アレクの憂鬱とソフィーの秘密
途中で、サブロー視点では無いパートがあります。
アレクの容姿は中性的で、それに加えて、そこはかとない色気もある。声音も凜として、甲高い。
彼がその気になれば、女性ばかりか男性を惑わすことも、充分に可能なのは間違いない。
う~む……。
実際、地球の歴史においても賢明な皇帝や国王が美少年に出会い、進むべき道を誤ってしまった例は少なからずある。
パッと思いつくのは17世紀、フランス・ブルボン朝の国王ルイ13世に寵愛されたサン=マールだな。ま、コイツは敵国と内通して王を裏切り、挙げ句、恐怖の枢機卿・鉄腕の宰相リシュリューによって処断されちゃうんだけどね。
正式名称サン=マール侯爵アンリ・コワフィエ・ド・リュゼは22歳の若さで、断頭台にのぼったのだ。
儚すぎるが、調子に乗ったイケメンの末路なんて、所詮はそんなもん~。人間の見た目は、普通が1番なのだ………………いえ! 別に自分が美形じゃ無いからって、僻んではいませんよ!
イケメンめ~、泣きっ面をハチに刺されてしまえ~とか、ドブに落ちてしまえ~とか、全くもって考えていません。
コホン。
と、ともかくも、アレクは僕が現在、属している冒険者パーティーのリーダーなんだ。彼が◯◯◯――〝3つの◯〟的な変な方向へ行ってしまわないように、サポートしてやるべきだろう。断頭台に上がっちゃ、いけません。
「――アレク。何をしているんですか?」
「……河を眺めていたんだよ」
アレクは、ふっと切なげに吐息を漏らした。そして、静かに言葉を続ける。
「雄大な自然に接していると、いつも感じるんだ。自分はどうしようも無く、小さな存在だってね」
……意外だな。アレクはもっと、自己肯定感が強いタイプかと思っていた。こんな弱気な発言をするなんて。
でも考えてみれば、アレクはまだ若いんだ。将来に不安を感じ、自信が揺らぐこともあるに違いない。
…………アレクって、何歳だったっけ?
「え~と。お訊きしますが、アレクの歳はいくつでしょうか?」
「16歳さ」
「わ! 僕と一緒ですね」
「ああ。だから言葉づかいは、丁寧にしなくて良いよ」
「けど、アレクはリーダーで、僕は新入りだし……」
「6人きりのメンバーだ。遠慮は、無しにしてくれ」
「…………」
「君を甘やかす気は無いが、必要以上に堅苦しくされても困る」
「分かりました……分かったよ」
物言いをざっくばらんにしてみると、急にアレクに対して親近感が湧いてきた。僕も案外、単純だ。
会話をしているうちに、アレクも気取りを無くして、接してくれるようになってきた。僕へ尋ねてくる。
「サブローは、どうして冒険者になろうと考えたんだ?」
「それは……僕は一刻も早く、世間に認められたいんだ。つまり、成り上がりたいのさ」
そして、力になってあげたい――いや、力にならなければならない人たちが居る。
ある意味、俗物的すぎる僕の発言。しかし、アレクはそれを笑ったりはしなかった。むしろ羨ましそうに、目を細める。
「ふっ、偉いな。サブローは」
「え!?」
「僕は……僕にも、目的はある。とても大きな目的が。けれど、それへ辿りつくための道筋は未だ見付けられず、ぶざまに足掻きつづけ…………結局のところは流されるままに、気が付いたら冒険者になっていた」
自嘲しているのか、アレクの口の端が歪む。
「冒険者になった。パーティーも結成した。今までも、これからも、様々なクエストをこなし、多くの人と知り合い、経験を積み、名を挙げ、力を蓄え――それほど遠くない未来に、成すべき務めを果たさなくてならない。しかし、出来るかどうかなんて、分からない。《暁の一天》のリーダーの任でさえ、今の僕には重い。なのに、これ以上――」
「アレク……」
「誰に言われなくても、理解しているんだ。ソフィーが居てくれたから、やってこれた。ソフィーが居るから、やっていける。ソフィーが側に居なかったら、僕は何も出来ない。彼女が離れていったら、あっという間に堕ちるだけだ」
トレカピ河を見つめながら、呟き続けるアレク。これは――
……………。
僕はアレクの肩へ、軽く手を置いた。彼は僕より、少しばかり背が低い。そして思いのほか、身体の線が細い。
「なぁ、アレク。新参とは言え、僕は《暁の一天》のメンバーなんだよ。れっきとした、君の仲間だ。なのに『ソフィーが居なかったら、何も出来ない』は、酷いんじゃないかな? こう見えても僕は存外、頼りになるんだよ?」
わざと戯けたふうに、話しかける。
僕の冗談口調を受けて、アレクは緊張を解いたらしい。僅かばかりの笑みをこぼす。
「『頼りになる』? ――よく言うよ、サブロー。模擬戦でソフィーに完敗したくせに」
「あ、あれは、本調子では無かっただけさ。本気になった僕は凄いんだよ!」
「へぇ~、どれくらい?」
「オークが10匹出てきても、瞬殺さ!」
「ふん。いくらなんでも、その主張は内容を盛りすぎだ。……待てよ。それって〝オークが10匹出てきたら、瞬殺されてしまう〟という意味なのでは?」
「ご名答」
「くくく……サブローはホント、しょうがないヤツだな」
アレクの表情が明るくなったのを見て、僕はなんだかホッとしてしまった。
「そうだな。今の《暁の一天》に居るのは、ソフィーだけじゃ無い。ドリスもキアラもレトキンもゴーちゃんも……頼もしい仲間だ。僕は1人じゃ無い」
アレクのヤツ、さりげなく〝頼もしい仲間〟から僕の存在を省きやがった。ゴーちゃんさえ、入れているのに!
「ときに、サブロー。君が先ほど会っていたメイドのことなんだが――」
「え? 彼女が何か?」
「確か、名前は〝シエナ〟だったね」
「――ええ」
おい! アレク。もしや、お前、シエナさんにちょっかいを掛けようなんて、考えてないだろうな? おまけに、彼女の名を呼び捨てにするとは。
シエナさん――僕のシエシエへ馴れ馴れしい態度を取るのは、許さないぞ! 彼女はイケメンなどに、興味は無いんだから。
「シエナは、どこに勤めているんだったかな?」
「……侯爵家だよ」
「ああ、思い出した。彼女自身が、そう口にしていたね。……ふん。ナルドット候――か」
アレクが睫を伏せ、何事かを思案しているふうな眼差しになる。
「シエナさんが侯爵家に勤めていたとして、そのことに問題があるのかな?」
「いや。僕と彼女が初対面であるのは、間違いない。そのはずなのに、何故だか彼女に懐かしい気配を感じたんだよ」
え? 懐かしい気配?
戸惑う僕へ、アレクが己に言い聞かせる調子で、つっかえつっかえ説明を続ける。
「メイドのシエナ――彼女本人が懐かしい……と言うよりも、彼女の近くに居る誰かが、遠い過去にすれ違った人で……失ってしまった大切な記憶――それを取り戻すための手掛かりに触れたような……掴もうとしても掴めない、陽炎を見た――そんな思いが……………いや、スマナイ。愚にも付かないことを、述べてしまった。忘れてくれ」
〝シエナさんの近くに居る誰か〟とは、取りも直さずフィコマシー様のことだが……彼女はアレクと同じ、16歳。
フィコマシー様とアレク――やっぱり2人には、秘密の繋がりがあるのかもしれない。当人同士の自覚の有無にかかわらず。
アレクが、視線を再びトレカピ河へと戻す。僕も何げなく、河のほうへと目を遣った。ひときわ大きな帆船が、下流へ向かって進んでいる。
アレクも舟の行方が気になっているみたいなので、僕は語りかけてみることにした。
「あの帆船……セルロドス皇国に向かっているのかな?」
「だろうな」
「『ベスナーク王国と聖セルロドス皇国は仲が悪い』って聞いていたけど、人や物の行き来はチャンとあるんだな~」
アレクはチラッと僕を見遣り、躊躇いつつ質問してきた。
「サブローは聖セルロドス皇国のことを、どう思う?」
「実状を詳しく知っているわけでは無いので、簡単に決めつけてしまうのはダメかもしれないけど……正直に言うと、あんまり良いイメージは無いね。獣人への差別が激しいらしいし。エルフやドワーフなどの人型種族――ヒューマンも、人間に比べて悪い扱いを受けているんだよね?」
「その通りだ。本当に現在の皇国は…………くそ!」
アレクは突然、苛立たしそうに舌打ちした。そして物憂げな眼差しで、西方へ顔を向ける。視線の先は――聖セルロドス皇国?
皇国に、アレクは何らかの思い入れがあるのか? しかし彼のまとっている雰囲気が剣呑なため、うかつに尋ねられない。
アレク――冒険者パーティー《暁の一天》のリーダー。
そう言えば、ソフィーさんは《暁の一天》には〝夜明けの空〟の他に、もう1つ意味があると述べていたっけ。
暁……夜明け……ウェステニラの太陽は、西から昇る。夜明けは西方より始まり……ベスナーク王国の西には獣人の森があり、更にその先には聖セルロドス皇国がある。
更には、一天……一天に関連する単語で、僕に思い浮かぶのは……〝一天万乗〟。その意味するところは〝天下を治める君主〟――つまりは〝天子〟あるいは〝皇帝〟。
――――皇帝?
身体の中を衝撃が走る。
〝暁の一天〟という名称は、〝聖セルロドス皇国の皇帝〟を暗示している……? だったら――
まさか……。
おそらく今の僕は、呆然とした顔をしているに違いない。アレクが僕の様子の変化に気付き、訝しそうに眉をひそめた。
「どうしたんだ? サブロー」
「アレクは……アレクは……」
「ん?」
「アレクは………………年齢詐称を、してないよな?」
「何を言ってんだ!? 君は!」
そうだ。真正セルロド教の教会で、僕は修道女のアンジェリーナさんより伺ったはず。
聖セルロドス皇国の現在の皇帝は、15歳だ。アレクは16歳。歳が1つ、違う。何より、こんなところに皇帝が居るわけ無い。
冷静になれ。
頭を冷やせ。
クールになれ、サブロー。
脳内に浮かべるイメージは、南極の海。
皇帝、皇帝、皇帝ペンギン。クワックワックワッ。
――よし、落ち着いた。
早とちりした末に『アレク皇帝イケメン陛下~』とか、変なことを口走らなくて、良かったよ。
「いやぁ~、トレカピ河は本当に大きいよね。対岸が見えない」
「なにを唐突に話題を変えてんだ、サブロー。君が僕の年齢についてどう思ったのか、凄く気になるんだが……」
「細かいことを気にしていると、ハゲるよ」
「ハゲるか! ……まぁ、良い。トレカピ河の向こう側は、タンジェロ大地だ」
僕とアレクは揃って、水平線の先を見つめた。
「タンジェロ大地……噂は良く聞くよ。どこの国にも、領有されていないんだよね?」
「ああ。過酷な自然、不毛の荒野、無数の廃墟や迷宮……タンジェロは、暗黒の地だ。秩序や治安など、無いに等しい。もちろん、開拓に乗り出している人々が住む集落も、点在しているが」
「逆に考えれば、冒険者にとっては〝他者の手がつけられていない、夢のある地〟とも言えるね。一攫千金、一発逆転の大出世!」
「しかし、手強いモンスターが多数、闊歩しているぞ。オークやゴブリンだけじゃ無い。トロールやオーガ……さすがに、ドラゴンに対面するとは思わないが」
からかうような口調になるアレクへ、僕は毅然と言葉を返した。
「任せてくれ、アレク。モンスターに遭遇したら、瞬殺されてみせるよ!」
「おい! 〝瞬殺され〟たら、困る。そこは〝瞬殺してみせ〟る――だろ?」
「そうだった」
僕とアレクの笑い声が、河面に響いた。
♢
アレクとの話をひとまず終えた僕は、他のメンバーを探してみることにした。
遠くのほうで、レトキンとリラーゴ親方が2人で、筋肉組体操をやっている。が、あれは無視しよう。「肩車・急速展開大車輪!」とか「腕立て昇竜・補助倒立!」とか「突貫工事・高床式一軒家!」とか、叫んでいる技の名前に、少しだけ興味を引かれるけど……見たら後悔する気がする。
ちょっと、倉庫の中を覗いてみる。以前、僕がリラーゴ親方の監督下で働いた場所だ。
たくさんの荷物が積んであるが、今日は運搬作業は行われていないらしい。人夫さんたちの姿は見えない。ヒッソリと静まりかえっている。
先日はここで一生懸命に労働に勤しみ、いい汗をかいた。そして最後、奥のほうに怪しげな箱があって、その中には、いかがわしい内容の本がいっぱい…………頭を振って、いやな記憶を払い落とす。
《オークと、しっぽり一晩中・女騎士のオークナイト》なんてタイトルは、全く覚えちゃいないよ!
あれ? 人影が――
なんと倉庫の片隅にソフィーさんと、もう1人――2人の人物が立っていて、コッソリと話し込んでいる。ソフィーさんは僕のほうへ背中を向けていて、対話相手の姿はよく見えない。
語りかけようとして、躊躇する。密談中らしき雰囲気なのだ。
僕が、どうすべきか決めかねていると
「誰!」
と鋭い声を発して、ソフィーさんがサッと振り返った。が、僕だと気づき、表情を緩める。
「サブローね」
「すみません、ソフィー。お邪魔でしたか?」
謝りながら彼女へ近づこうとして……僕は足を止めた。ソフィーさんの向こう側に居る人物の格好が、異様すぎるのに驚いたためだ。
その者の顔面を丸ごと覆う三角巾は、目の部分だけ2つの丸い穴が開いている。そして丈長のガウンでスッポリと身体を包んでいて……不審者としか思えない。
でも、どこかで見た覚えが……。
――あ、思い出したぞ!
冒険者ギルドの研修初日、ここで働いた際。
ベスナーク王国からの密輸品を受け取っていた皇国の人たちが、確か、こんな服装をしていた。あの秘密結社(?)のメンバーは全員、皇国に戻ったと思っていたけど、残留した人も居たのか? それとも皇国より再び、王国にやって来たのかな?
「えと、あのね、サブロー。これには訳が――」
珍しく、ソフィーさんが慌てている。この状況をどのように説明すべきか、迷っているらしい。
…………ピ~ン!
なるほど。ふふふふふ。
察しの良い僕は、理解した。ソフィーさんは、三角フェイスマスク・不審者グループの〝同好の士〟だったのだ。要するに彼らと趣味が同じで……国境を越えた交流って、素敵だね!
「大丈夫です、ソフィー。僕は全て、了解しております。心配しないでください」
「え? サブローは、どうして微笑んでいるの? 貴方はいったい、何を知って――」
「ソフィーが如何なる類いの本の愛好家であろうと、僕の貴方への敬意が減じることはありません」
「な!」
僕はソフィーさんを庇うべく、〝貴方の性癖について、少しも気になりませんよ~、受け入れますよ~〟という趣旨の論を声高に力説した。
「他者へ迷惑を掛けない限り、人はどんな趣味を持っても、許されるんです。ソフィーが《貴婦人にムチで、ぶたれ隊》や《魔女っ娘・ハイ治癒》や《キミはボクの女王様》――そういった、エチチチ傾向の書籍を熱心に収集、ガッツリ読み漁り、感想を趣味仲間と物陰でニマニマ囁き合おうと、僕は一切、気にしませんから。もしも非難する人が現れたとしても、僕は全力で貴方を擁護してみせます。『ソフィーが夜中に月の明かりのもと、桃色遊戯な本を読んで、ちょっとくらいふしだらな妄想に耽ったって、良いじゃないか! 成人女性の秘めやかな楽しみに文句を付けるなんて、不粋きわまりない! ソフィーは昼間いっぱい働いて、疲れているんだ。こんな慰めで明日の活力を得ているんだから、その健気さを、むしろ褒めてあげるべきだよ! アブノーマル万歳!』って」
「…………」
僕の熱弁に対してソフィーさんが沈黙する一方で、三角巾の人物は敏感に反応してくれた。
「良くぞ言った。少年よ!」
あ、女性の声だ。三角巾と灰色ガウンの中身は、女の方だったのか。あと声の性質から考えて、ソフィーさんと同じくらいの年齢っぽい。
「《暁の一天》に新メンバーが加わったと聞いて心配していたんだが、それが君のような、他人の特殊嗜好に理解がある少年だったとは……心底、安堵したよ」
「ちょっと、エメール。何を言ってるの!?」
ソフィーさんが抗議するが、それに構わず三角巾は僕へ述べつづけた。
「ソフィーは〝成人女性が、最低でも5歳以上年齢が離れている歳下の少年と懇ろな仲になる〟――そんな系統の物語を、取りわけ好んでいてね」
「そうなんですか。一歩間違えれば、逮捕案件ですね」
「最近ソフィーは《お姉さんの個人授業「わたしの教える科目の数は48よ!」~セクシー・レッスンは手取り足取り腰を取り~》というタイトルの本を、夜も眠らずに熟読しているんだよ」
「それは、いけない! 睡眠不足は、肌に良くない影響を与えます。ソフィーは、自分がもはや10代では無いことを自覚しなければ。〝お肌の曲がり角〟は、気付かないうちに通り過ぎてしまうものなのです」
「怖いね~。少年は側で、ソフィーに注意してあげてよ。『前方、急カーブ! スキンケア警報、発令!』とかなんとか」
「心得ました! 努力すれば、カーブは緩やかになります。お肌の潤いは、心の潤い。希望を捨てては、いけません」
「ふむふむ」
僕と三角巾が意気投合していると、ソフィーさんが低い声を出した。
「エメール。サブロー。私、2人を殴っても良いかしら?」
三角巾の女性の名前は〝エメール〟らしい。
エメールさんが、僕へ言う。
「そんなわけで、少年。私とソフィーは、これからジックリお互いの既読本を紹介しあう予定なんだよ。そのための時間は、大変に貴重で――」
「分かりました。お邪魔して、スミマセンでした」
僕はソフィーさんとエメールさんに頭を下げ、倉庫の外へ出た。成人女性2人には、密やかな語らいを続けてもらおう。
僕って、配慮ができる男だな~。
……それにしても、あのエメールさんは十中八九、聖セルロドス皇国の人だよな。しかも怪しげな本をベスナーク王国から皇国へ密輸し、流通させているレジスタンス――そんな人と関わりがあるとは……ソフィーさんは、まだまだ僕の知らない側面を持っているようだ。
♢
「エメール。貴方、サブローへ何てことを言うの! 彼に誤解されちゃったじゃない」
「申し訳ありません、団長。咄嗟に適切な言い訳を思いつかなくて」
「だからって……」
「でも、上手いこと誤魔化せたじゃないですか」
「……まぁ、済んでしまったことは仕方が無いわ。それで、皇国内の状況は?」
「前回の報告時と、あまり変わっていません。同志たちは頑張っているのですが――」
「そう。けれど時間が経てば経つほど、形勢は私たちにとって不利になっていく。やはり、何としてでも、神器を手に入れなければ」
「神器がタンジェロにあるとの情報は、真実なのでしょうか?」
「分からないわ。とは言え、事態を打開するための手段について、今のところ、それしか考えつかないのよ」
「ベスナーク王国の聖女を見つけ出し、連絡を取るというのは――」
「……聖女。もっとも可能性が高いのは、ナルドット侯爵家のオリネロッテ様ね。そもそも私たちがこの地に留まっている理由の1つは、侯爵家に接近することにあるんだけど……」
「団長にばかり負担を掛けてしまって、心苦しいです」
「貴方たちも努力してくれている。大丈夫よ」
「ところで、さきほどの少年。名前は〝サブロー〟でしたか。なかなか、利発そうに見えました。《暁の一天》の役に立ってくれると良いですね」
「ええ。彼は、けっこう使える〝駒〟よ」
「駒ですか……」
「そうよ。〝駒〟よ。私は全てを、アレクサンドラ様のために利用する。サブローも、ドリスも、キアラも、レトキンも、もちろんエメール――貴方も」
「…………」
「軽蔑する?」
「まさか! 仰った〝利用する全て〟の中に、真っ先に団長自身が入っていることを、私は知っていますから」
「…………うん」
「我が忠誠は、アレクサンドラ様と団長――ソフィールイザ様へ捧げております」
「ありがとう、エメール」
♢
テクテクと波止場を歩く。
いや~。今頃、ソフィーさんとエメールさんは、互いのお勧め本の内容について熱く語り合っているんだろうな~。『燃えるわ!』『萌えるね!』『メラメラするわ!』『ムラムラするね!』とか言いながら。
関心はあるけど、あれ以上あの場に留まるのは野暮だよね。
……河岸にドリスとキアラが居るな。
ドリスが何やら、声を張り上げている。
「ゴーちゃん、頑張って! 水泳の練習よ!」
『ピギ――!』
「恐れることは無いわ! アナタは無敵なんだから」
『ピギ』
「行くのよ! 思い切って、トレカピ河へ飛び込むの!」
『ピギギ……』
チャプチャプしている水の手前で、動こうとしないゴーレムのゴーちゃん。
それを見守る、ドリス。
キアラは黙ってゴーちゃんを掴み、河の中へと放り込んだ。
ボチャン。
『ピギ! ピギ! ピギ!』
ゴーちゃんが波間を浮いたり沈んだりしている。
土人形に泳ぐことを強制するとか、あの2人は鬼か?
三角フェイスマスクの集団が登場したのは6章11話「ベスナーク王国の書籍事情」の回、シスター・アンジェリーナにより聖セルロドス皇国の事情が語られたのは6章23話「真正セルロド教」の回になります。
フランスの枢機卿リシュリューはアレクサンドル・デュマの名著『三銃士』で、主人公の敵役として登場しますが、実際の歴史ではめっちゃ有能な宰相です。
次回、ミーアが出てきます。引き続き、本作を宜しくお願いいたします。