パンツ攻防・いとをかし(イラストあり)
後半はアズキ視点です。
★ページ途中に、シエナのイメージイラストがあります。
「パンツを脱いでくれ」
あんころ餅が、変な事を言い出した。アズキの表情は、凄くマジメだ。ふざけている様子は、一切ない。しかし、彼女は理解しているのだろうか? 自分の喋っている内容が、極めて〝痴女的〟であるという事実に。
「……何を仰っておられるんですか? アズキ殿」
「聞こえなかったのか? サブロー、パンツを脱いでくれ」
コイツ、2回も口にしやがった。もう、女性の魔法使い――〝魔女〟では無くて〝痴女〟確定だ!
即刻逮捕して冷凍保存の刑に処してやりたいところだが、一応これまでの付き合いもある。情状酌量の余地があるや否や、理由を尋ねてみよう。
「どうして〝パ……パン……下着を、脱げ〟と?」
「うむ……。あの決闘が終わり、妾はこの病室でも魔法による治療をサブロー――其方へ、施しつづけた」
それは、感謝している。
「サブローは傷だらけじゃった。そのため、其方の身体中、満遍なく回復魔法の光を当てたのじゃが……」
「……当てたのだが?」
「非常に残念なことに、パンツの下だけは魔法による手当てが出来なかったのじゃ。一緒に居た男性の医官が――」
♢
「アズキ様。少年のここの部分の確認は、私にお任せください。大丈夫だとは思いますが、万が一にでも問題があった場合には、私がキチンと処理……治療いたしますので」
「どうして、妾を追い払おうとするのじゃ? 何か差し支える事でもあるのか?」
「特に不都合がある訳ではありませんが……いくら外見がチビマンジャロとはいえ、取りあえずアズキ様は妙齢の女性。なにより、未婚でいらっしゃる。男のこのようなところを目にするべきではありません。後悔、先に立たず。転ばぬ先の、観賞禁止」
「気になる言い回しじゃのう。たかがパンツ1枚、ムキになることもあるまいに」
「いいえ。私は、この少年と同じ男性。気を失っている最中に、異性にそこをマジマジと目撃される――そんな自尊心崩壊の悲劇を若い彼に経験させたくはないのです。人生の先達として、身体が傷ついた少年の、せめてその心は守ってやりたい」
「意味が分からん」
「これは、女性には決して理解できないでしょう。世代を超えた、男同士の絆に関わる重要案件なのです」
「ゴチャゴチャ言ってないで、診せるのじゃ! 見せるのじゃ! 観せるのじゃ! みーせーるーのーじゃ!」
「診せません。見せません。観せません。みーせーまーせーん」
♢
「……そのような事があっての」
アズキの話を聞き、シエナさんとミーアがそれぞれ納得の仕草を見せた。
「私たちもサブローさんの看護をしている折、その……」
シエナさんの顔が少し赤くなる。
「よんどころなき事情でサブローさんの下着を脱がせなくちゃいけない時があって……そしたら何故かタイミングを見計らったかのように、シュシュッと男性の看護係の方が現れました」
「『この手のお世話については、自分にお任せを』と言って、アタシたちには何もさせてくれなかったニャン。それどころか、取り扱いの様子を見せてもくれなかったニャ」
そうなんだ! 名も知らぬ男性のお医者様と看護係さん、ありがとう!
アズキが重々しげに説明を続ける。
「医官は『少年の下着の下は、特に問題ありませんでした。自尊心は保たれていました』と告げてきたが……じゃが、妾は心配なのじゃ。噂によると男性のそこの部分は大変にデリケートで、目立った損傷はしていなくても、機能不全に陥るケースがしばしば起こるとか。どのような機能が、どんな風に不全になるのかは知らんが……」
「…………」
「なので実際に自分の目で見て、点検したいのじゃ。機能をチェックしたいのじゃ」
点検? 機能チェック? どこを? どうやって!?
「遠慮します」
「サブロー、何を不安がっておる。大船に乗ったつもりでおれ」
不敵な笑みを浮かべる、黒髪の魔法使い。
「妾は、24歳の成人女性――経験豊富な〝立派なお姉さん〟なのじゃからして」
何を言ってるんだ? 貴方は。
「男性のパンツの下など、見るのは生まれて初めてに決まっておるではないか。ドキドキ」
何を言ってるんだ? 貴方は!
「妾に、全てを委ねるのじゃ。何も、怖くは無いぞ。天井のシミを数えている間に、すぐに終わる」
何を言ってるんだ? 貴方は!!!
「のう? ミーアやシエナも、サブローのパンツの下には興味がある……もとい、心配じゃろ?」
アズキが尋ねると、シエナさんはアワアワし、ミーアは顔つきは変えないながらも尻尾をクネクネと動かした。
「わ、私……それは当然ながら、物凄く好奇心を刺激され、関心が無いこともありませんが、あ、違いますね、気に掛かる訳ではないことも無いような感じもしなくもないような、どこどこまでも純粋に介護的な観点からですが、とはいえ、やっぱり慎みが、でもメイドである私がお世話をするのは自然な流れで、サブローさんがおイヤで無ければ、べ、別に私が望んでいるのでは無く、それは不可避の事象として、思いがけない偶然ってあるものですね、なんて述べてるうちに、事態は急転、未知との遭遇、そして現実は期待を上回り、ビックリ仰天、お宝を発見する可能性が無きにしもあらず、開運・幸運・福の神、けれど、そういうことは結婚した後に、大切なのは2人の気持ちで、ヤダ、私ったら何を言ってるのかしら」
「ノーコメントにゃ」
混乱するシエナさん。尻尾の振りがだんだんと激しくなってくるミーア。
アズキが僕との距離を縮めてくる……うん、なんか本能的に恐怖を覚えるね。
僕が身の危険を感じている――と!
「アズキ様。無理強いをしては、いけませんよ。これは、サブローさんの〝男の尊厳〟に関わる問題なのですから。サブローさんが世を儚んで出家してしまったら、どうするのですか?」
助かった! フィコマシー様が止めてくださった。『5分の4バージョン』になったフィコマシー様は、以前より積極的に行動するようにしているみたい。相変わらず、発言の中身が少し気になるけど。
「そんな! サブローさんが出家するなんて、絶対にダメです!」と悲鳴を上げるシエナさん。
「〝出家〟って、何なニョ? 〝家出〟とは違うニョ?」と首を傾げるミーア。
「ムム……サブローが如何に煩悩まみれで、今後の人生のためにはそれなりに精神修養をさせたほうが良いとは言え、勢いあまって遁世・解脱されても困るしの。パンツの下は、諦めるしかないか……。無念じゃ」とブツブツ呟くアズキ。
「サブロー。パンツの下の機能に異常を感じたら、すぐに妾に相談するのじゃぞ」
「いえ。男性のお医者様に話を聞いてもらいます」
僕は病衣を着直した。
そして。
「ともかく……サブローさんを救ってくださり、アズキ様には心よりお礼を申し上げます」
フィコマシー様が頭を下げようとするので、アズキが慌てる。
「フィコマシー様、貴方様のお心は、嬉しいですじゃ。けれど、そのようなマネをなさってはなりませぬ。侯爵家のご令嬢が軽々しい振る舞いをするのは、禁物。他者へ誤解を与えてしまったら、大変ですので」
「ハイ……」
アズキの忠告を、フィコマシー様は真剣な瞳の色で受け止める。
「それに妾がサブローの治療をしたのは、あくまでオリネロッテお嬢様の指示によるもの。礼を述べられるのなら、是非ともオリネロッテ様へお願いしますじゃ」
「分かりました」
フィコマシー様が頷いていると、シエナさんがアズキへ向かって深々と腰を折り、お辞儀をした。シエナさんの隣でミーアもぺこりとする。
「では、フィコマシーお嬢様に代わり……無論、私の心も同様ですので、その思いも含めて感謝の意を表させていただきます。アズキ様、本当にありがとうございました」
「アズキん。ありがとニャン」
「うむうむ。シエナとミーアは、もっと妾を盛大に称えるが良いぞ。妾は〝とっても偉い、魔法使いのお姉さん〟なのじゃから」
小さな胸を張る、アズキ。背が低いこともあり、子供が威張っているようにしか見えない。
それにしても、アズキのフィコマシー様への対応と、シエナさんやミーアへ接する態度とでは、随分な違いがあるな。
考えてみれば、アズキにとってフィコマシー様は〝主家のご令嬢〟なのだから当たり前か。
オリネロッテ様の不可思議な魅了の力による影響なのか、フィコマシー様はバイドグルド家において酷く冷遇されている。そのような中でフィコマシー様への礼節をキチンと守り続けているアズキは、やはり見事な女性だ。そんな彼女をお菓子に例える失礼なヤツなんて、居るはず無いよね。
「それで……私、思うんですけど、アズキ様へは言葉だけでなく、具体的なお礼をしたくて。でも、何をすれば良いのか……」
「アタシも、アズキんに何かしたいニャ!」
「シエナ、ミーア……気持ちだけ、有り難く受け取っておくのじゃ」
考え込んでいたシエナさんは、良い案を思い付いたのか、〝ピコーン!〟と電灯が点ったような明るい表情になった。
「そうですわ! 確か、アズキ様はサブローさんと一緒に《あんころ餅同好会》を立ち上げられたんですよね! 私、頑張ってあんころ餅を探してみます。無ければ、作ります!」
「それ、良いニャ! アタシも、協力するニャン」
「は? 2人とも何を言っておる? あ……あんころ餅とは何じゃ?」
げ、ヤバイ!
そう言えば以前、シエナさんとフィコマシー様に『アズキ様とサブローさんは、どんな関係なのですか?』と質問された際、『《あんころ餅同好会》を結成した仲です』と答えたんだった。
思い返してみると今更ながら、酷すぎる言い訳だ。
何とか、誤魔化さないと。
「アズキ殿……あんころ餅というのは、それはそれは貴重で美味しい菓子なんですよ」
「ほぉ」
「その素晴らしさは、アズキ殿を連想させるほどです」
「妾を連想させる……いったい、どのような菓子なのじゃ?」
「甘くて、上品で、柔らかく、サッパリしていて」
「ふむふむ」
「香り高く、滑らかな味わいで」
「照れるの」
「ちんまりしていて、持ち運びしやすく、お手軽で、時々つぶれている」
「つぶれ……」
「時間が経過すると鮮度が落ちて硬くなり――」
「ハ?」
アズキの頭と瞳、口もと、それから、彼女の胸を見る。
「くろまる、ネムネム、むぎゅ、ペッタンコ」
「何じゃと!?」
あ、しまった。アズキが目の前に居るため、彼女とあんころ餅、2つのイメージがゴッチャになっちゃった。
ここは、上手いことフォローしなければ!
「そ、その、あんころ餅の風味は、まことに以て『いとをかし』なのです!」
「『いとをかし』とは?」
聞き慣れぬ単語を耳にし、アズキが困惑の眼差しを向けてくる。
「僕の故郷の古語で、『趣が深い』『興味深い』『見事だ』『可愛い』といった意味があります」
「〝か、可愛い〟……とな。歳上の妾を、からかうでない」
もじもじするアズキ。彼女の態度が軟化した。あんころ餅が、軟らかくなった。
食べ頃だ。
そう。
『いと・をかし』は、まさに『eat・お菓子』なのだ。
ご機嫌取りに成功したぞ。
あんころ餅が良い感じになってきたところで、僕は話題を転換した。
「ねぇ、ミーア。冒険者ギルドの研修のほうは、どうしてるの?」
「あれから、お休みしてるニャン」
そうだよね。決闘以後、ミーアは僕の看護にズッと専念してくれていた訳だし。
「ミーアが僕に付いてくれていたことは凄く嬉しいんだけど、いつまでも冒険者ギルドに顔を出さないのは良くないと思うんだ。明日から、研修へ行くようにしてね」
「そんにゃ!」
ミーアは目を見開き、抗議するかのように身を乗り出してきた。
「サブローのケガは、まだ治っていないニャン。アタシ、サブローの側から離れたくないニャ」
「ミーアは、スナザ叔母さんのような立派な冒険者になりたいんでしょ? 夢は大切にして欲しいな」
「でも……」
「それに冒険者ギルドへは僕も明日、足を運ぶから。見習い冒険者としての活動を開始するよ」
「ニャ!?」
「「「え!?」」」
ミーアだけで無く、シエナさんとフィコマシー様、更にはアズキまでショックを受けた表情になる。
「サブロー、何を言ってるニョ?」
「サブローさんは療養中の身です。お願いですから、ベッドの中に居てください!」
「シエナ、落ち着いて。けれどサブローさん、どうして……」
「サブロー、それは無茶というものじゃ」
一斉に声を上げる、少女たち。リアノンだけは黙ったまま、腕を組んでいる。
僕はアズキへ顔を向けた。
♢
「アズキ殿……信頼できる貴方だからこそ、打ち明けます。僕は、光魔法が使えます」
黒い瞳でアズキをジッと見つめつつ、サブローが語りかけてきた。
アズキは一瞬だけ意識的に目を閉じ、同時にコクンと頷いた。『やはり』と『よもや』――2つの思いが胸の内に渦巻く。
クラウディとの決闘で、サブローは多彩な魔法の技を繰り出してみせた。あの壮絶な戦いを実見し、アズキは、ある種の推測を巡らしてはいたのだ。
(ひょっとして、サブローは光・闇・火・水・風・土――全ての系統の魔法が使える?)
しかし、そんな事が現実にあり得るのだろうか? それが本当なら、サブローの能力は既に〝魔法使い〟の範疇を超えている。
光と風、2系統の魔法に通じているだけで、アズキは過剰なほどの賞賛を受けているというのに。
そして今、サブローはアズキに告げている。〝自分は光魔法を――光魔法をも使える〟――と。
この状況下で、サブローが嘘をつく理由など無い。
(サブローは、生まれつきの天才なのじゃろうか?)
そう考えかけ、アズキは即座に心中で否定する。短い付き合いだが、アズキには分かる。サブローは〝天賦の才を持つ人物〟では無く、むしろ〝刻苦精励、努力の人〟だ。
そうなると――
(『限度を知らない狂気の師匠から魔法の特訓を、地獄のような過酷な環境で、眠ることも休むことも許されずに延々と受け続けた』――とか)
己の妄想を、アズキは瞬時に打ち消した。
そんなお馬鹿で脳筋な魔法の師など、世界に居るはずが無い。魔法使いは、基本的に知的な存在なのだから。
周囲の雰囲気より察するに、ミーア・シエナ・フィコマシーの3人は、サブローの告白に対して特に驚いてはいないようだ。おそらく、とっくに知っていたのだろう。
サブローはアズキへ『信頼できる貴方』と言ってくれたが、その〝信頼〟の度合いは、3人の少女へ向けてのモノより低いのは確実だ。
そんなの、当たり前ではあるけれど――
アズキは胸の底が微かに疼くのを自覚した。が、敢えて無視する。
ちなみに、リアノンも別段に動揺する様子を見せてはいない。これはミーアたちのように予め承知していたからでは無く、『魔法の事なんて、私にはサッパリ分からねーよ。ま、〝分かったよーな顔〟をしてれば良いよな?』と思っているためらしい。
サブローが話を続ける。
「回復魔法は、自分の傷にも効果があることは勿論ご存じですよね? 光魔法を体内で循環させ、傷の治りを早めるつもりです」
「じゃが、それは――」
アズキは言葉に詰まる。
サブローは偽りを述べている訳ではない。間違いなく、光魔法は術者自身へも適用可能だ。しかし、他者へ行使する場合と比べて、その効力は著しく低くなる。
そもそも体力が低下している身で魔法を扱う行為は、極めて危険だ。まして光魔法は他の系統の魔法より、エネルギーの消耗が激しい。
自身の治癒の促進に役立てることが出来るにしろ、実際に回復の魔法を己へ用いるのなら、慎重の上にも慎重を期さねばならない。
サブローの負傷は、全身に及んでいる。局所的なケガだったら、まだマシではあったろうが……。
(取り分け、左胸の傷はそう簡単には治らない。心臓への負担を考えれば――)
「自分がしようとしている事について、その危うさも含めてキチンと理解しているのか? サブロー」
「ええ。回復魔法を継続的に自身へ適用している間は、他の魔法を使うのは相当に困難になる……。それに、武術――身体的な動きに関しても、通常よりかなり鈍くなってしまうでしょうね。まぁ、ケガが治っていない身である以上、もともと戦闘能力は本来より低いですが」
「なのに、無理をしてでも冒険者ギルドへ明日には赴こうというのか? そして……冒険者としての活動を、すぐにでも始めると?」
「ハイ」
「サブロー。どうして、待てない? 調子が上向くまでの僅かな日数を、何故に惜しむ?」
「…………」
「其方、焦っておるのか? 何をそんなに急いでおる?」
アズキはサブローへ問いかけた。
シエナのイラストは、Ruming様(素材提供:きまぐれアフター様)よりいただきました。ありがとうございます!




