さらば、地獄よ!(イラストあり)
★ページ下に、イエローのイメージイラストがあります。
僕の目の前に、レッド・ブルー・イエロー・ブラック・グリーンが並んで立っている。
5人揃うと、改めて壮観だ。信号機顔負けのカラフルさだね。
「サブロー、よくぞ地獄の特訓に耐えきったな。今のお前の体力なら、異世界でも充分にやっていけるだろう」
レッドの褒め言葉を、有り難く頂戴する。
文字通りの鬼教官だったレッドだけど、彼の施してくれた鍛錬は紛れもなく僕の体力を向上させてくれた。
訓練前はモヤシのようだった僕の体つきは、現在ではゴボウ並の丈夫さに仕上がっている。マラソン大会に出場すれば、並み居る選手をゴボウ抜きに出来るに違いない。
ただ僕の中でのレッドへの好感度は、他の鬼たちよりは低い。
いくら言っても、ウサギ跳びのトレーニングを止めてくれなかったからなぁ……。
「サブローに勉強を教えるのは、なかなか楽しかったですよ」とブルー先生。
「うむ。私もまさか、気合いと根性で魔法が発動するとは夢にも思わなかった」とイエロー様。
ちょっと待って、イエロー様! そんなテキトーな判断で、魔法特訓をしてたんですか!? 結果オーライと言っても限度がありますよ!
土壇場になって、イエロー様の株が急降下し、ストップ安になる。
僕は一瞬怒りかけたが、むしろ良かったかもしれないと考え直した。
僕の中でのイエロー様への好感度は、なんだかんだの長い付き合いによって90ポイント(100ポイントへ達すると、相手へデレる)を超えている。最近は真美探知機能を使用しなくても、イエロー様の汗まみれの体臭を芳香と感じるまでになってしまっている程だ。イエロー様のニヤリとした笑みにも、ドキドキワクワクソワソワしちゃうことがしばしばある。
これ以上のポイント加算があれば、鬼女バージョンのイエロー様へも恋心を抱いてしまうかもしれない。
イエロー株式会社の株価急落は、危機回避のチャンスと言えるだろう。
グリーンによる恋愛特訓の成果(?)で、真美探知機能とは関係なしに、僕の美的価値基準は人間の常識範囲をかなり逸脱しているみたいなのだ。
外見に簡単に惑わされないのは良いとしても、さすがに『地獄の鬼にフォーリンラブ』はマズい。
生んでくれた親に申し訳が立たない。
「サブロー、行かんでやぁぁぁぁ! もっと、ワイと一緒に武器の訓練をしようや! まだサブローに教えてない武器は、いっぱいあるんやでぇぇぇぇ」
ブラックが半泣きになりながら、僕にすがりついてくる。
いや。近頃のブラックによる武器訓練は、ネタ切れ気味だったよね!?
いくらなんでも大根や人参を武器として扱えと告げられたときは、困ってしまったよ。『食べ物を粗末にすることは出来ない!』と反論したら『料理中に敵に襲われたらどうすんのや?』と言い返されたっけ。『その時は包丁で戦う。空き鍋を被れば、甲の代用品にもなる』と主張したら、諦めてくれた。
包丁による武器特訓が役に立つシチュエーションがあるとは、思わなかったな。
でも、こんなに別れを惜しんでくれるなんてホロリとしてしまうよ。ブラックは良いヤツだね。
「サブローが居なくなったら、仕事が無うなって、その分の手当てを減らされてしまうんや。今でもカツカツの生活なのに、更に少ない給料で、どうやって暮らしていくんや!」
全然、良いヤツじゃなかった。
最後の最後で、鬼たちの本性を思い知るハメになるとは、さすがは地獄! 一瞬たりとも気を抜けない。
グリーンが温かい眼差しで僕を見つめ、諭す。
「サブロー、モテ道の探求は永遠に終わることはありません。ウェステニラでも、精進を続けるのですよ」
「分かってます、グリーン。『女性の美しさは、目で見ず心で見よ』『ハーレムは一日にしてならず』『モテへの道も一歩から』『モテようと欲すればモテず、モテざらんと欲すればモテる』ですね」
僕とグリーンが師弟の絆を確かめ合っていると、他の4人の鬼たちが顔を寄せ合ってコソコソ話している。
「アイツら、なに言ってんだ?」とレッド。
「恋愛特訓だとかなんとか、訳の分からないことを延々とやっていましたね」とブルー先生。
「サブローの目の焦点が合っていないように見える」とイエロー様。
「だいたい、あっさりパープルに振られたグリーンが恋愛の師匠とか務まるわけ無いやろ?」とブラック。
聞こえない、聞こえない。あ~、聞こえない。
特訓地獄を去るに当たって、鬼たちが服をプレゼントしてくれた。
どこにでもあるような上着とズボン、靴だけど、助かった。最初に着ていた学生服はすぐにボロボロになってしまったし、地獄の日常着である囚人服のままウェステニラに転移はしたくない。
しかし服以外は何も持たせてくれないなんてケチだなと思っていたら、鬼たちの言うところによると、地獄も予算不足による経費節減で大変らしい。囚人の門出に際しての贈り物は、たとえ善意からだとしても監査に引っ掛かる案件なのだそうだ。
僕の服は、赤青黄黒緑が自分たちの寂しい懐よりお金を出しあって購入してくれたものだったのだ。
感動。少しばかり、ジーンとしてしまう。
「ありがとうございます」
僕は鬼たちに頭を下げつつ、お礼を述べた。
最後に、気になる点を1つだけ確かめさせてもらおう。
「あの、僕は皆さんのおかげでけっこう強くなったと思うんですけど、今の僕って、ウェステニラではどのくらいの強さなんでしょうか?」
僕の疑問に、鬼たちを代表してレッドが答える。
「ウェステニラで暮らしていく上で、そう簡単には死なないレベルだ」
「もう少し具体的に教えてくださいよ。ウェステニラで冒険者になるとしたら?」
ウェステニラに冒険者という職業があることは、ブルー先生の授業で習った。
「ベテランの冒険者より、ちょっと上のレベルですかね」とブルー先生。
「マジですか……」
予想より、弱い。地獄の特訓を受けて、かなり強くなったと勝手に思い込んでいた。
無双チートとは言わないまでも、本音では達人レベルを期待していたんだが。
けど考えてみれば、今この瞬間に戦国時代の日本に放り込まれたとして、本多忠勝や可児才蔵のような英雄豪傑とまともに渡り合えるとは思えない。宮本武蔵と勝負したら、アッという間に真っ二つにされてしまうだろう。
16歳の年齢のまま、ベテラン冒険者より強いレベルでウェステニラへ行けるのだから、充分恵まれている。
贅沢言っちゃダメだよね。
「サブロー、お前はまだスタート地点に立ったばかりだ。ウェステニラへ転移したあとも、ここでの特訓を忘れず自己鍛錬に励めば、まだまだ上を目指せるだろう」
イエロー様のアドバイスに、強く頷く。
「もしウェステニラで挫けるようなことがあれば、地獄へ舞い戻ってくれば良い。その時も私が独り身だったら、サブローを大いに歓迎しよう。遠慮するな。もはや私とお前の関係は、教師と教え子では無いのだから。ただの女と男として……」とかイエロー様が言ってるが、無視する。
最後に1人1人の鬼たちとガッシリと握手を交わして、僕は特訓地獄を後にした。
♢
地下1階から地上に戻り、建物を出て、門をくぐろうとする。
門の上部の建物側には『ご利用アリガトウございました。またのお越しをお待ちしています』という文章が書かれている。
「…………」
いや、ツッコむのは止めよう。せっかくの地獄よりの門出だ。
♢
サブローが去った後、鬼たちが会話を交わす。
黒「サブローの強さへの採点が、厳しすぎると思うんやが」
青「あれで、良いのです。サブローは褒めると、すぐ調子に乗りますから」
黄「そうだな。油断は、身を滅ぼす元だ。自己評価は低いくらいが、サブローには丁度良い」
赤「まぁ、俺たちが鍛え上げたんだ。そんじょそこらのヤツには負けんだろ。俺はウェステニラには行ったことは無いが、ウサギ跳びでサブローほどの長距離移動が出来るヤツは殆ど居ないはずだ」
青「レッド、前提が間違っています。ウサギ跳びの長距離移動など、誰も試しません」
鬼たちの輪から1人外れた場所で、グリーンが既に地獄より立ち去ったサブローへ語りかける。
「サブロー。ウェステニラで貴方が彼女を作るのと、僕がゴールドからパープルを取り戻すのと、どちらが早いか競争です」
グリーンが発した決意表明の声量は小さかったが、他の4人の鬼たちの耳に届いた。
黒「なんて実りが少ない競い合いなんや……」
青「レッド。グリーンは、パープルがゴールドと結婚した事実をまだ知らないんですか?」
赤「そのようだな。グリーンだけ、結婚式に呼ばれなかったからな。〝知らぬが仏〟とは、このことだ」
黄「私たちは鬼なので、仏には成れんがな」
チラチラとグリーンを見遣る、赤青黄黒。
黒「グリーンの望みを捨てていない顔を見ていると、居たたまれなくなるんやが……」
黄「心配無用だ。ブラウン・オレンジ・グレイと、グリーンに好意を寄せている女は多い。パープルへの未練を断ち切れば、グリーンにも明るい未来が開けるだろう」
青「グリーンは、未だに彼女たちの想いに気付いていないようですが」
黒「なんやソレ? 鈍感系主人公というヤツか! メッチャ腹が立ってきた。気を遣ってやって損したわ」
赤「グリーンの恋愛特訓で植え付けられた変な知識は、サブローの彼女作りにとって、むしろ足枷になるんじゃないか?」
黄「今更、どうにもならん。全てはウェステニラにおけるサブローの行動次第だろう。私の旦那様候補の1人として、サブローには恋愛以外の方面で頑張って欲しい」
赤青黒「「「ハ?」」」
緑「サブロー、貴方の旅路に幸多からんことを!」
イエロー(真美バージョン)のイラストは、とりふく朗様よりいただきました。ありがとうございます!
イエロー様は鬼族男性から見て「高嶺の花」なので、あんまりアプローチされることはありませんでした。お付き合いの経験、実はゼロ(涙)。




