫族の少女は僕の側へ寄ってきた。
「サブローも、ランチを食べに来たにょ?」
「うん。ミーアは今、出るところなのかな?」
「そうニャン。アタシたちは、もう食べ終わったのニャ。キュウリとお茶が、美味しかったニャン」
キュウリとお茶――ね。お店の名物ではあっても、微妙な組み合わせだが…………んん? 〝アタシたち〟?
ミーアの背後を見ると、3人の同行者の姿があった。ミーアと一緒に研修を受けている人たちに違いない。
犬族のナンモくん。
成人の人間の女性――は、新人を指導する係の方、つまり教官かな?
そして、ウサギ族の女の子が居る。
獣人の年齢って、見ただけではよく分からないケースが時々あるんだけど、このウサギ族の子はどうやら、ミーアと同じくらいの歳のようだ。
しかし、このウサギ族の子。
可愛い。
いや。ウサギはもとより可愛いんだけど、この子の可愛さには妙な〝圧力〟がある。なんか自分の可愛さを自覚していて、黙っていても、その優越意識が内面から漏れ出てくるみたいな……自らの可愛さを全く意識していないミーアとは、対照的な雰囲気を身にまとっている――そんな女の子だ。
あ、そうか。
この子が〝ウサギ族のララッピ〟か。
先日、バンヤルくんが熱心に語っていたな。確か、《ケモノっ娘美少女ランキング》で7位に入賞した子だったはず。
まぁ、ミーアはランキングのトップで、それも3年連続なんだけど。
ミーアの姿はシュッとしなやかで、ララッピちゃんの姿はポテッと丸っこい。
ララッピちゃんの頭がある位置は、ミーアより低い。でも耳がピョ~ンと縦に長いため、ミーアと同じ程度の身長があるように感じられる。毛並みは、眩しい純白。それから、目が赤い。白ウサギの目が赤いのは、よく聞く話ではある。ララッピちゃんはウサギ族の獣人で、だから目の色も――
ララッピちゃんと目が合った。
次の瞬間。
彼女は、ズイッと僕との距離を詰めてきた。
「アナタ様が、サブロー様と申しますのね。お噂はかねがね、ミーアさんより耳にしておりますのよ」
およ? 随分と丁寧な喋りかたをするウサギっ子だな。しかも、人間語の発音がとても流暢だ。ウサギ族語から来る訛りは、全然ない。
ちなみに、ウサギ族語の語尾は『ピョン』である。
「大変に格好良く、頼り甲斐があり、優しい方だそうで……こうしてお目にかかれて、ミーアさんの言葉に間違いが無かったことを知り、とても嬉しく思います」
えらく褒めてくれるんだな。
しかし、ララッピちゃん。ちょっと近づきすぎじゃない? ピクピク揺れる長耳が、僕の頬に触れそうだよ。
あと、ミーアが僕のことをそんな風に言ってくれていたなんて感激だ! でもララッピちゃんとの(おそらく秘密であったろう)会話の内容をいきなり明かされてしまって、ミーアは恥ずかしがっているんじゃ……と思ったら、全く恥ずかしがってはいなかった。
むしろ、プンプンと怒っている。
「ララッピ! サブローに近づかにゃいで! サブローから離れるのニャ」
「え~。どうしてですか? サブロー様は、ミーアさん1人のモノではございませんことよ。チャンスは誰にでも平等……ワタクシが拾っても、なんの問題もありません」
「問題あるニャン」
「〝落ち穂拾い〟は、早い者が勝つのです」
「ニャ~!!!」
僕は、紛うことなき〝落ち穂〟――〝収穫のあとの、落ちこぼれている麦の穂〟ではあるけれど。
ねぇ、ララッピちゃん。僕のことを褒めているの? 貶しているの?
ララッピちゃん――言葉のチョイスが、ズレているウサギっ子。一見しとやか風だが、実はヤバいタイプなのでは……。
ミーアが、僕とララッピちゃんの間に身体を割り込ませてくる。ミーアにしては珍しく、強引な行動だ。
「ミーアさん、退いてください」
「ララッピこそ、あっちに行くニャン。キュウリでも、囓ってると良いニャ」
「キュウリを食す以上に、ワタクシはサブロー様と大切な話があるのです」
「ニャン? 大切にゃ話?」
ミーアが〝いかがわしいウサギに出会った目つき〟になって、ララッピちゃんの顔をマジマジと見る。
ミーアとララッピちゃんは、冒険者ギルドの新人研修を一緒に受けている仲なんだ。2人がケンカしないように、僕は大人な対応をしなくちゃ。
「ミーア。ひとまず、ララッピちゃんの話を聞いてみようよ」
「でも」
「心配しないで。僕に任せてよ」
「分かったニャン。サブローが、そう言うニョなら……」
ミーアがしぶしぶ、引き下がる。
すかさず接近し、僕の顔を見上げてくるララッピちゃん。彼女の瞳は赤いが、アルドリューの瞳の紅のごとき、禍々しさは少しも無い。無邪気で明るい光を放っている。
ララッピちゃんの長いウサギ耳が、ピコンピコンと動く。
「サブロー様は、ミーアさんと付き合っていらっしゃるの?」
「え? そ、それは、そうじゃ無いけど……」
僕はミーアをチラリと見遣りながら、口籠もってしまう。
「だったら、ワタクシと交際してみませんか?」
「は?」
「ウサギ族の名誉に懸けて、退屈な思いはさせたりなどしないと、固くお約束いたしますわ。跳ね回る人生を、アナタ様にプレゼントいたします」
「いえ。僕は別に人生で跳ね回りたいなどとは、思っていませんので」
「結婚を視野に入れても、構いませんことよ?」
「ララッピちゃん、頭は大丈夫?」
「こう見えましても、ワタクシは多産系です」
そうそう。日本で、ウサギは〝子孫繁栄〟の象徴・縁起物になっていたっけ。どんどん子供を生むので。
ララッピちゃんが〝本人的には色っぽいと考えているのであろう、あざとい仕草〟で、僕へアプローチを掛けてくる。
ふっ。
だがしかし、残念だったね、ララッピちゃん。ノーマル・サブロー城は、その手の攻撃には鉄壁の守りを誇っているのだよ。ケモナー・バンヤル城だったら、あっという間に陥落したかもしれないけれど。
なんだか良くは分からないが、ララッピちゃんは自身の魅力に絶大な自信があるらしい。〝ワタクシの艶っぽさに、メロメロになっちゃいなさい作戦〟を発動しつつ、グイグイ押してくる。
でもなぁ~。
ララッピちゃんは一応〝貞淑な風〟を装っているけど、言動はイチイチ誘惑的で、その乖離の具合を、どうしても見過ごすことが出来ない。ちぐはぐな印象を受けてしまう。
それとも、これが〝ギャップ狙い〟ってヤツなのか!? …………う~ん。特に惹かれたりは、しないね。戸惑っちゃうだけだ。
猫かぶりならぬ、ウサギかぶり。いや。ララッピちゃん本人は、ことさら何かを隠しているつもりなど、無いのだろうけど。
ラブリーウサギな、ララッピちゃん。
ラブリー。
色っぽい。
艶っぽい。
エッチなウサギ――そのイメージで真っ先に思い浮かぶのは、バニーガールだ。
日本での経験を、回顧する。
《彼女欲しいよー同盟》の同志が、バニーガールがどれほど魅惑的で崇高な存在であるかを、激しく、熱い心で演説していたことがあった。
え~と……『キュートさとエロチシズムと慈しみと楽しさを兼ね備えた、奇跡の創造』とか、言ってたっけ。懐かしい。
バニーガールの特徴で、先ずもって挙げるべきは、あの衣装――ウサギ耳のヘアバンド、加えてレオタードに、丸い尻尾の飾り…………まぁ、ララッピちゃんは、ポテンとしたウサギ族の少女だけど…………あれ? ララッピちゃんの姿が、人間の女の子になってるぞ。
この変化は……?
ああ、そうか。いつの間にか現在進行形で、真美探知機能を使用しちゃってるんだ。どうやら僕は無意識のうちに、ララッピちゃんの本質、彼女の真実の美しさを見極めたい――そのように、考えていたらしい。
ふむ。
真美状態のララッピちゃん――14~5歳の、女子中学生としか思えない。可愛いけど、上品さと生意気さが入り混じったみたいな、独特な雰囲気の少女だ。
白い長髪で、目は赤い。そしてウサギ特有の長い耳が、頭の上で揺れている。そんなところは、確かに〝異世界感〟満載であるが……それ以上に奇抜なポイントがあるため、容貌の特徴はあんまり気にならない。
ルックスに関してのみ述べれば、『可愛い、ウサギ耳の女の子だ!』で済んじゃう感じ。
僕の真美探知機能で捉えた、ララッピちゃんの姿(人間バージョン)――その中で極めて変なのは、彼女の衣装だ。
通常の目で見た際、ララッピちゃんは間違いなく、ミーアと同じで普通の冒険者っぽい、動きやすそうな服を着ていた。あちらこちらにリボンを結んだりなど、さりげないお洒落を施したりもしていたけれど。
ところが現在、僕の真美探知の瞳に映っているララッピちゃんは――気品のある清楚さを強調するかのごとく、和服を身にまとっている。
だが、その和装が――浴衣っぽくて、優美な帯も締めていて、けれど……その……両腕や両脚が、丸見えの状態になっていて…………要するに、半袖でミニスカートだ。で、網タイツを履いていて、細い首にあるのは蝶ネクタイ。
………??? なんだ、コレ? バニーガールの衣装に、上から半端な和服を着込んでいるようにしか見えないのだが?
おまけに〝念押し〟と言わんばかりに、着物のお尻部分に、丸くて白い尻尾がチョコンと付いている。
『衣の下の鎧』との言い回しがあるけど、さしずめ、これは『和服の下のバニーガール』と呼ぶべき珍現象。
つまりは。
『衣の下から鎧が見える』――穏やかな姿勢の裏に、威圧的な態度が透けて見える様子。武力行使に要注意!
『和服の下からバニーが見える』――おしとやかな姿勢の裏に、お誘い系的な態度が透けて見える様子。お色気作戦に要注意!
……って事か。
警告をシッカリと受け止める。
映像限定とはいえ、対象者の衣装まで、かくも見事に変容させてしまうとは、真美探知機能の威力が凄すぎる。地獄の鬼グリーンは、なんて途方もない能力を僕に備えさせたんだ! ……今更だけど。
〝バニーガールin和服〟のララッピちゃん。
豪華な反面、インチキくさい見掛け。
素人の詐欺師っぽい。
素人詐欺師……しろうとさぎし……しろうさぎし……しろうさぎ……白ウサギ。
白ウサギのJCララッピ。
いかん。
頭の中が混乱する。
パニックになりそう。
落ち着け――
よし、落ち着いた。
和服とバニースーツのコラボレーション、女子中学生(JC)風。
う~ん、なるほど。ララッピちゃんのユニークな個性の本質について、理屈を超越した地点においてではあるけれど、なんとなく納得してしまったよ。ただ、どうして和服の色がパステル調の淡い緑――ウグイス色なんだろう?
疑問を感じている僕へ、ヘンテコ衣装JCバージョンのララッピちゃんが、ズズズイっと懇願してきた。
「そのような訳で、サブロー様。次回の《ケモノっ娘美少女ランキング》では、ぜひワタクシに1票を!」
「…………」
「清き1票を、是非とも宜しくお願いいたします! アナタ様の貴重な1票が、ワタクシの力となるのです!」
「…………はぁ」
え? もしかして僕、ケモナーだと思われてる? 僕は《世界の中心で獣人への愛を叫ぶ会》の会員じゃないよ。だから《ケモノっ娘美少女ランキング》の投票権は持っていません。
仮に票を入れるとしても、絶対にその対象はミーアになるし。
「1票を! 1票を!」と力強く連呼する、ララッピちゃん。
……あ。なんで彼女が着ている和服がウグイス色なのか、理解できたぞ。つまり、これは〝ウグイス嬢〟を表現しているんだ。
選挙カーに乗って拡声器で候補者をアピールしている人たちのことを〝ウグイス嬢(別名、車上運動員)〟って呼ぶよね。1票を欲しがるウグイス嬢に化している結果として、真美状態のララッピちゃんはウグイス色の和服を着ているんだ。
着物少女で、バニーガールで、ウグイス嬢。
ララッピちゃんの本性――謎すぎて、もう、わけ分かんないね。
取りあえず、真美探知機能をOFFにする。
「前回までは、ワタクシの努力が足りませんでした。次の《ケモノっ娘美少女ランキング》でワタクシに投票してくださった方には、お礼の意味を込めて〝ララッピ・等身大イラスト〟を無料で差し上げる予定となっております」
……票の買収はダメだよ、ララッピちゃん。努力の方向性が、大幅に間違っている。
僕の右手を、両手でシッカリと握ってくるウサギっ娘。モフモフだけど、ミーアと違って肉球の感触は無い。
そういや、草食動物であるウサギの足の裏に肉球は無いんだった。これはこれで、良いもんだね~。
「ワタクシへの票入れにお友だちを誘っていただければ、掌サイズの〝ララッピ・フィギュア〟も……」
でも、ララッピちゃん。そろそろ手を離してくれないかな。なんだか、もうミーアが限界みたい。毛は逆立っているし、尻尾を激しく振っているし、更には手の指から盛んに爪を出し入れしているよ。
ララッピちゃんはウサギ族とは言え、〝ネズミ講〟っぽい振る舞いをしていたら、猫族のミーアに退治されかねない。
忠告してあげなくちゃ。
僕はララッピちゃんへ、ウサギ族語で話しかけることにした。
『聞いてピョン、ララッピちゃん』
『ピョン! サブロー様は、ウサギ族語が喋れるピョン!?』
『そうだよピョン』
『凄いピョン! そんな凄いサブロー様は、必ずワタクシに1票を投じてくれると……』
この、ウサギ娘! そのうち本当にウグイスになって、『ホ~、ホケセンキョ。イッピョン、イッピョン』と鳴きだすんじゃないだろうな?
怖いぞ。
さて、どうやって説得するか……。
『あのね、ララッピちゃん』
『ピョン?』
『ウェステニラの夜空に浮かぶ、2つの月は奇麗だピョンね?』
『その通りですピョン』
『僕は、ウサギは選挙活動にムキになるより、ノンビリと月でお餅をついてるべきだと思うのピョン』
『ピョン?』
『杵と臼で、ペッタンペッタン。お餅がピョ~ン』
『何を仰ってるピョン?』
『全自動餅つき機って、風情が無いピョンね』
『意味が分かりませんピョン!』
『おモチ食べるピョン?』
『けっこうですピョン』
『ニンジン食べるピョン?』
『食べないですピョン』
『キュウリ食べるピョン?』
『キュウリは、お腹いっぱいですピョン!』
「ララッピ。いい加減にするニャン」
しびれを切らしたらしいミーアが、ララッピちゃんの手を引っぱって、僕から引き離してしまった。
助かった。
で。
ミーアとララッピちゃんの言い合う声が、聞こえてくる。
「アタシとサブローは将来、一緒に〝ニャンキラキンのゴール殿〟に住むんニャ。そこに、ララッピの部屋は無いニャン」
「猫の居ぬ間に、ウサギの巣作りですわ」
「ニャ~!」
ミーア。えっと、あの時の『ゴール殿を建てる』との話は、シエナさんやフィコマシー様の気持ちを和らげるためにした、その場しのぎの発言で…………と訂正できる雰囲気では、もう無いような。
僕がゴール殿――黄金のオブジェが屋根にある家――の建築費用を、脳内で一生懸命に計算していると……。
「あの、サブローさん」
「やぁ、ナンモくん……え!」
ど、どうしたんだ? ナンモくん。
さっきは気が付かなかったけど、よく見ると、ナンモくん。げっそりとやつれているぞ。茶色の体毛もスッカリ、艶を失って、パサパサになってしまっている。
ナンモくんの身に、いったい何があったんだ!?
「決闘の前日、サブローがシエナへ剣を捧げているシーン」のイラストを、Ai kisaragi様に描いていただきました。Ruming様が依頼してくださったのですよ。
第6章34話「剣を捧げる」のページ(https://ncode.syosetu.com/n5244eq/149/)に掲載しています。めちゃめちゃ素敵なイラストなので、ぜひ見てください。