アルドリューの提案
「オレの仲間にならないか?」
アルドリューの口から飛び出した、今更ながらのフザケた発言。怒りの感情が身体の中に充満するが、それと同時に左肩の完治していない傷口に激痛が走る。
――っ! クラウディのムーンライトによって大怪我を負った箇所……か。この心臓へと響く、鋭い痛み。あたかも、僕が軽挙しないように、何者かが戒めてくれているみたいだな。
「……お前の仲間になったとして、僕のメリットは?」
思ったより、冷静な言葉を返すことに成功する。
アルドリューは、ニヤリと笑った。
「良いねぇ、サブロー! 苦難の決闘を乗り越え、一時は瀕死の状態に陥り、けれど奇跡の回復、そして目覚めるやオレの提案を受け、頭の働きも心の動きも制御できなくなって当然…………なのに、その落ち着き払った反応! 素敵だよ。オレ、ますますキミに惚れ込んじゃった」
「……それで、メリットは?」
アルドリューの軽薄な態度に関しては、スルーを貫く。いちいち付き合ってはいられない。
「フフン。そうだね……サブロー。キミが出世や金銭に興味を示す俗人タイプなら、話は簡単だったんだけどね」
「僕は、普通の……俗物だ」
「なら、思い切ってベスナーク王国の王家へ紹介してあげようか? オレは王太子殿下は勿論、女王陛下にも顔が利くんだよ。王家からの引き立てを受けられるなんて、平民であるキミには想像を超える……最高の栄誉なんじゃないの?」
「断る」
王家の紐付きになるとか、まっぴらゴメンだ。
「即答か。ま、だろうねぇ……だったら、こういうのはどうかな? ――『マシーちゃんとメイドちゃんの身の安全』」
「――お前!」
「あはははは。やっぱり、こっちのほうには関心があるんだ。キミは分かりやすいね、サブロー」
「アルドリュー。お前は、僕との契約を破った。そんなヤツの申し入れに、いったい何の価値がある?」
「契約?」
アルドリューが不可解そうな表情で、首を傾げる。
くそ! こいつの言動には、本当に腹が立つ。
「オリネロッテ様の馬車が襲撃された夜……お前は、僕と約束したはずだ。『フィコマシー様とシエナさんには、何があっても手を出さない』――と。にもかかわらず、お前は」
「だから、オレは何もしてないでしょ? あれ? ひょっとして……サブローは、メイドちゃんが処刑されかけた件について怒ってるの? いやだな、勘違いしないでくれよ。メイドちゃんを罪人扱いして、彼女の処遇を決めたのは、あくまで侯爵家だよ。オレも、オレの手の者も、全く関係ないよ」
「そんな言い逃れを――っ!」
唇を噛みしめる。疼く、傷口。熱くなるな。我を忘れるな、サブロー。アルドリュー――コイツのペースに乗せられるな。こういうヤツだってことは、承知していたはずだ。
頭を冷やせ。思考しろ。今は、アルドリューから可能な限り情報を引き出すんだ。
「アルドリュー……お前はこのナルドットでいろいろ小細工していたようだが、結局のところ、その最終的な目的は何だったんだ? 僕を仲間にしたいのなら、手の内を晒せ」
アルドリューの細い目。その瞼が僅かに上がった。僕の真意を探ろうとしているかのように。
「……まぁ、いいや。サブローはオレの親友だしね。キミと親友以上の関係になるためにも、極秘情報を教えちゃうよ。キミだけに言うんだからね。誰にも内緒だよ」
「ああ」
「〝王太子殿下がロッテちゃんのことを熱愛してて、結婚したがっている〟――この話は、キミも知っているよね?」
頷く。
「侯爵閣下――ナルドット候は、貴族としては異例なことに……この件に関して自身の意思を明らかにせず、娘の決断に全てを委ねる姿勢を見せている。そのため殿下はロッテちゃんに直接ぶつかり、想いを伝え、プロポーズさえ何度もしている。でも、ロッテちゃんは手強くて……なかなか首を縦に振らない。結婚どころか、婚約も未だ出来ていない。それで、殿下は焦っている」
「焦っている?」
……どういうことだ?
「実は女王陛下が、殿下へ仰ったんだ。『エヴァンズよ』――あ、〝エヴァンズ〟っていうのは殿下の名前ね。『エヴァンズよ。お前がナルドット侯爵家の者と婚姻を結ぶことに、私は異存は無い。しかしながら、オリネロッテから、今もって良い返事を得られてはいないようだな。言っておくが、〝王家よりの命〟として強制的に従わせるのは、無しだぞ。そんな真似をしては、遺恨を残しかねん。故に、私より提案がある。それならば』」
それならば?
「『それならば、オリネロッテでは無く、その姉――ナルドット侯爵家の長女フィコマシーと結婚してはどうだ?』ってね」
な!?
「陛下はね。王太子殿下の結婚相手は、王国北部の有力諸侯の家の出の者にしたいんだよ。陛下の夫君――王配であるカンバーハルド殿下は既にお亡くなりになられているんだけど、王国南部に領地を持つ侯爵家の方だったんだ。なので陛下の意向としては、次代の王妃は北部貴族の血統に連なる者から選びたいのさ。諸侯の勢力における、国内バランスが崩れないようにするためにね。その点、ナルドット侯爵家は最適なんだ。侯爵閣下は北部貴族のリーダー的存在。しかも、王家に対する姿勢は極めて忠義に厚い」
「だからって、なんでフィコマシー様を!?」
「そこが、不思議なんだよなぁ。陛下だってロッテちゃんの人気の高さとマシーちゃんの……まぁ、不人気ぶりは、ご存じのはずなんだ。能力や人柄はともかく、周辺からの評価を考えれば、ロッテちゃんのほうが将来の王妃に相応しいことは明瞭で……陛下だって、マシーちゃんよりロッテちゃんを気に入っているのは間違いない。なのに………………あのババア、余計な口出しを…………ふん。さすが、〝賢王〟といったところか」
アルドリューの喋り声はだんだんと小さくなっていき、最後のつぶやきは良く聞こえなかった。
フィコマシー様と王太子の結婚――――女王陛下の思惑は、分かる。
しかし。
「フィコマシー様には婚約者が居られたはずだが?」
「ああ。ボルトラルのヤツね」
嘲りの表情となる、アルドリュー。
「アイツはロッテちゃんを崇拝する一方で、肝心の婚約者であるマシーちゃんのことを嫌っているからね。もしも結婚相手をマシーちゃんからロッテちゃんに取り替えるって成り行きになったら、確実に大喜びするさ。ボルトラルの実家の伯爵家だって、〝ナルドット侯爵家への婿入り〟という条件さえ叶えば、何の文句もないだろうし」
「そんな……」
ボルトラル――か。
フィコマシー様の婚約者である伯爵家の子息に、もちろん僕は会ったことはない。けれど、彼の誠意の無さには、憤りを覚える。
「今から約1ヶ月後に、王都ケムラスでは建国祭が開かれるんだよ。毎年、この時期に行われているんだけどね。陛下は王太子殿下へ、つい先日『それまでにオリネロッテより婚約の内諾を得よ。そうでなければ、フィコマシーを婚約者候補とする件について本格的な検討に入る』と仰ってね。で、殿下は焦っちゃったわけ。そしてオレに言うのよ。『アルドリュー、なんとかしろ』と。いや~、無茶ぶりにも、程があるよね。〝腹心〟は辛いわ~」
アルドリューが大仰に溜息をついてみせる。
「王太子がお前に……〝なんとかしろ〟と?」
「命令の中身を明言しないところが、ズルいよね。いや、むしろ〝王族として正しい振る舞いを殿下はしている〟って、臣下のオレは喜ぶべきなのかな? 判断に迷うな~」
「だから、お前は――!」
「サブロー、誤解しないでくれよ。オレはマシーちゃんに危害を加えようとか、一切考えなかったよ。殿下もそんなこと、望んでいないはずだしね。ただ、王家と縁組みするのが不可能になるくらいマシーちゃんの評判が完全に下落するか、もしくは結婚なんか頭に浮かばないほどマシーちゃんの心が弱くなる――そういう風になれば良いな~と仄かに思っただけ」
「…………」
胸の内が激情で沸騰しそうになるが、それでも頭の片隅はどこか冷えていて――
思案は止めない。推測する。
フィコマシー様の評判の下落。これは、街道上で起こった馬車襲撃事件のことだな。あれでフィコマシー様が運良く、身体的に無傷であったとして……とは言え、万が一しばらくの間、賊どもに拉致されたとしたら――解放されても、もはや王家へ嫁ぐのは無理になるだろう。
そして、フィコマシー様の心の弱点をつく――これは間違いなく、シエナさんの一件だ。もしもシエナさんが命を落としたら、フィコマシー様は…………。
フィコマシー様とシエナさん。2人の間には主従の垣根を越え、それだけ強い絆がある。
「マシーちゃんのほうを何とかするのが難しいなら、ロッテちゃんに殿下との婚約について確約して欲しいと……オレは働き者だから、そうも考えてね。彼女にいろいろ貸しも作りたかったし」
ナルドットの夜の路上で、オリネロッテ様が襲われた事件だな。そう言えば、アルドリュー……コイツ、あの時は丁度いいタイミングで救援に現れたな。まるで、見計らっていたかの如く。
「オレも頭を絞って、盛りだくさんに努力してみたんだよ」
そう述べてアルドリューは僕をマジマジと見るや、わざとらしく肩を落とした。
「しかし、さすがにもう、諦めたよ。計画が上手くいきそうになると、何故か決まって邪魔が入るのでね。それも妨害してくる厄介者は、必ず同じ少年。全くもって迷惑千万……もっとも彼は今では、僕の親友だけどね」
「親友じゃない」
「……友達だけどね」
「友達でもない」
「冷たいなぁ、サブローは。オレは本当に困ってるんだよ。手駒も使えなくなったからね。思ったよりも、アイツ、役立たずだった」
手駒……キドンケラ子爵か。
「用途が無くなった駒は今は手元に確保しているけど、もう持っているのも面倒だしね。遠からず、盤上から退場してもらうことにするよ」
アルドリューの青鈍の瞳が、冷酷の色を帯びる。
「失敗ばかりしちゃったし、このままじゃオレ、王都に還っても王太子殿下に叱られちゃうのよ。なので、土産が欲しいのさ」
「土産?」
「そう。『あのバイドグルド家、いやベスナーク王国が誇る騎士クラウディに決闘で勝利した若者、サブロー=セットンギアが仲間になってくれました! これで殿下の前途は洋々です』って王太子殿下へ報告させてくれないかな? 頼むよ」
は?
「僕は『仲間になる』とは言ってないぞ。あと、僕の名前に勝手に変な姓を付けるな」
「オレの弟になってよ、サブロー。伯爵家の養子になってさ」
「絶対イヤだ。だいたい、ラダーメレ伯が許すわけないだろ」
「大丈夫、大丈夫。父上は、オレの言いなりだから」
「…………」
冗談めかした口調ではあるが……アルドリューの発言内容に、ゾッとする。ラダーメレ伯爵家はコイツの意のままに動く――そういう事か!?
「アルドリュー……お前にとっては王太子殿下も僕も、単なる〝駒〟なんだな」
「まさか!」
アルドリューが驚いた顔になる。
「サブロー、キミは駒に収まる器じゃないよ。キミのことを『駒』なんて思っていたとしたら、わざわざこうして打ち明け話をするはず無いじゃないか」
「…………」
コイツ……意図的なのか無自覚なのか、〝王太子は駒〟との僕の言葉を否定しなかったな。
「サブローには是非ともオレの弟、それが無理なら親友、それも無理ならせめて協力者になってもらいたいんだ」
「協力者じゃ無くて、共犯者だろう?」
「アッハッハ。サブローは上手いこと、言うなぁ。〝共犯者〟でも良いさ。オレと一緒に頑張って、殿下とロッテちゃん、ボルトラルとマシーちゃんをすぐにでも、くっつけようぜ。うんうん。殿下とロッテちゃんには、正式な婚約をしていただく。既に婚約しているボルトラルとマシーちゃんは、結婚だ!」
「何だと?」
「だって、サブローは〝マシーちゃんとメイドちゃんの身の安全〟が何よりも大事なんだよね? この2組のカップルが出来てしまえば、何の問題も無くなるよ。マシーちゃんがボルトラルの奥さんになったら、陛下も『ナルドット侯爵家の長女を未来の王妃に』との思いつきについては、取り下げざるを得なくなるだろうしね。殿下とロッテちゃんが正式な婚約をしたとしても、そうなる。殿下は満足、陛下も納得、オレも余計な仕事をしなくて良くなる」
アルドリューのヤツは、なにが何でもオリネロッテ様を王太子妃――未来のベスナーク王国の王妃にしたいらしい。どんな目的が?
うっとりとした声音で、アルドリューが述べる。
「素晴らしいよねぇ。殿下とロッテちゃんが婚約して……仮にその直後に陛下が崩御されたとしたら、あっという間にロッテちゃんはベスナーク王国の王妃だ。その頃には、王宮中の者たちは全て、ロッテちゃんの魅力の虜になっているに違いない……万能の王妃様の誕生だ」
「アルドリュー、お前は!」
目前の男を――危険すぎる存在を睨む。
が、アルドリューは僕の視線を意に介することも無く、へらへらと笑った。
「いやだなぁ、サブローは何を怒っているんだい? 〝仮に〟の話さ。単なる冗談だよ」
「お前の冗談は笑えない」
「でも、サブローからすれば望み通りの結果でしょ? ロッテちゃんは王妃になって、幸せ。マシーちゃんはボルトラルを婿に迎えたのちにナルドット侯爵家を継げて、幸せ。メイドちゃんは敬愛する主に終生、仕えられて幸せ。サブローは……出来ればオレの弟になって欲しいけど、そうでなくても猫族の娘ちゃんと仲良く冒険者生活を送れて幸せ――――皆みんな幸せだ。登場人物の全てが、ハッピーエンド! お伽噺の結末の中で、これこそ最高最上! そうは思わないかい?」
「それは……」
本年も宜しくお願いいたします。