ウェステニラ行きへの建前と本音
地獄の門の下を通り抜けて敷地の外に出たと思った次の瞬間、周りの風景が一変した。
茫洋とした空間の中、僕の目の前には、古ぼけた椅子に腰掛けた白い髭の老人が居る。
「お久し振りです、神様」
僕に特訓地獄を紹介してくれた、爺さん神だ。
地獄での生活は、体感時間的には10年くらい余裕で経過したような気がする。
睡眠も食事もしない、ひたすら訓練漬けの状態を、仮にも〝生活〟と呼んで良いのか疑問ではあるが。
「間中三郎よ、見違えたぞ。身体のガッシリ具合も目の輝きも、以前とは別人のようじゃ。これならワシも、安心してお主をウェステニラへ送り出せるわい。特訓地獄行きを勧めて正解だったようじゃな。ワシの判断に間違いは無かった。ワシって、賢い」
爺さん神が嬉しそうに自画自賛する。
地獄で苦労したのは僕なのに、爺さん神が手柄顔なのは釈然としない。
まぁ、おかげ様で心身ともにシェイプアップすることが出来たので、感謝するのにやぶさかではないが。
「それで、三郎よ。いよいよお主をウェステニラへ転移させる訳じゃが、お主は彼の地で何をなす?」
爺さん神の眼光が鋭くなる。虚言を許さない雰囲気だ。
だが、僕は臆しない。
地獄の鬼たちによるシゴキに耐え抜いた僕に、怖いモノは無いのだ。
「僕はウェステニラに行って、その地の人々とともに喜び、ともに悲しみ、助け合い、皆が幸福に暮らせる世界を目指して頑張ろうと思います」
僕の宣誓に、爺さん神は感激する。
「なんと立派な心意気じゃ! チート無双や俺Tueeeは、もう考えていないのじゃな?」
「ハッハッハ。誰がそんな叶いもしない寝言をほざいたのですか?」
「ワシに初めて会ったときに、お主が……」
「何のことですか? 記憶にありませんが」
僕は『過去は振り返らない主義』なのだ。『都合の悪い過去は無かったことにする主義』とも言う。
「そ、そうか。ともかく、成長したお主を見られただけでワシは充分じゃ。お主の、今の言葉は本当に嬉しかったぞ」
「ハイ。特訓地獄では、人間が生きていく上において、建前が如何に重要なのかをシッカリ教わりましたので」
僕の快活な返答に、爺さん神がしばし沈黙する。
「……建前じゃと?」
「そうです。建前は人間関係の潤滑油として、とても大切なものなんですよね?」
ブルー先生の教えだ。グリーンも「女性に『アタシ、幾つに見える?』と尋ねられたら、取りあえず、見た目から推測できる年齢のマイナス10歳を答えるのが基本です」って言ってた。
今度、18歳くらいに見える女性から「アタシ、幾つに見える?」と訊かれたら、「8歳に見えます」と返事するようにしよう。
「では、お主の本音――ウェステニラでしたいこととは、いったい何なんじゃ?」
「イヤですね、神様。本音とは、簡単に他人に漏らすものではありませんよ」
「そこはホレ。お主をウェステニラへ送るワシにだけ、特別に教えてくれんか?」
「ダメです。いくら神様にでも『地獄でこれだけ苦労したんだ。ウェステニラに行ったら、その報酬を貰っても良いはずだ。お金をガッポリ稼いで、彼女も作って、可能なら美少女ハーレムだ! 豪遊だ! 酒池肉林だ!』なんて本音を言える訳ないじゃないですか」
「美少女ハーレム……酒池肉林……爛れておる……腐っておる……所詮は『三つ子の魂百まで』か……」
爺さん神の瞳より、光が消える。
マズい! アレは、『やっぱ、コイツを異世界に送るのは止めようか』と考えてる眼だ!
僕は慌てて言い繕った。緊急回避は、防御の基本。
「なにを本気にしているんですか、神様。酒池肉林など、冗談に決まっているじゃないですか! ジョークですよ、ジョーク。アメリカンジョークです」
「酒池肉林は中国の故事であって、アメリカとは関係無い」
「チャイニーズジョークです」
「美少女ハーレムは?」
「美少女ハーレムは……あくまでも実現不可能な望みと言いますか、届かない夢と言いますか……実際には、コツコツ地道な生活を積み上げていくつもりです。『全ての出会いに感謝を! スマイル0円!』の気持ちで、異世界での暮らしに励みます」
「言葉がスルスル滑っておるのう……無能な大臣の国会答弁のようじゃ。お主、面接試験があったら浮ついてポカせんように気を付けよ」
爺さん神は溜息を吐いたが、僕が恐る恐る様子をうかがっていると、やがてウッスラと笑みを取り戻した。
「まぁ、良いじゃろう。お主がワシの助言に従って、『地獄の特訓』を受けてきたのは事実じゃからな。この期に及んでウェステニラ行きを取りやめにしたりはせんから、案ずるな」
「ありがとうございます。特訓地獄で師に教わった『全ての道はハーレムに通ず』『非モテの上にも3年』を胸に刻んで、ウェステニラで生きていきます」
「特訓地獄の監督官たちは、三郎にいったい何を教えたんじゃ? 良かれと思ってやったことじゃが、三郎を地獄に行かせたのは間違いだったのかもしれんのう……」
繰り言をやめない爺さん神。
心配性だね。
「それでは、ウェステニラに転移させるぞ。ワシの知る限り、ウェステニラへ送られる地球人はお主が初めてじゃ。達者で暮らせ!」
そうか、僕がウェステニラへの初転移者になるのか。
先駆けというヤツだな。
後に続く人が居ないのは少し寂しいけど、特別感は満載だ。
爺さん神が椅子から立ち上がり、杖を頭上に振り上げる。僕の周辺を淡い光が包み込み、輝きが段々増してくる。
いよいよ、異世界転移だ。さすがにドキドキするな。
ところで爺さん神は、僕をウェステニラの何処に転移させるつもりなんだろう?
心の準備のためにも、ちょっと訊いておくか。
「あの、僕はウェステニラのどんな場所に出るんですか?」
僕の質問に、爺さん神はあからさまにギクリとして、身体を強ばらせた。
「ひょっとして、ウェステニラの何処に転移するか、神様も分からないんじゃ……」
「何を馬鹿なことを申しておる! 全知全能のワシが、そのような出たとこ勝負、行き当たりばったりなマネをする訳なかろうが!」
うわ! 爺さん神の挙動が怪しい。見るからに焦ってるよ。
まるで持ち金がスッカラカンになって、最後の賭けになったルーレットの回転を涙ながらに見つめるギャンブラーのようだ。
「神様、転移の儀式を一旦中止してください!」
冗談じゃ無い! 海の中や空の上に転移する可能性もあるということじゃないか。
異世界に行った途端に溺死したり、墜落死したりはしたくない!
「大丈夫じゃ、ワシを信じるのじゃ! 少なくとも岩の中や土の中へ転移することは、おそらく、きっと、多分あり得ん」
「信じられる要素が皆無だ!」
白い光の余りの眩しさに、思わず目を閉じる。
身体がぐらりと揺れたあとに、浮遊感。
重力による僅かな落下と、何かを踏みしめる感触。
全く別の世界に移動したことを、僕は直感的に悟った。
1章をご覧くださり、ありがとうございました。次回から2章となり、いよいよ異世界での冒険が始まります。
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