サっくんとシエシエ2号、あとイケメン壺(イラストあり)
シエナとドリスの死闘(笑)が始まります。
★ページ下に、シエナのイメージイラストがあります。
突然、ドリスが僕にピトピトっと寄り添い、ニュルニュルっと腕を絡めてきた。更に僕の肩へ、ポテンと頭を傾けてくる。
僕の顔の直近にある彼女の黄金ヘアーが、キンキラキンと日の光を反射する。眩しい。
おい、ドリス! なんで、僕に密着してくるんだ!? 態度が不自然すぎて、気持ち悪いんですけど。
ドリスが顎を引きつつ、微妙な上目遣いで僕を見上げてくる。再度、思う。気持ち悪いんですけど。
「ねぇ、サブロ~。メイドに、あたしのことを紹介してくれない?」
ドリスの声の響きが、異様に甘ったるい。聞いていると、背筋がゾワゾワしてくる。
何の脈絡も無く、軟体生物と化したツインドリル・ガール。その奇怪な振る舞いの意味を分析するよりも、今は大事なシエナさんのほうに集中しなくちゃ。そして、話を早く終わらせよう。
「えっと、その、シエナさん。彼女――ドリスは僕と同じ冒険者で、パーティー《暁の一天》のメンバーなんですよ」
「宜しくね~、シエナちゃん。それで、サブロー。アナタとシエナちゃんの関係は?」
ドリスが僕に訊いてくる。
相手がソフィーさんならともかく、ドリスとシエナさんが知り合いになる展開は宜しくない気がする。と言っても、答えないわけにもいかない。
「シエナさんは、ナルドット侯爵――バイドグルド家に仕えている人で……」
シエナさんとドリス――――う~ん、この場合、相互の情報に関して、どの程度開示するのが正解なんだろう? シエナさんがフィコマシー様付きのメイドである現状や、ドリスが土系統の魔法使いである事実については、わざわざ述べる必要は無いよね。
「あ、あの」
シエナさんが、ズイッと僕らへ近寄ってきた。
「サブローさんと……そのドリスさんは、どうして名前を呼び捨てにしあっているんでしょうか?」
「それは、パーティー内の取り決めに従っただけで深い意味は」
と僕がそこまで話した瞬間、ドリスが勢いよく、口を挟んできた。
「いや~ん。あたしとサブローの仲を訊いてくるなんて、野暮の極み~。サブローのことを『サブローさん』と呼んで、サブローからは『シエナさん』としか呼ばれていない、め~め~メイドのシエナちゃん。せいぜい遠い距離から、あたし達の関係を指を咥えながら見ていなさい。シエナちゃん、可哀そう~ね、ね? ね? そうよね? サブロ~」
いや、何を言ってんだ!? このドリルっ娘! シエナさんも「ぐぬぬ……」とか歯ぎしりしないで。こんな戯言、無視してください。
――シエナさん。地団駄を踏んでいるな。
これ以上、シエナさんに変な誤解をされちゃ堪らないぞ。
僕はドリスの腕を振りほどこうとするが、〝そうは、させじ!〟とドリスは引っ付いて離れようとしない。
困った。
僕はシエナさんへ『この黄金縦ロールの言動に、自分はとても迷惑しています』という趣旨の視線を送った。すると……シエナさんは、僕の〝内なる声〟に気付いてくれたらしい。こちらへ向けて殺気まじりの圧迫感を放っていた彼女の強硬姿勢が、プシュル~と空気が抜けたように緩みはじめ――それは良いんだけど、急に勝ち誇った態度になる。
「ふ、ふん! 『サブロー』及び『ドリス』と名前を呼び捨てにしあっているから、何だと言うのです。私とサブローさんは……2人きりの時は常に、相手の愛称を、互いに口にしているんですからね!」
えええええ!!! 僕とシエナさんが、お互いに相手の愛称を!?
初めて知ったぞ。どこの平行世界の話なんだ?
「へぇ~」
ドリスは聞こえよがしに、かったるそうな息を吐き、僕の顔をチラリと見遣った。次いでシエナさんへ、わざとらしい、婀娜っぽい口調で尋ねる。あの、ドリス。そろそろ、僕の腕を解放してくれない?
「それで~。シエナちゃんとサブローは、どんな愛称で呼び合っているの?」
「ひ、ひ、秘密です、す!」
いささか舌がもつれ気味な喋り方になる、シエナさん。あっぷあっぷ状態の彼女の姿を目にして、ドリスがニヤニヤ笑いを深くする。
「虚偽報告は良くないわよ~。メイドのシエナちゃん」
「嘘なんかじゃ、ありません!」
「だったら、本当だって証明してよ。あたしに教えてよ。サブローの愛称は何?」
「サ……」
「サ?」
サ――?
シエナさん! 『サブローさんの愛称は、〝サブ〟です』とか絶対、止めて! シエナさんに『サブ』と呼ばれる日々の暮らしなんて、想像するだけでも僕には耐えられません!
「サ、サブローさんのこと……2人きりの時、私は『サっくん』って呼んでます」
シエナさんが恥ずかしそうに言う。
サっくん……サっくん……サっくん……悪くないね! その愛称をシエナさんが現在、どんな気持ちで口にしているのか――推測するのは、闇が深すぎて怖いけど。
「〝サっくん〟ねぇ……」
ドリスが〝胡散くさげな人物〟に初対面したような目つきになって、僕をジロジロと眺める。
何ですか? 〝サっくん〟である僕の顔に、妙ちくりんなモノでも付いていますか?
「まぁ、良いわ~。でも話は終わってないわよ、シエナちゃん。サブローが呼ぶ、アナタの愛称は?」
「え~と、え~と、え~と、それは……それは……」
「それは~?」
「シ……シ……シ……『シエシエ』…………です」
??? …………SIESIE…………しえしえ…………シエシエ! そんな可愛らしい呼び名、口にしたことは一度も無いよ! ――――と慌てて否定しようとして、危うく思いとどまる。
シエナさんの頬が、紅潮している。のみならず、袖から出ている手の甲まで真っ赤だ。ここは彼女の想いに応え、認めてあげなくちゃいけない場面だ。
「や、や、やだなぁ、シエシエ。その愛称は、〝2人だけの秘密〟って、約束したじゃないか!」
僕の発言にシエナさんは一瞬だけビクッと身体を震わせたが、やがて満面の笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい、サっくん。でも、私と貴方の仲なんだから、許して。サっくんのことを『サブロー』としか呼ばないドリスさんも、この事は他の人に喋らないようにお願いしますね」
シエナさんはドリスへ高らかに言い放ったあと、下を向いて呟きだした。
「ふっふっふ。危機的局面を打開し、逆転の一手を打つことに成功したわ。それどころか、サブローさんとの関係が大幅に前進したかも。まさに、怪我の功名! 見事なる、私。偉いわ、シエナ。お屋敷に帰ったら、宝箱に入れてあるあのカチューシャに早速、報告しなくちゃ。今日は私の《シエシエ記念日》。明日は貴方の《サっくん記念日》。ヤダヤダ、恥ずかしい!」
聞こえない。
シエナさんの独り言の内容について、僕には聞こえない。
喋っている単語は耳に届くけど、その意味を理解することを脳が拒んでいる。
つまり、聞こえていないんだよ~。
「あ~。要するにサブローとメイドのシエナちゃんは、お馬鹿なカップルなんだ」
つまらなそうに述べるや、ドリスは僕からパッと離れた。助かった。
一方、シエナさんは喜びの声を上げる。
「そんな! 『お似合いのカップルだ』なんて!」
「どうやったら、〝お馬鹿〟が〝お似合い〟に聞こえるのよ。メイドさん、耳の調子は大丈夫? ま、サブローが誰と付き合おうが、あたしにはど~でも良いけどね」
ドリスの語調から、甘ったるさが消えた。
やっぱり、僕やシエナさんを、おちょくっていただけなんだな。ドリス! はた迷惑な行動は、しないでもらおうか!
僕がドリスへ厳しく注意をしようとした、その時。
「良くない!」
鋭い声を発したのは、ドワーフの少女――キアラだった。
「え? キアラ――」
どうしたんだ?
戸惑う僕に振り向きもせず、キアラはシエナさんへ詰め寄っていく。
「サブローがカップルになる相手は、猫族のミーアに決まっているの」
断言するキアラ。彼女は、シエナさんよりも随分と小柄だ。でもキアラの迫力にシエナさんは押され、怯んだ様子を見せる。
「ミ、ミーアちゃんですか……」
「そう。ミーアとサブローは、ベストカップル――――になる予定」
待ってよ、キアラ! そんな決めつけは、ミーアにも迷惑だよ。
……そもそも、なんでキアラは執拗なまでに、僕とミーアをくっ付けようとするんだろう? 彼女の真意が、謎すぎる。
「確かに、ミーアちゃんとサブローさんは離れちゃいけない関係だと思いますけど…………でも、私だって、私だって……」
シエナさんが、弱々しく言葉を漏らす。その発する声はだんだんと小さくなり、ついには黙り込んでしまった。
俯くシエナさんを眺め、キアラがやや気後れした顔つきになる。あれ? キアラ、何かを考えている? 自身の強すぎる言葉を反省しているようにも見えるけど……。
やがてドワーフの少女は、ポツリと喋る。
「ごめん。言い過ぎた」
「いえ――」
首を横に振る、シエナさん。儚げに、灰色の髪が揺れた。
――しばしの沈黙。
思案が終わったらしいキアラが、決然とした声音で言い切った。
「サブローとミーアの仲は譲れない。でも貴方が持っている、特別な感情についても理解した。だから私は、貴方のことは〝将来の2号さん〟として認めることにする。それが、ギリギリの妥協点」
「は?」
呆気にとられたのか、シエナさんがポカンとした表情で固まった。思いがけない言葉を耳にして、脳の働きが停止した模様。
2号さん……2号さん……それって〝お妾さん〟や〝愛人〟のことだよね? …………えええええ!!! キアラ、なんてヤバい単語を口にしているんだ!
棒立ちになっているシエナさんへ向かって、キアラが喋り続ける。
「サブローの正妻は、ミーアであるのが〝公明正大・天地自然の理〟」
「あの、その」
「立場に不満があっても、下克上はダメ」
「そういうんじゃ無くて」
「争うのなら、3号さんとするべき。サブローに3号さんが出来るかどうかは、未定だけれど」
「聞いてください!」
悲鳴を上げるシエナさんのほうへ、ドリスが縦ロールをフリフリさせつつ移動していった。そして、シエナさんの肩をポンポンと気安く叩く。
「キアラの提案に皆、納得。これで、全ては丸く収まったわ。良かったわね、シエシエ2号」
「誰が、〝シエシエ2号〟ですか!? 勝手に結論を出さないでください」
「今更、抗議しても、将来への決定は覆らないわよ」
「口を閉じて。この天然くるくるパー!」
「て、天然、くるくるパー?」
「間違えました。くるくる天然パーマです」
「あたしの髪は、縮れてはいないわよ!」
「しかしながら、くるくるはしていますよね?」
シエナさんとドリスが睨み合い、口論を始める。
先制攻撃を仕掛けたのは、くるくる天然パーマ。
「『くるくる』とは――なんという、ありふれた擬態語。平凡な髪形に満足しているメイドの観察力など、所詮はその程度なのね」
「ドリルさん……と仰いましたわね」
「あたしの名前は、〝ドリス〟!」
「ドリスさん。〝平凡〟の何が悪いんです? 〝奇抜さ〟は一時は人目を引きますが、飽きられるのも早いんですよ」
「あたしのゴージャスなヘアースタイルは、永遠に輝きつづけるわ」
「スイートポテト縦ロールケーキは、食後のデザートに提供されて、それでお終いです。ケーキは日保ちがしませんし」
「お芋のロールケーキ!? あたしが、〝芋っぽい〟とでも? 流行の最先端を知る、鋭いお洒落センスの持ち主である、このあたしが!」
「最先端が鋭い……『ネジ式螺旋ダブル掘削器』とお呼びしたほうが、良かったでしょうか?」
「あたしの髪を工具扱いする、その非道! 許さないわよ! そこに直りなさい、シエシエ3号。お仕置きよ!」
「2号が、いつの間にか3号になってる!?」
わわ! シエナさんとドリス――2人の少女の対決ムードが加速度的に盛り上がってきた。ついていけない。なんで、こんな事態になってるの?
「ふん、シエシエ4号。あたしを見くびらないことね。あたしは、そんじょそこらに転がっている、ありきたりの冒険者じゃ無いのよ。豊潤なる大地に祝福された、偉大なる魔法使いなんだから。謝るなら、今のうちよ」
ほーじゅんなるだいち……婉曲な言い回しだな。ドリスのやつ、どうやら『土系統の魔法使い』とは口にしたくないらしい。
ドリスは〝ふふん〟と鼻息を荒くした。
「無敵のゴーちゃんを召喚する準備は、既に整っているわ。覚悟しなさい、シエシエ5号。マイワールド最強の自動戦士であるゴーちゃんが現れてから、後悔しても、手遅れよ」
ゴーちゃんって、最強の戦士なの? 最弱の戦士の間違いでは…………いや、それ以前に『無敵のゴーちゃん』とか、ドリスの〝自分の世界〟が狭すぎる!
あと《シエシエ5号 VS 自動戦士ゴーちゃん》――――どう考えても、ロボットアニメのタイトルみたいだ。
「ゴーちゃん……どんな難敵が立ち塞がろうと、負けはしない。サっくんと私の《今日も明日も明後日も――毎日が記念日プロジェクト・立案中》は、必ず守ってみせる!」
シエナさんはそう言って、腰に提げているレイピアの柄を握りしめた。
「メイドには不相応な武器ね。手元が狂って、自身を傷つけちゃうんじゃ無いの?」
「つい先ほど、武器屋で購入したばかりの新品のレイピア……切れ具合、突き具合を試すには、丁度良い機会です」
さすがに、マズいよ!
争いを止めようと踏み出した僕へ、シエナさんが晴れやかな笑顔を向けてくる。
「私を応援してね! サっくん」
「シエシエ……」
なんかもう、訳が分からん。
混乱する僕の横を、1人の男性が通り過ぎた。レトキンだ。
レトキンは快活な口調で、シエナさんへ語りかけた。
「ひとまず、落ち着きたまえ。服の下の肉体が美しいであろう人よ」
え?
「な!」とシエナさん。
「あ?」とドリス。
「ん?」とキアラ。
「はっはっは。そんなに不思議がることは無い。俺の眼力に掛かれば、君の身体がどれほど魅力的か、衣服を素通りして容易に分かってしまうものなのさ」
爽やかな表情で、ドン引きの発言をするレトキン。
シエナさんの顔が、赤くなった。そして後退りながら両腕を交差させて、自身を抱くような仕草をする。レトキンの邪な(?)視線から、己の身体を少しでも隠したい――そんな風に考えての咄嗟の対応に違いない。
サッと。
ドリスとキアラが、シエナさんとレトキンの間に割って入った。レトキンを警戒対象に認定したのか、ドリスは杖を、キアラはメイスをビシッと構える。
「この方、誰なんです?」とシエナさん。
「クズよ」とドリス。
「不審人物」とキアラ。
3人の少女から一斉に非難の眼差しで見られ、加えて武器まで向けられて、レトキンはたじろぎ、肩を落とす。意気消沈してしまい――それでも、めげずに、弁解を始める。
「誤解しないでくれ! 俺はただ、シエナくん……彼女がメイドであるにもかかわらず、身体を鍛えていることを賞賛しているだけだ。俺には見通せる。理解できるのだ。シエナくんの五体には、女性らしく、しなやかで美しい筋肉がある! それは、素晴らしいことなのだ!」
確かにシエナさんは、フィコマシー様の身の周りのお世話をする一方、戦闘訓練も欠かさなかった頑張り屋――希有な少女だ。
うん。レトキンは、単なる筋肉馬鹿では無い。ひょっとしたら、僕に匹敵する《真美探知機能(筋肉専用)》を有しているのかもしれない。
でも取りあえず、そういう目でシエナさんを見るのは許せないので、殴っておこう。
ドリスとキアラはシエナさんを庇っているうちに、なんだかんだと仲良くなってきたみたいだ。
ドリスとシエナさんは普通に会話をし、無口なキアラがそれを見守っている。
「ゴメンゴメン、ふざけすぎたわ。許して、シエシエ」
「シエシエは、やめてください」
「じゃ、シエナ。あたしにはチャンと好きな人が居るから、心配しないで。サブローには、鼻も引っかけないから」
「サブローさんに対する貴方の言いようには腹が立ちますが、いったん、置いておきます。関心は殆どありませんけど、話の流れ的に訊いたほうがいい気がするので、お尋ねします。――〝ドリスさんが好いている方〟とは?」
シエナさんが問う。
「それはね――――彼よ!」
ドリスが指さす方向には、こちらへ向かってゆっくりと歩いてくるアレクとソフィーさんの姿があった。
ツァイゼモさんとの話し合いは、無事に終わったのかな?
アレクを見つめる、ドリスの瞳が熱い。
シエナさんも、ドリスの〝好きな人〟を察したようだ。
「ああ……あの方ですか」
「そうよ! あたしたちの冒険者パーティー《暁の一天》の輝けるリーダー、アレク様よ」
ドリスが自慢げに胸を張る。
「どう? アレク様は、とってもイケメンでしょ?」
「ええ。イケメンですね」
〝アレクがイケメンである事実〟を、シエナさんはアッサリと認めてしまった。
……なんだか、ショックだ。しかし、考えてみれば、シエナさんは普通の――常識的な感性をしている人だ。アレクのようなハンサムな男性を見て『イケメンなり~』と思うのは当然で……そのことを理不尽に感じてしまう、僕のほうが間違っている。
ドリスが得意そうに、シエナさんへ述べる。
「アレク様は、いつ見ても格好いいわ~。でも、シエナ。アレク様がいくらイケメンだからと言っても、サブローから乗り換えちゃダメよ」
「サブローさんから乗り換える? …………ハ!」
シエナさんが失笑した。
おや? シエナさんはアレクへ眼を向けているが――その瞳に、ドリスのごとき〝恋する乙女の情熱〟は欠片も籠もっていない。むしろ冷静に見積もりを算出している感じの……あ、分かったぞ。シエナさんの視線。あれは〝小売店を訪問して陳列棚の商品を吟味している、お客さん〟の眼差しだ。『お買い物をしなくちゃ。でも、これは使い勝手が面倒な割に、お値段が高いから、要らない』とかなんとか、そういう状況に身を置いている人と同じ雰囲気が、シエナさんからは伝わってくる。
シエナさんはアレクのことを、間違いなく〝イケメンである〟とは思っている。けれど〝魅力的な異性〟とは少しも考えていない――ドリスも、その事実に気付いたらしい。
「ちょっと、シエナ。アレク様を、どうしてそんな眼で見ているのよ!」
「え? 〝そんな眼〟とは?」
「その……まるで〝ショーケースにある、壺を見ているような目つき〟よ。今すぐ、やめなさい!」
「〝壺〟って……ふふっ。そう言われると、なるほど――あの方は、壺っぽいですわね」
「アレク様のことを〝壺〟ですってぇ!? 発言を撤回しなさい!」
怒るドリスとは対照的に、シエナさんの反応は冷淡だ。
「自分から口にされたくせに……もちろん、単なる壺でないのは、私にも分かります。奇麗で貴重な、実用品と言うより観賞用の――さしずめ〝イケメン壺〟とでも呼ぶべき一品かと」
「〝イケメン壺〟とは失礼な!」
「褒めていますよ。イケメン壺は高価で、お金が必要なときには真っ先に質入れすることが出来ますから」
「イケメンを担保にお金を借りるなんて、間違っているわ! シエナ! アナタはイケメンを手元に置いておきたいとは思いませんの?」
「別に」
素っ気なく返事をする、シエナさん。アレクへの関心が急速に薄れてきたようだ。〝購入対象でも無い壺を見続けていても、時間の無駄〟と考えたらしい。
「私にとって、壺は大切なのが1つあれば充分です」
「なんて、無気力なメイド。嘆かわしい。アナタも良い年齢の乙女でしょ! イケメンが目の前に居るのに、それを落とさずしてどうするの!」
「壺を落としたところで、割れたりヒビが入ったりして、価値が落ちるだけですよ。イケメン壺が家の中にあっても、むしろ扱いに困って邪魔になります。下手すると、ゴミに――」
「いい加減〝イケメン〟と〝壺〟を切り離して、物事を考えなさい!」
シエナさんとドリスがワイワイやっているうちに、アレクたちが僕らの元へ到着した。
「待たせたね。おや? こちらの素敵なお嬢さんは、どなたかな?」
優しく話しかけるアレクへ、シエナさんは丁寧に一礼する。
「初めまして。シエナと申します。御領主様のお屋敷で、働かせてもらっている者です」
シエナさんの態度はアレクに対して、ハッキリと一線を引いている。イケメンと間近に接しても、少しも動揺していない。
ふふっ。
どうだ! アレク、分かったか! シエナさんは、イケメンに惑わされるような女性じゃ無いんだ!
そんな素敵な女性であるシエナさんは――
「サブロー。この辺りの街の様子、ちゃんと見て回った?」
とソフィーさんが僕へ問いかけるのを目撃して……………………倒れそうになっていた。
「サ……〝サブロー〟と、サブローさんの名前を呼び捨てに――」
同じ展開は、もう勘弁してください。シエナさん!
「感じる。あの人から、大人の余裕を。温かくて包容力がある、それでいて仕事も出来る、立派な方に違いないわ。サブローさんと同じパーティーに居る女性が、よもや、あれほどの……」
体勢を立て直しつつ、けれど顔は伏せたままブツブツと述べ続けるシエナさん。
ドリスがシエナさんの肩を掴んで、揺さぶる。
「シエナ、シッカリしなさい。ソフィーを見て、いくら何でもショックを受けすぎじゃ無い?」
「『ソフィーさん』と仰るのですか。ハァ……サっくんの側に、あんな素晴らしい方が――」
「無用な心配は、しないことね。サブローの相手なんて、ソフィーがするはず無いから」
シエナさんが顔を上げ、ドリスと向かい合う。
「――ありがとうございます。思いのほか、親切なんですね」
「あたしの心は、思い遣りの精神に満ちているのよ」
「思い遣り……確かにドリスさんの髪形は、2本の〝重い槍〟のようですけど……」
「『おもいやり』の意味が違うわ!」
ドリスが叫んだ。
シエナのイラストは、ファル様よりいただきました。ありがとうございます!
シエナ「ドリスさんのおさげは、チョココロネ……頭がお菓子」
ドリス「あたしの頭がオカしい!?」




