いまの1日は、10年後の100日
今回は3人称視点です。
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「其方、焦っておるのか? 何をそんなに急いでおる?」
アズキの問いかけに対しサブローは直接には返事をせず、フィコマシーとシエナのほうへ静かな眼差しを向けた。
「フィコマシー様、シエナさん……貴方がたがナルドットに留まれるのは、正確には、あと何日でしょうか?」
サブローから突然の質問を受け、けれどシエナは律儀に答える。
「ええっと……お嬢様と話し合って、本来の予定を少し変更したんですよ。それでギリギリまで滞在を延長するとして……ナルドットを発つのは、8日後ですね。ナルドットから王都までの移動には5日ほど掛かりますし、春休みが終わって学園が始まる2日前には必ず、お嬢様は王都のお屋敷に着いていなければなりませんので。通学への準備を整えるのに、最低でも丸一日は要りますから」
「つまり、僕やミーアは、8日後にはフィコマシー様たちと離れ離れになってしまうわけです」
「それは……」
フィコマシーが辛そうな顔になる。シエナはそんなフィコマシーにソッと寄り添いつつ、サブローへシッカリとした声で語りかけた。
「私もお嬢様も、サブローさんやミーアちゃんとお別れしたくはありません。けれど、これはどうしようも無いことで……サブローさんたちはナルドットで冒険者生活を頑張ってください。王都でのお嬢様は、私が全力で守ります」
シエナは自分の左胸に手を当てる。己が心臓の鼓動を確かめるように。
「サブローさんに救って頂いた命です。その使い方を誤りはしません」
メイドの少女の新たな誓い――それに対して主人のフィコマシーが発言する前に、リアノンがシエナを穏やかに窘める。眼帯に覆われていない左眼、その目つきは相変わらずキツイにもかかわらず、女騎士の声音はひどく優しい。
「シエナ、あまり気負うな。サブローに助けられた命だからこそ、大事にしろ」
「あ、ハ、ハイ……そうですね、リアノン」
「リアノンさんの仰るとおりよ、シエナ。その気持ちはとても嬉しいけど、貴方にまた〝もしも〟の事があったら、私……」
「申し訳ございません、お嬢様」
シエナが慌てて頭を下げようとする。しかし、そんな彼女の動作をフィコマシーは押しとどめた。
「サブローさんやミーアちゃんと出会って、私も今までの意気地が無かった己を省みました。だから、これから……『変わっていこう』と決心しています。サブローさんたちと離れても、もう挫けたりなどしません。主人として、私だって貴方を守ってみせます。いえ、守らせて欲しいの、シエナ」
「お嬢様……」
向かい合って手をつなぐ、フィコマシーとシエナ。2人の少女の姿を眩しそうに眺めながら、同時にサブローは少しばかり苦笑いした。
「あの……ですね……フィコマシー様とシエナさん。覚えておられますか? このナルドットに来た最初の晩、僕が何故『冒険者になろう。それも高いレベルの』と考えたのかを――」
サブローの言葉に、フィコマシーとシエナは表情をハッとさせる。アズキとリアノンは興味深そうな顔つきになった。
ミーアは何事かを思い出した様子で、コクンと頷く。
「僕が〝高ランクの冒険者〟を目指す意志を固めたのは、『フィコマシー様とシエナさんの力になりたい』と思ったからです」
少年の熱情的な表明。
アズキが眼を細めつつ、改めて病衣に身を包んだサブローの姿を見遣った。
「……そうじゃったのう。オリネロッテ様の私室で、サブローは確かにそんな事を口にして居った。〝それ故〟の、クラウディとの決闘か。まさに、有言実行……」
「ですからフィコマシー様たちが王都へ還られて、その後に苦難に遭われているのに、僕は何も知らずにナルドットでノンビリと冒険者生活を送っている――そんな愚かな事態になるのだけは、絶対に避けたい。本末転倒になりますので」
あらゆる状況を想定しているに違いない。サブローは、眼光を鋭くした。
リアノンが尋ねる。
「だが、サブローよ。〝フィコマシー様やシエナが、王都で何か困ったことになる〟……と、そういった未来が必ずしも決まっているわけではあるまい?」
「リアノンさん、考えてみてください。何者に如何なる意図があったのかは不明ですが、シエナさんは今回、間違いなく罠にはめられ、危うく生命を落としそうになった……そうですよね?」
「あ、ああ」
サブローの語気の強さに、リアノンは押され気味になった。
「その何者かが、王都でも同様に卑劣な罠を仕掛けてくる――先日の出来事ほど露骨な形では無いにしろ、より陰険な手段で……可能性は充分にあるとは思われませんか?」
「サ、サブローさん……」
微かに震える声で少年の名を呟く、メイドの少女。サブローが口にする『何者か』が誰であるのか、気が付いたらしい。
怯えを必死に見せないようにしているシエナへ、サブローは謝った。
「申し訳ありません、シエナさん。殊更に不安を煽るようなことを言って。しかし、だからこそ僕は〝いざという時〟のために、すぐに王都へ駆けつけ、存分に力を発揮できる状態に自分をしておきたいのです。出来るだけ急いで……ね。差しのばした手が届かなかった――そんな悲劇、いえ、喜劇の演者になるのは、イヤなんですよ」
サブローの発言に、アズキは不思議がる素振りを見せる。
「サブローの気持ちはよく分かったが、それと、其方が明日には冒険者ギルドへ出向こうというのには、どんな関係があるのじゃ?」
「……僕は新人研修を終えたばかりで、冒険者としてのランクは未だ〝見習い〟に過ぎません」
「ふむ」
相づちを打つ、アズキ。
「僕の現在の身分は『ナルドット冒険者ギルド所属の、冒険者見習い』です。これは研修の折に習ったんですが、〝見習い〟ランクの冒険者は所属しているギルドの管轄外に単独で出ると、その資格を名乗ることが出来なくなるんです。つまり、見習いランクのままで居たら、何かあって僕が王都へ1人で行った場合、〝無職のサブロー〟になってしまう……王都ケムラスの冒険者ギルドへ顔を出しても、『無職の不審者が、来た』という応対をされてしまいます」
「無職の不審者……」
黒髪の魔法使いは、微妙な表情になる。
「けれど見習いより1ランク上の、3級冒険者になれば、扱いは明確に違ってきます。ナルドット冒険者ギルドの権限が及ばない外部へ出ても、身分はそのままです。王都の冒険者ギルドへ足を運べば、キチンと3級の冒険者として接してもらえます。冒険者ギルドの組織や人脈、情報を活用できる。王都でも、充分にフィコマシー様たちの力になれる」
「其方の考えも理解できんわけでは無いのじゃが……サブロー、何も無理して明日から冒険者活動を始めんでも良いじゃろう? サブローほどの能力があれば、遅かれ早かれ、冒険者としてのランクがアップしていくのは確実なはずじゃ」
「〝遅かれ早かれ〟……では、ダメなのです! アズキ殿」
そう、サブローは言い切った。そしてアズキへ、更にミーアとリアノン、続いてフィコマシーとシエナへ……少女たちへ順に目を向ける。
「時の流れの速さは、常に変わらない。しかしながら、その価値は個人ごとに刻々と変わります。……フィコマシー様。1ヶ月後には、王都で建国祭が開かれるんですよね?」
「え……ハ、ハイ。仰るとおりです。建国祭に合わせて、学園においても学生による催し物が多数、行われます」
サブローに話を振られて、フィコマシーがチョット緊張気味になる。
「なるほど……学園でもイベントがあるのですか……。僕は、今から1ヶ月の間はかなり重要な時期になると考えています。敵……そう、敵側が何か手を打ってくる可能性が高い。もしも敵との争いが王都で行われるのなら、その時、まだ僕が〝見習い冒険者サブロー〟では極めて不利な状況に陥りかねない。〝ナルドットでは見習い冒険者、王都では無職〟――それじゃ、冒険者になった意味が無い。だから3級……いや、叶うならば、2級になっておきたいのです」
サブローの宣言を聞き、アズキが首を傾げる。
「3級では無く、2級……何故じゃ?」
「冒険者同士でパーティーを組む場合、3級でもリーダーになれますが、権限はかなり低いんです。2級のリーダーなら、仮にパーティーメンバーに見習いが居たとしても、その者を冒険者身分のまま、所属ギルドの管轄外へ連れ出せます。無論、1級にまで昇格できたら申し分ないんですが。さすがに、それは贅沢な望みなので……」
リアノンが納得顔になった。
「ああ、そういうわけか。王都へ行くなら、当然ながらミーアちゃんも連れていきたいのか。そうだよな? サブロー」
「え!? リ、リアノンさん、そこまでハッキリ言わなくても……」
「違うのか? サブロー」
「いえ、違いませんけど」
サブローは、ミーアを横目で見ながらモゴモゴと返答する。少年の告白を耳にした猫族の少女は、嬉しそうにしつつもモジモジと身を捩った。
「と……ともかく、僕は身体の傷の治療にかまけて、うかつに日々を流してしまいたくは無い……。1日でも早く冒険者生活へと復帰して、ランクを上げたいのです。無茶は、承知の上です。〝取りあえず今は休息と治療、回復に時間を費やし、遅れについては、いずれ挽回すれば良い〟と安易に思い、その結果、全てを失って……将来……たとえば10年後、後悔に苛まれる日々を送っている――そんなのは、ご免です。今は理屈も正論も吹っ飛ばし、ひたすらに我武者羅になるべき時。『現在の1日は、10年後の100日に勝る』……僕は目下、そう考えています」
サブローの決意を受け、しかしフィコマシーとシエナは――
「サブローさん……でも、サブローさんに、そこまでさせてしまうんだと思うと、私は……」
「お嬢様……。サブローさん――貴方のお心のうちを聞かせていただき、私は本当に嬉しい。嬉しいのですけれど……それでも、私は……」
感謝と心苦しさ――2つの感情の間で揺れ動く、2人の少女の胸中。
ミーアが、急に大きな声を出す。
「シエナ、フィコマシー様。心配は何も要らないニャン。サブローは大丈夫にゃ!」
サブローとミーアの目が合い、2人は同時に頷いた。
「ミーアの言うとおりです、フィコマシー様、シエナさん。僕はしぶとい人間ですから、お気になさる必要なんて、ありません。ついでに申し上げておきますが、僕は切っ掛けはどうであれ、今はフィコマシー様やシエナさんのためだけに、冒険者としてのレベルアップを目指しているわけでは無いのですよ。ちゃんと、自分なりの目標があるんです」
「ほぉ。〝冒険者サブロー〟の目標とは何なのじゃ?」
好奇心を刺激されたのか、アズキが訊いてくる。
サブローは明るい顔になって、勢いよく答えた。
「冒険者活動で頑張って、出世して、お金を稼ぎます」
「ふむふむ」
「そして、大きな家を建てます」
「家?」
「ハイ。とても立派な、お屋敷です。屋根にはスライムの形をした、黄金のオブジェを飾る予定です。ゴールドのオブジェがある御殿……略して《ゴール殿》とご近所の方々より呼んでいだたき、羨ましがってもらうのです」
「ニャ~!」
サブローの話に聞き入っていたミーアが、いきなり元気な声で、合いの手を入れてくる。嬉しくて堪らないらしく、尻尾はピーンと立ち、その先端は少し曲がっていた。
「それ、素晴らしいニャン。満点にゃ! ……アタシも住んで……良いかニャ?」
「もちろんさ、ミーア!」
「ヤッタにゃ!」
ミーアは喜び、黄金の瞳を輝かせながら万歳した。
次回はサブロー視点へ戻ります。




